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「杖は預からせてもらおうか。それがなければ制御できないのは知っている」
代表と思われる一人がそう言ってクソババアの手から杖を奪い取ると、後ろの男に預ける。
「そう言えば命令をする時はいつも持っていたな」と思い出し、エルフも魔法を使うために補助となる道具を使用するケースがあることを知る。
恐らくは支配が大変難易度の高い魔法であるのが理由だろう。
(禁術と定められているようだし、多分あってるはずだ)
それから抵抗らしい抵抗を見せず、黙って連行されるクソババアを見送る俺には何もしないのかと思ったが、3人は残るようだ。
その内の一人がバトルアクスを持っていたが、臭いからただの鉄製というのは確定。
そんな物で俺の首が落ちると本気で思っているのかね?
「よっし、じゃあそいつの首をさっさと落とすか」
はい、思ってた。
大斧を持った男が袖をまくって構える。
というか魔法は使わないのか、と疑問に思いながら棒立ちしていると、当然ながら高さが足りないので一時中断。
真っ直ぐ立っていなくとも頭二つ分以上上にあるのだから、体重を乗せて振り下ろすなら相応の高さの台にでも乗らないと無理だろう。
男3人が俺に屈むよう命令してるが当然無視。
首を薙ぎ払いはしたものの力が全く足りておらず、当然無駄に終わる。
しばしの相談の結果「じゃあ、飛んでやってみるか」という結論が出たので実行に移すも、バトルアクスを振り下ろした男が手を離して逆に怪我をする始末。
落とした斧が足を直撃し、膝を抱えて転げ回る。
「手が痺れる」だの「刃がかすった」だの大騒ぎである。
情けなすぎて怒りすら湧いてこない。
コメディアンに死刑を任せるとこうなるのか、とテレビを見る感覚で眺めていると、離れていくババア達の会話が聞こえてくる。
「制約の儀は政務所の儀式室で行われる。見届人はゼサトとフォルシュナの氏族から一名ずつだ」
「そうかい。それはよかったね」
クソババアはまるで全部諦めたかのような態度だが、恐らく切り札をまだ隠し持っている。
恐らくは俺に命令するために必要な物は杖だけではなく、別の物でも可能なのだろう。
でなければあっさりと杖を手放すはずもない。
ならば出番を待つことにしようと周りで騒ぐ3人を見る。
コメディアンのトリオは俺を早く片付けたいらしいが、持ってきた斧ではどうにもならないとわかると魔法を使い始めるが……これもダメ。
(というか、この程度ならおっぱいさんの魔法の方が遥かに強力だったんだが……こいつらマジで何やってんだ?)
エルフにも強弱があるのはわかっていたが、何故ここまで酷いのが俺の始末に選ばれたのか疑問である。
まさか「動かないなら誰がやっても同じだろう」と役に立たない連中にやらせたのだろうか?
