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(´・ω・`)新章でござる。
エルフの領域より東――旧フルレトス帝国領にある遺伝子強化兵の実験施設であり、現在は俺の拠点となっている地下施設へと戻ってきた。
道中考えることは多かったが、全てはこれから行われる試み次第である。
だがその前に一つ障害があり、俺のこの巨体では施設内部を自由に動くことはできず、外壁を破壊するなどして通れるだけの幅を確保しなくてはならない。
そしてここは地下施設――最悪崩壊を招きかねないので、作業は慎重に行わなければならず、そのためにまずは内部の情報を手に入れなくてはならない。
まずは案内板を探そうとするが、その前に気になるものが目に留まる。
見覚えのない箱とその上に貼り付けられた手紙。
ここに来る者がいるとするならば、エルフくらいしかいない。
どうやら予想通りダメおっぱいがここの場所を教えたようだ。
張り紙トラップが消えているので本人も来ていたのかもしれない。
「先にこちらを済ませてしまおう」と箱に近寄り手紙を手に取る。
手紙の内容は要約すると「会いに来ましたが留守でしたので書き置きを残して起きます。箱の中身はお土産です」というもの。
箱を開けるといろんな果物がぎっしりと詰まっていた。
「これはありがたい」と早速一つ手に取り頬張る。
冷たく瑞々しいのは恐らく魔法のおかげだろう。
こういう時は素直に「魔法って便利だな」と感心する。
1つ目のリンゴを食べ終わり、2つ目に手を伸ばしたところで他に何かないか確認をするが、それ以外のものはなし。
まず間違いなくここを探索したであろうことは想定内――ならば、俺が隠したお宝は見つかっているだろうか、と隠し場所を見て回る。
その結果は……セーフ。
流石に他所様の住処を無遠慮に漁るという行為は控えるようだ。
色々と持ち帰られるかとも思ったが、本棚を見てもエロ本が一冊なくなっていること以外は特に変化はない。
(っていうか誰が持って帰ったんだ?)
6号さんが来ることを予想していたが……なるほど、護衛の中に男がいて恐らくそいつがこっそり持ち帰ったに違いない。
「そういうことならばやむなし」と納得した俺だが、可能性として案内人であるダメおっぱいが犯人であることも有り得るか、と少し考える。
その結果が如何なる結末となるのかを想像すると悪い笑みが溢れてしまうが、今はそれを楽しむような気分ではない。
俺は施設の奥へと視線を移すと、狭い通路をどう拡張したものかと考える。
(蜘蛛男も結構でかいんだよな……それこそ足を広げれば俺より大きくなる。ならば広い通路が通り道となるはずだ)
やはり今必要なのは施設の案内板である。
目的の場所と通路さえわかれば、後は通路の拡張工事。
そんなわけで探し始めるとすぐに目的の物が見つかり、早速施設内部の把握に努める。
だがしかし、被験者が眠っているであろう部屋が随分と奥にある。
これは時間がかかるな、と思いつつも天井板を引っ剥がしで外壁をゴリゴリと腕力に物を言わせて削っていく。
地図を見る限り危なそうな部分は避けつつ拡張工事を行う。
順調に通路の幅が広がっていくが、繰り返しの作業となると余計なことを考え始めてしまう。
例えばあの科学者――夢の中で彼は自らの目的を「復讐」だと語っており、同時に「犠牲者が出た」という部分も強調していた。
(つまり、自分の親しい人物が死に、その復讐を企てたんだろうが……)
肝心の仇は疎か、帝国すら最早ないのである。
全ては徒労に終わり、残された怨念が200年の時を経て、被験者達に絶望を与えるだけのものとなってしまった。
被験者同士を争わせ、技術を盗んだ者に制裁を与えるこのシステムは、やがて理性を失った者達の前に彼らが立つことを前提にしている。
言ってしまえば、前提が崩れ去った今となっては機能していないのだ。
俺のように目覚めてから3ヶ月かそこらで知ることとなっていたならばまだ猶予はある。
だが、オークの姿に似た彼の場合はどうだったのだろう?
既に理性の幾ばくかは失われていたように見えた彼は、一体いつその事実を知ったのだろうか?
