第67話 ゴーレムとハーフエルフ
人間とエルフの血を引く……つまりハーフエルフってことか?
確かに彼女は体の左右でいろいろ特徴が分かれているが、いくらハーフでもそんなわかりやすく半々になるものか……!?
シルフィアと名乗った少女の髪は風に揺れ、髪に隠れていた右耳があらわになる。
そちらは人間と同じ耳の形で、左耳のように尖っていない。
これも人間とエルフの特徴が半々になっているってことか……。
「私もまた居場所を失くしてこのジャングルに住んでいる」
シルフィアはツリーハウスから出て、地面に降り立つ。
爽やかな白と青を基調とした布の服を着ている。材質は麻製だろうか?
身長はマホロより少し高く、一六〇センチくらいに見えた。
色白の肌に細身の体型は俺が思い描くエルフの姿そのもの。
流石に左右で肌の色や体型まで違うということはないようだ。
「ニャ~~~!」
木から降りて来たシルフィアにノルンが駆け寄る。
体を何度も擦りつけ、再会を喜んでいる。
それに応えるようにシルフィアもノルンの体を撫でまわす。
「ご主人様と会えて良かったなぁ~。怪我はもう大丈夫か? 見かけなくなってからはずいぶんと心配したんだぞ~」
まさに猫撫で声でノルンをわしゃわしゃするシルフィア。
今までは俺たちを警戒して低い声で話していたんだろう。
本来の彼女の声はとても高く透き通っている。
「これからはご主人様と一緒に暮らせるな。このジャングルは危険だから、もう来ない方がノルンのためだ。今日は私に会いに来てくれてありがとう……」
そのシルフィアの言葉からは明らかに寂しさを感じる。
ノルンをそれを感じ取ったようで、彼女の服を噛んで引っ張り始めた。
「おいおい、破けてしまうではないか! 服を一着作るのも大変なんだぞ!」
「ニャアッ!」
「ノルンはシルフィアさんに一緒に来てほしいんです。私たちの街……ラブルピアに」
マホロがノルンの気持ちを代弁する。
いや、この場にいる全員の気持ち……か。
「ラブルピア……それがお前たちの街の名前か。だが、人間の街に私は住まん! エルフの里も、人間の街も、私の居場所ではない。どっちつかずの私には……」
「違います! ラブルピアはみんなの街です! 種族なんて関係ありません! ノルンだって住んでいますし、何よりゴーレムのガンジョーさんがいます!」
「ゴーレムが……」
シルフィアが俺の方を見る。俺の存在は説得力抜群だ。
このゴーレムが住んでいるなら、私が住んでも構わないだろうと思ってくれれば万々歳だ。
「しかも、ガンジョーさんの魂はこの世界の人ですらありません! 元々は別世界からやって来た人間なんです!」
「ゴーレムが……人間……!? 別世界……!?」
マズい、そこまで情報を出すと逆に混乱するぞ……。
俺の存在がシルフィアさんの中でより得体の知れない物になってしまう。
ここはもう俺自身の言葉で説明すべきだ。
「俺は元いた世界で事故に遭って死んだ人間なんだ。その魂がこの世界に導かれ、大地の守護神ガイアゴーレムの中に入った」
「ガイアゴーレムの存在そのものは知識として知っている……。だが、本当にあの秘術を成功させるほどの魔法使いがいるとは……」
どうやら、シルフィアのかたくなだった心は少しずつほどけているみたいだ。
マホロの熱い言葉で、俺の存在を信じてくれている。
「俺たちの街ラブルピアはまだまだ再生の途上なんだ。人口もそんなに多くないし、言い方は悪いけど種族の違いで差別するような無駄な元気が余ってる人はいない。それにみんな人間の社会に馴染めず、居場所を失って流れ着いて来た人ばかりだ。きっと、シルフィアのことも理解してくれる」
「む、むぅ……」
彼女にとっては俺たちの提案は晴天の霹靂、寝耳に水……すぐに答えが出なくて当然だ。
