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(´・ω・`)WIN10に中々慣れない。
まずは観察――部屋の中には目的物と男が三人。
動きから察するに、彼らは蜘蛛男の上半身を調べていると思われる。
壁に設置された棚には幾つもの道具が置かれており、どう見ても拷問器具にしか見えないものまである。
どうやら現在は人と蜘蛛との境目を調べているらしく、刃物で一部を削り取って薬品に漬けるなどしては何やら難しい顔付きで言葉を交わしている。
恐らくではあるが、彼らは魔法的な手段で対象を調べているが、想像していた反応が出なくて首をかしげているのだろう。
(遺伝子強化兵は魔法ではなく科学の力で生み出されている。期待通りには調べ物は進まないだろうな)
ともあれ、俺の目的を鑑みるにこの三人は邪魔である。
折角なので情報の隠蔽も兼ねて彼らにはここで死んでもら――いました。
戦闘力のないただの研究員かそれに準ずる連中である。
手がかかるはずもなく、ゆっくり近づき首を捻る。
最後の一人となった者は他二人が崩れ落ちても蜘蛛男に夢中で気づいていなかった。
研究者というのは目の前のことに集中するあまり、周囲の状況が目に入らなくなることがあるらしい。
これは化学だろうと魔法だろうと同じことなのだろうか、と夢で見たあのマッドを思い浮かべる。
そんな訳で無事、蜘蛛男の死骸を確保。
ここまでは順調であると言える。
後はこれを持ち運ぼう……かと思ったのだが、近づいたことであることが判明した。
(……原型を留めていると思ったら修復されていたのか。しかもこの薬品臭に混じる臭い)
完全に肉は腐っていた。
それをどうにか見栄えよくして薬品を使い臭いを抑えていたことが判明。
「これを食えと申すか」と流石の俺も若干及び腰になってしまう。
しかしこれも生きるためにはやるしかないのだ。
取り敢えずこいつを安全な場所に運び込まなくてはならないのだが、近くに安全な場所など記憶にない。
(最悪は旧帝国領の森の中、だな。流石にこれを拠点に持って帰るのは無理だ。幾ら何でも気持ち悪すぎるし、あと臭い。問題はどうやって持ち運ぶかだが……)
そう思い部屋を見渡すと、すぐに解決策が目に留まる。
蜘蛛男を乗せた机――これをそのまま持ち運べばよいのだ。
ということで早速机を持ち上げる。
ロープでもあれば死骸と固定できるのだが、生憎とそのようなものは持っていない。
死体が落ちないように慎重に洞窟を進み、外に出るとそこには現場の惨状を見て待ち構えていた兵士達が――という展開はなく、俺はすんなりとここから離れることに成功する。
あまりにも呆気なくて何だか拍子抜けである。
きちんとリュックも回収し、ここまではほぼ理想的な進み具合だが油断は禁物。
人目を避けて進路を南に向け、死体が机から落ちないように気を使いながら森を進む。
それからしばらく森の中を死体を乗せた机を持って歩き続けたところ、そろそろ旧帝国領だろうと判断した時には太陽が真上をとっくに過ぎていた。
「ここまでくれば一安心か」
俺はそう呟くと、一度机を下ろしてリュックからタンクを取り出し中の水を飲む。
ちまちまと摘まんでいた果物もこれで最後となり、そろそろ何処かで食料の調達も行いたいが、今は生ものならぬ「腐りもの」を運んでいる最中である。
下手に目を離すと野生動物に食われそうなので、これから離れるわけにはいかない。
食料に関して考えていると、目についたこれを見て思う。
「これを食うのかぁ」と見た目だけは整っている死体を指で突く。
「……ブニってした」
まごうことなき腐肉である。
鈍る決意が俺に「これを食えと申すか」と再び口にさせる。
このまま時間が経過すれば俺の決意はますます鈍っていくのではないか、という不安が頭を過る。
(いや、そんなはずはない。俺はやればできる子って先生も言ってたし、たかが腐った肉を食うくらいなんてことはない)
とは言うものの一つ懸念がないわけでもない。
普通腐ったものを食べれば腹を壊す。
腹を壊せば出るものが出る。
では俺の場合はどうなるのか?
本来体に残るべきではないものまで吸収してしまって大丈夫なのか?
