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第24話 ゴーレムと水路計画

 翌日の早朝、俺は街の中心部――かつて魔業石が置かれていた噴水の前に来ていた。


 置かれていたと言ってもポンと見えるところにあったのではなく、噴水の内部に組み込まれていたらしい。

 それを無理やり取り出したせいで、噴水の中央の噴出口は無残に破壊されている。


「とりあえず、周りから片付けていくか……」


 噴水から出た水を受け止める『泉』の部分にも大量の瓦礫が転がっている。

 それを取り出したり、修復の材料にしたりして掃除を進めていく。


 この泉にオアシスの水と砂を入れておけば、街のみんなが使える水場になる。

 飲み水にしてもいいし、体を洗うのに使ってもいい。

 噴水自体が大変立派なので、泉の部分も大人が入って水浴び出来るくらい広い。


「よし、泉の中はずいぶん片付いたな」


 石一つ転がっていない状態にした後は、泉に仕切りを作って四分割にする。

 こうしておくことで、一つの区画が汚れても他の区画を使える。

 もちろん、砂の効果について明記した看板も立てる予定だ。


 ただ、本当は水路を引いて水に流れを作り、汚れをどんどん流していけるようにした方が効率はいいだろう。

 それに水に流れがあれば、水車とかでエネルギーを取り出すことも出来る。


 この泉には水路を完成させるまでのつなぎの役割を果たしてもらおう。

 水路が完成した後は、街のランドマークとして活躍出来るはずだ。


「さて、泉が完成したら後は水と砂を運んで来れば……」


「おお、朝から頑張ってるな、ゴーレムの旦那!」


 現れたのは教会の前に住むおじさんだった。


「こんにちは。えっと、お名前は……」


「俺の名前なんていいじゃねぇか。それよりも、水もないのに噴水を直してどうする気なんだ?」


「水はオアシスから運んで来るんです。それと砂も一緒に」


「砂も……?」


 怪訝(けげん)そうな顔をするおじさん。

 俺はおじさんにオアシスの砂のことを話した。

 彼は信頼出来る人物だと、俺の本能が告げているからな。


「ほう……。あのオアシスの砂にそんな力があったとは。確かにいつ見ても綺麗な場所だとは思っていたが……」


「オアシスに行ったことがあるんですか?」


「昔々の話……だがな。まだこの街が栄えていた頃、冒険と称していろんなところを巡ったものだ。オアシスも、ジャングルも、今となってはとてもたどり着けんようになってしまった……」


 このおじさんは瓦礫の街に流れて来たんじゃなくて、元々この街に住んでいた人なんだ。

 だから、この街が栄えていた頃のことも知っているのか。


「オアシスからこの街に水路を引こうと思ってるんです。それで……」


「この街まで引いた水をどこへ流すか……だろ?」


 おじさんが『図星だろ?』という顔をする。

 ああ、まさに図星だ。


「昔の街は魔業石のおかげで他から水を調達する必要がなかったが……あっ、魔業石のことは知ってるかい?」


「ええ、メルフィーナさんから聞きました」


「ほほう、前に一度だけ話した昔話を覚えていたか。相変わらずよく出来たメイドだ」


 メルフィさんに街の過去と魔業石のことを話したのは、おじさんだったみたいだ。

 おそらく、彼くらいしかそれを知る人物がいないんだろうな。


「おっと、話を戻すと……その魔業石にもしものことがあった時のために、俺はオアシスから水を引いておこうと考えたことがある。まあ、協力者が集まらずに頓挫(とんざ)したがな」


「それだけ魔業石への信頼が厚かったんですね」


「まあ、それもあるが……人間切羽詰まらないと大変な仕事なんてやらないものさ。水は豊富で困ってないから、もし困った時のために大変な大工事をしようなんて誰も思わなかったんだ」


 人間のそういうところは、どの世界でも一緒なんだな……。


「あの時、俺一人でもコツコツ水路を造っておけば、あんなに急に街が廃れることはなかったんじゃないかって……今でも考えてしまう。ガスで稼ぎ頭の男たちが死んで鉱山が閉鎖されたって、命をつなぐ水にさえ困らなければもっと冷静に……いや、こんな話はやめだやめだ!」


 おじさんは大きく手を振って話をやめた。

 俺はそれ以上、踏み込んで聞くことは出来なかった。


「とにかく、この街には水が必要だ。そして、水路は理論上作れる! ちょうどオアシスが瓦礫の街より少し高い位置に、ジャングルが低い位置にあるから、真っすぐな水路を作るだけで自然の傾斜が水を流してくれるはずだ」


「ジャングルに水を流せる川や池のような場所はありますか?」


「ある! 蛇のように蛇行して流れるでっかい川がな。ジャングルの中まで水路を引くのは、工事中魔獣に襲われるリスクが非常に高い。人間には難しいことだが……ゴーレムのあんたなら出来るはずだ。この街の古参(こさん)住人として、陰から応援してるぜ」


有益(ゆうえき)な情報をありがとうございました。噴水の水、後でよろしければ使ってください」


「おう、ありがとよ! それじゃ、俺は用事があるからこの辺で」


 おじさんは背中越しに手を振りながら去って行った。

 聞かせてもらった情報のおかげで、俺の頭の中に荒野を貫く巨大な水路のイメージが出来上がりつつある。

 後は実際にジャングルの方の下見(したみ)に行けば……工事の準備は完了する。


「……おっと、今日に関してはこの泉に水を溜めるのが仕事だったな」


 頭を切り替えて、今日もオアシスに向かう準備をする。

 昨日は行くのが初めてだったし、マホロもいた。

 だから、往復のスピードにはこだわっていなかった。


 今回は単独で移動し、その最高速度を計測する。

 ゴーレムが全力で動けばどれだけのスピードが出るのか、オアシスまでの往復で何時間かかるのか、そのデータを持っておいて損はない。


「さて、いっちょ真剣に走りますか」


 ◇ ◇ ◇


 結果――街とオアシスの往復にかかる時間は五時間弱という結果になった。

 大きな噴水の泉を満たすために一日で二度走ったが、どちらも同じ結果だった。


 行きはかなり軽快なんだけど、やっぱり水って重いんだろうな。

 本気で走ろうとするほど、帰りは水の重量が気になって仕方なかった。


 そして、何度か走ったことでおおよその距離も測ることが出来た。

 街からオアシスまでは片道で約六十キロメートルもある!


 魔力を使い過ぎない限り疲れないゴーレムなら問題ないが、人間のメルフィさんがこの距離を往復で走るのはすごい……!

 もしかしたら、この世界の人間は俺の元いた世界の人間よりずっと強いのかもしれない。


 それはそれとして、荒野を走る上で一番キツイのは景色が変わらないことだな……。

 殺風景な乾いた大地を何時間も走るというのは、精神的に結構滅入(めい)る。


 まあ、そんなことを言いながら、明日はオアシスと同じくらい離れたところにあるジャングルに行くつもりだったりするんだけど。

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