82 とある元巫女の視点1
(´・ω・`)二度もデータが飛んだので気分転換に視点変更
とある里の建物の中、集められた一同の前で一人の女性が言葉を紡ぐ。
果たしてこの選択が正解であるかなど知る由もない。
少なくとも彼には知性があり、交流を持つことが可能な存在であることは確信している。
父と母がただ狂人に巻き込まれただけなのか、それとも僅かな可能性を信じての悲しい結末だったのか――それを決めるためには、きっとこれは必要なことなのだと思う。
だから今、私は動くのだと彼女は言った。
「ルシェル・フォルシュナ」はこう続ける。
「未だあるかないかもわからない汚染に怯えるならば残りなさい。ですが、未来のために己を犠牲にすることを厭わぬ者を私は高く評価します。森林の奥へ進めばどのようなモンスターと遭遇するかはわかりません。もしかしたらこの場所に帰って来ることができないかもしれない。最悪、全員が帰らぬこととなるかもしれない。それでも、我々は未来のために行くべきだと思っています。我こそはと思う者は名乗りを上げてください」
彼女の言葉に集められた氏族の者達が一人、また一人と立ち上がる。
そしてその数が十人となった時、ルシェルは「ここまで」と立ち上がろうとした者を手で制し打ち切った。
誰もが精強であることを自負する者達――三大氏族に数えられるフォルシュナの勇士達である。
不安などあるはずもないだろう。
「では、案内を頼みましたよ」
こちらを向いたルシェルに笑顔で「頼みます」という命令をされ、元巫女であり、この度無事フォルシュナの氏族へと迎え入れられた私ことアーシルーは死んだ目で小さく「はい」と答えた。
一団は暗き森を進む。
体力も魔力もない私に森を進めという無茶を仰る姫様ことルシェル様を先頭に、一団は警戒を厳に示された方角を歩く。
川を渡った辺りで周囲を警戒している勇士の一人が獣道を発見。
その主は間違いなくアルゴスのものであろうという結論に達し、私の記憶にある拠点の方角とほぼ一致することからこの獣道を歩いている。
「恐らくですが、アルゴスが川へ行く時にできたものだと思います。アーシルー、君の証言に拠ると魚を獲って食べるんだったな」
周囲の探索から戻った勇士の言葉に私は頷く。
「情報から基本的に雑食。味覚は人間種に近いとされ、火を使い焼いて食べることを好む……随分と奇っ怪なモンスターですな」
常にルシェルの傍で目を光らせている年長の戦士が呟くと、彼の意見に賛同する者が何人か頷いた。
私もその意見には同意する。
人を騙し、馬鹿にするあのゴツゴツに一度は痛い目を合わせてやりたいが、残念なことに今の私にはそれは叶わぬ願いである。
(なぁにが「悪い扱いはない」よ! 「それくらいできるようになれ」だの「何でこんなこともできないんだ」とか言われ放題なのよ! 確かにさ、私はインドア派だよ? だからと言って家のことができると決めつけるのはよくない! 人には得手不得手があるの!)
歩き疲れた足を根性で前に出しつつ心の中で悪態を吐く。
フォルシュナの氏族に保護されてからというもの、ただひたすら訓練の日々。
思い描いていた理想の毎日など何処にもなく、日を追うごとに蓄積する疲労に何度か逃げ出そうとした。
しかし、あのお姫様はこんな可哀想な私にこう言うのだ。
「あら、外に出るのですか? ゼサトの手の者が手ぐすね引いて待っていますよ?」
逃げれば死ぬ。
それを即座に理解した私はトボトボと用意された部屋に戻った。
そしてまた訓練――せめて家事全般くらいできるようになりなさい、というお姫様のありがたいお言葉により、フォルシュナに仕える女中達から扱かれる日々が始まり、今や一日中特訓と称して私はイジメられていた。
「乳がでかくてもこれじゃあねぇ……」
「流石にこれは詐欺物件?」
「よくその歳まで生きてこれたわね」
などなど言われ放題で私の心は折れかけた。
なので私はルシェルお嬢様に直訴した。
(お姫様はあのモンスターにご執着。ならば誰よりもあいつに近づいたエルフである私は、その分野でこそ役に立てる!)
結果がこのザマである。
「お前の考えなどお見通しだ」と言わんばかりのこの冷遇。
薄々察してはいたが、もしかしてあのお姫様はアルゴスとの関係のためだけに私を匿っているのではなかろうか?
ゼサト関連の続報が一切耳に入ってこないことといい、どうも私が望んだ結果に収まらないような気がしている。
汚染にしてもそうだ。
うちのような底辺氏族には知らされていないようなことをさも当たり前のように語られても困る。
私の知らないことが知らないところで決まっていたり、はっきり言って蔑ろにされている感がヒシヒシと伝わってきている。
私の価値は何処に行ったのか?
