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川を渡るエルフの一団を察知したは良いが、これにどう対応するべきだろうか?
地形や距離の関係上その姿は見えないが、数名武装をしてるような気配がする。
彼らの目的が俺にあるか否かが問題だ。
俺を討伐する気なら人数が明らかに少ない。
足音からわかる人数は恐らく10名前後――これで俺を倒せると思うほどエルフは愚かではないだろう。
(となると別件か……仮に俺に用があるとしても、時間的に長引くと監視任務に支障が出る可能性もある)
これは放置で構わないと判断し、俺は朝食のために獲物を探す。
獲った鹿を解体し、不要部分を埋めて手を洗ってから鉄板で肉を焼く。
野菜の残りが全て腐っていたのが本当に痛い。
いっそ適当に狩った動物と野菜や果物を交換しようかとも思ったが、無闇にエルフと馴れ合うのも帝国軍人として問題がある。
というか、絶対面倒事に巻き込まれる。
エルフの集落で見たやり取りを見れば、下手に関係を持てば派閥争いに巻き込まれるのは必定。
それどころか自然調和委員会という存在がある以上、深入りがほぼ確定したようなものなのだ。
適度に距離を置きつつも、敵対しないようにするポジションを保つことが重要である。
単身でエルフと戦争をするなど正気の沙汰ではない。
焼けた肉を頬張りながら次の方針を考える。
(冷蔵庫を常時使えるほどの電力はない。野菜はすぐに消費することを前提とするならば、やはり自分で栽培するのが良いか……こんなことなら農業関連の書籍も持って帰ってくるべきだったな)
何をするにしても欲しい物が後から出てくる。
農地の確保もしなければならない上、それを守る手段も必要になってくる。
ここはだだっ広い森なのだ。
野生動物などちょっと歩くだけですぐに見つかる。
(自家栽培は現実的ではないかもしれんなー……)
食べ終わって後片付けを済ませ、食休みがてら森を散歩する。
ゴブリンがいれば投石の的にでもしようかと思ったが発見はできず。
どうやらここらのゴブリンはしっかり減らせているようだ。
己の活動の成果に満足して頷くと、監視拠点へと戻り任務に備える。
待つことしばし、子供達を連れた6号さんがやって来たのだが、なんと彼女には秘策があった。
散々悪戯小僧共にしてやられ続けてきた彼女は、上下一体型の肌着を着て登場したのだ。
ワンピースの水着のようにも見えるが、そのような伸縮性のある素材ではないようでぴっちりとはしていない。
しかし背丈に差がある以上アレを脱がすことは、まだ子供である彼らには困難を極める。
自陣の不利を理解したか、男子が6号さんに抗議するが「きちんと授業を受けるように」と日頃の不真面目な態度を叱られてしまう。
どうやら男子諸君は少々おいたが過ぎたようだ。
だが、案ずることなかれ。
たとえ上下一体型と言えど色は白――水に濡れればしっかりと透けて見えてしまう。
そして彼らは決して諦めない。
必ずや6号さんの隙を突き、その肌着を引きずり下ろすことだろう。
俺は少年達の飽くなき挑戦と、その成果に期待しつつ彼らを見守る。
結果は敗北――今日のところは6号さんの勝利に終わったが、少年らは明日に備えて作戦会議を行っている。
次回が実に楽しみである。
というわけで本日も堪能させて頂いたので去りゆく6号さんに手を合わせて一礼。
モンスターとなってしまったが礼節は大事。
さて、それでは他のポイントも念の為に見て回ろう。
毎日のように訪れるからこそ、微妙な変化すら見逃さない我がスペック。
誰かが利用しているとあらば、即座に張り付き監視してやろう!
