第68話 ゴーレムと幻の植物
「さぁて、あの子に描いてもらった情報をもとに幻の植物を探すぞぉ!」
ヘルガさんは羊皮紙を食い入るように見つめる。
「おおっ……あの木の家を基点に植物が生えている場所までの距離と方角が記してあるよ! これが正しければ、全部集めるのにそう時間はかからないね」
俺も羊皮紙を見せてもらう。
そこにはヘルガさんの言う通り、具体的な距離と方角が記されていた。
この情報と俺の方位磁石の機能を合わせれば、植物が生えている場所まで迷うことなく案内が出来る。
「俺について来てください。近場から回っていきましょう」
現在地から一番近いポイントを目指す。
それにしても、ジャングルに来てから魔獣をあまり見かけないな。
もしかしたら、俺が風の装具の性能を試すために何度か戦ったから、俺のことを恐れて出て来なくなった……とか?
何にせよ、そもそも戦う機会がないというのは良いことだ。
その後、俺たちは魔獣に邪魔されることなく順調に植物を集めていった。
シルフィアの情報は正確無比で、指定されたポイントには必ず求める植物が存在した。
これはそれだけ長い間彼女がこのジャングルで過ごしているという証明でもある。
一体、何年くらい一人っきりの生活が続いているんだろうか……。
彼女にとってどんな生活が幸せなのか、出会ったばかりの俺に決める権利はない。
だけど、やっぱりどんな危険が襲ってくるかわからないジャングルに一人でいるよりかは、街に身を寄せた方が安全で快適な生活を送れそうなのは確かだ。
まあ、最後にそれを決めるのはシルフィア自身。俺は彼女の考えを尊重するつもりだ。
マホロがそれを許すかは知らないけど……。
「あの子のおかげで欲しかった植物がサクサク集まるよ! 後で改めてお礼を言わないとねぇ~」
上機嫌で植物を集めていくヘルガさん。
そんな彼女の手がふと止まる。
「この植物……街で栽培出来ないか? 街でたくさんなめし剤の材料が手に入ったら、それだけ作業効率も上がるってもんだけど」
「今のラブルピアの土には十分な栄養がありますから、栽培すること自体は可能だと思います。ただ、植物の成長速度まではいじくれないので、街だけで安定供給を実現するには相応の時間がかかると思います」
「そうかぁ……。なめし剤に使うのは実や花じゃなくて葉っぱだからさ、にょきにょき育ててサクッと収穫出来ると思ったんだけどねぇ」
大地の守護神ガイアゴーレムも、命までは自由に出来ない。
俺も街に大きな畑を作って、そこから野菜や果物をたくさん取れる日々を思い描いているが、実現にはまだ遠い。
「まっ、それはそれとして畑作りはやってみたいし、多めに植物を取っていこうかね。あの子が言う通り、幻とは程遠いくらいたくさん生えてるからさ!」
そう言ってヘルガさんは植物を根っこごと抜き取る作業を再開した。
同じノリでジャングル各地を回り、植物の入ったカゴがいっぱいになった頃――
「いやぁ、十分十分! 探し当てるのに何日も何日もかかると思ってたのに、全種今日のうちに欲しい量を確保出来たよ! みんな、ありがとさんっ!」
ヘルガさんが笑顔で頭を下げる。
その眩しさすら感じる笑顔に、俺の心も温かくなる。
「かなり安全な探索が行えましたね。襲って来た魔獣も知能の低い小動物か虫のような魔獣のみで、大型で戦闘能力が高い魔獣は見かけもしませんでした。これもガンジョー様のおかげですね」
流石はメルフィさん。大型魔獣が襲ってこない理由をおおよそ察しているな。
彼女の言う通り、今回のジャングル探検は安全そのものだった。
植物を引っこ抜いたので体に多少の土汚れは残っているが、傷ついた人は誰もいない。
ヘルガさんも作業の際には使い込まれた革手袋をしていたから、草で手を切ってしまうなんてこともなかった。
きっと、あの手袋は街に流れ着いた時から持っていたものなんだろうな。
「では、シルフィアさんのところに戻りましょう! 街に来てくれるにせよ、来てくれないにせよ、今日のお礼を言わないといけませんからね!」
マホロの言葉にみんなうなずく。
ここまで思い通りに植物探しが進んだ理由はシルフィアにあると、みんなが思っているからな。
俺が方位磁石を頼りに現在地からツリーハウスまでのルートを割り出して進む。
前向きな返事が聞ければいいなぁ、なんて考えていた時――
ドシン……ッ! ドシンッ……!
大地の揺れと鈍い音、まるで重い物が地面に叩きつけられたような……!
ドシン……ッ! ドシンッ……!
音は連続する。地震ではない……。足音のように規則正しく刻まれている。
この音は一体……なんだ!?
「ガンジョー様、これは巨大魔獣の足音だと思われます……!」
焦りが混じった声色のメルフィさん。おそらく彼女の推測は正しい……。
足音のようなものではなく、足音そのものと考えるのが自然だ。
「私も今まで遠目にしか見たことがありませんが、このジャングルのさらに奥地には十メートルを超えるような怪物が潜んでいるのです……! 普段はこんな場所まで来ないはずなのですが……」
「そりゃ……困りましたね。日没までそんなに時間もないですし、シルフィアに挨拶したら速やかにリニアトレインで街に帰りましょう」
俺の提案にうなずくメルフィさんとヘルガさん。
だが、マホロとノルンは違った。
「シルフィアさんは大丈夫なんでしょうか……? この足音の主はどこに向かってるんですか?」
耳を澄ませ、足音の発生源を探る。
そして、頭の中に出来上がりつつあるジャングルの簡単なマップと、足音が向かっている方向を照らし合わせる――
「マズい……! 足音はシルフィアのツリーハウスの方に向かっている!」




