61 とある冒険者の引き際1
(´・ω・`)ボツになったのをどうにかしようとしたら長くなりすぎるので分割
セイゼリアに戻ることができた私は一先ず世話になった知り合いのところに挨拶へ向かう。
敵国ではないとは言え、関係が決して良くないセイゼリアとカナンを魔術師が行き来するというのは難しい。
次がないことを祈るばかりだが、万一を考えるといざという時のために繋ぎはあるに越したことはない。
さて、懐具合は幾らかマシになったとは言え、今後を考えるのであればあまりに少ない。
なのでここは一つ稼いでおきたいところである。
ハンター……ではなく、冒険者としての仕事である。
私が蛇退治に赴いている間に恐らく情報は伝わっていると思われるので、この情報はそれはもう非常に高く売ることができるという確信がある。
何でも冒険者の仕事の中には「未知のモンスターの情報を集める」ことも含まれているそうだ。
ハンター時代であれば、モンスターの情報など同業者同士で金を払うなり交換するなりして、基本的に仲間内で効率の良い狩りを秘匿していたものだ。
もっとも、そのおかげでモンスターの駆逐に時間がかかり、国が動いて改革に傾いたというのが冒険者ギルドができた理由だと何処かで聞いた覚えがある。
待たせている妹分の下にすぐに帰ってやりたいのは山々だが、その前に一仕事を終えて先立つものを手にしておかなければ、今後の選択があまりにも少なくなってしまう。
女二人がハンターとして稼ぐには、今の情勢は決して良いとは言えない。
ここらで別の道を行くことも考えるのも悪くはないだろう。
(内容はこんなもんでいいかね?)
挨拶を終えて冒険者ギルドに寄った私は書き終えた手紙を受付に渡す。
内容は簡単に言うと「魔剣は取り戻したが、ちょっと王都で一仕事してから戻る」というものだ。
金を支払いレナ宛の手紙を送った私はついでに受けられる依頼がないかを確認するも、やはり一人とあってはそのような都合の良いものがあるはずもなく、馬車の乗車賃を護衛という立場で小銭に変えるのが精一杯だった。
こういう時に魔術師は便利である。
蛇退治の金はまだ十分残っているが、折角冒険者ギルドの本部がある王都へ行くのだから土産は必要だ。
持ち込む情報が如何ほどの金額になるかは不明だが、それがすぐに手に入るかはわからない以上節約はしておいた方が良い。
(できるなら服を幾つか新調したいんだよねぇ)
馬車に揺られながら王都での予定を考える。
レナへの土産も何にするかしっかりと吟味する必要がある。
何せ目的を達成したにもかかわらず、真っ直ぐに帰らずに寄り道をするのだ。
生半可なものではご機嫌取りは難しい。
そうして考え込んでいると馬車の持ち主である中年の商人が声をかけてきた。
候補を絞るにしても商売人の意見は参考になると思い、ここは愛想良くしておこう。
「しかしまさか『キノーシタ』の名を持つ貴方を護衛として雇うことができるとは……少し安すぎると思い疑ってしまいましたよ」
「ああ、ちょっと今は杖が予備の物でね。これで相場を頂くのは気が引けるのさ」
そう言って杖を見せると「そういうものですか」と男が頷く。
私は「ディエラ・キノーシタ」という名前も持っているが、これは家名ではないので貴族ではない。
あくまで「キノーシタ流」という魔術の流派を収めた証として贈られたものだ。
ただの農村の娘だった私は8歳の時に魔術の才能を見出され、師匠に引き取られその才能を見事に開花させた。
そう言えば聞こえは良いのだが、当時の私は一刻も早くあの気持ち悪い師から逃げ出したくて必死だっただけである。
如何にも魔術師風の格好を好む初老の我が師「ブンロ・キノーシタ」は筋金入りの幼女趣味だった。
単に村で見つけた私を気に入って「才能がある」と嘯いて攫ったは良いものの、本当に才能があったというだけの話だ。
私が11歳の時、ブンロが「予定と違う」と酒を飲んで頭を抱えての独り言を聞いたことでわかったことだ。
そういう環境にいれば当然とも言うべきか、気づかない内に私は生娘ではなくなっていた。
時期が不明な上、そのような記憶が全くなかったことは救いと言える。
まず間違いなく相手は師匠。
寝ている間にやられてしまったのだろうが、発覚が遅れてしまった故に、回数を想像できなかったので師を見る目が一瞬で変わった。
そんな気持ちの悪い男から早く逃げ出したい一心で魔術を学び、研鑽したことで14歳となる頃にはブンロから学ぶことはほぼなくなっていた。
また既に成人女性の平均的な胸のサイズであった私は、師匠にとって欲情の対象ではなくなっていたらしく、私を追い出そうとする動きがあった。
自分の努力は何だったのだろうかと今でも思う。
そうやってあっさりと師の元を離れ、キノーシタを名乗ることを許されたのだが、余程のことがない限りこの名を使うことはなかったのだが、ここセイゼリアという魔法国家のお国柄故にか、こうして名のある魔術師というのは案外顔が知られている。
ちなみに師から逃げ出すことができた私を待っていたのは、モンスターの襲撃によって廃村となっていた故郷だった。
その後のことは今更言うまでもなく、村人の生存が絶望的と知った時、私は復讐に駆られハンターとなっていた。
運良くソロで動くことの危険性を同業から叩き込まれることになり、私は既存のチームに雇われる形で活動を開始したのだが、思えばこの辺りの人生は自分でもどうかしていたと少しばかり後悔している。
