83 とあるエルフの視点1
前回が中途半端だった気がするので先にこちらを書くことに
魔法で照らされた地下――アルゴスと呼ばれる新種のモンスターの住処にいる私は本日何度目かもわからぬ溜息を吐いた。
原因はわかっている。
「何で……私ばっかり……」
えぐえぐと涙目で正座させられているアーシルーを横目にもう一度溜息を吐く。
最近この娘を氏族へと迎え入れたのだが、まさかあそこまで何もできない者がいるとは思わなかった。
アルゴスが彼女を「役に立たないから返す」と言っていたのは冗談に見せた本気だったのだと今ではわかる。
かと言って彼との貴重な繋がりである以上、手放すのは惜しい。
何よりゼサトの専横によって二度も命の危機に瀕した彼女を手元に置いておかねば、最悪殺される可能性もある。
確かに彼女は家事はできないし狩りもできない。
農作業は勿論、力仕事や書類仕事も満足にできず、魔法が不得意とあって何かしらの技術職に就くことも困難だ。
どちらかと言えば不器用で要領も決して良いとは言えず、本人のやる気も今ひとつ。
にもかかわらず、どういうわけか彼女は自信過剰である。
話を聞いてわかったのは、アーシルーは自分の体に絶対の自信を持っており、いずれは都合の良い男を虜にするので将来は安泰だと思っていることだ。
「なるほど、所謂『悪女』というものを志望しているのか」と思っていたのだが、未だ男性と付き合ったことすらない生娘だった。
この言行の不一致をどのように解釈したものかと頭を悩ませたものである。
結局、彼女については「やる気がないだけでは?」という結論に落ち着き、生きていく上で必須とされることを仕込むことになった。
結果は先に言った通り散々だった。
それはもう「今までよく生きてこれたな」と皆が感心するほどに酷い有様だった。
決して悪い娘ではなく、どちらかと言えば善良な部類に入るのだから見捨てることができず始末が悪い。
一体どうすればこんな娘が育つのかと疑問に思い、人を使い親を訪ねさせたところ信じられないことがわかった。
「あのね『やればできる』なんてのは甘えです。やってもできないし、そもそもそれがわかっているからやる気もない。もうあの娘にできるのは体を使って一生養ってくれる誰かを捕まえることくらいですよ」
その肝心の親が諦めていた。
「それで良いのか?」と思ったが、どうやら両親側にも「金持ちと結婚できれば私らも楽ができる」という打算があるらしく、そのために彼女に自信を持たせるべくなんやかんやと入れ知恵していたらああなってしまったようだ。
聞きしに勝るガーデル氏族という存在に私の膝は折れた。
だが、すぐに立ち直った私は前向きに考えることにした。
子供達を預かる身ということは、今後彼女のような問題児が現れる可能性も考えられる。
ならば彼女はその予習だ。
なんとしてでも更生させてみせる、と意気込んだ私は彼女を氏族へと迎え入れ、徹底した教育を施すことに決めた。
でもダメだった。
楽をすることばかり考える彼女には一通りのことができるようになるための訓練さえ苦痛と感じるらしく、このままでは一般人レベルの能力を持つより先に何処かに逃げることが予想される。
なので結婚の相手を探し、逃げられないようにしようと思ったのだが――
「流石にあそこまで大きいと……」
「あの娘の性根と合わさるとただただ下品」
「すみません、私は慎ましい方が好みなのです」
男性陣の意見は厳しい。
私自身、彼女を押し付けることを申し訳なく思う気持ちがあるのでこの案は見送られた。
次の案を考えていた丁度その時、彼女から申し出があった。
どうやら彼女も自分なりに考えてはいるらしく「アルゴスとの接触には自分も同行する」と言ってくれた。
自分の立場くらいは理解ができるらしく、彼女を迎え入れた利点をしっかりと押さえた申し出である。
ただ、それが訓練から逃げ出す口実であったことが後でわかった。
こうして遺跡に辿り着き、地下でぎゃあぎゃあと喚く彼女を大人しくさせることで、貴重な帝国の資料に傷をつけぬよう配慮が必要なくらいには手のかかる娘だった。
取り敢えず彼女から得た情報ではアルゴスは地下の奥には出入りすることはなかったらしく、また自分が入っていくことを止める素振りもなかったことから、我々が奥へと進むことにも問題はないと判断した。
どうもアーシルーが言うには奥にはバケモノの死体があり、彼の巨体ではこの遺跡の奥へと入ることはできず、特に人が侵入することを気にした様子はなかったと言う。
「帝国がここで何をしていたかわかるわけですが……あの娘の怯えようから恐らくは碌でもないものかと」
傍に控える護衛の言葉に私は頷く。
粗方近場の探索を終えた結果をそれぞれが報告すると、そのうちの一人が困った顔で手にした物を差し出してきた。
「本ですか?」
「そうなのですが……その、中身が少々なんと言いますか」
彼女は言い淀むが、私としても見てみないと判断はできない。
なので本を受け取りページを捲ったところで思考が停止する。
「女性の裸……ですね?」
これがアルゴスの住処にあるということは、こういったものを彼が読む、ということになるはずだ。
