9:とある冒険者の視点2
(´・ω・`)短め。基本的にこちらは不定期です。
オーガの目の前に突如姿を現したそいつは何もしなかった。
奇襲をかけるわけでもなく、ただオーガの前に着地したのだ。
ゴブリン共の動きが止まり、全員の視線が新種のモンスターに集まる。
最初に動いたのはオーガ――手にした棍棒で目の前に現れた闖入者の頭部をぶん殴った。
身動き一つすることなくまともにその一撃を受けたことで、周囲からはゲタゲタと下卑た笑い声が響く。
一体こいつは何をしに来たのか?
そんな場違いな疑問を抱くほど理解不能なモンスターだった。
こちらの太ももを脇に挟んだ盾持ちは笑い声を上げると続きをするつもりらしく、私の腰を浮かせようと体を反らす。
猶予がないことを嫌でも悟らされた私は舌を噛もうとして――衝撃に硬直した。
それは果たして殴った音だったのだろうか?
まるでその場の空気全てが震えるほどの衝撃が響いたと思えば、オーガが地面から水平に吹っ飛び柱に叩きつけられていた。
突然のことに私は疎かゴブリン全員が固まった。
さらに新種は柱に叩きつけられたオーガに向かって飛びかかり、崩れ落ちたその頭部を着地と同時に踏み抜いた。
「グォアァァアァァァ!」
そいつは吠えた。
勝利の雄叫びだ。
オーガの一撃をものともせず、たった一撃で勝負を決めただけでなく容赦なくトドメを刺す。
(そうか……! こいつが、こいつこそがこれまでの失敗の原因! ゴブリンはこいつが殺した退治屋の死体を漁っただけか!)
それならばこれまで送り込まれた同業者が不覚を取ったことも頷ける。
幾ら数が多いと言っても所詮はゴブリン。
冒険者の装備品がなければオーガに後れを取るとは思えない。
「ギギィ!ギャッギャッ!」
盾持ちが声を上げるとゴブリンが一斉に動き出すとレナが頭部を棍棒で打たれ気を失う。
4匹のゴブリンがレナを持ち上げるとゆっくりと動き出した。
(こいつら、私達を持っていく気!?)
気絶などさせられてたまるか、と押さえられた腕を振りほどこうと全力でもがく。
予想通りと言うべきか、目の前で棍棒が振りかぶられ「間に合わなかった」と思った直後――再びあのモンスターの咆哮が聞こえた。
そちらに目をやると杖を持ったゴブリンに向かい飛びかかっていた。
モンスターの体から僅かに漂う煙から、どうやら杖の魔法を使ったが怒らせるだけの結果となったようだ。
(けど、これはチャンス!)
杖持ちが肉塊に変えられたことでゴブリン共がパニックを起こし我先にと逃げ出し始める。
レナを攫おうとしたゴブリンは今や誰もおらず、私を拘束していたゴブリンも最早いない。
自由になると同時に折れた杖に手を伸ばし、未だ足を抱え込んでいる盾持ちの喉を狙い突く。
自分の喉に突き刺さった杖を両手で掴み、引き抜こうとするがそんなことをさせるつもりはまだない。
自由になった足を曲げ、両足で盾持ちの腹を蹴り飛ばすとゴブリンの手からするりと杖が離れ、血を吹きながら仰向けに倒れる。
一難は去った。
だがそれ以上の危機がまだいる。
視界に僅かに映ったそいつに折れた杖を向け、視線を外さないように睨みを利かせる。
そんなものが無駄であることは承知しているが、背中を見せることができる相手でもない。
新種のモンスターもこちらをじっと見ている。
恐らくは杖の先端――もしかしたら先程の杖持ちのゴブリンの攻撃から警戒して動かないでいるのかもしれない。
(ゴブリンに感謝するなんて、生まれてはじめてね……!)
状況が悪いことには違いはないが、それでもやるべきことをやる。
杖と視線をモンスターに向けたまま、体勢をそのままに自由に動く左手で後方にいたはずのレナを探しながらゆっくりと後退る。
睨み合いがしばらく続き、ようやく私の手がレナに触れた。
腕を掴み、こちらに少しずつ引き寄せる。
視線をそちらに向けることができず、少々手荒になってしまったが、どうにか無事レナの体を抱えることができた。
これで何かあっても一緒に死んでやることくらいはできる。
そう思うと笑みが溢れた。
「ガッ、ハ」
その光景を見ていたのか、あのモンスターから短い声が漏れた。
(笑った? こいつは私を嘲笑ったのか!?)