何せ騙されて犯された回数が片手で足りるのが救いと言えるのだから、あの頃の私はモンスターを殺すことにばかり囚われていた。
そんな時に出会ったのだが、リゼルとレナという兄妹だった。
その後、彼らとよく組むジスタも加わり即席のチームとして何度も狩りを行った。
結果から言えば彼らとの出会いは私を大きく変えた。
苦難を何度も共にし、生死を潜り抜けたことで即席のチームではなくなっていた。
そしてハンターから奪った魔剣を持つオーガとの戦いを得て、私達は本当のチームになっていた。
この時の私は21歳――六年間復讐に走り、ただただモンスターを狩るだけの人生はようやく終りを迎えた。
もっとも、そんな時間も僅か3年足らずで終りを迎えてしまったのだから、私はつくづく後悔の似合う女だと自嘲する。
(この世界には「あの時ああしていれば、こうしていればよかった」と思うことが多すぎる)
きっと誰しもそうなのだろうが、我が身のこと故尚更そう感じてしまうのだろう。
商人との会話が終わった私は、やることがないのかこうして物思いに耽る時間が多くなる。
おかげで余計なことばかり考えてしまう。
道中何事もなく10日の旅程を終え、王都に着いて商人の男と別れた私は真っ直ぐに冒険者ギルドの本部へと向かう。
一応こちらにも用件は伝えていたのであっさりと私は応接室へと通された。
随分と長い間待たされた結果、ギルドマスターの他に明らかに身分のある人物が二人入ってくる。
「これは絶対面倒なことになるな」とテーブルのティーカップを手にして冷めたお茶を一口飲んだ。
「金貨で200。それだけの価値はある情報だからこの額を提示しているのよ。吹っ掛けてなんていやしないって何度言わせる気だい?」
「ふざけるのも大概にしろ! 新種のモンスターの情報如きにそんな金が払えるか!」
予想通り取引は難航した。
さっきからずっと同じようなやり取りを繰り返しており、見ての通りの平行線である。
「だからさ、買った情報をどうするかはそっちが好きにすれば良いんだから。元なんて簡単に取れるって言ってるだろ? これ以上安くしたら、私があまりにも大損をするって言ってるんだ」
「何処の世界に、金貨200枚もするモンスターの情報がある!? いい加減にしろ!」
どうやら冒険者ギルドの財布を握る人物は少々情報の把握が漏れているようだ。
「この金額に不満があるのなら、カナン王国から買いますか? どれだけ吹っ掛けられるか知りませんけど」
少数とは言え領軍を無傷で一方的に蹂躙するモンスターである。
そんな化け物の活動範囲にセイゼリアが入っているとなれば、その対処のために情報は少しでも多く欲しいだろう。
後手に回ればどれだけの被害が出るか?
それを考えれば金貨200枚は決して高い金額ではないのだが、どうやら思った以上にあいつは過小評価されているようだ。
(ま、あいつの脅威は見た人間にしかわからんだろうし、仕方ないと言えば仕方ないんだけどねぇ)
正直に言うとこの怒鳴り続けるハゲ頭が気に入らない。
明らかにこっちを見下している上に、こちらの胸を見る視線に遠慮が全くない。
「この服止めようかな」と思わなくもないが、流行というのは厄介だ。
もしも「田舎者」と思われようものなら、同業や同性からの意味不明な格下扱いで面倒事に巻き込まれる。
目の前でテーブルに唾を吐き散らかすハゲ頭を見ながら「どうしたもんか」と溜息を吐く。
「一つ確認したい。それだけの金額を提示する以上、相応の内容だというのは想像できる」
ここで黙っていたギルドマスターがようやく口を開いた。
「だが、その内容に我々が納得できなかった場合――君はどうする気だ?」
「するから問題ないよ。というより、間違いなく『信じられない』ような内容だからね。これを知っているか否かで生存率が全く違う」
私の言葉にギルドマスターが「ほう」と髭の生えた顎に手を当て小さく漏らした。
「つまり、君が売りたいという情報は『新種のモンスターから生き延びる手段』が含まれている、ということかね?」
「少し違うけど……まあ、殺されないために知っておくべきこととだけ言っておくよ。少なくとも、あのモンスターがセイゼリアで活動しても、商人の死人は確実に減るだろうね。それに、あの新種の能力だけでも金貨200枚に相当すると断言しとくよ」
「そこまで危険か……」
考え込むギルドマスターとは違い、禿頭は反対の意見を変える気が全くないようだ。
もう一人の貴族のような格好の若い男は未だに何も話さず黙っていたが、ギルドマスターの長考が気になるのかそちらをずっと見ている。
「では私が支払いましょう」
そして初めて口を開いたかと思えばこの発言である。
金貨200枚もの大金をポンと出せるということはやはり貴族で間違いないようだ。
(しかしそうなると面倒なんだよねぇ)
何処もそうだが貴族がかかわってくると厄介なことになるのは世の常というものだ。
だが提示した金額を払うというのであれば、こちらも話をせざるを得ない。
「これから話すことは信じるも信じないも自由だよ。でも、それは間違いなく私が体験した話とそこから導き出した答え。どのように修正するのかはそっち次第だから、そこんところは責任が取れないよ」
前もって言うべきことは言った。
だから話してやろう。
あの常識外れの怪物の話を――
おまけ:金貨の価値
国によって違うが、セイゼリアでは1枚あれば成人男性が1年は余裕を持って暮らせるくらい。
「100万円くらいじゃね?」と適当に考えておk