彼らの言動を見るにその線が濃厚である。
しかし芸人として見るならば優秀である。
火の魔法を使っては自分が燃え、風の魔法で切り裂こうと言っては目に砂が入ったと転げ回る。
土の魔法が得意な奴もいたようだが、何をすれば良いのかわからず途方に暮れていた。
仕方なく斧で俺の足を叩くと手の痺れから得物を落として自爆する。
おかげで退屈せずに済んだ。
【来い、アルゴス。周りの兵士を殺して私の下に駆けつけろ】
クソババアの呼び出しが頭に響くまでの時間潰しには丁度良かった。
適当にデコピンで三人をふっ飛ばして気絶させると、ババアが連行された方角に向かって走る。
村を駆けるとエルフ達は何事かと騒いで道を開ける。
逃げ出す者もいるが、気にする余裕は今はない。
しばらく走っていると言い争うような声を耳が拾う。
その中にあのババアの声もあったので、位置的にあのでかい建物の中にいるのだろう。
「バカ共が! 命令に使う魔具を複製していないとでも思っていたのかい!?」
ババアの叫びで位置は特定できた。
出番はもうすぐなので少し急ぐ。
聞き取れる話し声からも俺の出番はもう間近に迫っている。
「彼女を取り押さえなさい!」
「もう遅い!」
6号さんの声にババアの声が続く。
急いだことでほんの少しだけ余裕を持てたので、ここは格好良さ重視で登場させてもらう。
俺は走る勢いをそのままに垂直に大きく飛ぶ。
狙いは正確、速度も十分。
その直後――
「来い、アルゴス!」
ババアがそう叫ぶと同時に俺は建造物の屋根を破壊して登場。
木片が舞う室内にドスンと大きな音を立てて着地する。
位置もクソババアの前と完璧な位置取りである。
机や棚が倒れていたりと中々に乱雑な状況から察するに、結構このババアも暴れたようだ。
「クソ! 動かぬモンスターの首を落とすこともできんのか、バカ共が!」
自分の腕の隙間から見えた俺を見て、命令が失敗したことを理解した男が吐き捨てるが、その姿を見てクソババアが心底楽しそうに笑っている。
「形勢逆転だねぇ、ゼサトの坊や」
厭らしく笑うババアを見て思わず首に手が伸びそうになるがまだ我慢。
今、物凄い勢いでシナリオが出来上がっているので、もう少しだけ時間を伸ばしてくれると大変有り難い。
両者の間に立つ俺は、腰を落として両手を広げて「先に行かせない」という構え。
それに対して6号さんは両手を胸の前で結んでおり、お偉いさんは拳を握りしめており、いつでも後ろに控える兵士を投入できるように身構えている。
「さて、さてさてさて――一体何処の誰がこの素晴らしい研究成果を認めないのか?」
ババアが両手を広げて悦に浸るように自らを賛美する言葉を続ける。
「我々の歴史を振り返るに、困難は乗り越えるものである。そのためには力が必要だ。例え禁忌とされ、手にすることを危険視されようとも……それを乗り越えて見せてこそ探求者というもの。私こそが、本物の探求者だ」
今度は広げた手を戻し、大きな溜息を吐くと頭を振る。
「……だと言うのに何だ、お前達は? 人の研究の邪魔をしたばかりかその成果すら認めない。人間のように権力闘争に明け暮れるだけの阿呆。股を開いて爺共に取り入るしか脳のない売女。こんな愚物が幅を利かせている」
「私はそのようなことを――」
「黙れ! 淫売のフォルシュナが! 貴様らはいつもそうだ! 男をたらし込むことにばかり精を出す。男を囲んでやりたい放題の一族が……ああ、良いことを思い付いたよ」
激高していたと思えば、スッと表情を変えたクソババアがニチャリと音を立てて笑った。
本当に聞こえてきたから気持ち悪い。
一体どんな碌でもないことを考えたのやらと心の中で悪態をつくが、ここで全く予想していなかった命令が来た。
「アルゴス、その女を犯せ」
「え、いいんですか!?」と思わず後ろを振り返りそうになった。
この状況で罠を仕込んでくるとは、やはりこのババアは油断ならない。
だが残念な――まさか帝国軍人である俺に「女性を犯せ」などというふざけた命令をするとは死にたいようだな?
