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前回あとがきにおまけを乗せ忘れていたので修正しております。
中身は帝国のゲーム事情ですので見なくても問題ありません。
ゴブリン臭い川辺からおはよう。
鼻が良いというのも考えものである。
結局さっぱり眠れなかったのは仕方ないとして、眠気があまりないのは喜ばしい。
200年も寝溜めしていたのだから2,3日寝ないでも平気なのは当然かとも思うので、これを平常としてよいかどうかは疑問なので今後に注意は必要だ。
さて、今日も良い天気だがここは臭うので上流へ行くことに決めていた俺は早速モンスターとエンカウント。
幾ら障害物のない走りやすい川原だからと言って、15分で見つけるとかちょっとエンカウント率が高い気もする。
明らかに俺よりもでかい赤茶色のワニが目の前にいる。
水中では絶対に出会いたくない相手ではあるが、残念なことにここは陸。
すぐそこに川はあるが、こんな巨体が生息するには少々幅が狭すぎるので、ここを住処にしているとは思えない。
となるとこのまま上流へ移動するとこの巨体が住めるような大きさの川にぶち当たるということになるのだろうか?
口を開け、その鋭い歯を見せて威嚇でもしているのかこちらから視線を離そうともしないワニ。
(迂回するか……それとも一度戦ってみるか……?)
尻尾も含めて体長6mはあるどでかいワニ……こんなものを武器もなしに相手取るなど正気の沙汰ではない。
でも正直何故か負ける気が全くしないので悩ましい。
しばし悩んだ結果、戦ってみることにした。
とは言っても一当てして無理そうなら即撤退、という方針は明確にしておく。
この体の強さは知っている。
だが「どこまで通用するか?」は未だ定かではない。
ならばこいつをその指標としよう。
(アリ……アリ、なんだっけ? どっかで見たことあるんだけど名前が出てこない)
「まあ、いいか!」と拳と拳をかち合わせると、硬い甲殻のような外皮に守られた拳がまるで岩と岩がぶつかるような音を響かせる。
「ゴアァァァァァッ!」
俺の雰囲気が変わったことを察し巨大ワニが吠える。
相手の初手は、突進。
体を左右に振りながら全力で向かってくるのだが、あまり速くはない。
巨体故に機敏に動けないだけで十分速いのだが、想定をかなり下回る。
口を広げ、噛みつかんばかりの勢いで俺に向かい、飛びかかって来たところを右フックで迎撃。
下顎をぶち抜く勢いでカウンター気味にぶん殴る。
自分でも会心の一撃だと思った。
だが、ワニの下顎部分が無くなったのは想定外だ。
どうやら俺の一撃は威力がありすぎたらしく、ぶち抜く勢いどころか本当にぶち抜いて肉と骨を持っていってしまったようだ。
巻き散らかされた肉片が川へと落ち、そこに魚たちが群がり始める。
一方、下顎を吹き飛ばされたワニはというと、尻尾を巻いて全力で逃げ出した。
このまま放置して血を巻き散らかされるのもどうかと思い、トドメを刺すべく一気に距離を詰める。
その直後、ワニの尻尾が鞭のようにしなり、俺の横っ腹を強打した……のだが、少しよろけた程度で大した痛みはない。
どうも戦闘力に差がありすぎるようだ。
完全に怯えてしまったワニを前に、俺は選択を迫られる。
こいつを生かすか、それとも殺すか――答えは初めから決まっている。
どう見ても最早生存不可能であるこいつを逃したところで、すぐに死ぬ未来しかない。
ならばここでトドメを刺してやるのがせめてもの情けというやつだ。
逃げるワニを追いかけ跳躍して一気に距離を縮め、着地と同時に頭部に一撃を叩き込むとピクピクとしばし痙攣したあと動かなくなった。
(こんな簡単に狩れるものなのか……)
自分の身体能力に改めて感心するが、一つ問題がある。
それは死体の処理――つまり「どうやってこのワニの肉を食うか?」である。
選択としては火を起こして焼いて食う。
多分これしかない。
流石に生で食べるのは勇気がいる。
水を飲むのとではワケが違う。
というわけでワニの尻尾を持って引きずりながら拠点に戻ると、リュックからマッチを取り出し家主のいなくなった見すぼらしいお家を燃やす。
ワニがデカすぎるせいではっきり言ってもの凄く焼きにくい。
腕力任せの解体という名の引き千切り作業で手を真っ赤に染めながら、棒に突き刺したワニ肉を直火で炙りまずは一口。
ただ焼いただけの肉なので味気ないのは仕方がないと思うのだが、はっきり言うとかなり不味い。
血抜きもしてないような肉を食べればそうなるかと気づいたまでは良いが、ワニは既にバラバラの肉塊になってしまっている。
「やっちまった」と思いつつ、川に入って体についた血を洗い流す。
(不味いとは言え、折角獲った肉……どうしたもんか)
パチパチと音を立て川原で燃える見すぼらしい家を見ながら、綺麗になった手を顎に考える。
完全に肉の処理に失敗しているが、狩り自体はこの体のスペックならば容易であることは判明した。
(適当なところに捨ててくるか)
迷った結果、ワニの肉は廃棄することにした。
そもそも一日三食食べる必要があるのかどうかも疑問に思える。
