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翌朝、体調はマシにはなったが気分は晴れないままの起床となる。
少々眠りすぎたのか体がダルイ気がするが、取り敢えずは気の所為ということにしておく。
幸いなことに食欲は戻っており、獲っておいた魚を「食べよう」という気はちゃんと起こった。
食べるとなれば量が足りない。
食べるものがないなら獲りに行くしか無い。
(食欲が戻ったとは言え肉は重い。となると魚だが朝から川へ行くのは……)
そこまで考えたところで「どうせ誰もいないか」とのっそりと崖の拠点から這い出すと川へと向かう。
やはりと言うべきか川に到着してもエルフの気配は全く無い。
視覚は勿論、聴覚と嗅覚にも反応はなし。
これなら思う存分魚を獲れるが少し悲しい気分になる。
十分な量を確保して崖の拠点に戻って魚を焼く。
魚は塩だけで十分美味いと思えるのが良い。
だが食の満足度を満たすにはまだ不十分だ。
そのための知識と手段を得るために、俺は何度目かのショッピングモールへと向かうことにする。
食後の片付けを手早く済ませ、一度本拠点に寄ってから荷物を可能な限り少なくしていざ出発。
道中は驚くほど何事もなく、元鉄道の開けた道を通るので地形を気にせず走ることができるのも楽で良い。
そんなわけで辿り着いたエイルクェルのショッピングモール。
今日はもう遅いので探索は明日にするとして、荷物をいつもの寝床に置き、必要な物だけ持って晩飯を確保しに街の外へと向かう。
既に狩りは手慣れたものとなっており、獲物を見つけてサクッと確保。
夕食もスムーズに済ませて後片付けも完璧である。
「適応したなぁ」と自作の簡易ベッドで横になる。
物資の補給がすぐそこで行えるだけあって、ベッドの質は本拠点と同等。
あまり眠くはないが、暗い中で作業するのは手間がかかるので、明日は早起きして活動しよう。
そんな訳で翌朝。
早朝ということもあり、まだ薄暗いが活動するには問題はない。
昨晩の残りの肉を噛みながら本屋を探し、見つけ次第突撃する。
しかしながら本屋が思った以上に狭い。
残念ながら通常の書店では俺の巨体は入ることが困難なようだ。
入らないわけでないので上半身だけ横向きに入れるなど工夫をして対処する。
一度体を戻した俺は「これならばいける」と確信。
手が届く範囲でそれっぽい本をかき集めよう。
一時間後――気が付けば俺の周囲には大量のエロ本が散乱していた。
違うんだ。
俺はただ、未だに行方不明になっている相棒を探していただけなんだ。
いや、それよりもこの本屋のエロ本率がやたら高いからこうなった。
そして更に二時間が経過――俺は本の選別を終え、一軍と定めた7冊を持って寝床に戻ると、それを大切にリュックにしまい込んだ。
さて、気を取り直して探索再開。
(書店も良いが図書館でも良いんだよな)
むしろ俺が求めているのは知識なので、後者の方が都合が良いことも考えられる。
帝都の図書館の規模ほどのものはないだろうが、あの広さがあればある程度は動くこともできるので、目的の本を探すのも楽になるはずだ。
そんなわけで大きな本屋か図書館を探して街を探索。
ショッピングモールにある書店は小さすぎるので立ち寄ってすらいない。
大通り跡で早速本屋を見つけたのでそちらを覗き込むが、どうやらここは他の生物に荒らされていたらしく、本が散乱して状態が酷く悪い。
(ここはハズレだな)
俺は他へ行こうとしたその時、あるものが目に止まった。
思わず振り返ってそれを確かめると、見間違いではなかったことがはっきりする。
(……足跡。どう見ても人間の靴だな。しかも埃を見るにそこまで古いものじゃない)
「何処の物か」と考えるのは無駄だが、ここまで人が来ているという事実は問題だ。
それは即ち「ここにある物を持ち帰る者がいる」ということである。
今までは誰もいないから欲しい時に欲しい物を持ち帰ることができたが、これからはそうはいかなくなる可能性がある。
「厄介なことになった」と心の中で舌打ちする。
帝国人でもない限り、ここにあるお宝の山の価値を理解できる者はそうはいない。
加えてこんなところまで来る人間がどういう輩なのかなど想像に難くない。
(ここは比較的隣国と近い場所にある。こうなることは想定していなかったわけじゃないが、いざ目の当たりにするとどうするべきか判断に困るな)
こうなると本の重要性が増してくる。
知識とは財産――それを価値のわからない者に荒らされるのは帝国人として放っておくことはできない。
ならばまずは一目でわかる有用性のあるものから保護するべきである。
つまり帝国語を読めない人間でも持って帰るような本――エロ本が真っ先に頭に浮かび上がった。
「俺はエロ本が欲しくて持って帰るんじゃない。保護しているんだ」
そんな理屈で気に入った本を持ち帰る言い訳ができてしまった。
しかしできてしまったものは仕方がない。
これからは思う存分エロ本を持ち帰ろう。
(血迷うな、今必要なのはそれじゃない)
そもそもエロ本なら他の街でも手に入る。
今は目的の物を手に入れることを優先すべきであり、それが終われば必要な道具を手に入れる。
何かをするならその後、である。
深呼吸をして冷静になった俺は念の為に本屋の中をしっかりと確認する。
どうやらここに侵入した何者かは、ここの本を漁ったようだ。
(古代遺跡でも発掘してる気か?)
