60 とある傭兵の後始末
(´・ω・`)一話分がボツになった。
日が沈み、夜が訪れてもレコールの町はまだ賑わっている。
傭兵の多いこの町では、酒場や娼館にとってこれからが稼ぎ時である。
その喧騒とは打って変わって傭兵ギルドの応接室は静まり返っていた。
足を組んでソファーに座り、窓から町の明かりを見ていると、面倒事を全て投げ出してあの中に入りたいとすら思ってしまう。
「どうしても、か?」
「ああ、そうする以外道はないだろう」
傭兵ギルドのギルドマスターであるアーンゲイルの問いかけに俺は即答する。
何度も話し合った。
何日も考えた。
だが、これ以上の手は今の俺達にはなかった。
「傭兵団『暁の戦場』は解散だ」
俺の言葉に再びアーンゲイルが黙り込む。
責任がないとは言えない。
しかしどうしようもなかったことくらいは理解している。
傭兵ギルドという組織が長年抱え続けている問題を、ただの個人が解決できるはずもなく、ましてやその背景に国が関わっているというのであれば尚更である。
むしろ、今回の件に関してはよくやっていると言うべきである。
そうでなければ始末する目的で受けさせられた高額な依頼の報酬が、全額しっかりと出てくるはずもなく、追加の依頼もないというのだからアーンゲイルには感謝すらしている。
貴族というのはそれほどまでに厄介だ。
「団員の半数は武器、防具が使用不能。7割が負傷。団がこんな状態で一発逆転の大物狙いの依頼を受けて無事成功。そしてその報酬を使い見事傭兵団は復活を遂げた――そんなお伽噺があるものか」
「一体何があったんだ? 討伐証明として持ち帰ったジャイアントヴァイパーの頭部から、尋常ならざることがあったのはわかる。それはどうしても口を噤まなければならないほどのことなのか?」
「言ったところで誰も信じないだろう。それにこの情報が元でお前が死んだら夢見が悪いしな」
今思い出しても信じ難いというレベルの話ではない。
一体誰があんな馬鹿げた話を信じるというのか?
「次が来る前に逃げ切らないと、俺達の命が危うい。だから運良く討伐依頼は完了したが、再起不能となって解散する以外選択肢はない。ケチをつけられる前に報酬を配ったおかげで、団員全員どうにかできるだろうさ。感謝しているよ、ギルドマスター」
「よせ、俺はお前達を死地に送り込むことを止めることができなかった無能だ」
俺は「それでも」と頭を下げる。
実際、アーンゲイルでなければ俺達は別の形で終わっていたのは間違いない。
「それよりも……傭兵団を解散したからと言って、俺が見逃されるとは思えないんだが?」
「ああ、その通りだ。上はお前だけは逃がすつもりはないようだ。『貴族の面子に関わる』んだそうだ」
ソファーにもたれ天井を見上げると、その言葉に「つまらねぇ死に方だな」とぼやいてしまう。
戦場で死ぬ覚悟はあったが、この結末には幾ら俺でも文句を言いたくなる。
「お前に与えられるのは新種討伐での囮役だ」
「……つくづくあいつと縁があるな」
俺のうんざりとした様子にアーンゲイルがすまなさそうな顔をする。
どうやら俺一人が生贄になれば済む話のようなので、この条件ならばむしろ「まだマシ」と言える。
(それにあの姉ちゃんのように上手くはいかないだろうが、やりようはあるはずだ)
僅かではあるが希望はある。
ある意味絶望的ではあるが、あいつを相手に生き延びるには何をすべきかはある程度予想がついている。
(後は交渉の材料だが……魔法薬で大丈夫だろうか?)
