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俺が読む本の文字をフルレトス語ではなく、アーシルーはフロン語と言った。
これが一体何を意味するか?
帝国人が他の土地へと移り住み、国名が変わったのだと俺は真っ先に考えた。
しかし喜ぶ前に事実を確認するのが先だ。
なので「フロン語」の詳細をアーシルーに求めた。
「え? あんた『フロン評議会』を知らないの……ってモンスターが国の名前とか知ってる方がおかしいわよね」
国――そう、今彼女は国と言った。
やはり帝国は滅んでも人は残ったのだ。
というより冷静になって考えれば帝国の人口は1千万を越えていたのだ。
帝都と周辺都市を吹き飛ばすほどの爆発事故が起こったところで、その人口は半分も減ることはない。
ならば他の国に大量に移住することも十分考えられる。
「まあ、わかりやすく言えばこの大森林があった場所にあったフルレトス帝国っていうデッカイ国が滅んで、そこの住んでた人が南に大勢向かったの。で、向かった先にあった国を乗っ取っちゃったのよ。それでできたのがフロン評議会。フロン評議国とも呼ばれるけど、私は評議会ね」
自慢気に話すアーシルーを見ながら今の言葉を整理する。
(南ということはレーベレンとハイレだ。民間人が大量に流入したところで連中の対応などわかりきっている。つまり、帝国は残存兵力で南を切り取ったんだ! そこで新たな国となった!)
爆心地を見た後では皇族の生死は言わずもがな。
帝国という体を維持することが困難となったが故に、フロン評議会と名を変え存続したのだろう。
(帝国の血は、途切れていなかった)
もしかしたら家族の子孫がいる可能性だってある。
家族の誰かが帝都を離れており、南へと移動する住民の中にいたならば、十分に現実的と思える話である。
胸に込み上げるものがある。
(こんなに、嬉しいことがあるか?)
もしも、この体が涙を流せるならのならば、きっと俺は泣いてしまっていただろう。
だからこの喜びを表現するためにアーシルーの肩に両手を置き、服ごと手を下にずらすと同時に持ち上げる。
「ちょっ、何すん――」
そしてその顕になった白い柔肌を舐めまくる。
それはもうベロンベロン舐めてやった。
ヌルヌルになったおっぱいが俺の舌で形を変えて大暴れしている。
ちなみに言葉が途切れたのは初めに顔面を舐めたからである。
(はっはっは、遠慮するな! これはご褒美だ! 勿論、これはダメおっぱいへのものじゃなく、自分のためのご褒美だ!)
これまでモンスターの姿で頑張ってきた。
僅かとは言え希望の光が灯ったのだから喜ばずにはいられない。
心で笑い、声に出して「がっがっが」と笑っていたところ、不意にスイッチを切るかのように平静に戻った。
(あー、忘れてた。最近感情起伏があまり大きくなかったからなー。こんなのがあることすっかり忘れてたわ)
一先ず顔を含め上半身が涎まみれになったアーシルーを床にそっと戻してやる。
ついでに「ドヤ顔でイラッとした」という内容を書いたメモをべとべとになったおっぱい丸出しのアーシルーの目の前に突き出した。
顔に付いた涎を手で拭い、それを振って地面に落としている。
流石に胸より顔を優先しているのは息を止めているからだろう。
顔の涎をある程度取り払うと「ぶはっ」と勢いよく呼吸するアーシルー。
でもまだ目が開けられないらしく、拭くものを探して手が彷徨っている。
多分俺になすりつけるつもりなのだろうが、そう思い通りにさせてやる気はないのですすっと距離を開ける。
すると俺が動いたのを察したのか、ソンビのように両手を前にフラフラと近づいていくる。
仕方がないので手の届く範囲にあったタオルを取ってぬるぬるのおっぱいを拭いてやると、アーシルーはそれを奪い取って顔を拭く。
「何すんのよ!」
もう一度書いたメモを見せてやると殴ってきた。
そして殴った手を痛みで押さえるダメおっぱい。
可哀想になってきたので「ご飯にする? それともお風呂にする?」と書いたメモをそっと差し出す。
「両方! でもお風呂が先!」
そう不機嫌に叫んだアーシルーの前で顔傾けて舌を横に出し、腕をクロスしバッテンを作る。
残念ながら風呂なんてありません。
からかわれたのを理解したのか今度は俺に蹴りを入れてきた。
そして蹴った足を痛みで抱え込む学習しないダメおっぱい。
とは言え流石に涎まみれの相手をするのは嫌なのでシャワーのある部屋を指差す。
水が使えると知ったアーシルーは走って移動。
最後まで胸は出しっ放しだったが、服が涎で汚れるのが嫌だったのだろう。
さて、俺はシャワールームには行けないのでタオルの用意でもしてやろうと物置部屋へとのたのたと移動を開始。
その直後、シャワールームから「ひぃやぁぁぁ!」という叫び声が聞こえてきた。
(まあ、最初に出てくる水は濁っているだろうからな。それを浴びたらそうなるわな)
何せ俺が移動できない場所にあるのだから、一度水を出しっ放しにして綺麗な水が出るまで待つ必要がある。
「ふざけるのもいい加減にしなさいよ!」
部屋から出てきた全裸のアーシルーがシャワールームを指差し俺を怒鳴りつける。
俺は溜息を一つ吐いて手招きすると、別の蛇口がある場所まで移動。
壁の一部が壊れたトイレの洗面台から綺麗な水を出して、それをやって来た彼女に見せる。
「しばらく水を出し続ければ綺麗なものが出てくる」と紙に書く。
「それを先に言いなさいよ!」
そして俺の足を蹴ってまた蹲る。
鎮静手段として胸を揉んでみようかと思ったが、そろそろ限界が近そうなのでタオルを何枚か渡してシャワー室に行く彼女を見送る。
お湯は使えず水しか出ないので外で火を点けようかと思ったが、丁度時間的には昼飯時を過ぎた辺りである。
ならばここは食料の調達をしておこう。
扉を閉じていれば上にはあがらないだろう。
そもそも上がる能力があるかどうか疑問だが、念の為に「狩り」と書き置きを残しておく。
そんなわけでサクッと猪を掴まえて解体。
肉の塊を調理台に置いたら手を洗って地下へと降りる。
するとそこには集められた紙束を横に、手にした一枚の書類に目をやる白衣を着たアーシルーがいた。
「あ、やっと帰ってきた」
扉を開ける音でも気づかなかったので集中して読んでいたようだが、まさかこのダメおっぱいは帝国語が読めるというのだろうか?
