四番打者はエースを出そう
船団からの追撃は、アマテラス首脳陣の目論見通りに続いていた。移動距離は順調に延びており、時間稼ぎもできている。この状況が続けば、それだけ相手側は疲労する。烏合の衆から継続戦闘能力を奪えば、もはや敵ではない。
そしてこの日も、相手の斥候に発見された。偵察機が3、攻撃船が2という構成だった。
『さあ、本日もやってまいりました。傭兵チーム対アマテラスチームの空間機動戦。実況は私、主計課所属フィールド・リッチ。解説はハイ・フェアリーのカメリア主計長でお送りします。本日もよろしくお願いします』
『はい、よろしくお願いします』
オープンチャンネルで実況中継が開始される。無論、意図あっての事である。大出力でこんなものをたれ流せば、調査のために周辺に散っている敵を呼び寄せることができる。
戦闘をすれば消耗する。敵の数が多く、時間もかかれば相応に。もちろんこちらがやられてしまっては元も子もないので、頃合いを見て逃げる用意もしてある。
『敵の数は全部で5。これまでよりも多いようですが、これはどう見るべきでしょうか?』
『これまで少数で偵察に出て我々と遭遇し、何もできずに敗北というのが複数回ありました。それを避けるためだと思われます』
『ラヴェジャーがそのような知恵の回る立ち回りを?』
『協力者が船団の主導権を握ったのでしょう。単純に、一対三のはずです。囲まれて、流石の連中も好き勝手出来ないようですね』
『好き勝手してくれた方が我々としては有利になりますが、これはこれでザマーミロって感じですね』
『ラヴェジャーの不幸は宇宙の平和につながります』
この放送は、相手側に強制的に聞かせている。相手側の通信帯を乗っ取っているのである。通常であれば容易い事ではない。テクノロジー差があり、専門の部隊を動員してやっとという所だろう。
しかし、こちらには頂点種と電子知性がいる。アキラとカメリアが手を取り合えば、5分とかからずやってのける。
命のやり取りの最中、それを娯楽に仕立て上げられて理性を保てる者はよほどの訓練を受けているか特別な精神を持っているかのどちらかである。そして、今回のチームも特別ではなかった。
『では、対戦相手に戦闘前のインタビューをしてみたいと思います。こんにちわー、今お時間よろしいですか?』
『くっそ! 全然通信が排除できねえ! おい、何とかしろよ!』
『いやあ、今回も無駄な努力をしているようで。レリック持ちのハイ・フェアリー相手に電子戦で勝つのは無理ですよ。戦闘前にマシンに負担をかけるのは止めることをお勧めします』
『うるせーボケ!』
通信をジャックしているので、このような嫌がらせもできる。なお、相手側の操作システムに入る事も可能だがあえてやっていない。それの対策のために、追撃の手を緩められては困るからだ。
『今までの対戦でそちら側は全敗、撃墜無しという状態なわけですが今回の戦闘で勝機はあるとお考えですか?』
『くっそ舐めやがって! お前らなんかな、追いついてくるコルベット艦が……』
『馬鹿かてめえ! 作戦を相手にばらすなドアホ!』
『んだとゴラァ! てめえから落としてやろうかアァ!?』
『おおっと、危うくネタバレを引いてしまう所でした』
『まあ、普通に考えて戦闘船程度の火力ではドラゴンシェルもアマテラスも落とせませんからね。より高い火力を持ってくるのが普通でしょう。となれば彼らの初手の動きは時間稼ぎだと考えられます』
『うぉい、バレてるぞどーすんだよ!』
『言うなっつってんだろーがよ!』
傭兵たちの脳は怒りで煮えていた。それでなくても、ラヴェジャーや悪徳軍人たちに強制的に仕事をさせられている立場である。補給どころか修理の保証もなく偵察や戦いに駆り出される。そんな状況なのに、この有様だ。冷静でいられる方がおかしいだろう。
『さあ、こちらもドックからプレイヤーの出場です。エントリーナンバー1! 空間戦闘最強兵器のひとつ! 絢爛たるレリック! イグニシオンの宝! ドラゴンシェーーールッ!』
リッチ実況の声がスピーカーから大きく放たれる。わざわざアマテラスの上部甲板に新しく設置したホログラフの大型投射装置から、ドラゴンシェルの雄姿が映し出される。