いっそのこと「腹が減ったら適当に食べる」でも良いような気もしてきたが、自分の体のことなのに自分でもさっぱりわかっていないこの状況ではそれは少々危険にも思える。
(食料事情に余裕ができたら試す。その程度で構わないか)
水場は把握できたし、食料についてもどうにかできる目処は立ったと見て良い。
今後のことを考えるのであれば何かしらの着火道具を補充したいところではあるが、こればかりはどうしようもない。
「運良く街の跡地などで何かが見つかれば」という程度の希望しか今はない。
というわけでサバイバル生活二日目は探索である。
条件の良い場所が見つかるまでは暫定的にここが拠点となるので、荷物は置いて出発だ。
予定通り真っ直ぐ北上するのは良いとして、何か目印になるようなものはないかと歩きながら周囲を見渡す。
自然の侵食というのは思ったよりも早いらしく、かつての帝国領の面影は綺麗さっぱり消えており、建造物すらものの見事に消えていた。
辛うじてアスファルトで舗装されていたと思われる形跡を見つけることができたが、ほとんどがかなり細かく粉砕されており、視界に入った程度ではそこらの石との判別は難しい。
これは戦争があったが故に壊れてしまったのだろうとは思うが、それにしては痕跡が薄過ぎるというのは少々違和感がある。
今の俺の身長の倍はある高さの木々よりも高い建築物は幾らでもあったはずなのだが、それらが全く見当たらないというのもおかしな話だ。
「一体どんな戦争をしていたのやら」と帝国の末期にますます興味が湧いてくる。
既に帝国は亡きものとして見ているが、あったらあったで我が身の振りをどうするか悩ましい。
考えながら歩いた結果「ないほうがさっぱりして楽」というのが出した結論ではあるが、それはそれで寂しくもある。
家族の子孫がいるかどうか、というのもやっぱり気にはするのだ。
さて、川が見える位置をこのまま北上し続けるのは良いとして、問題が一つある。
カナン王国から南に位置するフルレトス帝国に流れる代表的な川は全部で二つ。
一つは西側にある「ヘナ川」――もう一つが東の国境沿いにある「レストナント川」。
問題は東のレストナント川が帝国の東側にあるセイゼリア王国との国境付近となっているためである。
そしてセイゼリアは「魔法国家」である。
それも科学嫌いな魔法国家。
正直、ここと上手くやっていける気がしない。
俺がまだ人間をやっていた頃は魔法に頼りきりな上、未開の土地が多く有り余り領土半分以上を腐らせていた国家だ。
それ故に大量のモンスターが蔓延り、結果お国柄故の近代兵器お断りの傭兵業が盛んになって「退治屋」などと呼ばれるモンスターハンターがそこら中にいる国となっていた。
(今の俺と相性が悪いなんてもんじゃないんだよなぁ)
俺、まさしくモンスター。
こんな姿でうろついてたら何か起こらない方がおかしいとさえ言える。
むざむざ狩られるつもりはないが、相手は人間。
元人間だから、という理由で殺人を忌避するつもりはないが、下手に殺すと討伐隊とか組まれてバッドエンドになりそうな未来が本気で見えてくる。
人間だったからこそ、その恐ろしさを俺はよく知っているつもりだ。
新兵とは言え軍人だったこともあり、多少はやり口がわかっているからこそのものでもあるが、個対組織を招くような真似をするつもりはなくとも、脅威となりそうならやってくるのが人間なのだ。
関わるにしてもセイゼリアのようなモンスターを「狩り対象」と真っ先に見る国はご勘弁願いたい。
そういう意味で行くなら西――エルフ国家だ。
自然崇拝がお盛んで「モンスターも自然の一部である」と曰い、それを実践しようとしてゴブリンの巣に連れ込まれるアホがいる国家である。
もしかしたら俺くらいなら受け入れてもらえる可能性も無きにしもあらず。
ちなみにゴブリンの巣に連れ込まれたアホは「そういう文化なんです!」と考えを改めない筋金入りだったと記憶している。
そんなんだから「エルフ×ゴブリン」のエロ本が絶えないんだよ何度かお世話になりました。
「何でエルフと異種姦ものってあんなに色々あるんだろうな?」っていう疑問はそういう馬鹿が馬鹿をやるからだと思うんだ、と帝国に向かってエロ本片手に抗議活動していたエルフ議員を思い出しながら「ガッ、ガッ」と笑う。
そこで思い出した。
いや、思い出してしまった。
(俺のコレクション……絶対家族に見られてるよ)
顔を隠して転げ回りたい気分だが、この体でそんなことをすれば軽く自然破壊である。
「がーっ、がーっ」と恥ずかしさのあまり声が出る。
そんなこんなで顔を伏せたり隠したり羞恥に悶ていると、不意に冷静な思考が戻ってきた。
(あー、この感覚はアレだ)
地下施設で恐怖を抑制してくれた時の妙なクールダウンと同じ感覚である。
どうやら羞恥心を抑制でもしてくれたのか、意外なほどあっさりと平静を取り戻すことができた。
よくよく考えてみれば今の俺は全裸である。
確かに羞恥心などあっては戦闘に支障を来すことは間違いなく、あっても不思議ではない。
「んなわけあるかバカヤロウ」と心の中で冷静にツッコミを入れる。
どう考えてもこの機能は様々な状況でのブレーキ機能として備わっているものと見るのが自然である。
例えば「怒り」――帝国が無事であったとして、目が覚めて自分がこんな姿になっていたならばどうするか?