確認がてら帝国語で「ダメおっぱいはそれが読めるの?」と紙に書いてみる。
「誰がダメおっぱいよ! っていうか、あんたフロン語も書けるのね……まあ、読めてたみたいだからそうじゃないかと思ってたけど」
驚きの事実が発覚した。
俺が驚愕を顕にしていると「あんた結構失礼な奴よね」と厳しい目を向けられる。
好感度を下げすぎるのも考えものなので、ここは一つご機嫌取りのために「飯」と書かれた紙を見せる。
アーシルーは喜んで立ち上がり、俺は塩と胡椒を取ってくる。
そして彼女を担いで上に上がる。
全裸に白衣も悪くはない。
横乳も良かったが、谷間全開の衣装も良いものである。
また下着も履いていないらしく、尻から太もものラインも良い仕事をしていた。
さて、肉を焼く準備をして取り分けた肉塊を切るのだが注文が多い。
「あ、そことそこは私が食べる。あと厚さは薄めにお願いね。ちゃんと焼く前に筋切りくらいしなさいよ。私はか弱い美女なんだから……気が利かないわねぇ。あ、そこ脂身多いから切っといて。ちょっと胡椒ケチんないでよ! 臭み消しの香草がないんだったら香辛料で誤魔化しなさい!」
料理ができないと言っておきながらこの注文のつけようである。
余りにも横で煩いので手を伸ばしたところ、即座に胸をガードしたので無防備な顔面を指で摘み力を少し込める。
「いた、痛いって、割れる! 頭が割れる!」
「ほんと何なんだろうな、こいつ?」と首を傾げながら肉を焼く。
焼けた肉を美味そうに頬張るアーシルーを見ながら、随分と久しぶりに昼食を食べたなと思う。
食後に後片付けを命じたところ、いつまで経ってもやる気配がなかったので「裸にひん剥くぞ」と脅してようやく行動する始末。
おまけに「鉄板が重い」と文句を言うのだからこいつの能力の低さを舐めていたと言う外ない。
結局重いものだけは多少手伝ってやり、後片付けが終わったので地下へと戻る。
さて、そろそろ真面目な話をするべきだろう。
「お前さんに幾つか聞きたいことがある。まずはフロン語が読める理由」
「ん? ああ、単に評議会から出版されてる本をよく読むからよ。翻訳なんて待ってもされないこともあるから覚えたのよ」
意外な理由で勉強していたことに驚いた。
どうやら興味があることに関しては努力をする傾向にあるようだ。
少しばかりこいつの扱い方がわかってきた気がする。
では、いよいよ本題に入るとしよう。
「次の質問だ。お前が知る限り最も強いエルフは誰だ? またそれに匹敵するような強者はどれくらい存在している?」
俺の最大の懸念材料――それがエルフの戦士である。
かつて帝国の前線を崩壊に導いたのは何れも少数精鋭の部隊であったと聞き及んでいる。
ならばその者達を知ることでエルフとの付き合い方も決まる。
これまではエルフが俺にとってどの程度の脅威となるかがわからなかった。
それ故に敵対をしないように注意を払ってきたが、その実態を知ることができれば「どこまでなら許容できるのか」が予測可能となる。
重要な内部情報を渡せと言う言葉を投げかける――その意味は俺もよくわかっている。
(俺に差し出された以上、知ってることは洗いざらい吐き出してもらうぞ)
俺は厳しい目つきでアーシルーを見た。
「んーとね、一番強いのはシュバーグ様っていう剣聖って呼ばれてるおじいちゃん。他は知らなーい。でもシュバード様と同じくらい強い人の話とか全く聞いたことないわねー。大体さー、戦士の嫁になったら外聞とか物凄く気にしなくちゃいけないの、わかる? そんなの狙うわけないじゃない」
俺の質問にアーシルーは用意してやった布団に寝そべって本を読みながら、足でふくらはぎを掻いており、心底どうでも良さそうに知ってることを全て答えた。
多分……いや、確実に俺は聞く相手を間違えた。