派手な演出で相手の目を引き、ドックからの発進を狙われないようにするための処置である。カメリアはそう主張して上層部から理解を得た。一部のノリのよい乗員たちからの熱い要望に押されたというのもある。
さて、フィオレの操縦するドラゴンシェル。いつもと違う点がある。背に、一門の真っ黒な大型荷電粒子砲が搭載されているのだ。いうまでもなく、これは暴乱細胞によって構成されたもの。パワードスーツ・スサノオがツクヨミと融合した状態。カイトがタケミカヅチと名付けた砲塔形態である。
当然、それを操作する者もその中にいた。
『それでは参ります。準備はよろしくて?』
『アイアイキャプテン。いつでもどうぞ』
ドラゴンシェルの性能劣化問題。解決不能なそれに対する、とりあえずの応急処置。火力が足りないなら外付けすればいいじゃないと、カイトが手を上げてこのような形となった。
実際これは、かなりの補強となった。カイト側には、二つの光源水晶がある。生産される大量のエネルギーを、ドラゴンシェル側に融通することが可能だ。
シールド、火器、慣性制御、推進器。自由に使えるエネルギーがもたらす恩恵は大きい。その上、火力の向上まで期待できる。唯一の問題点は、カイトが危険にさらされるという事だが。
『しっかりと掴まっていてくださいね。攻撃よりもご自分の身の安全を優先してください』
『了解キャプテン。下手な事するといろんな人に叱られるからね。安全第一でいきます』
アキラやカメリア等から強い反対を受け、無理をしたら容赦なく降ろすと釘を刺されていた。アマテラスのツートップを怒らせればどうなるか。恐ろしくてカイトは考えるのを放棄した。
『そして、さあ皆さまお待たせしました! 待望のエントリーナンバー2! アマテラス整備班の努力の結晶! 新戦力のお披露目だ! 本日の対戦者は運が良い。ぜひその目に焼き付けてお帰りください! それではご紹介しましょう! 護衛船、マイティーーーターーートルッ!』
大型投射機が、新しい機体を映し出す。それを一言で表すならば、長方形だった。四角く、ずんぐりむっくりとした外見。カイトは初めて見た時、豆腐を思い出した。
デザインのデの字もない見かけ。外部を覆う無骨な補強用フレームが、ギリギリ何とか宇宙船らしさを醸し出してくれていた。
護衛船とは、その名のとおり母艦を守るための船である。移動力を犠牲にして、火力と生存性に特化している。マイティタートルもまた、そのように設計されていた。
今まで、ラヴェジャーの物資基地等を襲撃してため込んだ宇宙船のユニット。戦闘用のそれを繋ぎ合わせ、足りない部品をプリンターで出力し組み上げた。設計とシステムはカメリアが行い、その見た目と裏腹に性能は極めて高い。
カタログスペックでは、大国が使う同サイズの護衛船と引けを取らない。本来「船」と定義されるそれに必要とされる装備をあえて排除しているのも理由の一つだ。宇宙区間で最低30日以上生活できる設備と備蓄。それがあって初めて船と呼ばれる。なので正確にはこのマイティタートルは護衛「船」ではなく護衛機となる。
見た目は船だし、その場凌ぎで後々は改修するつもりなので船と呼称しよう。アマテラス上層部はそのように決めた。
さて、そのようにして見た目以上の性能をインチキで確保した護衛船。移動速度、旋回速度は並よりやや低い。質量を見れば、やや低いで収まっているのは反則と言えるだろう。そもそも、ユニット船なので速度を出し過ぎると自壊の危険性がある。この程度で十分というのがカメリアの判断だ。
火力は二連レーザー砲塔が上部と下部に二つずつ。圧倒的な連射力を支えるのは、生活空間を排除してまで搭載した大型エネルギーコンデンサ―。もちろんシールドにも恩恵がある。
装甲は、この船に使用された部品の中で最も特別だと言える。何せ、アマテラスに使用されているソレの予備部品を流用したのだ。その性能と頑丈さは折り紙付き。ただ、護衛船レベルでは重すぎる為、生活関係のユニットを諦めた理由の一つでもあった。
さてそんなわけで電子知性らしい、性能一辺倒の豆腐船を操縦するのは航空隊を任されたこの男。
(畜生。こんなダサくてトロい船を操縦するなんて。……俺はカっ飛ばしたくて戦闘機乗りになったのに!)
