88
(´・ω・`)何年ぶりかの突き指。
修正:0.1→0.01
それは無意識だった。
俺は気づかぬうちに一歩引いていた。
気圧された?
違う――あまりの豹変から俺はその不気味さに警戒レベルを引き上げた。
だが、それ以上に狂喜を浮かべるその顔に恐怖を感じたからだろう。
(確かに「見つけた」と言っていた。つまりこいつは仲間を探していた)
理由など幾らでもあるだろうが、それが何故そのような目で見られるのかがわからない。
まだ「仇敵を見る」ように見られているならば理解できる。
たとえ同じ遺伝子強化兵であったとしても、自分を化物に変えた帝国――その残滓という理由で憎む気持ちがあっても仕方がない。
俺のようにほとんど騙されたようなものだが、自ら望んだ結果として受け入れることが誰しもできるとも思わない。
考えられる全ての可能性を考慮に入れても、この状況が理解できない。
ならば、これは俺の情報不足から来る認識の齟齬か?
(遺伝子強化兵となる前に何かしらを吹き込まれている……もしくは何かを知ってしまった?)
可能性としては大いに有り得る。
ならば、それを吐かせるしかない。
まずは相手を叩き伏せ、そこから然るべき対話を行うべきだ。
「まずはぶん殴って冷静にさせる」という結論を出した俺は、不気味に笑い今にも飛びかからんというほどに目を血走らせた同胞に向かい構えを取る。
反応は決して遅くはなかったはずだ。
それでも、今までとは明らかに違う速度で迫る巨体に意表を突かれ、突進からの斬撃を避け損なったのは痛恨のミスと言って良い。
左腕にこれまでとは違う深めの切り傷が刻まれ、そこからは赤い血が滴り落ちており、それを確認すると俺は軽く舌打ちをした。
(盾を捨てただけでここまで速くなるはずがない……いや、そういうことか!)
俺と同じ遺伝子強化兵ならば、何かしら能力を持っていてもおかしくない。
そして今まで使用をしていなかったということは、何かしらの制限、もしくは代償があると見た。
(時間制限か、それとも使用後のペナルティか……クソ、漫画っぽくて俺も欲しくなる能力だな!)
二度、三度と繰り出される斬撃をどうにか回避してはいるものの、時間稼ぎという選択肢はない。
どうにかして攻勢に出る必要はあるが、俺の外皮を切り裂くことができるサーベルを振り回されては迂闊に近づけば大きな出血を強いられる。
隙を窺い攻め込もうにも向こうの反応速度の前では容易く迎撃されることになるのは明白。
「やっべ、攻める手段が見つからねぇ」と焦りつつもしっかりとサーベルによる斬撃を回避しつつ、尻尾で意表を突こうとしたら先端をほんの少し切り落とされた。
0.01mあるかないかなので、痛みもなく戦闘に支障がでなかったのは幸いだったが、改めてこの超反応をどう攻略したものかと頭を悩ませる。
そんな感じで回避に集中し、完全に攻守が交代してしまっていたところで、俺はあるものを発見する。
それは地面に打ち捨てられたタワーシールド――恐らくあのサーベルも同じ合金を使っていると思われるが、あれだけ厚みがあるならば切られることはないだろう。
俺はニンマリと笑うと大きく飛び退き、着地に合わせて追ってきたエンペラーに対して地面を抉るように蹴り上げ、土による目潰しを試みる。
しかし腕で目をガードされて狙い通りには行かなかったが、結構な量の土が口に入ったらしく立ち止まって吐き出している。
そのチャンスを生かして落ちている盾の下へと全力で走り、お目当ての物を手に取ると奴に向き直りドヤ顔でタワーシールドを構えてみせる。
(思ったよりも悪くない……っていうかこれ貰ってしまおう)
思えば俺が使える装備品というのはサイズがどうしても規格外になってしまい、入手が非常に困難である。
殴り倒してお話した後に慰謝料として頂いてしまっても良いのではなかろうか?
いっそあいつを葬って両方頂くということも考えはしたが、それは相手の出方次第――とは言え、ああも豹変してしまっていてはまともに話し合いができるかどうかは少しばかり疑問ではある。
だが、試してみなければ何も始まらない。
「アアアァァアァアアァアァッ!」
盾を構えて迎え撃つ姿勢の俺を見て奴が吠える。
(利用されないように遠くに投げ捨てるべきだったな。拾った以上はそれはもう有効に活用させてもらうぞ)
助走をつけてからのジャンプ強攻撃をバックステップで回避し、続く弱、弱、強の連続斬りを盾で全てガードする。
思った通りタワーシールドは余裕で健在。
確実に斬撃を盾で防ぎながらも反撃の機会を窺う。
(どのような条件で能力を使用しているかは知らないが、この猛攻から察するに勝負に時間はかけられないと見た!)
