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 言ってしまえば蹂躙――またはただの駆除作業。

 どれだけ武装をした豚を集めたところで豚は豚。

 盾を構えようが俺は止まらないし止められない。

 今も俺が振るう腕を前に、大盾をどっしりと構えていたオークが空を舞う。

 横に弾き飛ばしても良いのだが、それだとすぐに他の豚にぶつかって止まってしまう。

 このように多少の滞空時間を持たせることで、墜落予想地点にいるオーク共を動かすのだ。

 それは隊列を乱し混乱を呼ぶ。

 これだけの過密状態にあるならば、兵が混乱すれば自軍で勝手に押し潰れて死んでくれる。

 手間を省くためには有用な一手である、と殴って殺すのが存外効率が悪かったことにちょっと寂しさを覚える。

 男は時に拳で語るものである。

 ちなみに蹴ると破裂するので多用はしない。

 さて、オークをぶん投げつつもチラリと城壁の様子を窺うと、しっかりと優勢を取り戻したらしく取り付く豚が格段に減っている。

 火矢によって発生していた小規模な火災も鎮火しており、防衛は成功したと見て良いだろう。

 あとはこの豚共がいつ退くかなのだが――面倒なので指揮官がいそうなところにお邪魔しよう。

 救出した女性陣も安全圏まで移動しているだろうし、この辺で俺が幕を下ろしてやる。

 のっしのっしとオークの軍勢の中を悠々と歩き、向かってくる豚を薙ぎ払いながら無人の野を行くが如く中央へと進む。

 槍は折れ、斧は砕け、盾も鎧も意味をなさない。

 そんな悪夢のような俺の前に、一体のデブが現れた。

 でかいオークとかでなく、本当にデブだ。

 縦も他と比べれば大きいのだが、横幅が一線を画するというまごうことなきデブ。

 バカでかい肉切り包丁を手に、涎を垂らして焦点の定まらない目で「グップグップ」と鳴いている。

「薬でもキメてるのか?」と真っ先に思ったが、恐らくやっているだろう。

 大規模化したオークの集団は薬草などを用い始める。

 なので恐怖の克服や、一時的強化のために麻薬に酷似したものを使うケースが多数目撃されていたと記憶している。


(サイズ的に考えれば、こいつが一番パワーのある個体かね?)


 ちょっと力比べでもしてみるか、と振り下ろされた肉きり包丁を無視してその手を掴むが、勢い余ってぐしゃりと握り潰してしまう。

 どうやら勝負にすらならないようだ。

 仕方がないのででかい肉切り包丁を奪いデブの首をはねる。

 血が噴き出し後ろへと倒れ込むと、明らかに周囲のオークに怯えの色が見え始める。

「ようやく力の差を理解し始めたか」と呆れるが、逃げてもらうにはまだ早い。

 もう少しばかり、俺の強さを見せつけておかねば今後の活動に支障を来す恐れがある。

 きっちりと自分が狩られる側の存在であることを教え込んでおかないと、逃げずに立ち向かう阿呆の所為でうっかり殺しすぎてしまう可能性がある。

 適度に数を維持し、ある程度脅威として人間の森林への進出を抑えてくれないと、俺の活動領域がどんどん狭まっていく。

 最後の最後まで君達には利用される立場でいて欲しい。

 そんな願いが、この殺戮には込められている。


(しかし思いの外保つな。普通のオークならとっくに瓦解していそうなもんなんだが……)