私は理解が追いつかず、他のページを見てみるも中身はほぼ同じ。
「取り敢えず見つけた本を本棚に詰め込んだ、ということでしょうか?」という何処からともなく上がった意見に一同が納得する。
本のページを捲りながら元の場所に戻しに行く男性が感嘆の声を上げていると、それを見ていたアーシルーが一言。
「絶対私の方がスタイル良いよね。私だったらもっと良い絵になると思うのよ」
呆れる一同に「そんな仕事が欲しい」と曰う彼女に私は現実を教えてあげた。
「こんな精巧な絵をどのように書いたかは知りませんが、モデルをするなら何時間と同じ姿勢を続ける必要がありますよ?」
暗に「あなたにそれはできないでしょう?」と言ってみたのだが、彼女は「え、じっとしてるだけで良いのよね?」と何もわかっていない様子だった。
肖像画のモデルをやったことがあるから言えるが、あれは中々に大変であり、とてもではないが彼女に務まるとは思えない。
ともあれ、アーシルーの相手をしていても仕方がないので、全員で遺跡の奥へと行くことにする。
明かりの魔法で照らされた埃の溜まった無機質な廊下を進んだ先で見たものは、私達の想定を越えたものだった。
「これは……何なんですかね?」
普段軽率な口調の彼ですら声が震え気丈に振るまうことさえままならない。
辿り着いた一室の中には横倒しになった円柱のガラスがあり、その中には眠ったように動かない異形と呼ぶに相応しい何かがいた。
「こっちが、聞きたいわよ」
彼女の意見には同意する。
ただならぬものであることは間違いない。
だが中を調べるという意見は出ず、他の部屋を見て回ることになった。
調べた限り、人間と蜘蛛をかけ合わせた――いや、まるで無理やり繋げ合わせたかのようなバケモノが全部で6体。
大きな筒状の透明なガラスの中に見えたそれらの形とは違うまさに「異形」と呼べる何かの数は3つ。
全て死んでいるのは間違いないが、その様相は対極だ。
死の間際までもがき苦しんだかのような形相のものと、眠ったまま死んだかのような安らかなもの。
そして、この人と蜘蛛を繋げたバケモノが入っていたガラスの容器は全部で10。
「数が合わない」
私の呟きに既に察していた何人かが神妙な面持ちで頷いた。
「ルシェル様、これをどう見ますか?」
「恐らく、帝国の実験施設。それも人道に反するもの……恐らく彼らはその過程で死亡したのだと思います。しかし――」
そう、数が合わないのだ。
実験体の成れの果てが9体に対し、彼らが入っていた容器は10。
「ただ最初から空いていた、というのであれば問題はありません。しかし成功した者がここから出ていたとなれば……」
「これは200年前のものです。帝国の過去に我々が囚われる必要はありません」
「仮に生きていた者がいたとしても、それは過去の話です」と不安をかき消すように否定の言葉を一人が放つ。
その意見に皆が賛同し、私も頷いた。
「生命への冒涜だ」と誰かが口にしたが、私は何も言う気にはなれなかった。
(帝国は滅んだ。だが、彼らが何をして、どうやって滅んだのかは正確に伝わってはいない)
これは私が判断できる案件ではない。
そう考えた私はここにある資料を集めるよう命を下す。
しかし資料は疎か紙すらない。
「帝国の事情に詳しい者を連れてくるべきでした」
結局幾ら探しても成果らしいものは何もなく、ここで行われた実験の詳細を知ることはできず、わからないことだらけの現状に私はそう呟いた。
人選を誤ったことに後悔をする反面、もしもここにあるものの詳細を知ってしまったらどうなっていたかと安心もする。
足手まといとなるアーシルーの安全を考慮し、武闘派ばかりを連れてきてしまったことは果たして吉となるか凶となるか?
知らない方が良かったことなど幾らでもある。
それでも、見てしまった以上は報告せざるを得ない。
(そう言えば……何故彼女はここに連れてこられたのかしら?)
自分の住処に案内した者を帰せば、ここに我々が来ることを考えなかったのだろうか?
いや、恐らくは想定しているはずである。
それならば、彼は私達にこれを見て欲しかったのだろうか?
(アルゴスの巨体では通れない――でもそれならアーシルーに見てもらえば……いえ、見ていたのでしたね)
その時、私の中で一つの言葉が繋がった。
「役に立たないから返す」とはそういう意味だったのではなかろうか?
もう一度会う必要があるとは元々思っていた。
その想いはより強くなって私を動かす。
「そうね、手紙を残していきましょう。アルゴスはきっと、私達がここに来ることを想定していたはず……ならば来たことを教えておいた方が都合が良いはずです」
手紙を読めばきっと彼はエルフの里を訪ねるだろう。
モンスターとの手紙のやり取りなど一体誰が予想できるのか?
彼の知性を疑う余地はない――ならばどのような文が興味を引くか?
少しワクワクしている自分を感じながら通路を戻る。
アルゴスというこれまでに類を見ないモンスター、帝国の地下に眠っていた実験施設。
不謹慎だとは思うが、私は今面白くて仕方がない。
私のような身の上では、危険な火遊びというものはどうしてこうも眩しく映ってしまうのだろうか?