いつも以上にトサカを尖らせた鳥人のガラス。特徴的なパイロットスーツの下で、叫びたいのを我慢していた。
とはいえ、待望の船である。やっと戦場に出られる機会である。全く趣味の合わない船であろうとも、この仕事を他の者に渡す気はなかった。
(そうだとも。俺の本分は戦闘機乗りだ。たとえダサかろうが船は船。こいつで思いっきり暴れてやる)
そう決意を新たにしたガラスの耳に、スピーカーから声が漏れ聞こえる。繋がりっぱなしの、相手側の言葉だった。
『ダセェ……なんだあの箱もどき』
『ロゴもねぇ、塗装もねぇ、工場出荷直後だってもう少しましに飾ってるぞ』
『ないわー……命を預ける船に、あの外見はないわー』
再びガラスの頭に血が上る。なまじ、自分でも思った事だけに欠片も言い返せない。
『残念ながら、対戦者からの理解は得られませんでしたねー。設計者のカメリア主計長、いかがでしょうか?』
『外観にかける時間と労働力を性能につぎ込みました。見た目で得られるメリットよりもより多くのものを獲得したとデータは示しています。ああいう発言は、マイティタートルを落としてから言ってもらいたいものですね』
実況と解説は好き勝手喋っている。正直、もうちょっとデザインに気を配ってほしかったというのがガラスの本音だ。ともあれ、外野の発言も何とかスルー。
『御いたわしや、ガラス隊長』
『俺はそんなに気にならないんだけどなあ』
しかし、流石に仲間からの同情は流石に我慢できなかった。
『慰めはいらんっ! お嬢、さっさと敵をこっちに追い込め! カイト、お前そんなんだからセンスがないって言われるんだよ!』
『はい、ただいま』
『センスってどうやって身に付ければいいんだろうなぁ』
ドラゴンシェルの推進器が激しくエネルギーを放つ。敵側も、慌てて散開。ガラスは最低限の回避行動をとりつつも同じポイントに止まる。
『さあ、いよいよ戦闘開始です。数は圧倒的に対戦者が有利。はたしてドラゴンシェルを追い込めるのか』
『本来のスペックを十分に発揮できるなら、民間の船では無理難題でしょう。ですが現在、整備不足で性能が落ちていますから。チャンスは十分あるでしょうね』
あえて、こちらの弱みを聞かせる。尻込みして逃げられたら消耗させるチャンスが失われるからだ。うちの主計長は本当にえげつない。ガラスは身震いした。
フィオレは敵部隊の中央に、堂々とドラゴンシェルを進入させた。もちろん、いつも通りの踊りを披露しながらだ。不規則な機動に敵は攻撃を当てきれない。
『撃て撃て撃て! 撃てば当たる、当たってる!』
傭兵の悲鳴じみた指示は、確かにその通りだった。数が多い為、多少はラッキーヒットもある。だがそれではシールドを削り切れない。加えて、現在のドラゴンシェルは外付けの動力まである。この程度は何ら問題にならなかった。
そして、反撃も当然する。
『目標ロック』
『ユーハブコントロール。連動発射!』
三門の荷電粒子砲が、連射モードで放たれる。回避は間に合わない。光のつぶてが次々と戦闘船に叩きつけられた。シールドダウン、船体損傷。
『おおっと、開始から一分経たずに最初の脱落者ー! 程よく壊れましたねえ』
『装甲破損、センサー破損、気密も破れてます。これは修理にずいぶんと時間と資金がかかりそうですね』
『傭兵には人生の瀬戸際に立たされるレベルの出費ぃ! ……おおっと、敵機がドラゴンシェルの後ろを取った!』
実況の通り、機動力の高い戦闘機が背後に迫った。通常であれば、一方的に攻撃できる有利な位置である。ドラゴンシェルにとってもそうだ。しかし、今回はその背にカイトがいる。