但し、野郎は除外するものとする。
そんなわけで第二、第三チェックポイントを見て回ったが、利用された痕跡はなし。
ところが川を渡った形跡はあるが、戻った形跡は見当たらない。
つまりあの一団はまだこちら側の森にいるということだ。
(一応様子を見ておくか。編成や武装を見れば何を目的としているか予測ができるかもしれない)
ついでに追跡の訓練でもしようかと思ったのだが、どうもこの一団は自分達がいることを主張したいのか痕跡を残しまくっている。
と言うより不自然なほどある。
例えば掘り返された土の上に突き立てられた先が赤く塗られた棒。
(はっ! まさかこれはエルフ流のマーキング!? この俺を相手に縄張り争いを仕掛ける気か!?)
当然そんなはずもなく、一定間隔で残された痕跡から測量でもやっているのかと勘ぐってしまう。
だがそれにしては余りに雑だ。
(これではまるで見つけて欲しいと……あれ? これもしかして俺に対する何らかのサインか?)
記憶を掘り起こし、これに関する記憶があったかどうか頑張って思い出そうとするが、俺が読んだ書物の中にそんな記述はなかったと思われる。
エルフ同士の何らかの暗号という可能性もないわけではないが、このように目立つ物をあちらこちらに設置する意味とは何か?
それを考えると俺宛のメッセージだろうかと疑ってしまう。
ともあれ、これを残している集団を探した方が早いと思い追跡を再開。
意外なほど奥まで進んでいることに驚きはしたものの、この辺りに出てくるモンスター程度ではエルフを止めることはできないことに気が付く。
加えて森は彼らのテリトリーと言っても過言ではない。
それが集団なのだから、この前出くわしたレッドオーガくらいならどうにかしてしまうのではなかろうか?
念には念を入れて警戒度を上げ、擬態能力を使用して追跡を行う。
しばらく足跡を追い続けていたところ、ようやく声を拾うことができた。
「本当に襲われないんだろうな?」
「いい加減しつこいぞ! 襲われようが襲われまいが、やるしかないんだよ、俺達は!」
「クソ! あの引きこもりめ!」と悪態を吐いた男がスコップを地面に突き立てた。
どうやら誰かに命令されてこんなところまで杭のような棒を地面に刺しに来ているようだ。
人数は全部で9人――近づいてみると8人が武器を持っていることが判明。
そして残りの一人が知っている人物だった。
手に縄をかけられ、猿ぐつわをつけられている巫女っぽい衣装の8号さんが絶望したかのような目で連れられていた。
「目のハイライトが消えているなら事後」という謎のメッセージが頭に浮かぶが、取り敢えずは近づきつつ様子見である。
「はあ、何だって俺がこんなことを……」
「ボヤくなよ、あの引きこもりが好き勝手できるのも今の内だ」
「え、何? ゼサトの連中何かやらかしたの!?」
「幾らガーデルとは言え、人1人を独断で化物に差し出すんだ。他の氏族にとっちゃいい攻撃材料だ。おまけにガーデルの長は許可も出していない上、他の氏族からは明確に反対されてたんだぜ?」
これで問題にならない方がどうかしていると訳知り顔で背の高いエルフが曰う。
それを聞いていた8号さんが暴れ始めるが、がっしりとした体格のエルフにあっさりと押さえつけられた。
その姿を見ていた妙に細いエルフが呟く。
「なあ、やっぱこいつ化物にやるの惜しくないか?」
場の空気が凍り、8号さんが目を見開くと、8人の男の視線が一点に集中する。
「あのニキビ面のことだからさー『こういう事態』も含まれていると思って良いんじゃないか?」
続く言葉を誰一人と否定する者はおらず、8号さんが必死にもがき逃げようとしている。
そこにヒョロエルフの手が伸びた。
(あー、それはダメだわ。エルフ同士のことならいざ知らず、俺をダシにするならこっちにも考えがある)
