71 とあるエルフの独り言1
(´・ω・`)分割する羽目になった。
薄れゆく記憶が確かならば、特に理由などなかったはずである。
自らが自然の一部であるということを忘れてはならない――この戒めだけを見るならば、自然調和委員会という組織もそう悪いものではない。
自然から切り離されては生きてはいけない――良い言葉だと思うし、真実であるとも思う。
自然との共生を謳い、調和を掲げる組織を作り、崇高なる理念の下に生きて死ぬ。
だが、そこから何故「モンスターとも共存を志す」という輩が増えたのかは未だ不明である。
そんな自然調和委員会に入った理由は特にない。
両親が組織の一員であったことは知っているが、それが理由ではなかったとはっきり言える。
少なくとも両親は「ただ籍を置いている」という程度の付き合いで委員会に入っていたようだが、一部危険な思考を持つ人物にとってはそのようなことは関係がなかったらしい。
自殺まがいのモンスター調査に連行され、両親は帰らぬ人となった。
そのような惨状を見て私が委員会に入ったのは「二度とこのような惨劇を起こさぬ為」でもなく、ただ「なんとなく」だ。
深い考えがあったわけではなく、明日から一人生きていく状況をどうにかしようと思ってのことでもない。
本当に理由などなかった。
結果としては、フォルシュナという私の氏族がその辺の事情を上手く手繰り、自然調和委員会の手綱を握ることに成功する。
その功績を以て、私は氏族の中でも若くして発言力を得るに至った。
そこから始まった求婚の嵐。
まだ成人にすら成っていない子供に花束を贈る大人達にはうんざりした。
一部発育の良い体を舐め回すように見る男達には嫌悪感しか浮かばなかった。
だから私は逃げ場所を作った――それが自然調和委員会というのだから、世の中何が起こるかわからない。
私という存在が委員会に接近したことで、色々と面倒事が発生したのだが、そこは「過激派が冒した事件によって両親を亡くした子供」という立場が大きく影響を与えた。
結果としては、私は委員会でトップに近い立場の者となった。
とは言え、委員会のことなどどうでも良いというのが正直な感想だったので、適当な距離が欲しかった。
そこで役に立ったのが「モンスターとの共存」という狂った理念だ。
私はまず「そもそも共存可能なモンスターが果たして存在するのか?」という疑問を彼らに投げかける。
当然これまで何度も繰り返された話だ。
狂った連中はさも当然のように頷いた。
「勿論です。そうでなければ我々はそのような主張を致しません」と声を揃えた者達に私はこう言ったと記憶している。
「では、そのモンスターを私の前に連れてきてください。共存が可能ということは我々の言語を理解、もしくは理解しようとする意思を持つはずです。縄に縛るようなことは言語道断。友人のように隣を歩き、私の下へ連れてきてください」
一方がもう一方に合わせるだけなど共生とは言わない。
その部分を強調し、彼らの理念に一定の理解を示すことで一般的な会員との距離を保った。
気がつけば委員会の中心的な人物となってしまっていたことは、自分でも「どうしてこうなった」と頭を抱える他ない。
その頃には私も大人となって随分と時間が経過しており、頼られる存在となっていたという自負を持てるくらいには人を動かし、フォルシュナという氏族の中でも指折りの発言力を有するまでになっていた。
相変わらず求婚する男性の数は減ることはないが、そのような気にはどうしてもならない。
どうやら大人の男性に対して嫌悪感や警戒心をどうしても拭うことができない身となっていたらしく、どうしても受け入れることができなくなっていた。
それを克服するという意味ではないが、子供達の面倒を見ることになった。
少々やんちゃが過ぎる年頃の子供達だが、自分の顔に笑顔が戻ってきたことを喜ばれた時、私には余裕というものがなかったのだと知った。
それからは子供達との時間を優先するようになり、教師の真似事をやるようにもなった。
自分でも自覚ができるくらいには笑うことが増えたのは良いのだが、少しばかり男の子の接触が多い。
これも男性嫌いを克服することに繋がるだろうと笑っていた。
そう思っていたら下着を取られた。
流石にこれには怒ったが、どうやら懲りるということを知らないのか、男の子達はますます私の下着を狙うようになった。
「よろしい、そういうお遊びというなら受けて立ちましょう」と毎日が子供達との根比べ。
大人の凄さというのを身に沁みてわからせてやれば、過度な悪戯も鳴りを潜めるはずだと思っていた。
結果は惨敗。
毎回あの手この手で私を脱がしにかかる子供達に翻弄される日々が続いた。
そんな時、ある凶報が齎された。
「森林の悪夢」の復活――多数のエルフを食い殺したモンスターが再び生きて我々の前に現れた。
賢人会議で対策が講じられる中、子供達との触れ合いがなくなったことが少し寂しくもあったが、この問題は予想外の形で幕を閉じた。
その「悪夢」が別のモンスターに食われたという報が入ってきた。
生贄を用意し、遠ざけるという話もあったようだが、まさか剣聖シュバードですら仕留めきれなかった化物を食い殺すというのだから、一体どんなモンスターが現れたというのか?