わかりきった話だ。
こんなスペックの化物が感情のままに暴れたらどれほどの被害が出るだろう。
そうならないようにするための機能と思って間違いないだろう。
「感情抑制機能」と一先ず名付け、頭の中の自分の能力一覧のメモに書き込んでおく。
ちなみに俺は今の姿が嫌いというわけではなければ、嫌悪感を持つようなこともない。
もともとホラーゲームは大好物であり、自分の見た目はグロテスクなものでもなし、その性能に至っては驚愕の一言。
現状そこまでこの姿に不満がないのはゲームのやりすぎか?
それともまだ誰とも人間に出会っていないからか?
はたまた「そうなるよう」に調整されているためか?
「人は皆映画のような現実を心のどこかで望んでいる」
これはとある天才映画監督の言葉なのだが……否定はしないし、むしろ賛同するが我が身に起こるのであれば映画を選ばさせて頂きたい。
ホラーやモンスター系のパニック映画ではなく、ヒーロー物であって欲しかった。
この体でできることに関しては妄想が捗るが、どれもこれも人間と友好的な関係を築くことができるのが前提だ。
客観的に自分の姿を見て、こんなモンスターと仲良くしようと思う奴がいるなら見てみたい。
ともあれ、この体を使いこなすことが何かのマイナスに働くことなどなく、今は少しでもこのスペックをフル活用できるように訓練あるのみである。
走るだけでも訓練になるのだから、今は取り敢えず体を動かし情報を集めていこう。
そんな感じで飛んだり跳ねたりも加えながら川を上り続けたことで、主流へと辿ることができたのだが、ここで再びモンスターと遭遇。
赤茶色の巨大ワニ……川が一気に大きくなったこともあってかさっきの奴よりも明らかにデカイ。
「また君かね」と呆れたように息を吐くが、ワニはこちらを「食いでのある獲物」とでも思ったか真っ直ぐにこちらに向かってくる。
それを戦闘と呼べるはずもなく、俺は飛びかかってきたワニを横に蹴り飛ばすと無視してさらに上流へ向かう。
既に日は真上を過ぎた辺り、人間だった頃なら昼食時といったところだが空腹感は未だなし。
そのまま進んでいたところ視界に人工物らしきものが映った。
一旦停止した俺はそちらに向けて歩くのだが、木々の隙間から見えた物に一瞬我が目を疑った。
(……あれは戦車か? まさかここは軍事基地だった場所か?)
視界の先に映る人工物が軍事基地跡だとすると少々面倒なことになる。
何せあの基地は川の西側に存在している。
つまり、帝国から見て東側の備えとなるはずだ。
地理的に考えればその対象はセイゼリア王国が有力になり、同時に川が「レストナント川」と確定する。
さらに帝国領を流れるレストナント川のすぐ東は国境となっており、セイゼリアとの小競り合いが頻発していた地域でもある。
人間……というよりハンターとの遭遇フラグが立った気がしてきた。
おまけ:「我々を愚弄するにも程がある」
「自然調和委員会」を名乗る会員が起こした「ゴブリンの巣特攻事件」――通称「ゴブ攻事件」を題材にした帝国発のエロ本を巡り、とある議員が放った一言。「モンスターも自然の一部であり、我々は彼らとの共存を模索すべきである」という主張の下、ゴブリンの巣へと突っ込んだ女性エルフを描いたエロ本を「種族差別である」と帝国に抗議したが、このエロ本がきっかけでゴブリンの危険性が改めて国内でも考えられるようになり、その被害の減少に一役買ったという理由で帝国側はその作者に国民栄誉賞を授け、エルフ議員の抗議を嘲笑った。また、これらの茶番を見ていた第三国は「馬鹿しかいないのか?」と呆れていた。余談ではあるが、エロ本の内容はゴブ巣に特攻した女性が「これがゴブリンの愛なのね!」と意味不明な方向に覚醒。犠牲者を大量に生み出し、自身は投獄されるというオチがついている。罪状は誘拐。




