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 思わず目の前のクソババアに手を伸ばして首を捻りかけたが、どうにかして指一本動かすことなく耐えきる。

「支配」などという如何にもヤバそうな名前の魔法をかけてくれたお礼をしなくてはならないが、それをするのは早計である。

 何せ今の俺はエルフ語が理解できる。

 これは恐らく支配の魔法の副産物と思われるが、術者であるこのクソババアを殺した場合、この効果が消えるのか残るのかわからないのだ。

 残るのであれば何も問題はないのだが、そうでない可能性がある以上、今ここでクソババアの首を捻るのはまだ早い。

 言葉を理解できるという利点は大きい。

 これを維持するためならば、多少の不便や労働は許容しよう。


(だが忘れるな。お前はただのクソババアだ)


 もしもこいつが美人で色っぽいちょっと私生活がだらしなくて見えてはいけないアレやコレやが見えてしまう残念系で、色々と命令をしてくるものの俺が仕掛ける悪戯を自分のミスと思い込み「やっちゃった」と乱れた衣服でワガママボディを毎日見せつけてくれるのであれば、長い付き合いにもなっただろう。

 いや、そこに「研究者っぽく俺の体を調べるついでに胸を押し付けまくってくる」を加えておこう。

「肝心なことを忘れるところだった」と安堵を息を心の中で漏らしたところで、俺の思考は現実へ戻る。

 非常に残念なことに俺に支配の魔法を使ったのはこのババア――現実は非情である。

 そして俺は目の前で繰り広げられているクソババアと多分お偉方のエルフの言い争いを黙って聞いている。

 その内容を要約すると「禁忌だろうが何だろうが、支配の魔法を復活させてそれで里を救った。私は正しいし、正しかった」と主張するババアに対し、お偉方は「結果論で語るな。お前の欲望が秩序を乱す。法の裁きを受けろ」と曰う。


「知識は力。そして力とは適切に振るうからこそ価値がある。私ならば、例え禁術であってもその真価を発揮させることができる。いざという時の手段を使えぬなど愚の骨頂。賢人会議で一度と言わず話し合え、知と力はあるだけでは置物にすら劣るとな」


「本音が出たな狂人が。貴様の魔法に対する執念は買ってやる。だが何故先人が禁忌を、禁術を指定したと思う? それは『あってはならぬ』と定めるほどの何かがあったからだ。その『何か』さえも秘匿されている実情で察することもできん者が賢者を気取るな」


 話を聞いている限り、このクソババアの評価は「魔法狂いの危険人物」らしい。

「これは拙いな」と状況の悪さを再認識。

 このババアがキレて俺をけしかけたり、お偉方がキレて俺ごと始末しようとしたりする未来が妙にはっきり浮かんでくる。

 一触触発――そんな言葉が俺の脳裏に浮かぶ。

 だがここで思わぬ人物が介入する。


「お二人とも、そこまでにしてはいかがですか?」


 そう言って周りを囲むエルフの中から出てきたのは6号さん。

 久しぶりに拝見したが、やはりご立派なものをお持ちである。

 子供にやりたい放題されている彼女ばかり見てきたが、真面目な雰囲気も悪くない。

 その6号さんが二人の間に立つと言い争いを止め、6号さんに視線を向ける。

 クソババアは忌々しげに、お偉方はやれやれと言った様子だ。


「誉れ高き『フォルシュナ』の氏族の娘が何故出しゃばるか、聞かせてもらおうか?」


 言葉に棘があるのは嫉妬からか?

 クソババアが6号さんに介入の意図を問う。


「子供達が異変を察して怯えています。それに、たとえモンスターと言えど『支配』の魔法を使いその意思を奪うのは如何なものかと思いますが?」


「は! 流石、調和委員会は言うことが違う。『悪夢』すら捕食する化物もその対象かい」


 おっと、ここでまさかの調和委員会の名がババアの口から出てきた。

 正式名は「自然調和委員会」であり、その概要はモンスターを自然の一部と捉え、共存を目的とする組織であるが、その構成員の中にぶっ飛んだ人物がいたせいで完全にネタ扱いだが、まともな人は自然を他者より大事にする程度の至って普通のエルフである。


「モンスターに使用したことよりも、それを復活させたことの方が遥かに罪は重い。今すぐにでも捕らえたいが、それがいる以上そうも言ってられん」


 男が俺を見ながら吐き捨てる。

 200年前の情報だったので今と果たしてどれほど違いがあるか、少し興味があるのでもう少し話をして欲しかった。

 やはりまだ疎まれたままなのだろうか?


「ならば、今回の件は賢人会での沙汰を待つというのは如何でしょうか?」


 6号さんの提案に男は頷くもババアが難色を示す。


「はっ、フォルシュナはゼサトと組む気かい? 賢人会議へ持ち上げれば望み通りの結果が得られるだろうね、その体を使ってな」


「そのようなことは致しません!」


 ババアの言葉を即座に否定する6号さんを見て、ちょっとその光景を想像してしまう。

 相棒が健在なら危ないところだった。


(いかんいかん、お色気たっぷりの6号さんが近くにいると思考がどうにもピンクに染まる。フェロモンでも出してるのかね、このエルフは?)