『砲塔旋回180度。後部目標へけん制射撃開始』
『アイキャプテン。砲塔旋回、けん制射撃開始ッ』
黒い砲塔がぐるりと後ろを向く。そして連射モードでビームを浴びせ始める。攻撃は、驚くほど当てやすかった。相手から近寄ってきてくれるし、進路もこちらに合わせてくれるのだ。追いかけ来る限り、この状態は変わらない。
『畜生、あんなものまで付いてるのかよ!』
悪態をついて、敵が離れていく。シールドはやや削ったが、本体への損傷には至らなかった。せっかく疲弊させたのだ。そのまま逃がすわけがない。
『けん制完了』
『了解。ではガラス隊長の方へ追い込みます』
ドラゴンシェルが見事な旋回性能を見せる。慣性を制御し、急カーブを描いて離れていった敵の進路へ回り込む。黒い砲塔が旋回し、荷電粒子砲で進路を誘導する。
『嘘だろ!? もう回り込んできやがった! おい、誰かこっちに……』
『対戦者の皆様にお知らせします。選手追加のお知らせです。第三の参戦者は……』
切羽詰まった発言に割り込んで、リッチが呑気にアナウンス。しかしその内容は相手側の度肝を抜いた。
『戦艦アマテラス。戦艦アマテラスが参戦します。よろしくお願いします』
『『『は?』』』
驚愕の声が通信に乗る。同時に、アマテラスの巨大な推進器が猛然とエネルギーを吹き出し始める。その加速は、見た目以上に速い。慣性制御機関が稼働しているというのもあるが、それだけではない。いつも通り、アキラの手が加わっているのだ。
対戦側としてはこれが混乱を加速させる。船のコンピューターが予測するそれより明らかに早い速度で移動してくるのだ。全長3kmの巨大質量が。直撃どころか、引っかけられるだけでも機体が全損する。事実上、超巨大な実体弾だった。見て避けられるのだけが唯一の救い。
『おい、早い! 早いぞ!』
『ざっけんな! 何だあのターン! 戦艦の動きじゃねー!』
『デカブツに気を取られ過ぎるな! まだドラゴンシェルが……だぁ!?』
逃げ回る一機に、レーザーの雨が叩きつけられる。今まで機会をうかがっていた、ガラスがここにきて動き出したのだ。フィオレに追いかけまわされている最中に、アマテラスが参戦。不意を打つには十分な状況だった。
『ドックファイトできないストレスを、火力で晴らさせてもらうッ!』
実際、ガラスはここにきてご機嫌だった。彼が今まで乗った船で、ここまでレーザー撃ち放題のものはなかった。この四分の一の火力であっても、撃ち続ければあっという間にコンデンサーが空になる。
頂点種、暴乱城塞が保有する膨大な兵器データ。その一部である暴乱細胞から、情報のサルベージをカメリアはコツコツ地道に行っている。マイティタートルにはその一部が反映されていた。
軍用の高性能品でも稀な性能を発揮するレーザー砲塔。圧倒的な連射力と持続力。船が一つ、また一つと行動不能になっていく。
『おーっとマイティタートル。沈黙を破って撃墜スコアを伸ばしていくー!』
『無駄に弾をばらまくことなく、チャンスを狙い続けた成果ですね。プロフェッショナルの仕事です』
『カメリア主計長の評価が高い! さあ、対戦相手のこり2隻となりましたが……おおっと、跳躍反応! ここで相手側の追加戦力が到着だー!』
遠方に現れる、複数の艦影。三隻のコルベット艦を含む、総勢18隻の機動部隊だった。軍艦という枠組みでは最も機動力があるコルベット。その分火力は低いが、あくまでその中での話。民間で使用されているそれとは一ランク上の攻撃力を持つ。
ドラゴンシェルにカイトの力が加わった今の状態でも、この数を相手どるのは無謀である。マイティタートルの火力と防御力も、多勢に無勢。アマテラスの修復が進む前であったならば、カイトたちの運命は風前の灯火と言える状態だった。
