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取り敢えず彼女が落ち着くまで待つこと数分――息を切らした8号さんがこっちを見て一言。
「あの、これどうにかしてもらえます?」
確かに腕を拘束するものは邪魔になるが、隠すことができない乱れた服から見えるのが非常にそそられるので、もう少しだけ時間を稼がせてもらう。
「冷静」
見える位置にそれだけ書くと8号さんがコクコクと頷いた。
最後に「暴れるな」と書いて返事を待つと、これにも頷いたのでタイムアップ。
俺は彼女を拘束する固まった土を指で摘んで破壊する。
腕が自由になるや否や8号さんが胸をポリポリと掻く。
女の子という幻想にそれはそれは見事な正拳突きが炸裂する。
「あー、痒かった」と一息ついた彼女が服装を正そうとするが、あまり上手くは行ってない様子。
「……これで我慢するしかないか」
左右の横乳ががっつり見える程度にどうにか繕ったが、腰から下の破かれてできたスリットまでは戻せず、こちらはそのままである。
ただ破れた部分を折ったり押し込んだりすることで隠しているだけなので、大きな振動でもあればまた見えてしまいそうだ。
「もう一度確認したいんだけど、食べないし、殺さない……よね?」
やはり信用なんてされないは当たり前。
なのでちょっとだけ悪戯を決行。
しばし8号さんを見た後に指でそのたわわな膨らみを突っつく。
すぐさますごい形相で胸をガードされたが、地面に書いた文字を見て青ざめる。
「可食部、少」
「食べ物じゃないから! 私のおっぱいは柔らかいだろうけど食べ物じゃないから!」
後ずさる8号さんには「美味そうじゃないから食べないよ!」と伝えてどうにか冷静になってもらうとするが、明らかに逃げようとしている。
「二足歩行は食わない」という文面でようやく落ち着きを取り戻したが、距離は空いたままである。
当然と言えば当然なのだが、この後どうしたものだろうかと頭を悩ませる。
取り敢えず時間稼ぎの意味を込めて話を聞くことでお茶を濁す。
「指名、理由」
何故8号さんがこのような役目を引き受けることになったのか、それを尋ねたのだが、これが失敗だった。
「だからあのクソ女が全部悪い! こっちだって若くて有望な男を捕まえたいのよ! 私ももう適齢期入ってんだから色目くらい使うわボケ! しかも出された名前の男なんて眼中にねぇ! あんな乳しか見ない男なんざ願い下げ! それ何度言わせるのよ! お二人の恋路の邪魔をする気はないし、したこともない! 勝手に恨んでおきながら、人を横恋慕の悪女みたいに言ってんじゃないっつーの! 大体お前みたいな引きこもりの陰険ニキビの貧乳が男より好みしてんじゃねー! こっちが理想の男捕まえるためにどれだけ努力してると思ってんだ!」
まあ、よく喋ること喋ること。
今度は幻想に上段回し蹴りが炸裂したが、こういうキャラなんだろうなと少しずつ諦めの感情が広がり始める。
(っていうか、口から出るのが愚痴ばっかり……相当溜まってんな、この娘)
吠えまくる8号さんに少し引きながらも今後のことを考える。
「彼女をどうするか?」という一見簡単そうに見える問題が非常に厄介なのだ。
彼女の境遇から集落に戻すというのは現状難しい。
戻すにしても時間が必要だ。
でなければ、最悪8号さんは殺されてしまう。
それがわからないほど馬鹿な娘ではないならば、戻るという選択を取ることはしないだろう。
次に俺がお持ち帰りをする場合なのだが――どちらに持っていくか、が最大の問題となる。
監視用拠点は論外。
あの場所を知られるわけにはいかない。
それこそ8号さんを殺さないのであれば、あそこは近づけるべきですらない。
では本拠点はどうか?
よくよく考えて欲しい。
俺が一体何を拠点に持ち帰っているのかを……そう、数々のエロ本だ。
データディスクのパッケージも危ない。
地上部分に留まってもらうという選択もあるが、エルフの能力なら地下に行くのも容易だろうし、それを完璧に止められるとは思えない。
ならば彼女を放置するか?