考える時間が増えるほどに不安は増すばかりである。
「……試しにちょっとだけ、ちょっとだけ齧ってみよう」
それで例の状態が発動するなら後はもう成り行き任せだ。
幸いこの辺はまだ人間の領域から然程離れておらず、俺が大量にゴブリンを駆除しているおかげで野生動物は多いがモンスターは少ない。
眠っていたとしても大した脅威はないはずである。
俺は深呼吸を行い意を決して蜘蛛男の死体に手を伸ばす。
ブヨブヨとした肉の感触に顔を顰めつつ、口を開けたところで思い出す。
前回は指を口に含んだ際に極自然に咀嚼して飲み込んでいた。
ならば今回も指を数本口に入れれば自然と体が動くのではないか?
俺は死体の指を二本引きちぎり、それを目を瞑って口の中に放り込んだ。
だが何も起こらず、口の中に入れただけではだめなのか、と指の切断部分を舌で触れる。
そして嘔吐。
鼻につく腐敗臭と薬品臭、そこに腐肉であるという拒絶反応から堪らず吐き気を催し吐き出してしまう。
しかしこんなことで諦めるほど俺はやわではない。
俺は地面に落ちた指を掴み、それを口に放り込むと噛み砕いた。
結果は無反応。
しばらく待てども俺の体は何の反応も示さない。
これ以上口に入れるのも限界だったので指を吐き出し、水を含んで口をゆすぐ。
一息ついた俺はしばし死体を眺める。
「時間が経ちすぎた? それとも死体ではダメなのか? まさか大量の薬品を使ったからか?」
理由はわからない。
だが、この死体からでは無理だろうという確かな予感だけはあった。
(いや、待て……そういうことか!)
確かあの科学者はこう言っていた。
「これはそうやって暴走した被験者を喰らい続けた者へのメッセージだ」と――ならば、これは生きている相手を食うことを前提にしている。
つまりこの死体は勿論、施設にある失敗作も対象外である可能性が極めて高い。
もしかしたら人間の部分ではなく、蜘蛛の部分を食べる必要があるということも考えたが、肝心の部位が見つからなかったのでこちらに関してはどうしようもない。
もっと早くに気が付いていれば無駄足を踏むことはなかった、と少し後悔するが、考えてみればエルフに頼みごとをする前で良かったとも考えられる。
ともあれ現状は最悪の事態を回避し、抱えている問題に関しては振り出しに戻ったとも言えるが、蜘蛛男の有効活用という悪夢を事前に潰すことができたという点において、今回の収支はプラスと言って良いだろう。
そう、無駄なことなど何一つなかったのだと、早速処分に困っている蜘蛛男の死体について頭を悩ませる。
そしてしばし考えた結果「人間の部分だけだし放置で良くね?」という結論に至った。
「うん、どう見ても人間の食い残しにしか見えない」
運悪くモンスターに襲われ、胸から下をモグモグされて放置された人間と言われても違和感が全くない。
ならば後は自然の分解に任せて問題はないだろうと、もう少し森の奥深くまで進んでから投棄することに決める。
机は木製なので適当に粉々にしておけば大丈夫なはずだ。
洞窟周辺に人間の気配はなかったし、生存者もゼロである。
つまり俺の仕業だとバレる要素は皆無。
そして最後にこれの処分を済ませてしまえば、後に残るは謎の事件のみとなる。
では、さっさとこの一件を終わらせるべく、この死体を森の奥へと捨てに行こう。
まるで死体遺棄事件を見ているようだ。
カナン王国の名探偵にこの謎は解けるかな?
(そもそも探偵がいないという説もあるが、頑張って犯人捜しをやるがいいさ!)
少しばかり高いテンションで雑な扱いになった死体を運び、森の奥へと机をぶん回して投げ捨てる。
ついでに木にぶつかった机が粉砕。
離れた場所でやろうと思ったが、面倒なので手が残った部分を千切って適当に地面に撒く。
「これにて一件落着!」
腰に手を当て宣言。
問題は俺の人間としての寿命的な話が一歩も前に進んでいないことである。
どうしたものかと空を見上げるも、そこには雲一つない青空が見えるばかり。
もう少ししたら夕暮れとなるだろう。
このまま佇んでいても仕方がないので、ここまで来たついでに最寄りの街に寄って行こう。
頼み事ではなく、果物の返礼として何か物色するのも悪くない。
それに来客のある拠点となってしまったので、予備の食器を増やす必要がある。
欲しいものが他にも見つかる可能性もある。
次の目的地は決まった。
取り敢えず何かやることがある内は俺の精神は安定している。
考えうる限り、人間として理性が残りやすそうな状況を作り続けていけば、案外何とかなるかもしれない。
(´・ω・`)更新が週2か3になります。
(´・ω・`)書き溜めた新作を設定変えて書き直し中。ネタ被り故仕方なし。




