第29話 ゴーレムと大水路
水路はジャングルを貫き、大河にまでたどり着いた。
前と同じく街から真っすぐ東に進んで来たので、今回も川を見下ろす小高い崖の上に出た。
水の逆流を防ぐ、凶暴な魚がさかのぼって来るのを防ぐ……やるべき二つの対策にこの地形がすごく役に立つんだ。
水路をそのまま真っすぐ通すと、崖から水が流れ落ちる形になる。
いわば人工の滝になるわけだ。
これなら大河の濁った水が水路に入って来ることはない。
狂暴な魚に対しては念入りな対策として、水路の出口に格子を作ってある。
相当頑丈に作ったから、魚が滝登りを披露したとしても水路には入れない。
これでジャングル側の工事も完了!
百キロメートルを超える超巨大水路が完成したことになる。
後は水をせき止めているオアシスの仕切り板を外せば水が流れる!
「日没が近い……お楽しみは明日だな」
夜でも方位磁石を使えば迷わずオアシスにたどり着けるし、出来るだけ早く水路に水を流したい気持ちもある。
ただ、瓦礫の街の夜は暗いから、夜に水を流してもほとんどの人がよくわからないと思う。
これほどの大工事だ。
どうせなら明るい時にパーッと完成を喜びたい!
それくらいのわがままは許してもらえるだろう。
◇ ◇ ◇
翌日――俺は遠足前の子どものようにワクワクして、早朝に目が覚めた。
とりあえず、裏庭の畑を観察して気分を落ち着かせてからオアシスに向かうことを決めた。
「ガンジョーさん、おはようございます!」
「ニャー!」
マホロとノルンも起きて来た。
でも、なんだか今日の二人は何かを企んでいるような……?
「今日はついに水路に水が流れる日ですね! 私もオアシスに連れて行ってください!」
「ニャ!」
うーむ、そんなことだろうと思っていた。
「水浴びなら街でも出来るようになる。赤い木の実も行ったついでに取って来る。それでもオアシスに行きたいのかい?」
「はい! 水が流れる瞬間を一緒に見たいです! それにノルンを思いっ切り走らせてあげたいんです。元気になったこの子に街は狭すぎて、毎日うずうずしていますから!」
「ニャ~!」
ノルンはこの数日で万全の状態になった。
毛並みは完全に艶を取り戻し、打撲痕もまったく目立たなくなった。
そもそもコクヨウヤマネコという種が相当な生命力を持っていて、傷の治りもかなり早いらしい。
今では毎日池を泳いだり、街を駆け回ったり、防壁の上を歩いたりしている。
「ノルンの足はガンジョーさんと同じくらい速いです。足手まといにはなりませんし、あまり動かないでいると体力も落ちてしまいますので……」
「……わかった。一緒にその瞬間を見ようじゃないか!」
マホロは一度オアシスに連れて行っているし問題はない。
ノルンもあのジャングルでしばらく生き残っていたタフさがある。
日中の荒野に連れ出すくらいなら大丈夫なはずだ。
「そろそろ出発するから準備をしてくれ」
「はい! 良かったね、ノルン!」
「ニャ~!」
ノルンは俺の足に体をすりすりしてくる。
どうしてネコっていうのは、こうもかわいいんだろうな。
「無理はするなよ、ノルン。いざとなったらお前もマホロと一緒に背負うさ」
「ニャ!」
俺の心配をよそに、街を出た後のノルンは……俺の前を走っていた。
埋めた位置がわかりやすいように、地下の水路の真上には地面をこんもりと土を盛っている。
言い方は悪いが、それは平らな荒野に走ったミミズ腫れのようだ。
これに沿って走ればオアシスにたどり着くとノルンに教えた結果、俺の背中を追う必要はないと言わんばかりに先を走り始めた。
まったく本当に奔放なネコ様だ!
「ノルンが元気になって本当に良かったです~!」
前回と同じく俺の肩に乗っているマホロが風の中で叫ぶ。
俺も相当なスピードで走っているので、マホロにかかる風圧がすごい。
正直、俺以外の誰かを街の外へ移動させるなら、他の移動手段が欲しいところだ。
車なんて作れはしないが、列車……いやトロッコならあるいは……。
なんてことを考えていると、あっという間にオアシスに着いた。
目の前を自分より速いノルンが走っていたから、それだけペースが上がったということか。
「ご、ごめんなさい……! ちょっと休憩させてください……!」
俺の肩から降りたマホロがよたよたと歩き、草地の上で寝転がった。
……ちょっと飛ばし過ぎたな。
「すまない……。帰りはもう少しゆっくり走るよ」
「いえいえ、帰りは流れる水よりも早く街に帰りたいですから……!」
水路に水が流れ込む瞬間を見て、それから街に水が流れ込む瞬間も見たいってこと!?
「うーん、流石に水が流れるスピードには勝てないかな……」
「あ……やっぱりですか……。すいません、無茶苦茶言ったと思ってます……!」
「ニャ!」
ノルンがマホロの頭に前脚を置いたり、しっぽでぺちぺちして遊び始めた。
休まずに俺より速く走っていたというのに、ノルンは疲れ知らずだな。
こんなにタフなノルンを追い詰めていたジャングルのサルたちは、やっぱり相当な強さを持っているんだろうな……。
彼らの投石にびくともしないゴーレムの頑丈な肉体に感謝するばかりだ。
「ふぅ……。落ち着いて来ました!」
マホロが立ち上がる。
いよいよ、その時が来たということだ。
「じゃあ、仕切り版を外すよ」
「お願いします!」
「ニャー!」
オアシスと水路を隔てている一枚の石板。
それが今、取り払われた。
オアシスの清潔な水が、水路へと流れ込んでいく!




