62 とある冒険者の引き際2
「そんな話が信じられるか!」
私が語り終えた途端、案の定禿頭が噛み付いてきた。
だがその言葉には同意する。
私自身、未だ完全に信じることができないでいるのだから当然だ。
「信じるも信じないも勝手だよ。ああ、そうだ。参考にしたいなら、私の魔法の威力を見せるよ。渾身の一撃を拳一つで潰されたんだ。もうプライドも何もこっちにはないよ」
私がお手上げのポーズを取るとギルドマスターが顎髭を何度も擦りながら内容を確認する。
今更だが一体誰がこんな与太話を信じるのだろうか?
彼らが話を最後まで聞いたのは、私がそれなりに名の通った魔術師だからである。
これが何処にでもいる一介の冒険者だったならば、話の途中で退出させられていたのは間違いない。
私でもそうする。
「つまり、その新種は『並大抵の武器が一切通用せず、魔法にも凄まじい抵抗力を持ちながら、ジャイアントヴァイパーに巻き付かれても強引に解くほどの腕力を有しており、人間と交渉可能なレベルの知能まで持つ』と言うのか?」
「付け加えるなら、真っ暗な森に潜むその蛇を嗅覚……もしくは聴覚で探し出せる。後、人間の識別が可能だね。傭兵団の団長や私は覚えられていた。ああ、言い忘れてた。そいつ、冒険者の道具で火を点けて肉を焼くし、塩や胡椒で味も付けてたよ。何処からか鉄板を調達してその上で肉を焼いて串に刺して食ってた。人間の道具を扱えるほどの知能もある、と言っておくよ。ああ、鍋でお湯を沸かして布で体を拭いたりもしていたね」
私がそう捲し立ててやると、金を出すと言った貴族が「ええ……」というあの光景を見た傭兵達の反応そのままだったので、思わず笑ってしまう。
「一体誰がそんな話を信じると言うのだ? 狂人の戯言にしか聞こえない」
「私もそう思うよ。でも、その光景を目の前で見せられたこっちのことも考えてくれると嬉しいね」
ギルドマスターの当然とも言える言葉には全面的に同意する。
だが、それを見せつけられたこっちの苦悩も知っておいて欲しいものだ。
とは言え、説得できる言葉を持たないのも事実であり、私はソファーにもたれかかるように天井を仰ぐ。
「こんな話を信用すると言うのですか!?」
「できるわけないだろう……」
「残念なことに、これが全部私が見てきたことなんだよねぇ」
禿頭はまだ文句を垂れているが、金を出すのはそこの貴族である。
どうやら「冒険者風情が」と罵るタイプの人物のようだが、その前に私は魔術師でありハンターでもある。
「冒険者」という枠組みを作った関係者辺りだとは思うが、見た目では商人にしか見えない以上、何処か名のある商会の人間だろう。
ギルドマスターも納得がいかない様子だが、こればかりは仕方がないのでそんな目で見るのは止めて欲しい。
「ふむ……では若き魔術師である君に聞こう。この新種をどう見る?」
しかし金を払うと決めた貴族は真偽はさておき意見を求める。
「実際に戦った傭兵はあの新種を『天災級。竜と同じ扱いで良い』と評価したけど……私はそこにこう付け加える。ブレスを吐かない飛べない小さな竜だ、とね。恐らくだけど、純粋な力比べでもあいつは竜に引けを取らないと思うよ。あいつの怖さは頑丈な体でも魔法に対する耐性でもない。あの異常な腕力だ」
私が話を始めたことで禿頭が黙るが、こちらを睨みつけるのは止めようとしない。
この商人に恨みを買った覚えはないが、もしかしたら既にあいつの所為で損失が出ているのだろうか?
「想像してご覧よ。サイズはオーガと変わらないのにジャイアントヴァイパーを掴んで引き千切る――それだけの力があれば何ができる?」
私の問いかけに答える者はいない。
一名を除いて想像できないのではなく、私の答えを聞きたがっている。
「大きさというのは長所もあれば短所もある。体が大きくなればそれだけ目立つ。重くなればそれだけ動きも鈍くなる。ドラゴンにも比肩しうる力を持ったオーガサイズのモンスターが、身軽に動き回ることができるんだよ? これがもしも人間の街に入った場合、どうなると思う?」
答えは恐らく私と同じ。
おまけにそのサイズ故に発見が決して簡単ではないという歩く脅威――まさに天災だ。
「デカければ良いというわけじゃない。あれはモンスターとしてある種の最適解の姿なのかもしれないよ」
「そして君はそんな脅威を前にして三度も生存し、そこから身を守る術を導き出した」
貴族の言葉に私は考え込む素振りを見せる。
「身を守る」とは少し違う気もするからだが、確かに見方を変えればそう思えなくもい。
「『身を守る』というのは少し違う気もするけど……少なくとも、殺されない可能性は確実に上がるね」
「その方法は?」
「何もしないことさ」
お手上げのポーズを取って戯けるように言ってやる。
「あいつは基本的に攻撃をしない人間を相手にしない。最初に出会った時に、オーガの前で棒立ちしていた理由も、私が見逃された理由もそれで説明がつく。これはハンターとしての勘になるけど、稀にモンスターの中には『戦闘を楽しむ』奴がいる。恐らくだが、あいつもその類だよ。そうでなければ戦闘となった傭兵団が見逃されたことや、戦闘の際に死者が少なすぎることにも説明がつかない」
ここまでは良い。
自分でも一応納得がいく程度のものだ。
(ただ一つ懸念があるとすれば、あいつが人間を玩具のように捉えているフシがあるということ。つまり、奴は積極的に人間に干渉する。流石にこれは言えないよねぇ)
積極的に人間に近づいてくる歩く災害――人はこれを何と呼ぶか?