 ともあれ、話は続いたが結局この案件は賢人会議とやらに持っていかれることになり、この場は解散ということになったのだが、男性がババアを見据えて口を開く。


「キリシア女史。一つだけ言っておかねばならないことがある」


「言ってみな、ゼサトの坊やの忠告だ。有り難く聞いてやろうじゃないか」


「そいつは、カナン王国の軍隊と傭兵を無傷でねじ伏せた化物だ。少なくとも人間種とは明確に敵対をしている。扱いには注意をしろ」


 そう言って立ち去る男を見送ったのだが、不意に立ち止まって「ああ、そうだ」と言い忘れたことがあったようでこちらに振り返る。


「そいつは『アルゴス』と名付けられたようだ。カナン王国が付けたらしいが、一応教えておく」


 その言葉にクソババアが鼻を鳴らして「さっさと行け」と顎をしゃくると、男は立ち去りやがて見えなくなった。


(「アルゴス」ねぇ……まあ、変な名前ではないし構わないか)


 当事者ではあるが、傍観に徹するしかなかったおかげで少しだがここの情勢を知ることができた。

 このキリシアというババアは後ろ盾を持たない魔法狂い。

 6号さんはフォルシュナという一族の権力者で、先程の男性はゼサトという権力を持つ一族の一人。

 エルフ社会にも派閥というものはあるのだろう。


(面倒なことになりそうだが……言語を理解できる魅力の方がまだ勝る。この状態を維持できているうちにエルフ語を覚えることが優先事項となるな)


 取り敢えず俺は動こうにもババアの命令を待たなければならない。

 いっそ魔法が誤作動を起こしたフリをして6号さんに付いて行くのも面白そうだが、流石にそれは我慢しよう。

 幾ら魔法に関して無知な俺でも、そのような事態が発生しないであろうことくらいは予想ができる。

 もう少し6号さんを見ていたかったが、クソババアが歩き出す。


「行くよ、アルゴス」


 ババアが言うので仕方なく付いていく。

 予想はしていたが、体が勝手に動こうとするのでそれに合わせて動く。

 こっそり抵抗してみたが、体の動きが目に見えて悪くなった。

 どうやら完全に支配に抗えるわけではなさそうだが、効果が切れては俺の目的が達成できない可能性もある。

 なのでこれに関しては現状維持だ。

 確認したいこともまだまだあるのでしばらくは大人しく言うことを聞いてやる。


(だが、目的を果たした時が貴様の最期だ。クソババア)


 最終的には死んでもらうつもりだが、そうなるとどういう演出が相応しいか考える。

 体が勝手に歩いてくれるので、俺は思考に没頭できるのだから実に珍しい経験だ。

 一応それとなく目を動かしてエルフを見てみるが、誰も彼もがこちらを警戒しており、中には完全に怯えてしまっている者もいる。


(エルフと一括にしていたが、戦えない者がいるのも当然の話だ。聞かされた情報と実際に目で見た情報は違うということか)


 しかしそうなると戦士タイプのエルフの強さを想定より上げる必要が出てくる。

 弱い個の集団よりも強い少数精鋭の方が厄介なのでこの情報は有り難くない。

 あと袖なしの服を着用しているエルフ女性は横乳が素晴らしい。

 だが、あのタイプの服は6号さんが着てこそ真価を発揮する。

 残念ながら彼女は袖のあるものを着ていたので暑くなるのを待つしかない。

 そんな妄想に耽っていると、辿り着いたのは集落から少し外れた木造の大きな一軒家。


(これだけデカイ家なら俺でも入れそうではあるが……)


 残念ながら家は大きくても入口は普通サイズ。

 入れないことはないだろうが、間取り次第では家の中を破壊しそうだ。


「アルゴス。お前はここで待機だ」


 案の定俺は屋外。

 これでクソババアの首を捻るのに躊躇がなくなった。

 だが、この程度で音を上げる俺ではない。

 野外で寝泊まりなど最早慣れたもの、目標である言語習得のためならば、野宿くらい障害にすらならない。

 ただ問題があるとすれば、この状態で本が読めるかどうかの確認がこれでは難しいということである。


(なんとか隙を見て本を手にすることができれば良いのだが……どうやって本を手にするかも問題なんだよなぁ)


 前途多難とはまさにこのこと。

 問題だらけのこの状況を如何に打破するか――これは腕の見せ所である。

 クソババアの命令も聞く必要があり、中々に厄介なミッションとなるだろう。

 だが、この潜入ミッションを無事終えたならば、エルフ語の習得に加え監視任務の復活も期待できる。

 つまり俺の意思は揺るがない。

 どのような困難であろうと、今の俺を挫くことは不可能だ。

 そう意気込んだところで家からババアが出てくる。

「はいはい、お供すれば良いんだろ」と思ったのだが、その手には大きな肉の塊が乗せられたトレイがあった。


「エサだ。食っときな」


 そう言ってババアが地面に肉の塊を落とす。

 生肉を皿にも乗せず地面に落ちたものを食えと申すか?

 いきなりの高いハードルに俺の思考が停止する。


(覚えていろよ、クソババア。絶対に普通には殺してやらんからな!)


 立ち去るババアの背中を横目で見送ると、俺は目の前に置かれた生肉をじっと見つめた。


(´・ω・`)次回は別視点。

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― 新着の感想 ―
[一言] 主人公さんはマッド連中に改造された経緯があるからか、研究者には一際辛辣ですねw
[気になる点] 話数が一つ飛んでます。
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