新たな里の危機とあって、再び賢人会議で氏族の中でも立場のある者達が忙しくしている。
私もその一人ではあるが、現状できることと言えば襲撃に備えるくらいだと思うのだが、どうやら魔法が通用しない「悪夢」ではないと会議では楽観する者がほとんどだった。
だが、そのモンスターにどの程度魔法が通用するかは未だ未知数であり、安易に結論を出すべきとは思わなかった。
子供達が心配になった私は一度戻り、避難場所や警備について確認を取ることにする。
それからしばらくは忙殺されることになるだろうと覚悟していたのだが、そこで信じられないことを耳にした。
それが「悪夢」を食らったモンスターに関する話だったのだが、問題はその内容である。
「禁忌である支配の魔法を復活させ『悪夢』を支配下に置いた」というものだった。
「一体誰がそのようなことを?」
答えは「キリシア・レイベルン」――あの魔法狂いとまで呼ばれたレイベルンの生き残りである。
納得の行く人物ではあったが、彼女がゼサトの長男を呼び出したと知って私は飛び出した。
ゼサトとレイベルンは少なからず因縁がある。
短慮を起こされる前に何とかしなければならない。
結果としては賢人会議に丸投げするという形で収まったのは良いが、どうやらキリシア女史は未だにフォルシュナの女に尽く男性を取られたと思い込んでいるようだ。
魔法にばかりかまけて男性を顧みなかったのが原因だとは考えないのだから、レイベルンの血――いや、レイベルンの呪いは厄介なものである。
私は新種のモンスターである「アルゴス」を見張るよう氏族の者に命じ、子供達の様子を見に向かう。
彼女の言う通り、危機が去ったことには間違いない。
私にはこの平和が続くようにとただ祈るしかなかった。
あれから忙しい日々がしばらく続いた。
念には念を入れて、アルゴスが暴走した際の対処を考える。
賢人会議にも顔を出すが、話はいつもと変わらぬ様子。
禁忌を蘇らせたことによる罰か、それとも里の危機を未然に防いだことに報いるべきか?
この答えを出せないまま時間だけが過ぎていく。
そんな中、長続きしていたが故にしばらく欠席していた老齢の代表達が姿を現した。
未だ結論が出ないでいる状況が意外だったのか、しばし会議の様子を眺め、これまでの内容を繰り返し尋ねる。
すると普段賑やかすことばかりの長生きしている面々の表情が変わった。
「禁忌はいかん。如何に脅威を前にしても、それに手を出したとあれば我々が帝国と戦った意味がなくなり、大義すら失われる。何故我々があれ程の犠牲を払い帝国を焼いたかを思い出せ」
重々しい口調で語るオーデル老の言葉に、あの時代を生き抜いた者達は頷いた。
しかしそれで結論が出るわけではなく、三人の意見は重く受け止められたが結論を出すにはまだしばらくの時間を要したが、最後はゼサトの長が「禁忌を放置することはできぬ」と押し切った。
キリシア女史の下へ人を送るのはまだ先の話ではあるが、私は「これで終わる」と安堵の息を漏らす。
アルゴスは恐らく支配を受けたままの状態で殺すことになるだろう。
満足に食事を与えていないという報告から、何度か様子を見るために近づいてみたが、アルゴスはただ黙って私を観察するかのように見ているだけだった。
曰く「その者の意思すら奪う禁忌の魔法」――それが本当ならば、彼の視線は私の気の所為だというのだろうか?
どのような結末であっても、アルゴスに未来はないことを理解していた私は何度か足を運び、せめて空腹を紛らわせるくらいは、と果物を差し入れた。
それが彼の胃に収まったかどうかは定かではないが、それくらいしか私にできることはなかった。
しかし、この行為が後に私の生き方を変えることとなる。
この時はまだ、誰もがアルゴスは支配されており安全であると思っていた。
私を含めて――




