第26話 ゴーレムと緊急事態
今回は極力戦闘を避ける方針だったが、こうなっては仕方がない。
俺はこのクロネコをマホロのもとまで連れて行くと決めたんだ。
サルたちは俺を即座に敵と認識し、その手に握った石を投げつけてくる。
だが、ゴーレムに投石など効くものか。
俺の体を盾にしてクロネコを投石から守り、反撃に移る。
「お返しだ!」
反撃方法はサルたちと同じく投石。
投げつけられた石のいくつかを掴んで投げ返す!
《ギャイィィィ…………ッ!!》
投げた石は全弾命中!
当たったサルはしっぽを巻いて逃げ出す。
だが、まだまだ戦意を失っていないサルは多い……。
そういう奴らは武器も持たずに勢いのまま飛びかかって来る!
「ダラダラ相手をしている暇はない!」
俺は飛びかかってきたサルを空中で掴み、他のサルに向けて投げつける。
こうすることで撃破効率は2倍だ。
とにかく向かって来たサルを投げ続けること数分、流石のサルたちも冷静になる。
俺から距離を取り、様子をうかがうようになった。
「お前らも新鮮な肉が欲しいんだろうが、ここは引き下がった方が得策だぞ」
言葉が通じるわけはないが、雰囲気で何か伝われ……と願う。
俺はクロネコを抱え、少しずつサルの群れから距離を取る。
だが、サルたちはまだ俺たちを追ってくる……。
「仕方ない……。今回はこれで良しとしてくれ!」
俺は背中のコンテナからバナナを一房取り出し、サルたちに投げた。
戦いの最中でもバナナを無視することは出来ないようで、すべてのサルの意識が一瞬バナナの方に持っていかれる。
「今だ……!」
俺はクロネコをしっかりと抱いて走り出した。
トップスピードでジャングルを抜ければ、その後は追って来れまい!
逃げる俺に気づいたサルたちの鳴き声が背後から聞こえたが、それもすぐに遠ざかっていった。
やはり、ゴーレムの足は速いということだ。
「ここまで来れば安心……というわけにもいかないな」
この弱ったクロネコ『ノルン』をマホロのもとに送り届けるまで油断はしない。
トップ中のトップスピードで荒野を駆け抜ける……!
◇ ◇ ◇
想定より探検に時間をかけたことで、移動している最中に日没を向かえた。
月明りと星明りしかない荒野はほとんど闇の海のようだ。
一人だったら孤独に震えていただろう。
しかし、今は自分の腕の中で弱っていく命を抱えている。
孤独感はまったく感じず、ただ強い使命感が俺を突き動かしていた。
「そろそろ瓦礫の街が見えてくるはずだけど、あの街も夜は暗いんだよな……」
ガイアさんの方位磁石に狂いはない。
距離的にも瓦礫の街を通り過ぎてはいない。
それでも、闇の中を走っていると不安になってくる。
果たして俺はどこにいるんだ……と。
「……あっ! 荒野に明かりが見える……?」
真っ暗な荒野の中に、ポツンと小さな明かりが見えた。
それは瓦礫の街の防壁の上で燃え盛る松明だった。
「誰かが目印になるように燃やしてくれてるんだ……!」
瓦礫の街では燃やす木材も貴重だ。
それをわざわざ高い防壁の上に置いて燃やすということは、外に出ている俺のための目印に他ならない。
その優しさのおかげで、俺にもう不安はない。
小さな炎を目指してラストスパートをかける。
防壁の前まで来ると、内側からマホロとメルフィさんが門を開けてくれた。
「おかえりなさい、ガンジョーさん! おじさんが目印になるようにって松明を……」
「ありがとう、とても助かった……! でも、今はこの子を助けてあげてほしいんだ!」
俺はぐったりしているノルンをマホロたちに見せる。
すると、マホロは今までに見たことがないくらい悲痛な表情を浮かべた。
「ノルン! この子がどうしてここに……!? こんなに怪我して……」
「マホロ様、すぐに治療を始めましょう。ガンジョー様はそのままノルンを教会へ」
「わかりました!」
門を閉めたことだけはしっかり確認し、俺たちは教会へ急いだ。
そして、光魔鉱石に照らされた教会の一室で、メルフィさんがノルンの傷の具合を確認する。
「出血量はさほど多くないですが、この打撲痕は体の中に大きなダメージを負っている可能性が高いです。薬草を煎じてポーションを作り、飲ませることが出来れば体内から治癒することが出来るはず……!」
「言われた薬草は全部採って来ました。どうぞ使ってください」
俺は床に座って、コンテナを開放する。
マホロとメルフィさんは手分けして薬草を探し出し、炊事場で湯を沸かし始めた。
「ポーションの完成が間に合えば助けられます。ガンジョー様は治癒効果の高い貴重な薬草も手に入れてくださいましたから……!」
「図鑑に載ってた珍しい薬草を偶然見つけたんで、一応取って来たんです。まさか、こんなにすぐに役立つことになるとは、思いませんでしたけど……」
湯が沸くのを待つ間にメルフィさんは薬草を切り分け、薬学の本を見ながら分量を考えている。
こういった本の数々は、元々住んでいた屋敷を抜け出す際に持って来たと聞いた。
細かい作業は苦手なので、薬作りに関して俺が手伝えることはなさそうだ。
マホロの方はというと、ノルンに寄り添い思いつく限りの言葉で応援している。
こっちにも俺が割って入る余地はなさそうだ。
客観的に見れば、ノルンを見つけてここまで運んで来ただけでも十分役割は果たしている。
でも、この一大事に関われないというのは歯がゆい思いだ。
ガイアゴーレムの力とて、万能ではないと思い知らされる……。
「頑張れ……頑張れ……!」
無意識に応援の言葉が出てくる。
とにかく少しでも力になれれば……!
「薬が完成しました!」
メルフィさんが炊事場からマグカップを持ってやって来る。
その中には濁った濃い緑色の液体が、並々と注がれている。
「飲みやすさを得るための工程をいくつか飛ばしましたので、相当エグみのある味になっていると思いますが……効果は十分のはずです! 私が保証します!」
「ありがとう、メルフィ!」
マホロはマグカップを受け取ると、その中の薬をノルンに飲ませようとする。
しかし、マグカップは形状的に横たわっている動物が飲むのに適した形状ではない。
「マホロ、少し借りるよ」
「ガンジョーさん……!」
マホロから受け取ったマグカップの中身をこぼさず、形だけを薬を飲ませやすい形状に変える。
イメージは……ジョウロだ。持ち手があり、液体を流し込める細長い注ぎ口がある。
「これなら口の奥に薬を流し込めるはずだ」
「ありがとうございます! 」
マホロが小さなジョウロを近づけると、ノルンは自ら口を開けた。
それが自分に必要なものだと理解しているんだ。
「苦いし、しんどいかもしれないけど……頑張って……!」
祈りながらゆっくりと注がれる薬。
ノルンは出来る限り頭を上げて、それを飲み干していく。
嫌がる様子はまるでない。なんて我慢強い子なんだ……。
「すごいよ、ノルン! 全部飲んでくれたんだね……!」
「ニャー……」
ノルンは嬉しそうに小さく鳴いた後、またぐったりと床に寝転ぶ。
「後は薬の効き目とノルン自身の生命力次第です……」
メルフィさんの顔は依然として厳しい。
薬の効果が現れてノルンが元気になるまで、俺たちは眠らずに待った。
そして、教会の窓から朝日が差し込み始めた頃――
「ニャー!」
弱々しい鳴き声から一変、体を起こして元気に鳴くノルンの姿があった!