答えによってはそれはとても残酷な話となる。
(もしかしたら、街が跡形もなく消えていた光景というのは……)
だとしたら彼は探す場所を間違えている。
それどころかフロン評議国を相手に手勢を集めて戦争を仕掛けているのだから、彼の思考が既にまともな状態ではなかったことが窺える。
可能性としては技術や知識を受け継いだ者がいるのかもしれないが、それはあまりに分が悪い賭けである。
そんなことをするくらいなら森の中を大量のオークで探す方がよっぽどマシだ。
(言い換えれば、そんなことすらわからない状態だったということ……数年前から活動していたという話から察するに、完全に理性が失われるには時間がかかる。人として徐々に自分が消えていくといったところだろうか? 巻き込んでおきながら残酷な仕打ちだ。それほどまでに仇が憎かったのか)
同時に自分が失われていく恐怖を味わい続けることを理解した俺は、何としてでも最悪の結末を避けねばと強く思う。
不意に作業の手が止まり、エンペラーと呼ばれた彼の苦しみを想像してしまう。
それが我が身に降りかかることを考えると手が震えそうになるが、こんな時にもしっかりと感情は抑制され、冷静にものを考えることができる。
(打てる手は全て打つ。それでダメなら……)
最悪の事態が訪れる前に、自分でケリをつける――その覚悟がないならば、誰かにお願いすることも考えておく。
そうなった場合はまず間違いなくエルフを頼ることになる。
頑丈過ぎる体というのも考えものだと苦笑し作業へと戻るが、雑にやってよいものでもないので進行速度はどうしても遅くなる。
そうしてゴリゴリと外壁を削っていると瓦礫の山が出来上がる。
それをこうして後方へと持ち運ぶのだが……道具が欲しくなってくる。
おまけに目に止まった箱からついつい果物を手に取ってしまう。
箱が目につく場所に置いたままにしているのは良くないかもしれない。
ちなみに置き手紙から6号さんの本名が判明。
「ルシェル・フォルシュナ」というそうだ。
何だかクラスの女子のメールアドレスを知った時のワクワク感がこみ上げてくる。
ふと4つ目の果実へと伸ばした手が止まる。
これはもしや「会いに行け」ということではなかろうか?
もっと言えばエルフの手を借りる機会でもある。
思えば彼らの天敵である「悪夢」を葬ったのは俺――なのでこちらの頼み事を断ることはないのではないか?
(時間的にはまだ余裕はある。ならば効率良い手段を選択しつつ、もしもの時のことを考えての接触……いや、まだ明かすべきではないし、知られるのも都合が悪い)
会いに行く名目ならそこの手紙で十分だ。
そして調和委員会の彼女ならば俺の頼み事を引き受けてくれると思われる。
ただ頼み事をする以上、何かお礼は必要だろう。
「悪夢」の討伐はエルフのためにやったわけではないが、事実を知った以上は恩に着せる気には到底ならない。
むしろ申し訳なく思う気持ちすらある。
とは言え、事実を明らかにするつもりはないので、そこは利用させてもらう。
「できれば物品で済ませたいが」と顎に手をやり呟くが、灰色の青春を送った男ではやはりというかすぐには思い浮かばない。
取り敢えず探してみるか、と何か女性が喜びそうなものはないかと作業を中断して倉庫に移動するが、当然そんなものは見当たらない。
そんな時に目についたのが容器を移し替えてからさっぱり手を付けていない砂糖だった。
蓋を開けると色の付いた砂糖の中に蠢くもの――俺は黙って蓋を締めて見なかったことにする。
(そりゃ精製方法が未熟なところから奪ったものなんだから放置してればこうなるかー)
前回長期間拠点を空けた時にチェックしてたはずなんだがなぁ、とがっかりしながら次に目に付いた物を手に取るが、やはり何か違うという結論が出る。
エルフが欲しがるものってなんだろうな、と考えながら倉庫を漁っていたところ、不意に名案が浮かんだ。
「そうだ、本にしよう」
しかし俺が所有する本は全て帝国産――つまりはフロン語で書かれている。
だが、それが良い。
丁度俺にはフロン語が堪能な人物に心当たりがある。
恐らく6号さんの下にいる彼女はきっと頭痛の種となっていることだろう。
ならば仕事を与えて差し上げよう。
これで6号さんは穀潰しに仕事を割り振りつつ、帝国の知識を得ることができる。
俺は彼女に感謝されつつ頼み事のお礼もできて一石二鳥。
そしてあのダメおっぱいも労働の喜びに咽び泣くことだろう。
「最高の手じゃないか」と自画自賛を行い、早速本棚を物色するのだが――女性が喜びそうなものは疎か、エルフの役に立ちそうなものがない。
流石に俺のコレクションを渡そうものならドン引きされることは間違いない。
ここは一度、街に行くのも良いかもしれない。
(いや、その前に行くべき場所があった)
カナン王国――俺が蜘蛛男を殺した場所だ。
期待はできないが、俺は彼の死体を見ておかなくてはならない。




