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(´・ω・`)ただいま。もう片方は明日か明後日。また一人ダウンした人が出たので来週までは忙しくなりそう。
真っ直ぐにこちらを見つめる目――恐らくではあるが彼女の意思を曲げることはできないであろうことは一目で理解した。
しかしこちらとしても事情があり、それを無条件に受け入れることはできない。
そしてその理由を明かすことは最早できず、むしろ真実を隠し通す必要すらできた。
(禁忌か……あのクソババアの時はそれで騒いでいたな。この件がそれに該当するのなら、俺はどう考えても抹殺対象になりそうなんだよな)
こちらが協力して欲しいことと、彼らがやるべきことが見事に一致していない。
最悪あの地下施設を丸ごと消し去りそうな雰囲気すらある現状、俺の拠点がなくなる可能性には流石に頷くことはできない。
かと言って頑なに拒否をすれば怪しまれる恐れがある。
なのでまずは言葉を選びながら「それはつまり俺の拠点を破壊するということか?」と少し極端な結論を出して様子を見る。
「場合に拠っては、その必要もあると思っています」
真っ向から肯定され俺は黙って天井を見上げる。
どうやら思った以上に「禁忌」の扱いは大きいようだ。
俺を相手にしてこの強硬な姿勢は果たしてどういった意図があるのか?
(俺ならば受け入れてくれると思っているか……それとも、俺を排除してでも潰す気でいるのか?)
前者ならば甘えが過ぎるが、後者だったなら俺の実力を把握できていない。
もしくはそれほどの覚悟で挑んでいるということも考えられるが、そこまでしなければならない理由がわからない。
鍵となるのは「禁忌」という言葉――その重みが俺にはわからない故に彼女の態度が理解できない。
一瞬開きかけた口を閉じ、再びメモにペンを走らせる。
「禁忌とは何か?」
言いたいことは色々あるが、これが最もわかりやすく結果を知ることができる質問だろう。
メモを見た6号さんと周囲が口を閉ざす。
流れる静寂が語るのは「おいそれと話せるものではない」という答え。
(恐らくはエルフにとって機密かそれに該当する何かがあるとみるべきだろう)
つまり答えを聞くことはできない。
そう判断した時、6号さんが口を開いた。
「禁忌とは、世の理を変えかねない危険なもの――ということになっています」
その言い方に俺は首を傾げる。
それではまるで本来は別の意味があるような言い方であり、その予想通りに彼女は言葉を紡ぐ。
「元々の意味は別なのです。かつて世界を滅ぼしかけた異界の知識――それが『禁忌』の始まりであり、我々エルフが何千年と世界を監視する中で変わっていったもの……今と昔ではそれが意味するものは別ものです」
あまりの突拍子のない話に、一瞬「頭は大丈夫か?」と言いかけたが、話はまだ終わっていないので黙って続きを促す。
「そして我々がフルレトス帝国へと参戦したのは、過去の禁忌を持ち出してのものでした」
ここで帝国の名前が出てきたことに驚きはしたものの、彼女の言うことが確かならば周辺国とは一線を画す技術力の真相がそこにあったということになる。
にわかには信じがたい話ではあるが、ここでその話を持ち出すには理由がなく、また明らかに逸脱した文明であったという事実は覆らない。
だとすると、彼女の現実離れした言葉に多少なりとも真実味が増すこととなる。
「その話を俺にする理由は?」
「あなたが帝国の書物を始めとする情報を媒介にすることで様々な知識を得たと仮定すれば、その目線は必ずかの国のものとなります。だからあなたを説得するには全てを話す方が効果的と判断しました」
最初に思い浮かんだのは「真っ向勝負」という言葉だが、彼女の意図は恐らく違う。
誠実さを前に出してくる辺り「俺という人格」を考慮したのだろうが、モンスターの姿となった俺には過分な評価である。
嬉しくもあり恥ずかしくもあるが、ここは素直に喜んでおく。
「我々は帝国から禁忌の芽を摘み取りたかった……しかしその結果は惨憺たるものでした。全ては炎に包まれ、多くの犠牲を出して尚、その全てを排除するには至らなかった」
彼女の言葉の中に自分が含まれていることに僅かながら動揺を覚える。
同時に帝国を滅ぼした――いや、帝国は結果として自爆したのだが、その原因となったのは間違いなくエルフに因るところが大きい。
訓練課程途中の新兵故に、戦友の仇だ何だと言うことはないが、思えばエルフは帝国にとって仇敵という位置づけである。
(少々近づきすぎたのかもしれないな)
自分の考えのなさを反省――することなく、この目に納めた数多の素晴らしき彼女達の裸体を思い起こし頭を振る。
そもそも二百年前の話なのだから、元帝国人と言っても「人間という目線」で言うならば過去の出来事である。
そしてモンスターという立場でなら何か言うのはお門違いというものだ。
結論として俺からどうこう言うのは違うと思う。
今を生きることに全力を尽くすと決めた以上、彼女達の協力は是が非でも欲しい。
具体的に言えばもっと肌色なシーンが見たい。
というか、ご一緒したいという願いも上手くことを運べば叶うのではないか?