「どうしたアルゴス? その女を犯せ、お似合いの末路をくれてやれ!」
ババアが叫ぶが俺は動かない。
そのつもりが一切ないのは勿論だが、別の理由もある。
「もう良いかな」と思っていたところ、顎に手を当てて首を傾げたお偉いさんがズバッと一言。
「……そいつはメスではないのか?」
「いえ、男です」と言いたいが、声を出しても「がおがお」なので黙っていると、6号さんまで「あ、生殖器が……」なんて言い出す始末。
あなたみたいな色っぽい人に見られながら「生殖器」なんて単語使われたら、お出かけ中の相棒が帰って来るかもしれないので止めて――いや、止めないでください。
ババアのミスを指摘してやったとお偉いさんがくっくっと笑う。
「くははははっ……生物の、雄雌の区別も、付けられなくて何が賢者か!」
天井に大穴の開いた部屋に彼の笑い声が響く。
どうやら本気で笑っているらしく腹を抱えている。
「こいつらを殺せ! アルゴス!」
怒り心頭のクソババアがその命令を発した直後、俺の腕がゆっくりと動きはじめると、まだ笑い顔のお偉いさんが迎え撃つかのように構えて兵士達が前に出る。
そして床に叩きつけられるクソババア。
何が起こったのか理解できず、顔面を俺の左手で床に押し付けられながら「え、は?」と言葉にならない言葉を口から発している。
「なぁにをしている! あいつらだ! この手をさっさとどぉけろ!」
それを無視して俺は空いている手で落ちている羽ペンを拾い、中身をぶちまけているインクを付けて喚くババアからよく見える位置にこう書いてやる。
『お前はもう用済みだ』
意味がわからないのか、クソババアは放心したかのように黙ってその文字を見ている。
もしかしたら俺が文字を書いたことを驚いているのかもしれないな。
仕方がないので付け加えてもっとわかりやすくしてやろう。
『言語、魔法の学習は完了した。お前が自分の魔法が成功したと疑わなかったおかげだ。感謝する』
つまり「お前の魔法は効かなかったけど、都合が良いからかかったフリをして魔法の勉強させてもらうね。もう覚えることも覚えたし、君用済みだから死んでいいよ。あ、一応礼を言っておいてあげる。君がマヌケで本当によかったよ、ありがとう」ということだ。
禁忌を復活させ強大なモンスターである俺を支配し、里の危機を未然に防いだと思っていたようだが、それが一転して「手に負えないモンスターに知識を与えてさらに厄介になった」のだから、ババアの主張を完全否定したどころか真逆の結果に終わっている。
「ちが、う……私の、魔法は完璧で……」
「なら、何故そいつはお前の命令を聞いていない?」
セリフをお偉いさんに取られたが、書く手間が省けたので良しとしよう。
しかも完璧と思っていた支配の魔法が不完全だったと思わせることにも成功したようだ。
クソババアのプライドは木っ端微塵に砕け散り、その上エルフの天敵である「悪夢」よりも更に強力なモンスターを誕生させたとあらば、その実績は未来永劫語り継がれてくれるだろう。
そしてそれを即座に理解できるくらいには頭が良かったのも、俺にとっては好都合。
まさに「神がかっている」と言って良い。
「勝った」と思ったところから一気にここまで落とされた気分はどうだ?
そう聞いてやりたいところではあるが、それをやると逆効果になる恐れがある。
このババアにはこのまま絶望して死んでもらうのがベスト。
(後は俺がエルフの脅威となることで……って、ダメだ! それをやると川に誰も来なくなる!)
当初の目的を危うく忘れるところだった。
再びあの光景を堪能――ではなく、エルフ監視任務の再開を目的として活動していたのに、これでは逆の結果になってしまう。
(考えろ! 俺はどうすれば良い!? ババアを生かす? 嫌だ。こいつは絶対殺す! ならどうする? 最大限の制裁をするなら……するなら? あ、別に死んだ後のことなら関係ないな)
このババアに絶望と不名誉の死を与えてしまえば制裁は完了する。
その後、エルフが俺を脅威と思わなくなったところで、ババアが讃えられるわけでもなし、殺った後で敵対せずに帰れば問題はないのではないか?
かなり希望的観測が含むが、向こうには自然調和委員会がいる。
言葉が通じる以上、俺が敵対する意思を見せないのであれば、元に戻る可能性は十分ある。
なので、俺は最後にクソババアへこれを贈る。
『では、我を使役した対価を払ってもらおうか』
交渉など成立しない事実上の死刑宣告である。
「お前は、私を、利用して……」
そこまで言ったところでババアの首をグルリと回す。
下手に苦痛を与えて甚振るようなことをすれば警戒度や脅威度が上がってしまう。
最終目標はそこではないのだ。
こんなババア如きのために、俺のモンスターライフを邪魔されてたまるかという話である。
さあ、最後の仕上げをするとしよう。