問題はそれをどうやって伝えるかなのだが、今から絵を描く練習を始めるにしても誰かに教わった方が良いだろう。
独学の限界は嫌というほど身に沁みている。
そんな風に考えているとアーンゲイルがテーブルに身を乗り出し真剣な表情で俺に尋ねる。
「何か策でもあるのか?」
「策と言うほどのものじゃねぇよ。ただ生き残るために何ができるかを考えていただけだ」
「アレを相手にか?」
恐らくアーンゲイルは気づいている。
真っ当な勝負では勝ち目がないことを――例え軍が本気を出してあの新種のモンスターを討伐しようとしても、それが叶わぬことだと俺の反応から察している。
そこから相手の強さを想像し、俺が戦って生き残ることができないと判断している。
それは正しい。
アレは人間が戦ってどうこうできる相手ではない。
「オーランド、正直な意見を聞きたい。あの新種の強さをどう見る?」
「天災級。竜と同じ扱いでいい」
俺は即答してやった。
これで確証を持つには十分だろう。
「無理か」
「恐らくな。この国に竜と戦える英雄がいるなんて話聞いたことがない。それこそ、帝国が存在していた時代に起きた大戦の英雄でもない限り、あいつと戦うのは無謀だろうな」
俺の予想を聞いたことでアーンゲイルが考え込む。
僅かにその口からは「200年前。エルフならばあるいは?」と思考が僅かに漏れている。
「ま、死なせたくないのがいるなら、あいつには近づけさせるな。奴の異常性は強さだけじゃない。その知能の高さも脅威となるレベルだ」
「そう言えば……あの戦いの死者の少なさをお前はこう言っていたな。『遊ばれた』と」
アーンゲイルの言葉に俺は頷く。
その答えは今も変わっていない。
あの日見たあいつの異常性を考えれば「人間を玩具として見ている」というディエラの推測も間違いとは思えない。
そこに付け入る隙があればまだ良かったのだが、そこに付け入ることができるほど人間は強くはない。
「人間との戦闘能力の差を理解した上で弄ぶ、か……脅威以外の何ものでもないな」
考え込んだアーンゲイルを見て同意する。
俺も初めはそうだった。
(だが、奴は火を使い文明的な生活をする。いや、それさえも奴にとっては「遊び」だった可能性がある。この情報は決めた通りに秘匿するべきだ)
そもそもこんな話を一体誰が信じるというのか?
どれだけ熱弁したところで「頭のおかしい奴」と思われるのがオチである。
最悪な場合「自分達の手に負えなかったから、その箔付けにデタラメを言っている」などという噂が立ちかねない。
そうなれば傭兵稼業はやっていけない。
傭兵団は解散するが、傭兵として生きることを辞められない奴がほとんどなのだから、こう言った悪い噂というのは立たせるべきではない。
「ああ、言い忘れていた」
考え込んでいたアーンゲイルが不意に顔を上げる。
「あの新種の名前が決まった。『アルゴス』というそうだ。例の貴族が張り切って名付けていたよ」
それを聞いて乾いた笑いが口から出る。
「お気楽なことだ」と言うと二人で笑った。
それから酒を持ってきてくれたアーンゲイルとしばらく他愛のないことを話していた。
「何処の酒が美味い」だの「何処の店の女が良い」だの……本当にどうでもいいことを話し続けた。
だが夜も更け、話すことがなくなってくると時間が来たのだとわかってしまう。
アーンゲイルが立ち上がる。
それに続き俺も立ち上がると、持ってきた書類を小さな鞄から取り出し姿勢を正す。
「『暁の戦場』団長オーランド。傭兵団解散の申請を致します。書類は既に用意しておりますのでこちらをご覧ください」
かしこまった口調でそう言うと、一枚の紙を両手で持ってギルドマスターへと渡す。
「傭兵ギルド『レコール支部』ギルドマスターアーンゲイル。『暁の戦場』の解散を受理する」
しばし真面目な空気のままお互いそのままの姿勢で固まっていたが、どちらかともなく吹き出した。
いや、正直に言おう――俺からだ。
やはり長年傭兵なんかをやっていると、こういう形式張ったことが苦手になる。
「それにしても、こんなことを律儀にやる必要はないんだが?」
アーンゲイルが腹を抱えて笑いながらこちらを見る。
「うるせー、ケジメだ。ケジメ」
「ああ、そうだった。騎士になりたくて、傭兵になったんだよなぁ……お前」
その言葉に俺は舌打ちをする。
「18年か……長いようで、あっという間に過ぎちまったな」
「ああ、あの口の聞き方を知らないガキがここまできた。よくやったよ、今じゃ誰もがお前を認めている」
そうでない奴もいるけどな、と俺は返す。
照れくさかったのもあるがそれも事実だ。
「後は、治療院でふてくされてるおてんば娘をどうやって説得するか、だな……」
「……言ってないのか?」
アーンゲイルの言葉に「おう」と短く応える。
「よりにもよって一番説得が厄介な奴が残ってんだよ。何か良い方法はないか?」
俺はそう言ってアドバイスを求めたが、アーンゲイルは首を横に振った。