 これだけ殺してまだ士気が保てるということは、それほど美味しい目を見ているか――それとも指揮官、または統率者が恐ろしいかのどちらかと見るべきだろう。

 頭を叩かないことには引くことはないと結論づけ、俺は強そうなオークを探して予定通り中央へと突き進む。

 手にした肉切り包丁は俺の力に耐えきれず三振りほどで折れたので、投擲武器として使用した。

 さて、立ち塞がる豚を全て薙ぎ払い中央付近へとやって来たは良いのだが、指揮官と目される個体がまだ見つからない。

 仕方がないので責任者がやって来るまで適当にその辺の豚を掴まえては投げて遊んでいたところ、オークの軍勢が割れた。

 その空白地帯をゆっくりと進む一匹の完全武装のオーク――遠目でも明らかに他とは違うオーラを纏うその姿は、どう見てもオーガ並のサイズである。

 ふと城壁を見れば最早取り付こうするオークはおらず、城兵の射程外まで退いており、この戦いを見守るように周囲に集まってきているようだ。

 人間そっちのけのモンスターバトルになってしまったが、この場合ちょっと後の交渉が面倒になる可能性がある。

 強すぎるというのも考えものである。

 二本足で立つオーガクラスとなれば、両手を地につける俺よりも高さがある。

 少し見上げる形となるが、だから何だという話だ。

 それに両手グレートソードの二刀流というロマンはわからないでもないが、そのプレートアーマーは頂けない。

 俺を相手にするならば、その鎧を脱いで立ち向かうべきだ。

「これは相手にならんな」と期待外れと言わんばかりに俺は肩を落として息を吐く。

 その態度が気に食わないのか、片方のグレートソードを俺に突きつけフゴフゴと何か言っている。


(わかんねーよ、ハゲ。やっぱ所詮オークか……少しは歯ごたえのある敵を期待したんだがなぁ)


 俺は一歩前に踏み出し、ハゲの間合いに無造作に入る。

 それと同時に切り払われたのだが、その速度には驚かされた。

 想定よりも随分と速い一撃だったこともあり、思わず腕で受けてしまったが中々悪くはない衝撃が伝わる。

 これが俺を斬ることができる魔剣か何かであったならば、ハゲにも勝機があったのだが、残念ながら叩き切ることしかできない重量武器では、傷をつける程度がやっとと言ったところだろう。

 とは言え今の一撃は十分称賛に値する。

 なので俺はさらに一歩踏み出しお返しとばかりに速度重視の軽いパンチをハゲの顔に打ち込む。

 それを回避できずにまともに鼻先に食らったハゲが一歩下がるが、すぐに闘志を燃やして両手のグレートソードによる連撃を繰り出す。

 太刀筋など知ったことかと振るわれるそれを両の拳で打ち返す。

 しばらく岩に金属をぶつけるような音が響き続けると、焦りの色がハゲに見え始める。

 呼吸が荒く、振るう大剣の速度も徐々に落ちてきている。

 随分と早い限界に俺は失望の溜息を漏らすと、勝負にすらならなかったこの戯れを終わらせにかかる。

 振り続ける大剣を左右交互に大きく弾き、ハゲの胴体をがら空きにすると同時に体を回転させる。

 尻尾で足を取り引っ張られたことで僅かに宙に浮いたその巨体の腹に、ほとんど手加減なしの回し蹴りを叩き込んだ。

 果たしてそれはどのような音だったか?

 少なくとも、周囲のオーク達に聞こえたのは破裂音だろう。

 鎧をぶち抜き、オーガの如き体躯を破壊し、その破片を撒き散らしながら吹き飛ぶ。

 肉塊と鎧の残骸が落ちた先でオークを一匹潰したが、最早そんなことは些細なことだ。

 オークの軍勢は、たった今瓦解した。

 状況を理解する――いや、現実を受け入れるための僅かな静寂の後、我先にと逃げ出し始めた。

 だが豚共に追撃の手はかからない。

 俺にその気がないことと、俺がこの場にいることで人間側が追撃できないでいるからだ。

 取り敢えずこの場に居続けるには少し匂いと視線がきついので、置いた荷物を取りにのっしのっしと移動する。

 フロン側も色々と時間は必要だと思われるので、こちらも身支度を整えてから訪問することにしよう。

 時間があれば救出した彼女達が話を通してくれるはずだ。

 物事をスムーズに進めるため、最善のために今は我慢である。

 チラリと城壁を見れば、逃げるオークを歯がゆそうに見ている者もいれば、生存したことを素直に喜ぶものもいる。

 彼らの大多数――いや、ほぼ全員が先程の戦いを「モンスター同士の争い」としか思わないだろう。


(今は「運良く生き残った」と喜べば良い)


 俺はブローフの街を背にゆっくりと歩く。

 だがすぐにある不安が頭を過る。


(……逃げたオークが荷物を持っていく、なんてことはないよな?)


 しばし歩きながら考えていたが、気づけば駆け足になっていた。

 それを見た城壁の誰かが声を上げる。

 警戒対象がいきなり走り出したら驚きもする。

 俺は心の中で軽く謝りつつ、置いた荷物の下へと走る。

 頼むから持ち去られていませんように。

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― 新着の感想 ―
[一言] 両手持ちのグレートアックスやグレートソードを2刀流でばっさばっさやって欲しかったな。
[一言] 武器を振るい、道具を使い、数を用いるのが人から豚になったところでなんだというのか。といわんばかりの蹂躙である。 次回で、ようやく祖国の末裔との建設的な話し合いができるのだろうか?この時代の…
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