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時間がどれほどかかるかわからないので取り敢えず獲ってきた兎を解体。
捨てる部分は穴を掘って埋め、かまどを作ると手を洗って鉄板を用意する。
持ち込んだ燃料に火を点けて、脂をサッと鉄板に塗り切り取った肉を乗せる。
塩胡椒を丁寧に振り、肉を返すタイミングを逃さぬよう音に注意。
いきなり焼肉を始めるモンスターに城壁の上の兵士達が困惑しているが、今は肉を焼くのに忙しい。
最近は職人芸となりつつあるので、僅かなミスも許されない。
というわけで集中していたのだが、城門が開く音が聞こえてきた。
反射的にそちらを見てみると、五人ほどこちらに向かって歩いてきている。
一人は先程のオッサンで残りは男女が二人ずつ。
全員が武器を所持しているので誰が代表なのかはわからない。
鉄串を使って器用に肉をひっくり返し、焼けた面にも軽く塩胡椒。
(そう言えば柑橘類を絞るというのもあったな。今度何処かで手に入れよう)
意識がやや肉に持っていかれがちだが、視界の中にはちゃんと彼らを入れているので問題はない。
若干一名俺が肉を焼いていることがわかってこちらを指差し笑っている。
彼女とは話ができそうだな、と食器を用意。
他の三人は薄気味悪そうにこちらを眺め、もう一人の女性は無表情のままと個性があって覚えやすい。
近づくにつれ肉を見ながらでも相手の姿がわかるようになる。
男性陣は大変わかりやすく、一人は屈強な如何にもな軍人で、もう片方は髭を生やして腹が出ているお偉いさん――オッサンは割愛。
女性陣は無表情スレンダーに笑っているグラマーさん。
推定は2号と4号、或いは5号。
軍服なので確実とは言えない数値なのは修行不足と言ったところか。
「やあ、我々と話がしたいそうだな」
そう言って肉を焼く前に立つ金髪の軍服グラマー美人。
ズボンなのも悪くないのだが、ミニスカだったらもっと良かった。
そう思って顔を上げ――思考が停止した。
ただ何も言わず手を伸ばす。
その動きに反応した二人が即座に銃を構えるが、それを片手で制して彼女は堂々たる佇まいで伸ばされた腕を見ることもなく俺を真っ直ぐに見つめる。
俺は彼女の帽子を取るとセミロングのブロンドの髪が風に吹かれて僅かに揺れる。
(……はは、そっくりにも程があるだろ)
生き写し――そう言っても過言ではないくらい、彼女は姉に似すぎていた。
もう少し髪が長ければ、もしかしたら抱きついていたかもしれない。
ただ懐かしく、込み上げる想いが溢れそうになった時、不意にスイッチが切られたように平静に戻る。
俺は帽子を戻すと肉を返す。
メモ帳を取り出しこう書いた。
「何処かで見た気がしたものでね、失礼した」
「あら、最近のモンスターってナンパしてくるのね?」
メモを見た女性の言葉に後方の三人が「いや、違うだろ」と手振りで否定。
これは話題を提供されているのだと思い、モンスターらしく「『ナンパ』の意味は?」と知らぬ風を装う。
「異性を引っ掛けることよ。で、話って何かしら?」
少し口調が砕けてきたのだが、声と合わさって余計に姉が重なってしまう。
俺はメモ帳から該当するページを探す前に、肉を切って一切れ彼女の前に持っていく。
するとその肉を何の躊躇いもなく口に入れ「ちょっと硬いわね」と文句を言いながらも飲み込む。
「オークについて、人間側が集めた情報が欲しい」
「ダメよ。あなたの目的がわからない」
メモを見た瞬間拒否された。
(即答かよ。迷いなく肉に食いついた豪胆さといい絶対家の血族の女だろ、これ)
思えば母もこんな感じで、姉もよく似ていた。
妹はやや引っ込み思案だったが、いざ腹を括ったとなれば母親を彷彿とさせたものだ。
俺は肉を切って自分でも一口食べながら、用意していたページを開いて彼女に見せる。
「現状、森のオークが増えすぎている。可能な限り正確な数と位置を知りたい」
「だからダメって言ってるでしょ。目的を教えなさい。目的を」
該当するページを探しているから待ってくれ、と俺の手には小さすぎるメモ帳相手に奮闘していると「あ、そこの部分薄く切れる?」とまさかの肉の催促。
俺は一度手を止めて切り取った肉を二枚におろし、赤い断面を鉄板につける。
「連中は幾ら何でも増えすぎだ。ある程度の間引きが必要と判断した。そのため人間側の知る情報をこちらは要求する」
「『要求する』って……あなた言葉の意味はご存知?」
メモを見てあからさまに不機嫌な様子を隠そうともしない彼女だが、これはあくまで想定していたパターンの中で用意されていたものである。
多少の語弊は勘弁して欲しいものだ、と肉の焼き加減を見ながら新たにメモ帳に文章を書いて見せる。
「なるほど、言葉は理解しているみたいね。喋ることはできないのよね?」
彼女の問に「ぐあー」と間の抜けた声を出したところ「なにそれ」と笑い始める。
