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(´・ω・`)暑いから冷たいものを飲む。冷たいものを飲むから腹を下す。氷は入れすぎないようにします。
何もない平野を走る。
目標は東――ブローフの街から東北東に位置するガレイアの街。
今は人がいないオークに占拠された街に、俺と同等以上と評される「エンペラー」と呼ばれる特殊な個体がいるという。
とは言え、この情報の信憑性はあまり高くない。
曰く、このエンペラーという個体は「よく移動する」とのことであり、最後に確認された居場所がそこであったというだけである。
司令官代行「レイチェル・アウネス」が言うには「現状フロン評議会の最大の脅威であり、奴さえ除けば現行戦力でオークの軍勢を押し戻すことは可能である」とのこと。
つまり現状奴の戦力評価は単体で一軍以上――俺の自己評価と変わらない。
少々興味を覚えるが「恐ろしいほど強固な武具を持っている」という言葉に俺の興味は消え失せる。
この大森林は旧帝国領土である。
一匹のオークが偶々帝国産の装備品を手にしたに過ぎない可能性が出てきたのだから、種明かしはまだされてはいないものの「そんなことだろうと思った」というオチがありそうなので期待は程々にしておく。
(しかしまさか司令官が逃げ出していて代行が出ることになり、その彼女が姉に瓜二つときたかー……)
運命などと言う気はないが、こうも出来すぎていると少し怖いものがある。
ちなみに俺の姉の名前は「ミレイナ」で、妹が「セリーヌ」である。
流石に名前までは同じではなかったが、彼女の親戚にいてしかもそっくりだったらどうしようか?
家名が付いたことに関しては「帝国から評議会になったことで貴族制が廃止され、国民全員がファミリーネームを持つようになった」ということらしい。
次に来る機会があれば、姉が写っている雑誌でも持っていってやろうかと少し楽しみにしている。
(いかんな、気持ちが緩んでいる。感情抑制機能がジワジワ効いているおかげで思考が少々安定していない)
取り敢えずオークの特殊個体と思われる通称「エンペラー」さえ倒してしまえば、フロン評議会は勝てるというのなら、そいつを始末すれば彼女はほぼ安全と言って良い。
なので現在の俺の目的はまずはそのエンペラーを探し出すこと。
最後の目撃情報であるガレイアという街に向かっているが、その道中にオークの気配は未だなし。
結構な規模の軍団となっていることはわかっているので簡単には見つかるだろうが、そこに目標がいるとは限らないというのが面倒な話だ。
さらに司令官代行である彼女を「家の女」と仮定した場合、高確率で俺を利用するために間違った情報を流すと思われる。
その後問い詰められたところで「その情報が正しいと信じていた」と言い張るくらいは予想の範疇だ。
(俺を上手く使って街を取り戻す、くらいは平然とやりそうなんだよなぁ……まあ、一回くらいは利用されてやっても良いんだけどさー、見返りは欲しい。具体的には帝国の調味料。多分技術的には無理ではないと思うからあると思うんだよなー)
他にも欲しい物はまだまだあるがまずは飯だ。
食事の改善という目標は未達成のままである。
もしこれで手に入らないのであれば、今後の改善は絶望的なものとなるので手に入ることを願うばかりである。
可能であれば定期購入が可能な状態にまで持っていきたいが、こればかりは向こう次第なので考えても仕方がない。
さて、十分に進んだと思われるのだが、未だ目的地は見当たらず周囲に敵影もなし。
食料となる動物も見当たらないので少し速度をあげることにする。
そうして日が傾き始めた頃、ようやく俺は街を目視できる距離まで近づいた。
(そこまで大きな街ではない。城壁が低いから落とされたと見るべきか、それとも例のエンペラーが暴れたのが原因か?)
取り敢えず街に突入するとして、住人はどれほど残っているだろうか?