俺は連中から見えない位置で擬態能力を解除すると、わざと音を立ててのっしのっしとエルフ達の下へと歩く。
目視も容易な距離なので、地面に腕を拘束された8号さんに跨がっていたノッポがギョッとした顔で俺を発見。
続けて他のエルフも一斉に俺を見た。
手に縄をかけられた上に、地面に拘束されているおかげで脱がすことが困難な衣服は無残にも破かれており、大きなお山が二つ見えてしまっているが男性陣はそれどころではない。
「アルゴス!? このタイミングでかよ!」
若干一名既にズボンを下ろしており、焦ってそれを戻そうとした結果前のめりに倒れて木に顔面をぶつけているが、それは見なかったことにして真っ直ぐ向かう。
俺が到着する時には、8号さんを除き全員が立ち上がって敬礼のようなポーズを取っている。
「ジイスの里より、我々の脅威であった『森林の悪夢』を屠ったあなたに礼がしたいと、ゼサトの氏族、族長の代理マリアーヌ様より感謝の印として、彼女を――『巫女アーシルーをあなたに仕えさせよ』との命令を受け、あなたを探しておりました!」
8号さんのパンツを脱がそうとしていた男が恐怖で顔が引きつらせながら口上を述べる。
言っていることは多分これで間違いないと思うが、内容から察するに8号さんを俺に押し付けようとしている――というのは何となくわかった。
ちょっと……いや、かなり魅力的なお話である。
だが、それはそれ、これはこれだ。
「内容把握。女、状態説明要求」
ちょうど地面に突き刺さった棒があったので、それを引き抜き地面に文字を書く。
書かれた文字に黙ったままのパンツエルフ――そこにヒョロエルフが横から口を挟んだ。
「彼女の状態が気になるようでしたなら、私から説明を――我々はマリアーヌ様より『身一つで仕えさせるように』と命じられておりまして、何かを所持していないかの確認を行った次第であります。衣服の中を入念に調べ上げた結果、このような状態となりました。命令の詳細を確認していなかったこちらの不手際を深くお詫び申し上げます」
流れるように口から出るでまかせには逆に感心した。
(エルフに持ってたイメージがどんどん削られていくわー……やっぱ見ると聞くじゃ違うもんだなー)
これは追及してものらりくらりと躱されるだけだと思い、これ以上は何も言わないでおく。
俺がじっと8号さんを見ていると、男性陣が「それでは、我々には次の任務がありますので」と、早口に次から次へとまくし立てるように用事を述べ、驚くほどの連携を見せこの場から全速力で立ち去った。
その一切彼女には配慮がない清々しい逃げっぷりに声を失った俺は、そのまま彼らの後ろ姿を見送ってしまった。
ハッと現実に戻った俺はあられもない姿の8号さんを視線を戻す。
(やっぱでっかいなー、この娘)
恐らく魔法で作られたであろう、土の枷で逃げ出すことができない彼女は絶望しているらしく涙を流し身動き一つ取らない。
間違いなく事前に止めることができたのだが、予想以上に彼女は心に傷を負ってしまったようだ。
一先ず安心させることを優先し、8号さんの猿ぐつわを下にずらして喋ることができるようにすると、しばらく何もせずに落ち着くのを待ってやる。
「……食べ、ないの?」
流石に人型は食べるのに抵抗があるので「食わんよ」と見える位置にある木に文字を刻む。
「殺さ、ない?」
少し考える素振りをして「理由がない」と再び同じ木に書く。
それからしばし、胸を出しっぱなしの8号さんが固まっていたが、突如目に生気が宿ると口を開いた。
「あいつら絶対ぶっ殺す! あのクソ女もだ! まずは全員の玉を踏み潰して晒し者にしてやる! 誰を犯そうとしたかわからせてやる!」
その後もしばらくぎゃあぎゃあと叫び、暴れ続ける姿を見て思う。
(あれ? この娘ってこういうキャラだっけ?)
まあ、どこがとは言わないが、暴れている部分は大変眼福であったと言っておく。
しかし彼女の扱いはどうしたものか?