幾度も斬撃を盾で防いでいれば、向こうもアプローチを変えてくる、
なんと奴は受け止めたサーベルを押し込むように力技に訴えてきたのだ。
「それは悪手だろう」と思ったが、現在の奴はブースト状態。
俺が全力で対抗して押し勝てないのだから、この能力の上昇量はかなり大きい。
その分肉体の負担も大きいはずなので状況は決して悪くはないのだが、最初にこの状態でぶつかられていたら間違いなく撤退していた。
力比べでは勝負がつかないことを察したか、サーベルを片手持ちに切り替え、もう片方の手でタワーシールドを掴む。
盾の守りを強引にこじ開け、サーベルを突き入れるつもりだろうが――それは幾ら何でも勝負を急ぎ過ぎである。
案の定、超反応を活かした力の駆け引きで盾を弾くように俺から引き離した直後、刺突が俺の心臓目掛けて放たれるが、それを見越していたのでその対処は抜かり無い。
俺は上体を反らし、後ろに倒れ込むようにサーベルから逃れつつもその腕を蹴り上げる。
空へとサーベルが回転しながら舞い上がるとエンペラーはそれを見上げ、俺は体勢を立て直すと同時に奴にタックルをかます。
マウントポジションを取ろうと動く俺に対し、奴は押し込むように蹴り飛ばそうとするが、残念なことに体重では俺が上。
優位位置を巡る拳による争いは熾烈を極め、互いにノーガードの殴り合いとなる。
だが、一瞬奴の視線がこちらから逸れたことを俺は見逃さなかった。
エンペラーは俺の両腕を掴んで引き寄せ、腹を足蹴にしてこの巨体を投げ飛ばすと、即座に立ち上がり走り出す。
向かった先に地面に突き刺さったサーベル――だが当然俺はそれを察知していた。
だから奴が走り出した直後に俺も盾を拾い、得物の下へと向かう後ろ姿を追いかける。
そしてエンペラーが剣を拾ったところでタワーシールドを構えた俺が突進をぶちかます。
シールドバッシュをサーベルを握る腕に対して放ち、そのまま盾を両手で掴むと鈍器のように殴りつける。
体勢を崩されれば幾ら反応が早かろうが有効打は叶わない。
それがわかっているからこそのこの盾による怒涛の殴打。
腕の痺れからかついにはサーベルが手から離れ、それを蹴り飛ばすと同時に地面を回りながら滑るそれに盾を投げつけ、さらに遠くへと弾き飛ばす。
(さあ、お待ちかねの肉弾戦だ!)
俺は一歩前に踏み出し、渾身の一撃を奴の腹に叩き込む。
革鎧のおかげで多少威力は削がれるだろうが、それでも十分なダメージとなるだろう。
素の防御力の高さがあるからこその必勝の策――それが両者素手による肉弾戦だ。
向こうもそれがわかっているのだろうが、当然武器を拾いに行く隙など見せないし、そんな猶予は与えない。
無理矢理付き合わされた肉弾戦に、エンペラーの体には着実にダメージが蓄積していく。
そんな中、奴は俺の拳をまともにくらいつつも伸び切った腕を両手で抱え込むように掴み、大きく口を開けたかと思えば、その腕に噛み付いたのだ。
反射的に顔面に拳を叩き込み、引き離しはしたものの歯が食い込んだ腕からは血が流れている。
(形振り構わずか! そっちがその気なら……!)
俺は血が流れる方の腕で速さのみを意識した軽い一撃を鼻先に叩き込む。
一瞬の怯みを見逃さず足を踏みつけ、拳で横っ腹に突き刺すように殴りつける。
奴の伸ばした腕が俺の首を掴むが、知ったことかとボディブロー。
手を離したところに追撃のストレートを顔面に叩き込んだが、奴は倒れることはなく数歩後ろへとよろめくだけだった。
どちらが優勢かは最早歴然。
するとどうしたことか、エンペラーの顔は真っ赤に染まり、体中の血管が浮き上がっているかのように見える。
恐らくはブースト能力の代償だろう。
決着は付いた――そう俺は思っても、向こうはそうではないらしい。
奴はノロノロと歩み寄り、俺に向かって手を伸ばし襲いかかる。
「ハヤグゥ、グワゼロォォォォ!」
無防備に伸ばされた手――防具で保護されていないその指を見た俺は、口を開くと素早く噛み千切った。
自分の手を見て呆けるエンペラーの前に、噛みちぎった四本の指を吐き出そうとした時、どういうわけか俺は極自然にその僅かに骨に付いた肉を咀嚼し飲み込んでいた。