考慮に入れる必要がないと言えど、助けておけば後々フロンとのやり取りでプラスに働く。
サブクエストのようなものだな、と可能であれば程度に頭の隅に置いておくが、状況的に厳しいのであれば無理をするつもりはない。
折角助けてやったのに何の役にも立たなかった連中もいるので、期待をするのも無茶をするのもほどほどにすると決めたのだ。
街が近づくと城壁の上のオークを望遠能力なしで視認できるようになり、その内の一匹が人間の腕のようなものを手に持ち齧り付いているのがわかった。
案の定というか住人は食料となっているようだ。
食料になっているということは、捕虜で遊ぶのに飽きたか、もしくは壊れたから食用になったかのどちらかだろう。
繁殖用なら制圧された後、すぐに後方へと送られるのは確実なのでここにいるはずはない。
街が陥落してから大分時間もあったようなので、要救助者はいないと見て進めた方が良いのかもしれない。
一先ず隠れる場所もない平野では見つけられる可能性が非常に高いので、擬態能力を使用して接近する。
幾らオークでも距離があれば匂いで気づくことはできない。
無事発見されることなく城壁に張り付いた俺は擬態能力を解除するとそのまま登る。
俺を見つけたオークが叫ぶより早く手刀で首の骨を折り、下に降りようとしたところで見つかった。
「ぷおおおん」という気の抜けた角笛の音が鳴り響くが、吹いてるオークが下手だったらしく首を傾げてぷおぷおと鳴らす。
それを止めるべく地面に下りた俺がそちらに向かって跳躍する。
見かねた別のオークが角笛を持った奴を殴りつけて「ブオー」と勢いよく警報を鳴らすと同時に俺が彼らの目の前に着地。
俺を見上げる怯えた豚を掴み、城壁に投げつけて殺害する。
(さて、ここからどうするか?)
武装したオークが集まってくることが予想される中、この荒れ果てた街並みを見る限り、地形的有利を得るのは相手側。
地の利はくれてやってでも一度荒らして回り、エンペラーを探してみるのも悪くはない。
暴れていれば向こうから来てくれる可能性もあるし、どの道豚は屠殺することが決まっている。
俺はのっしのっしと瓦礫の横を進み、大通りへと出ると武装したオークの集団を見つけた。
(まずはあの集団。次は中央に向かって走ってみるか)
そう思ったときにはオークの集団を轢き殺していた。
俺を止めることができないことを理解したオークは盾を捨てて槍衾で迎え撃つ。
片手から両手に変えたところで無駄だということを教えてやるために、敢えて突進せずに大きな瓦礫を掴んで槍を構える集団に向けてぶん投げる。
止まっているのだから良い的である。
(しかしこの大きな瓦礫を投げるのは良いな。まとめて倒せる上に手も汚れない)
俺の数少ない遠距離攻撃に新たなレパートリーが加わった。
というわけで大きくて重量のあるものを正確に投げるため、訓練を兼ねてその辺から瓦礫や木材を拾い集めながら大通りを歩く。
現れるオークの集団にプレゼントを投げつけつつ、中央に向かって歩いていると明らかにサイズの違う豚が俺の進行方向先に見えた。
(エンペラー……ではなく武装しただけのキングか。普通のオークでっかくしただけだわ)
あれがいるということは、どうやらここにはエンペラーがいないようだ。
俺はがっかりして肩を落とすと、向かってきた豚を手にした木製の柱で薙ぎ払う。
中々しっくりくるのでこれを持ったまま真っ直ぐにキングの下へと歩く。
そうすると俺の余裕が気に食わないのか、グレートソードを突きつけてフゴフゴと何やら大声で命令している。
内容を想像する必要もなく、その場にいた重武装のオーク達が俺の前に立ち塞がる。
雑魚オーク共は綺麗に道を退いており、中央広場に俺が到着すると背後の大通りを豚共が瞬時に埋め尽くした。
退路を断ったつもりのようだが、俺が突進すればあっさり瓦解することを理解していないのだろうか?
ともあれ、俺がオークが集まる中央広場へ足を踏み入れ、前へ出ると正面の重装オークが武器を持たない手を前に出し静止するような手振りを見せる。
聞いてやる義理はないが、何をしたいのかくらいは知っておいても良いだろう。
むしろこの状況で何をするのか、という興味は少しある。
俺が立ち止まったことを確認すると、八匹いる豚の一匹が後ろを振り返り大きく頷く。
すると瓦礫の山に登ったキングがグレートソードを天に掲げ、フゴフゴと喧しく吠えている。
そして一頻り喚いた後に俺に剣を突きつけグップグップと笑い出すと、周囲もそれに合わせて笑い声を上げ始める。
(なるほど、こいつらは俺を見せしめにしようとしている――もしくは見世物、新しい玩具にしようというわけだ)
俺の予想が当たっているかどうかはさておき、オークキングは笑い声をピタリと止めると顎で配下の重装オークに合図を送る。
八匹のオークが前に出る。
なので俺も前へ出た。
両者の距離が徐々に縮まり、互いが大きな得物を持つが故に、その間合いはすぐに詰まった。
「プグゥオォォォ!」
キングが「試合開始」の叫びを上げる。
なので手にした柱を豚の王に向けてぶん投げた。