二日目にして到着したあいつの住処を見て、一同が声も出ないほど驚いている様子を見て優越感に浸っていると「早く案内しろ」と急かされる。
「ここからがお前の仕事だ。まったく、お前のせいでどれだけ遅れたと思っている。その分しっかり働くんだぞ」
この氏族の男共はどいつもこいつも私に冷たい。
どうやらお姫様が好みの様子で私には見向きもしない。
女性陣に至っては「駄肉が……」と忌々しそうに呟く声が聞こえる始末。
「嫉妬の声が心地よいわ」とでも言おうものなら地獄の扱きが待っている。
今に見ていろ、と私は将来設計の修正を行う。
「ほう、地下があるのか」
「遺跡っぽくなってきたな」
「罠はないんだったな?」
先行した男衆が扉を調べながら私の説明を聞き、思ったことを口に出している。
食事をした場所の説明をすると、女性二人が興味深そうに食器や調理具を調べ始めた。
「やはりと言いますか、この辺にあるものは旧帝国の物ですね」
「この辺りにある物とは思えないけど……何処からか持ってきたのかしら?」
ヒソヒソと声を潜めて何やら確認を取っているように見えるが、ここに何か見るべきものがあるのだろうか?
崩れた壁に腰掛け、疲れた足を伸ばして休憩をしていると呼び出しがかかる。
「はいはい、なんでしょー」
フラフラと扉周辺を調べている男性陣から一枚の古びた紙を手渡される。
「確かフロン評議国の文字が読めるんだったな、これを読んでくれ」
どうやら翻訳が必要らしい。
これで私の評価も少しは正しいものになるだろう――そう思っていたのだが、専門用語なのか全く意味がわからない単語が幾つも有り内容がどうにも掴めない。
「えっと、これ帝国の時の文字だから現代にない単語とか多くて意味が……」
結局他にフロン語がわかる人に聞いても同じような答えが返ってきたが、内容はある程度把握できた。
どうやら機密データと呼ばれる情報のやり取りの記録とその中身についてのものらしい。
価値のある資料として持ち帰ることになったようだが、持ち帰る物は可能な限り少なくするようお姫様が厳命している。
あまり物がなくなりすぎては不信感を与えかねないとの理由だったが、あいつがそんなことを気にするだろうか?
そう言えば何か秘密にした方が良い資料のような物があった気がする。
あれこれと考えていると、地下へと降りることになり私は女性二人に挟まれて落下。
情けない声を上げたが着地は完璧だったと言っておく。
さて、わかっていたことだがアルゴスはいない。
一人が寝床を調べ、他が近くの部屋を調べる。
私はと言うと既に話すことがなくなっているのでフラフラと周辺を見て回る。
でも奥にはいかない。
その時、記憶にないものを見つけた。
壁にかけられたボードに紙がピンで留められている。
「こんなものあっただろうか」と何気なく近づき、書かれている文字を読む。
「戻ってくるとか暇なの?」
恐らくこれは私宛のメッセージである。
紙を捲ると裏にも文字が書かれている。
「裏まで見るとか馬鹿なの?」
視線を少し下げ、捲って見えた二枚目の文字には「そんなことだからダメおっぱいなんだよ?」と明らかに私をターゲットにした悪口があった。
私は無言で二枚目を捲る。
「もうないよ。期待させてゴメンね?」
三枚目の文字を無視して二枚目の裏を見たが何も書かれていない。
「だあっ!」
私は大声を上げて三枚の紙を引き千切った。
何事かと探索中の面々がこちらを見る。
「何でも、ありません!」
驚かせてしまったことを謝り、あいつに対する怒りを抑えるために深呼吸をする。
頭を下げた時に視界に入った本を手に、あいつの寝床に座ってここから動かないと決めて本を開くと一枚の紙が落ちてきた。
「なんだろう」とその紙を拾い、ひっくり返すと長い文章が書かれておりそれは手紙のようだった。
思わず本の表題を確認すると「ロックの冒険」という小説であることがわかった。
その小説に挟まっている手紙とは一体何だろうか?
(もしかしてここに勤めていた人物が残した秘密のやり取り? いや、何かの暗号や重要なキーワードが隠されていたり!?)
私は期待を胸に拾った手紙を読む。
「やあ、これを読んでいるということはダメおっぱいは私の思い通りにボードの紙を引き千切り、これを手にしていることだろう。残念ながらこの手紙は君が期待したような歴史的な発見ではなく、最近私が書いた特に価値のあるものではない。ただ、もしも君がこの文章を最後まで読むのであれば、一つ役に立つ情報を授けよう。端的に言えば隠された扉の開け方だ」
ここまで読んでやはりムカつくゴツゴツだと思ったが、そういうことならば最後まで読んでやろうと、途中で破り捨てかけた自分を抑えた自分を褒める。
「まず初めにしなくてはならないのは、君が自分には『乳以外に価値がない』ことを認めることだ。次に今すぐ上半身裸になって『私はおっぱいだ』と三度叫ぶこと。周囲に人がいる状況が好ましい。これを行うことで、君はきっと己の中の隠された扉を開き、新しい人生を歩むことができると信じている。最後まで読んだおっぱいに幸あれ」
私は読んでいた手紙を破り捨てると立ち上がり手にしていた本を地面に叩きつける。
「あんの腐れモンスターがぁぁぁぁぁ!」
力の限り叫んだ私はルシェル様に頭を叩かれ、探索が終わるまでの間、全員から代わる代わるお小言をもらうことになった。




