第55話 ゴーレムと革細工職人
「えっと……革細工っていうのは、あの動物の皮とかを加工する仕事で……」
「そうそう、それそれ! アタシの場合は動物や魔獣の解体から皮なめしまで出来るから、すでに革になってる物を加工するだけの職人より有能な自信がある! いわばスーパー革細工職人だな! ガハハハッ!」
皮なめし――確か『皮』の毛や汚れを取ったり柔らかくしたりして『革』に変える行程か。
さらに生き物の解体まで出来るのは確かにすごい職人だと思う。
「そのスーパー革細工職人さんが、俺に何の御用で……」
「まあ、待て待て! 私はまずアンタに感謝の言葉を述べたいんだ!」
俺がしゃべり出すと食い気味に被せて来る……!
わずかな合いの手もいらない、とにかくしゃべらせてほしいってことか。
「スーパー革細工職人と言ったって、訳あってこの街に流れ着いてからは、何も出来ずにただただ死んだように生きてただけだったのさ……。魔獣は倒せても、豊富で清潔な水がない場所じゃ、皮を加工することなんて出来やしないからね……」
水がなければ、皮を手に入れたところで綺麗に洗うことすら出来ないもんなぁ……。
「それがある時、この街に水が流れ始めた! それも浄化の力を持つ砂と一緒に! 都会よりも優れた水質の水がたくさんあれば、より質の高い革を作れる! そうして復帰がてらに作ったのが羊皮紙さ。魔獣の皮と石灰と水があれば作れるからな」
「じゃあ、おじさんに羊皮紙を渡したのは……」
「アタシさ! 灯台の設計図を描くのに欲しいって言われて、くれてやったのさ! 結局、何を作ってもそれを必要とする奴がいないと意味がないからね」
誰が作ったんだろうと気になっていた、あの大きくて質の良い羊皮紙を作ったのはヘルガさんだったのか!
おかげで細部までキッチリ描き込まれた一流の設計図が出来上がったわけだ。
「また革細工の仕事を始められたおかげで、干し柿のようにしなびていた私の肉体と精神は、水を得た魚のように新鮮さを取り戻した! 少し前まではババアに見えただろうが、今はちゃんとピチピチの二十代に見えるだろう?」
ヘルガさんが自分の顔をアピールする。
そして、俺は『少し前まではババアに見えた』という言葉で、彼女に対する妙な違和感の正体を掴んだ。
「あ……! 前にヘルガさんによく似たご婦人を見かけたことがありますけど、もしかして……」
「イッツ・ミー! それはアタシだよっ! あの時は心がしなびて、体もしなびてたんだよね」
それこそあの時は四十、五十くらいの女性に見えたんだけど、それが心の変わりようでこんなに若返るのか……!?
やはり精神の安定こそが身体の安定に一番必要なのか……?
「アタシがこうして元気になったのは、みんなアンタのおかげだ! その感謝の言葉を伝えたくって、今日ここを訪ねて来たわけさ! ガンジョー、ありがとさんっ!」
ヘルガさんはバッチリとウインクを決めた。
「言いたいことは言えたし、今日はこのへんでおいとまさせてもらおうかね。じゃ、これからも街のことをよろしく頼むよ! 革が必要になったらいつでも言ってくれ! 食べ物と交換だ!」
「あ、ちょっと……!」
ヘルガさんは聞く耳持たずで、颯爽と教会から去っていった。
「……それで俺にお願いしたいことって何だったんだろう?」
感謝の言葉よりもお願いの方が目的だったように思えるが、まあ本人が満足したならそれで……。
「ごめんっ! よく考えたら全然言いたいこと言えてなかったわ……!」
バンッと教会の扉を再び開き、ヘルガさんが戻って来た。
これには流石にマホロも苦笑いだ。
「言いたいことっていうのは、俺へのお願いですよね?」
「そうそう、それそれ! そのお願いっていうのは、他でもない革細工に関することなんだ。今のこの街にはアンタが廃鉱山で取って来てくれた石灰石が豊富で、皮を綺麗に洗うことまでは十分に出来るんだ。だから、それで十分な羊皮紙は作ることが出来る。でも……」
今までハイテンションで勢いのままにしゃべっていたヘルガさんだけど、本題に入るとその語り口が冷静なものに変わった。
「いわゆる衣服やカバンに使う『革』を作り出すには、植物由来の『なめし剤』を用意しなきゃならないんだ。その液体に皮を浸けないと、皮はあくまでも皮のまま。柔らかさと頑丈さを得られず、すぐに劣化してしまうんだ。とても人が身に着ける物にはならない」
あくまでも紙代わりの羊皮紙と違って、頑丈な革を作るにはさらに手間が必要ということか。
そして、そのために必要な物が植物由来……今、この街で一番手に入りにくいものだ。
「ガンジョー……アンタのおかげで私たちは水と食べ物、雨風をしのげる家を手に入れた。さらには死んだ後の居場所やなんかすっごいデッカい灯台も出来た。だが……アンタに服は作れないんだろ?」
「ええ。鎧なら作れるでしょうけど、布や革を要する衣服はゴーレムの力の範囲外です」
「この街の住人はみんな流れ着いた時に持ってた服をずーっと着てる。たまに瓦礫の下から、かつて街に住んでた奴らの服が出て来るが……それで十分とは言えない。だから、アタシが新しい服をみんなに作ってやろうと思ってるんだ!」
街が再生したことで生きる力を取り戻した住人が、自分が持つ能力や技術でさらに生活を豊かにしようと立ち上がってくれる……。
ゴーレムでなければ、俺はポロポロと涙を流していたかもしれない。
「素晴らしいことだと思います。俺に手伝えることがあれば、何でも言ってください!」
「何でも……か! フッフッフッ……もちろん、そのつもりでここに来た! まあ、賢いアンタならすでに私が何をしてほしいのか察してると思うけど、食い違いがあると困るから言っておくよ! ジャングルから『なめし剤』を作るのに必要な植物を取って来てほしい!」
これはもちろん想定通りだ。
今の環境で植物由来の物を作るなら、東のジャングルに足を運ぶしかない。
そして、彼女のお願いはくしくも俺が考えていた今後の方針と合致する。
安定したジャングルへの往来手段……トロッコのレールを敷くことだ。




