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(´・ω・`)「キシリア」と間違えそうになる。
気分爽快!
何という清々しさだろうかと大きく体を伸ばして大声を出したい気分である。
だが、やるべきことがまだ残っている。
クソババアが死んで支配の魔法の影響がなくなった所為か、耳に入る周囲の声が完璧には理解できなくなっている。
このことから仕組みが少しわかったが、あのババアと何らかの繋がりがあったというのはやはり気分が悪い。
(考えてみれば意思の疎通ができなければ命令もできない。当然の事なんだろうが、嫌なものは嫌なんだよなぁ……)
どのような効果だったかは確信は持てないが、結果を見るならば「言語の理解」または共通化と言ったところだろう。
それがなくなったことで俺が学習した範囲でのみの理解となったため、このように会話の内容は理解できるが自信はない、という結果となっている。
俺はそのように結論を出し、少し難しくなったエルフ語の翻訳をしながら周囲を見る。
囲んでも無駄とわかっているのか、兵士を前面に出して自分を守らせるお偉いさん。 それとは対照的に自身が前に出て兵士を下がらせている6号さん。
恐らく彼女は意思疎通が可能なことから戦闘を回避できると踏んでいる。
しかしお偉いさんは俺を殺すよう命令していたことをうっかり話してしまっている。
俺がクソババアを殺した際に書いた文言から、自分は攻撃対象となり得ることを理解しているようだ。
「あなたに聞きたいことがあります」
口火を切ったのは前に出てきた6号さん。
彼女が最初に口を開くのは予想通りだ。
「何故、キリシアを――彼女を殺しましたか?」
6号さんは首が360度回転した愉快なオブジェクトを指差し俺に問う。
俺としてはもっと踏み込んだ質問をすると思ったのだが、思った以上に彼女は命のやり取りがお嫌いのようだ。
なので納得が行くであろう答えを提示する。
俺はキョロキョロと書ける物を探し、散乱した書類の裏にインクを付けた羽ペンを走らせる。
『研究対象。実験動物。生命危機。殺害理由アリ当然』
ちょっと文法に自信が持てずカタコトになったが、意味は通じているはずだ。
俺の書いた文を見て6号さんが難しい顔をする。
(……通じてるよな? 心配になってくるからその顔を止めて?)
俺がポーカーフェイスで6号さんの出方を窺っていると、お偉いさんが口を挟む。
「なるほど……生命の危機を感じさせるほどの扱いだったが故に殺害か。ならば何故今なのだ? 支配が効いていないのであれば、お前は何時でもキリシア女史を殺せたはずだ」
おっと、これは確かに疑問に思うことだ。
なのでここは本当の事も話してやろう。
『支配効果抵抗、時間必要。抵抗可能以前、生命危機アリ』
ちなみに生命の危機というのは生肉を食わされたことだ。
幾ら俺でも生食ができない肉を食わされれば命に関わる可能性が十分ある。
なので嘘は言っていない。
「そうか、彼女が復活させた支配の魔法は、失敗したのではなく未完成だったか……」
流石に魔法に関することを多少勉強できたがそこまではわからない。
なので何も言わないでおく。
「彼女の命を奪った理由は理解しました。では、もう一つ聞かせてください。あなたは何故このようなことをしたのですか?」
この質問は少々考えさせられる。
「このようなこと」というのが「クソババアを騙したこと」なのか「学習をすること」なのか、それとも「わざわざクソババアを追い詰めたこと」を言っているのか判断がつかない。
もしかしたら6号さんの質問を完璧に理解できていなかっただけなのかもしれないが、中々面倒な聞き方をしてくる人である。
ただのおっぱいが大きい優しい女性ではないようだ。
『質問意図不明』
正直に「質問の意味がわかりません」と書いたが、恐らく「わからないフリをしている」と思われている。
だってお偉いさん思いっきり舌打ちしてた。
人間だったら聞こえなかっただろうが、俺の耳には丸聞こえよ。
「あなたはどうして我々の言語を、魔法を学ぼうとしたの?」
6号さんが質問を絞る。
これはまた悩まされることを聞いてくる。
用意できる回答の中で最も彼女の好感度を稼げるものは「エルフへの理解」なのだろうが、下手をすればこれは一般のエルフからは脅威と見做される。
かと言って「脅威への対抗」などと魔法の部分を前面に押し出せば、弱みを晒すことになる上、エルフとの敵対の可能性が高い。
(考える時間もない……ここはアレでお茶を濁すか)
なので俺が書いた答えは「暇つぶし」である。
実はこれ、結構真面目な答えである。
そもそもの話、俺は川での監視任務の再開が目的でエルフの集落にまで出張っている。
その最中にクソババアから支配の魔法を受けたが、当初の目的に変更はなく、言語の学習は丁度良い機会だったから、というだけの理由だ。
そして、俺が監視任務を希望する理由は「退屈しのぎ」という部分が結構な割合を占めている。
なので、ある意味では正直に答えている。
だが俺の回答に二人は難しい顔をする。
(……俺が書いたの「暇つぶし」で間違ってないよな?)