下心丸出しだがこの強面のお顔は基本いつでもポーカーフェイス。
(バレる心配はない。ならばいっそ――あ、ダメだ。最悪の事態を忘れていた)
まったくあちらを立てればこちらが立たず、である。
いつまで人間として理性を保ったままでいられるかがわからない以上、長く留まり続けることはできない。
だが逆に考えよう。
「短期間ならいいんじゃないか」と考えるんだ。
するとどうだろう――目の前には素晴らしい光景が広がっているではないか!
食事は勿論のことながら、暇があればエルフの書物を読むこともできる。
悪ガキ共への対応も決して悪くはなかったことで、今後も付き合うこととなるのも間違いない。
それはつまりあの川での攻防に参加も可能――即ち、ガードが堅そうな6号さんの体に触れる口実ができるということである。
それだけではない。
よく水浴びをしている姿を覗……目撃していたことから、エルフは奇麗好きであることは言うまでもなく、娯楽や遊戯として川で遊んでいる。
そこにも参加が可能となるのだ。
(待て、エルフには入浴という習慣はあるのか?)
頻繁に川に通い水浴びをしていることから可能性はある――いや、是非ともあって欲しい。
公衆浴場があるとなお良し。
エルフのお姉さん達に懇切丁寧に入浴というものを教えて頂きたい。
むしろそのままエルフ浴とかできたら最高である。
「あの……話を聞いていますか?」
考えに耽る俺に冷水を浴びせるように冷ややかな声が聞こえてきた。
いかん、妄想が少し暴走していた。
申し訳なさそうに体を丸めつつそっと「もう一度頼む」と書いたメモを6号さんに差し出すと、溜息交じりに俺が聞いていなかった部分を話し始めた。
だが考えても見て欲しい。
帝国がなくなったことで、俺が目にするはずだったグラビアアイドルなどのあれこれを全てとは言わないが見ることができなくなったのだ。
その分彼女達にサービスをしてもらっても罰は当たらない。
そんな具合に締め括り、一先ず6号さんの話に集中する。
取り敢えず戻りすぎた部分を飛ばしてもらい、帝国との戦争の経緯あたりまで話を戻してもらう。
「我々は帝国の禁忌の根源を探りました。ですが、見つけることはできなかった。全てはあの日――大地が揺れ、炎が街を焼き尽くした日に終わりを迎えました」
恐らくは帝都で起きた爆発事故。
事故かどうかはさておき、俺はあの砂漠と化した帝都の跡地を思い起こし天井を見上げた。
もしかしたら、あの規模の爆発を起こす兵器が彼らが探す「禁忌」であった可能性もある。
だが、それは最早知る術のないことだ。
「我々は結局、根源である『異界の知識を持つ者』を特定することも、彼が生み出したものを見つけることもできず、ただ徒に犠牲を増やしただけでした」
視線を下ろし、悲愴な面持ちで語る6号さんを見ていると思わず手を伸ばしそうになる。
「何故エルフがかかわってくるのか?」
「何故エルフが戦争を仕掛けてくる?」
まだ人間だった頃の囁かれる疑問に答えは得た。
しかしそれで何かが変わるわけでもなく、既に過去のものとなった以上、この続きを聞いたところで俺にできることは何もない。
「ただ一つ。戦争という狂気故か『爆発は芸術だ』と正気を失ってしまった者達がいたことが、あの日の光景に繋がったのではないかという意見もあり、我々の選択は間違っていたのではないかと今でも思い悩む者がいます」
すみません――それ、正気なんです。
帝国の技術者の中には一部おかしな兵器を作る者達がいる。
毎度毎度新兵器という名のトンデモ兵器をこさえては、爆発させるまでが一連の流れとなっていた事実を知る身としては、親戚のおじさんのやらかし話を聞かされている気がしてどうにも居心地が悪い。
「それ、気にする必要ないですよ」の一言が言えればどれだけ楽になれるだろうか?
俺は再び視線を天井に送ると6号さんの話を聞き流す。
内容が詳細になればなるほど恥ずかしくて聞いていられない。
まさかの6号さんからの羞恥攻めに内心身悶えながら話が終わるのを俺はただ切望した。
(´・ω・`)暑さにダウンしたことを笑う人がクーラーの付けっぱなしで体調を崩す。コロナのせいか皆さん脇が甘くなってない?