だが、この危険なジャングルに一人で暮らすよりは、ラブルピアに来た方が安全で快適に暮らせるのは間違いない。
何かジャングルに用事があるなら、街から直行便も出ている。
数分で街とジャングルの往来が可能だ。
「シルフィアさん、私やノルンと一緒に暮らしましょう!」
マホロがグイッとシルフィアに接近する。
今にも抱き着きそうな勢いだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! いきなりのことで答えなど出せない! 十分に考える時間がほしい。お前たちの気持ちはよくわかった。もう頭ごなしに否定しないから、少しの間一人にしてくれ……」
「わかりました! その間、私たちはジャングルのどこかに生えているという幻の植物を探して来ます」
「幻の植物? このジャングルにそんな物があるのか……?」
「ちょうどスケッチがありますよ」
マホロはヘルガさんから羊皮紙を受け取り、そこに描かれた幻の植物を見せる。
「あー、この植物なら全部見かけたことがあるぞ。確かに少しわかりにくいところにあるが、幻と言うほどではないな。どれ少し情報を描き込んでやろう……って、何をそんなにジーッと見ている!」
シルフィアはマホロからの尊敬のまなざしに気づいた。
「いやぁ、シルフィアさんっていい人だなぁ~と思って。私たち、上手くやっていけそうだと思いませんか?」
「そ、そんなに簡単に人を信用するな……! これで私が悪党だったらどうする! 人目を恐れてジャングルに隠れ住んでいるのかもしれんぞ……!」
「そうなんですか?」
「いや、違うが……。例えばの話だ! まったく……どうしてそんなに私に興味を持つのかわからん……!」
そう言いつつもシルフィアは一度ツリーハウスに戻り、羊皮紙に植物の生育地に関する情報を描き加えてくれた。
口調と表情こそぷんぷんと怒っているように見えても、すでにマホロに心を許し始めているのがわかる。
「魔獣の縄張りの近くに生えている植物もある。すでに探索に協力してから言うのも何だが……絶対に必要な物でもない限り、取りに行くのはやめておいた方がいい」
「何から何までありがとうございます。でも、私たちにはガンジョーさんとこの魔法の道具があるから大丈夫です!」
マホロはウィンドショベルを見せつけるように掲げる。
「そうか、なら引き留めはしないが……十分に気をつけるんだぞ」
「シルフィアさんも一緒に来てくれると心強いんですけど……」
マホロが甘えるような声でそう言うと、シルフィアは数秒間「うーん」と考え込んだ。
しかし、その後「はっ……!」として、顔を赤らめながら叫んだ。
「い、いやっ、行かないぞ……! 少しの間一人にしてくれと言っただろうに……!」
自分で自分の言ったことを忘れて、真剣に着いていこうか考えていたことに気づいた彼女は、恥ずかしそうに両手を振って否定した。
いやはや、マホロもなかなかに魔性の女だ……。
「では、植物を手に入れたらまたここに戻って来ます!」
「今日中に答えが出るとは限らんからな……!」
「なら、毎日街からここに来ます。私たちは数分で街とジャングルを行き来する乗り物を作ったので」
「なっ……そんな物があるのか!? そ、それは流石にちょっと気になるな……」
さらに心が揺らぐシルフィアに背を向け、俺たちは幻の植物探しへと向かう。
その時、ヘルガさんがポツリとつぶやいた。
「アタシの用事……忘れられてなくて良かった……!」
そう、今日ジャングルに来た目的はあくまでもヘルガさんが求めるなめし剤の原料探し。
マホロはそれを忘れているんじゃないかと思っていたが、しっかりと覚えていてシルフィアから有益な情報ももらえた。
流石はマホロ。ラブルピアやジャングルも含んだファーゼス領の素晴らしき領主代行様だ。