そんなものを国が野放しにできるだろうか?
この部分を話さないのはただの憶測に過ぎないからである。
決して、再びあのスケベモンスターの前に出る羽目になるのが嫌だからというわけではない。
「簡単な話なんだよ。あいつは高い知能を持っている。それこそ人間と交渉が可能なくらいにね。だからあのモンスターに襲われるということは、あいつが欲する何かがあるという可能性が高い。だから抵抗せずに差し出してしまえばいい。そうすれば命は助かるだろうね」
「ふざけるな! カナンでは街道で襲われた商隊がいたんだぞ! それを黙って見過ごす? どれだけの損失が出ると思っている! いいからさっさと討伐のための話をしろ!」
「人の話聞いてんのかね、このハゲは……」と溜息を吐く。
「だから言ってるだろう? 『ブレスを吐かない飛べない小さな竜』だって。火を吐けなくても竜は竜。飛べなくても、小さくても、竜は竜なんだよ。あれを倒したいならドラゴンスレイヤーでも連れてくるんだね」
「そんな者がいるわけないだろうが!」
この禿頭が言うように「ドラゴンスレイヤー」というのは物語の中の存在だ。遥か昔エルフの戦士が竜を倒したという話もあるにはあるが、定かではない上に当のエルフが「そんな話聞いたこともない」と否定するお伽噺である。
「では、新種のモンスターを本気で倒す場合、貴方ならどうしますか?」
貴族の男性の言葉に腕を組み、その後足も組んで考える。
必要なものは何か?
兵は要らない。
あれと戦えるほどの強さを持つ者となれば――
「……英雄クラスを50人。装備や道具は金に糸目をつけない。最低でも上物の魔剣に相当するものを前衛全員が装備すること。エルフの協力も必要だね。最低20は欲しい。可能なら戦士も何人か欲しい。ああ、魔術師は私以上を揃えておくれ。残念だけど、今言った中に入れる気がしない」
欲を言うならばこの倍は欲しいが、アレを相手に数が多いというのが必ずしも有利に運ぶとは限らない。
そう思えばこの辺りが適切ではないだろうか?
「そんなことができるわけがないだろうが!」
やはり噛み付く禿頭。
自分でも結構良い線を言っていると思った矢先これである。
現実的ではないことは認めるが、だったら他にどうしろと言うのか?
「まあ、私ならこうするという話だから、新種を討伐するというのであればご自由にどうぞ」
「その場合、君を呼び出すことになるが――」
「ギルド長。私は今日限りで冒険者を引退するよ。待たせている娘もいるんでね。新種の討伐はそっちでやっておくれ」
私がギルドマスターの言葉を遮りバッサリとその思惑を切り捨てる。
「認められない、と言ったら?」
「おや、冒険者はなるも去るも自由だったはずだけど?」
「なに、特例なら作れる」
この糞爺と舌打ちしつつ、どうしたものかと天井を見上げる。
「言っておくけど、私の魔法はどうやっても通じない。キノーシタ流が得意とする火と土は相性が悪いと思うよ。魔術師を確保するならヤメイダかホーンダ辺りにしときな」
「君は自分の流派ではなく他派を勧めるのか?」
貴族の男が驚いたように言う。
魔術師が優遇されるお国柄であるが故に「何処が上だ」のという諍いは絶えない。
そんな事情など知ったことかと「自分の流派では無理です」と言えば、国内における権威を喪失しかねない。
それを平然と言った私を「信じられない」といった表情で見ている。
「単に自分の未熟さを知っているだけ。それに、ある程度本気でアドバイスをしておかないと後が怖い。どうやら討伐に動くみたいだからね」
そう言って禿頭を見ると、鼻を鳴らしこちらを睨みつけていたのか目が合った。
こいつがどこの誰かは知らないが、軍を動かして勝てる相手なら、カナンでの戦いはもう少しマシな結果になっていた。
それを理解できないのだから、商人は損得にばかり気を取られているのだろう。
無理を言って兵を動かし、それが壊滅するのをわかって何もしないのは気が引けるが、こちらも巻き込まれてはたまらない。
(はあ、さっさと冒険者を引退して教師でもやろうかと思っていたけど……これは難しいかもしれないねぇ)
レナは教会があるので大丈夫だが、私は今回の金を元手に何かを始めるかして金を稼ぐ必要がある。
私は一つ溜息を吐くともうしばらく彼らの話に付き合うことにする。
もっとも、冒険者を辞めることを諦めるつもりはないので、そこのところはじっくりと話し合わせてもらう。
結局、日が暮れるまで続いて決まったことは「冒険者の引退は認めないが、新種討伐には不参加」という形で収まった。
しかし新種のモンスターとの交渉経験を鑑み、最終手段として説得を試みる役を押し付けられた。
どうやらどうあっても私を巻き込みたいようだ。
「それに君の憶測が正しいのであれば、恐らく君は殺されることはないはずだ。なら金貨200枚分の価値を証明するために、それくらいは引き受けてくれてもいいだろう?」
貴族様のこの発言が決定打となってしまったのだから、少々吹っ掛けすぎたと反省する。
しばらく服装はこのままなので、王都の流行が変わっていないことを祈るばかりだ。