「つまり、あなたはオークが増えすぎたから間引きを行う。そのための数や位置の情報が欲しい、というわけね」
彼女の言葉に頷き、焼けた肉を串に刺して差し出す。
ブロンドの髪を片手で避け、口を開けて肉を歯で挟むとスッと引き抜き咀嚼する。
美人なのにちょっとワイルドな食べ方が様になっている。
(姉さんもこんな感じだったなー、何をするにも絵になる美人。スタイルも良いから街を歩くと男がめっちゃ集まって大変だったなー)
一度勘違いで殴られたこともあるが、その時は迷惑をかけたということでお詫びに高い肉を奢ってくれたことを思い出す。
「ふむ……でも、そうなると一つ疑問があるわ。何故、あなたは増えすぎたオークを間引くの? そして数や位置を知りたいということは、ある程度の数は残す気よね?」
「全滅は目的としていない。数を減らし、森のバランスを保つ」
用意されていたメモを見て彼女の目つきが厳しいものとなる。
「それって、人間が森を開拓した場合でも同じことを言う?」
「状況と場所に拠る」と書かれているページを見せると少し彼女が考える素振りを見せた。
腕を組んだことで豊かな胸が寄せられているわけだが、姉に似すぎているせいか、そういう目ではやはり見れない。
「なら……どこまでならあなたは許容する?」
おっと、この質問は想定していなかった。
というより具体的に聞いてくる事はないと思っていた。
言ってしまえば、それを聞いてしまえば「線引された」と見做されてもおかしくない。
今のフロン評議会にどの程度の領土的野心があるかは知らないが、少なくとも旧領の復帰を考えていないとは思えない。
これは「政治的にも拙い質問」に入る。
現にオッサンはそれが理解できるほどわかりやすいくらい態度に出ている。
俺は大きく息を吐き、メモ用紙にペンを走らせる。
「潰した砦の先に農業地帯がある。今はそこら辺で我慢をしておけ」
彼女はメモを見るなり「へぇ」と頬を吊り上げる。
その顔を見て、姉を思い出すと同時に彼女が何を考えているかが見えてきた。
「なるほど。増えたオークがその数を維持できる理由を推測はしていたが、確証はなかったということか」
俺の追加のメモに「正解」と彼女が笑顔で応じる。
つまり彼女はこうも言っている。
「我々が持っているオークの情報なんてほとんどないよ」と――これは考えていた中でも最悪に近いパターンだ。
だから、彼女の次のセリフも容易に想像できる。
「一つ聞きたいんだけど……言葉を理解し、こうして私達の前に姿を現している、ということは――交渉は可能と見て良いのよね?」
近づきすぎるのは良くない。
「俺」という戦闘力は国家単位で見ても喉から手が出るほど欲しい代物だ。
安売りはできない。
たとえ帝国の血を引き継ぐフロン評議会であっても、俺は都合よく使える位置にいてはならない。
俺は「フルレトス帝国に属している」のであって、評議国には所属していない。
これは自分なりに考えて出した線引だ。
覆すわけにはいかない。
故に、釣り合いが取れない取引は行わない。
「止めておけ、こちらをアテにするつもりがあるならば、それだけの対価をこちらは要求する。そしてこちらの働きに相応しい報酬をそちらは用意することができない。よって交渉は成立しない」
情報があるならば、それを受け取りこちらで勝手に動くだけ。
仮になくても勝手に動く。
そして情報があり、こちらを引き込むのであれば共同戦線という形も取れなくはない。
だが情報もなく、こちらを頼るのであれば――それはただの傭兵と変わらない。
俺という戦力は一軍を動かす以上である。
ならばその報酬は国家予算とまでは行かないまでも莫大なものでなければ釣り合いが取れない。
傭兵達が手伝いを求めるのとはわけが違う。
軍が求める以上、こちらも相応の対応をしなくてはならない。
俺の言わんとしていることがわかったのか、彼女は溜息を吐いてお手上げのポーズを取る。
「あなた本当にモンスター?」と恨みがましい目を向けてくるが、俺を利用するのは諦めた様子だ。
(潔いなぁ……ほんと姉の子孫って感じだわ)
彼女が少し眩しい。
生きていて欲しいとも思う。
だがそれはそれ、これはこれだ。
得られる情報がないというのであれば、最早ここにいる意味はない。
俺は焼いた肉をさっさと胃の中に収めると、火を消して後片付けを始める。
「……一つだけ、提供できる情報があるわ」
片付けは止めないが黙って聞く。
どの道オークを減らすならば、何処の豚を狩って欲しいのかダメ元でのお願いだろう。
「オークの数が増えていたのは随分と前からの話なんだけど……人間の領域に踏み込んできたのはほんの数年前から。その時から何度かある個体が目撃されるようになった」
そう思っていたのだが、何やら話が予想と違う。
というより結構重要な情報に思える。
「私達はそいつのことを『エンペラー』と呼んでいる。キングではない。それよりも上位の個体として、ね。目撃情報からの推測になるけど――多分、あなたと同じかそれ以上のバケモノよ」