助けておきながらそれはない。
というか8号さんの戦闘力次第ではサバイバルもできずに屍を晒す可能性もある。
目下の問題としては、まずヒートアップしている彼女をどうにかしなくてはならない。
(こういう場合はどうするのが正解なのか? 妹がヒステリックに叫び始めた場合は確か……)
何分完璧過ぎる姉を持ったが故に、事あるごとに比較されていた妹はよく不満をぶちまけていた。
本人のスペックも俺からすれば十分に高いのだが、高学歴に加えモデルの仕事をする傍ら母の仕事の手伝いに家事までこなすという欠点と呼べるものが見つからないパーフェクトシスター。
そんな姉を持つ出涸らしと呼ばれた弟である俺が、兄としてできたことと言えば――
「嫉妬。考慮不要」
止まることのない愚痴を吐き出す8号さんの肩を指で突き、地面に書いた文字を見せてやる。
しばし固まるようにそれを見ていた彼女は顔を上げ俺を見た。
「そうよね! そう思うわよね!?」
こういう場合、事実よりも都合がよくわかりやすい理由を提示してやると納得してくれる。
どうにもならない怒りの矛先を、本人が納得の行きやすい方向へと誘導することで沈静化を図る。
どうやらこの手法は8号さんにも効果があるらしく、目に見えてクールダウンしてくれている。
「モンスターでもそう思うんだから、やっぱり私ってばスタイル良すぎよね……いや、魅力がありすぎるってのも困りものね。いい女ってのは同性から嫉妬されてこそ、よね」
問題は少々都合が良すぎる解釈が始まったことだ。
取り敢えず俺の中で8号さんが「面倒くさい女」という枠組みに収まった。
(エルフで美形。おっぱいは最高。でもこの性格かぁ……まあ、欠点がわかりやすくある方が親しみは感じるか)
付き合い方を考え直す必要がある可能性もあるが、まずは彼女の意思と能力の確認をしよう。
「いやー、まさかモンスターに諭されるとは思っても見なかった。希少な経験で増々私に磨きがかかる……あ、そう言えばまだお礼言ってなかったね。助けてくれてありがとう。今回もだけど、前回は本当に助かったわ」
モンスターである俺に礼が言えるくらいなのだから、悪い娘ではないとは思う。
(女は笑っている姿が最強、か……)
少なくとも、俺に笑って礼が言えるのだから少しは信用してやっても良いだろう。
一先ず「今後の予定」を彼女に尋ねた。
「そりゃ勿論、あのバカ共の玉を潰しに行くに決まってんでしょ!」
うん、頭は少々残念な娘だ。
取り敢えず考えられるケースとして、今戻れば問題が発覚、拡散される前に始末される可能性が高いことを教えてやる。
それに対して「え、何で?」と素で返されたのだから頭を抱える。
その引きこもりとやらが強硬手段に出た結果、自分がここにいるのだから今戻れば手段を選ばず消しに来ることを何回か説明したところでようやく理解したのか、8号さんは先程までの勢いは何処に行ったのか青ざめてオロオロしている。
「あれ? もしかして私もう里に戻れない? え、森でサバイバルなんて無理なんですけど?」
どうやらサバイバル能力や戦闘能力は低いようだ。
取り敢えずまた騒がれても面倒なので「落ち着け」と地面に書いてそれを見せる。
「いやいやいや、この状況どうやって落ち着けって言うのよ? 私狩りなんてさっぱりだし、森の中で何が食べられるかなんて……はっ、あなたがどうにかしてくれるのね!?」
初手が他力本願とは中々に良い性格をしていらっしゃる。
ともあれ、彼女は戻ることが危ないことを理解できた様子なのでどうしたいのかを尋ねるのだが――
「まずあいつらの玉を潰す。そしてあの引きこもりを外に引きずり出してこれまでの悪行を訴える」
聞き方が悪かった。
「今後、生活、手段有無」
手っ取り早く「どうやって生きるつもりだ」と聞いてやるとまた顔が青くなった。
頼れる人はいないか訊いてみたところ「そんな人がいるなら巫女なんてやらされてない」とハイライトの消えた目で返事をする。
つまり、放置はできないというわけである。
俺は溜息を一つ吐くと、先程書いた文字の横に「住処有」と連れて行ってやらんでもないと意思表示をしてやる。
それをしばらく眺めていた8号さんが顔を上げて俺を見る。
「……安全?」
「周辺モンスター排除済み」
「屋根と寝心地の良いベッドとちゃんと食べられる物を要求します」
俺が立ち去ろうとしたところ尻尾にしがみつかれた。
「嘘! 冗談だから、エルフジョークだから! 待って、行かないで! 一人にされると死ぬ!」
尻尾を勢いよく持ち上げて8号さんを放り投げると右手の上にストンと乗せる。
ここまで器用に動かせるようになったのも修練の賜物。
「褒めていいのよ?」と変わらない表情のままドヤ顔でこぼれたおっぱいをガン見する。
手の上に座る8号さんが「おおう」とバランスを取ってピタっと両手を真っ直ぐ横に伸ばしたポーズを取って停止。
それからいそいそと衣服を正して俺を見た。
「えっと……時間が経てば里に戻れるんだよね?」
「可能性大」
「それまで、面倒見てくれるかな?」
何で俺がそんなことをしなければならないのかと問い詰めたいが、現状彼女には味方がおらず、放置すればまず間違いなく死ぬことになる。
本人もそれを認めているのでこれは確実。
だから俺がしばらく保護をしなければ彼女の命はないわけだ。
6号さんを頼るという手段も取れなくはないのだが、その場合どれだけの対価を支払うことになるかわかったものではない。
やるとすれば問題が発覚し、8号さんを彼女が受け入れるメリットができてからでなければ、最悪始末されて終わりということもあり得る。
相手の情報が今の俺には少なく、取れる選択肢も少ない。
なので、彼女には俺の拠点に来るメリットを提示してもらう。
だが「何ができるか?」という質問に対して、8号さんは沈黙を保つ。
もしや秘匿技能でも持っているのかと思ったので、まずは一つ提案する。
「料理」
俺が地面に書いた文字を見るとふるふると首を横に振る。
「掃除」
また首を横に振った。
洗濯は必要ないので解体――もダメ。
何か特技はあるかと訊けば、しばらく考えて胸を自信有りげに持ち上げた。
(乳以外に取り柄はなし、か……これ、まさかとは思うが無能過ぎて間引き目的だったわけじゃないよな?)
あの男達の話からその可能性は低いと見るが、もしも上同士の話し合いで「こいつ無駄飯ぐらいだから好きに使ってOK」とか合意があった場合、集落への帰還は楽観視できるものではない。
これ以上面倒なことになって欲しくない俺は空を見上げて息を吐く。
俺の反応がお気に召さなかったのか「もっとマシな反応しなさいよ!」と涙目で指を叩いてくる。
いや、ホントどうしたもんかね、これ。