ちょっと心配になってきた。
自信満々に「お前はもう用済みだ」とか言ってババアを殺したけど、これで言語学習が不十分だと知られたら格好悪いというレベルではない。
しかし二人は黙っておりその可能性が否定できない。
沈黙に耐えきれなくなった俺は恥ずかしさのあまり、この場から逃げ出すように立ち去ろうとする。
「待ってください!」
やはりというか6号さんは追ってくる。
お偉いさんは身の危険を考えて俺を放置することにしたようだ。
戦っても勝てないのがわかっているから、攻撃してこないのであれば干渉する気はないということだろう。
けれども俺の理屈を適用するならば、自分は害されることがないと判断してか6号さんはグイグイ来る。
流石は自然調和委員会。
時が過ぎてもモンスター相手にここまでできるのだから筋金入の変人集団である。
彼女が特別という可能性もあるが、果物を貰った手前突き放すのも気が引ける。
精神衛生上先程の答えはなかったものとして、もう一度6号さんの相手をしよう。
村をドスドスと歩く俺の後ろを走って追いかける6号さん――絶対胸が素敵に揺れているだろう。
(まだだ! まだ振り向くな! もう少し距離を空けてからにするんだ! そうすればその姿を少しでも長く拝むことができる!)
そして十分距離が空いたところで俺は振り向いた。
同時に跳躍する6号さん。
開いた距離があっという間に縮まり、彼女が目の前にふわっと着地すると俺を見上げた。
6号さんがしょんぼりする俺に語りかけるが、話の内容が頭に入ってこない。
(……着地するなら揺れるところが見たかったな。いや、まあ川ではいっぱい見たけどさ。望遠能力なしの間近。生で見たいのよ、生で)
大したこだわりでもないが、シチュエーションを変えたりして楽しみたいと思うくらいの情熱は持っているのだ。
取り敢えず「騒がしい周囲を大人しくするために協力してもらう」という名目で6号さんを掴まえて肩に乗せる。
勿論指がそのたわわな果実に当たるように調整しつつ丁寧に乗せさせて頂きました。
6号さんが何か言っているが、今は目的地に着くことを優先。
一応急いで済ませておきたい用事なので、少しの間我慢してもらう。
要人が俺の肩の上にいることで集落のエルフ達は危険がないと判断したのか、騒ぎはするがパニックには陥っていないようだ。
そして目的地に到着。
俺の顔にしがみついてくれていたので、丁寧に地面に下ろす。
「ここで、何をする気ですか?」
やって来たのはクソババアの家――俺から削り取った体の一部や採取した血液を調べた研究施設でもある。
なのでそれらは完璧に破棄させてもらう。
その旨を伝えて、この家を燃やす手伝いを要求するも6号さんは難色を示す。
集落とは言え森の中。
火を使うことに抵抗があるようだ。
なので仕方なく倉庫にある物の中で発熱する魔法道具を片っ端から持ってくる。
俺の本気度を察した6号さんが止めようとするが、どうやら持ってきた物の中に危険物があるらしい。
なので「火を点けてくれないならここにある物全部使ってこの家燃やすよ?」とやんわりと脅迫。
渋々放火の手伝いをさせられた6号さんが悲しそうにしていたので、こちらのもう一つの都合を押し付ける。
「我、訪問理由ナシ」
これで俺がここに来る理由はなくなった、と地面に書くと、それを読み取った6号さんが天を仰ぐ。
「あなたの目的は何ですか?」
その質問には既に答えているはずなので、俺は黙ってクソババアの家が燃える様を見続ける。
「あなたは、我々をどうするつもりですか?」
流石に「覗き続けます」とは言えないので黙っている。
「……あなたは、エルフに何を望みますか?」
(んー、おっぱい? いや、尻や太ももも必要だ。まとめると裸? やっべ、俺最低だな。でもエルフって美人な上スタイルもいいから見てて飽きないのよねー)
当然これも言えないし、言っても「がおがお」になってしまう。
特に何も思いつかなかったので「また果物でも頂戴」と書いてみたところ、6号さんはしばらくその文字を見続けた後静かに笑い始めた。
少々字が汚すぎたかもしれない。
立ち上る煙に集落のエルフ達が駆けつける。
一匹のモンスターと一人のエルフが燃える家を隣り合って眺めている――この光景を集まったエルフ達はどのように捉えただろうか?
それがわかるにはまだ時間が必要だろう。
(´・ω・`)この章は多分ここまで。2、3回別視点になるかも?