だが、今は違う。
『対戦者の皆様にお知らせします。選手追加のお知らせです。第四の参戦者は……』
『は? ま、まだ何かあるっていうのか?』
『苦し紛れだ! 今更、船が一つや二つ増えた所で……』
通信が賑やかになる中、アマテラスのホログラフ大型投射装置が再び起動する。虚空に映し出されるのは、光のように輝く金色の長い髪を持つ美少女。同時に、コアルーム上の装甲が開きエアロックも解放される。
現れ出でるは、輝ける多面体。
『戦艦アマテラス艦長。頂点種、光輝宝珠のアキラ様です。皆さま、どうぞ拍手でお迎えください』
『よろしくねー!』
アキラの声は、通信ではなく念話だった。明るく朗らかな挨拶が、参戦したすべての者達に響く。返答は、絶叫だった。
『『『ふざけんなーーーッ!』』』
これほど純粋な、理不尽への怒りはめったにない。それが揃って放たれることも。アキラがちょっとびっくりするほどだった。
『冗談じゃねえよ! いくらなんでもここまでされるいわれはねえよ!』
『間抜けにも引き返せねえ依頼を受けちまったけどさあ! だからって頂点種が出てくるのはあんまりだ!』
『やっていい事と悪い事があるだろ! あるだろ!!!』
『みんな元気だね。うん、理不尽な体験がいきなりやってくるのは辛いよね』
『理不尽本人に言われたくねぇぇぇ!』
通信と念話が入り乱れる。過去最高に騒がしい。無理もない。頂点種には絶対勝てない。既知宇宙の子供はそれを言い聞かされて育つ。例え親がいない者であっても、生きている限りその情報は必ず耳に入ってくる。
覇権国家、大国、星間企業、大海賊。名だたる強豪が、運悪く頂点種と敵対したばかりに破滅の道を歩む。歴史には、そんな話が山のように記載されている。それが事実である証拠もまた、様々な痕跡となって残っている。
半壊して放置された衛星要塞。幾多のスペースデブリとなった大艦隊。廃墟となった惑星首都などがそれだ。共存の為に努力しなければ自分たちは存在できない。頂点種とはそういった理不尽だ。
『落ち着け! 皆落ち着け! 頂点種は本気を出さない! 一瞬で俺たちを殺したりはしない! そうだよな! ええっと……アキラ様!』
ここで、コルベット艦の艦長の一人が声を上げた。アキラもそれに答える。
『ほほう。何でそう思うのかな、ラックハンド傭兵団のジョージ君』
『お、おれの名前!? ……い、いやだってその。あんたら、これまで俺たちにとどめを刺したことは一度もないじゃないか。撃破した方が絶対有利ッて時も、わざわざ破損させた。そんな報告が上がってきてる。だから、そういう目論見があるんじゃないかって』
『うーん……大正解! 花丸あげちゃう!』
大きく出力されたアキラの立体映像が拍手する。カメリアがその効果音を通信に乗せた。
『お前ら、聞いての通りだ! だから落ち着いて……』
『いきなりビームはしないけど、嫌がらせはするね?』
『対処を……え?』
ジョージの間抜けな声が響く中、アキラが動き出す。アマテラスから勢いよく飛び出した輝く多面体が、まず最初の二機へと接近する。
『き、来たぞ! 逃げろ! ブースト!』
傭兵は緊急用加速装置を起動する。彼の愛機は、いつも通りの加速を見せた。あっという間に、アキラから遠ざかる。
『よし、なんとか……ん?』
次の瞬間、彼の身に不思議な事が起こった。大きく離れたはずの、恐ろしき多面体。それがすぐ近く、ほぼ目の前にいるのだ。
(何が起こった? 跳躍? こんな短距離は無理だ。レリックのような特別な何かでもない限り……レリック?)