「興味を失った」と言わんばかりにこちらに背を向け歩き出す。
だがその先にあったのは、私達の荷物、そして――リゼルの剣。
あろうことか、あいつは荷物を手にすると剣も掴みそのまま立ち去ろうとする。
「待って! 持ち物なら金だって薬だってくれてやる! だけどその剣だけは止めてくれ!」
モンスターに言葉などわかるはずもない。
わかっていても叫ばざるを得ない。
「それは……それは、私達チームの物なんだ! 私達が生きぬいた証なんだ!」
何を言っているのか自分でもわからず、追いすがろうとして思い留まり、ただ叫び続けた。
幾ら叫べど、何を叫べどモンスターは振り返ることはなかった。
「行くな! その剣だけは置いていけ!」
杖を突きつけたところで立ち去るモンスターは止まらない。
実力に訴えることすら叶わず膝が崩れる。
自分の無力さに歯噛みしながらその背を見送る。
「覚えておけ! お前がその剣を持つ限り、私はお前を追い続ける! お前を必ず狩り殺す!」
負け犬の遠吠えであることは自分が一番よくわかっている。
それでも、あの日を生き延びた私達の証が持っていかれる様を、ただ指を咥えて見ていることしかできないからこそ、言わなければならないことだったのは間違いない。
これが、私とあいつの最初の遭遇だった。
「報告は以上か?」
どうにかして生きて戻ったサイサロスの街の冒険者ギルド――その応接室にてギルドマスターを前にソファーに横になって話を終える。
最近はめっきりと白髪が増えたなどと愚痴をこぼしているようだが、これからもっと増えることになる。
それほどの脅威となる新種の登場である。
「精々禿げ散らかすがいいさ」と心の中で毒づくと、大きな欠伸を一つする。
疲労で体を起こすのも億劫なので横になったままの報告だったが、決して有能ではない男でも「新種のモンスター発見」ともなれば無駄口を叩く余裕はないと見える。
何も言わずに私の話を最後まで聞いていたが、内心ではそれどころではないだろう。
「ああ、憶測混じりだけど、これまでの退治屋……ご同業が失敗したのは多分あいつのせいだと思うよ」
ボロボロになった服は既に着替えており、レナもギルドの仮眠室で眠らせている。
二人の死体から衣服を剥ぎ取り、血塗れの姿のおかげで門番に随分と足止めを食らったが、ようやく一息がつけるとなると2日に渡る強行の疲れが一気に襲ってくる。
報告が終わったのでこれ以上は流石にきついと、考えに耽るギルドマスターに「少し眠る」とだけ言うとそのまま目を閉じ意識を手放す。
何か言っていた気もするが、こっちはもう限界なのでそのまま眠らせてもらった。
次に目を覚ましたのは翌日の昼前だった。
前日の夕方に眠ったことを考えると半日以上眠っていたようだ。
伝言が残されており、もう一度詳しい説明をしなければならないらしい。
ソファーから起き上がるとレナの様子を見るために仮眠室へと向かう。
何度か利用したことがあるので、迷うことなく部屋の前まで来るとノックもなしに扉を開ける。
そこにはベッドの上で体を起こし、窓から外を見るレナの姿があった。
「仇が生きていたら、まだ張り合いもあったんだけどね」
近づくと私が口を開く前にレナは話を始める。
「討つべき仇はもう死んで……兄さんもジスタも死んで……どうすればいいのかな?」
「まだやることは残ってる。リゼルの剣が奪われた。それを取り返すよ」
「ディエラ姉さん、もうチームは無くなったんだよ? 無理をするべきじゃないと思う」
チームの中でも最年少とは言え相応に場数は踏んでいるレナにも、あのモンスターの異常性は感じるものがあったのだろう。
「無謀なことはするべきではない」と自分でも薄々わかっている。
「ああ、私もそう思うよ」
「じゃあ……」
「でも、それはできないんだ」と首を振る。
自分でも馬鹿なことだとは思っている。
けれど、その馬鹿をやり続けて生きてきたのが私なんだ。
「それで諦めてしまうのなら、それはもう私じゃない」
笑って話す私を見て、レナは何も言えずにいる。
レナはきっともう誰も失いたくないのだろう。
兄が死んで、ジスタも死んで……崩れ落ちてしまいそうなギリギリのところで踏ん張っている。
「死んでほしくないのはお互い様だね」
そう言って笑いかけるが、レナは笑い返さない。
「必ず、私達の剣を取り返す。だから、待っていておくれ」
待たせることに罪悪感がないわけではない。
「共に行こう」という言葉が出なかったわけでもない。
ただ、私が死なせたくないというエゴを突き通しただけのことだ。
「私は、必ず帰ってくる。だから私が帰る場所になってほしい」
声を殺し泣くレナの頭を私は本当の妹のように優しく撫でた。
次回から主人公視点に戻ります。