『はい、正解。遠くに行っちゃったから、引き寄せてみたよ』
『反則っ……』
彼の言葉が通信に乗ったのはここまでだった。マイティタートルのレーザーが、機体のシールドをダウンさせた。そのまま行動不能にされ、救助を待つ身となる。通信装置も当然壊れた。
この一連の動きを見ていた他の者共は、絶望感に身を凍らせた。頂点種の具体的な理不尽さをはっきりと見せつけられたのだ。パニックに陥っても仕方がない状況。しかし、理不尽はそんな余裕を与えてくれない。
『それじゃあ、じゃんじゃんいくよー!』
『に、にげろぉぉぉ!!!』
ジョージの悲鳴が響き渡る。アキラが元気よく飛び回る。引っ掻き回された戦場で、フィオレとガラスがスコアを伸ばしていく。
戦艦アマテラスの修復が進み、最低限の防衛と移動ができるようになった。攻撃手段はほぼない状態なので、護衛は必須だ。しかし、これで今まで多くの分野を担っていたアキラが、一時的にだが自由に動けるようになった。
あくまで短期間である。彼女がアマテラスの動力源であることには変わりはない。メンテナンス不足のサブ動力源だけで、巨艦を動かし続けることはできない。制約は他にもある。全力を出せば、宇宙のどこかにいるほかの頂点種の耳目を集めかねない。
このような縛りのあるアキラが、戦場で何をするべきか。首脳陣と戦場に理解のある者たちは意見を出し合った。下士官ですらない者が発言するその光景に、ハンス副長補佐はおなじみになった眩暈を覚えた。
そうやって集められたアイデアを、ミリアム副長が精査して出した結論が嫌がらせだった。アキラの使うパワーは頂点種から見れば些細なもの。しかし、現実に作用する現象は致命的だった。
空間跳躍で遠くの相手を引き戻す。念動力で行動を阻害する。混乱で操縦を妨害する。今回アキラが行うのはこの三つのみ。
ただこれだけで、この場は戦場ではなく狩場となった。
『回復キャラと妨害キャラは先に倒せってゲームでよくあるけど。最強キャラがそれをやるからどーしようもないなあ』
『ガンナー。無駄話はいけませんよ。気持ちはよく分かりますが』
『すみませんキャプテン』
カイトは縦横無尽、天衣無縫に遊び回るアキラの姿を半笑いで見ていた。そう、戦いではない。本人はまじめにやっているのは間違いないが、完全なるワンサイドゲームだった。
機動力が売りの偵察機や戦闘機は、攻撃が当てやすい位置に移動させられる。火力が売りの攻撃船は、武装そのものを曲げられる。コルベット艦は、ブリッジクルーの目が回っている。
拡大する損害。減少する戦力。はしゃぐアキラ。相手の戦意は見事にへし折れ、そして目論見通り損傷と消耗を与えた。潮時だった。
『ゲームセット。勝者、戦艦アマテラスチーム。実に一方的な試合展開でした。解説のカメリア主計長。いかがでしたでしょうか』
『相手側が烏合の衆であるという事が響いています。性能差を補うならば、一対多を押し付けるしかないわけですが、彼らは連携戦闘の訓練を行っていない。その時間も余裕もないから当然でしょうが。せめて最初からコルベット艦が参戦していれば違ったかもしれません。まあ、その場合は最初からアキラ様が出場していたわけですが』
戦力の逐次投入。通常ならば間抜けの代名詞のように言われるこれをあえてやった。最初から全力を出しては、相手の戦意を削ぐからだ。
『現在、戦場ではアキラ様による救助活動が行われています。皆さま、ご協力よろしくお願いします』
これを救助活動と表現してよいものか。カイトは首をかしげる。どちらかといえば、宇宙ゴミを集める清掃活動ではないか。ともあれ、行動不能に陥った船は全てひとまとめにされた。救助ビーコンも無事発信しているので、ほどなく彼らの仲間がやってくるだろう。
その作業の間に、宇宙に出ていた面々がアマテラス内に格納される。アキラの帰還が最後になったが、それも大して時間を取らなかった。
『それでは、本日の実況はここまでとさせていただきます。皆さま、またお会いしましょう。お疲れさまでしたー』
一体だれが作ったのか、それともただのフリー素材か。軽快なBGMを少々流して、アマテラスがその場から消え去る。残されるのは、行動不能になった傭兵のみ。
『……やってられっか』
ジョージの心の底から出た悪態が、虚しく通信に乗った。
カイト「エースじゃなくてジョーカーなんだよなぁ」