確かに帝国の知識が詰まった本屋は他国からすれば叡智の結晶のようなものだろう。
それが読めるかどうかは知らないが、帝国が滅んで既に200年が経過した今となっては古代文明扱いも致し方なし。
つまりここまで来る連中というのはトレジャーハンター兼考古学者。
「何それ、楽しそう」という本音はさておきと言いたいところだが、割と本気でそういう生き方は羨ましい。
子供の頃に憧れた職業でも上位に入っていそうだ。
しかし、今ここにいない相手をどうこう言っても取れる手段がない。
何を本棚から持っていったかも知る術もないため、結局は「することがない」で終わるのだ。
取られたくないものを先に取るくらいが精々という、要するにただの「早いもの勝ち」である。
帝国の遺産を無関係の他国人が持っていくのは腹立たしいが、それを完璧に止める手段など俺にはない。
人間を見つけたら追いかけるくらいはしても良いが、根本的な解決にはならず時間稼ぎができるくらいのものだろう。
「見つけ次第殺す」という選択肢の場合、後々来る人間は完全武装の連中になるだろうし、そんな奴らがここに入ればどうなるかなど言うまでもない。
「まったく、蛮族相手も楽じゃないぜ」と服すら着ていない全裸のモンスターが笑う。
ともあれ探索を再開。
残念ながら俺の耳にも鼻にも反応がない以上、ここで人間を探すだけ無駄なのでさっさと目標達成に動いた方が建設的である。
あれこれ考えながら探していると、崩れた大きな建造物の中から大量の本が見えた。
恐らくそこが図書館に違いないと近づくと、予想通りだったのは良いのだが思いの外建物の状態が悪い。
「これは慎重に探す必要があるな」と体をぶつけないように崩れた壁から中に入る。
(中の状態もあまり良いとは言えないな)
唯一の救いが何処の棚にどんなジャンルの本があるかがわかるという点。
これなら探す時間も少なくて済むだろうと、慎重かつ丁寧に捜索を開始する。
料理関連の棚に自家製調味料の本があり早速確保。
本の状態も酷いというわけでもなく、読むことが可能なのでまずは一冊目を手に入れた。
続いて二冊、三冊と確保していくと、やはりというか状態が悪くて読めないものが出始める。
そういうものに限って読みたい表題なのだから世の中というのはままならない。
ちなみにタイトルは「初心者が始める味噌作り」である。
味噌は欲しいが他の本に期待しよう。
そんな具合に太陽が真上に来る頃まで探し続け、計25冊の調味料や料理関連の本を持って帰ることになった。
またそれらを軽く読み、必要な器材を集めるべくショッピングモールを探索。
全てを揃え終えた時、持ち帰る予定の山を見て思う。
「またやっちまった」
ちゃんと学習しろ、と自分に活を入れて本を見ながら「いる物」と「多分いらない物」に分けていく。
(これはいる。これもいる。これは……材料が揃いそうにない。ええ、ソース作りってこんなに果物とか使うの?)
必要な材料の多さに目眩がする。
加えて俺の知識のなさに涙する。
また調味料作りというのは思った以上に手間と時間がかかるものだと知り、時間のかからないものに絞ったとしても材料の都合がつかない場合が多く、大半を諦めざるを得ない現実に肩を落とす。
(帝国の農園がまだ生きているならまだしも……いや、生きていることに賭けて南部に行くか? でもあの二国が帝国領を荒らさないはずがない。無事である可能性なんてほぼないだろうし……)
長々と考えて出した結論は「他で手に入らなければ行ってみる」となった。
レーベレンとハイレは明確に帝国に対し、国土を目的に戦争を仕掛けてきている。
エルフの参戦で戦力が西側に集中した際に、宣戦布告もなしに二国の軍が国境を越え、幾つかの町が連中に蹂躙されている。
当然その報いは受けさせたわけだが、それでその傷跡が癒える訳もなく、帝国人にとってレーベレン共和国とハイレ連邦は信用ならない蛮族国家として周知される。
ちなみに「蛮族」と呼称したのは、攫った国民を人質にした挙げ句、用済みとなれば慰みものにし、条約破りに加えて休戦協定すら守らなかったことでそうなった。
帝国の反撃にあって僅か3ヶ月で降伏しておきながら、こちらの情勢が悪くなるや否や休戦期間を無視して再び侵攻。
復興中の町の住民を亡き者にし、生き残りを人質に使えば「蛮族」と言う以外呼び方が思いつかない。
こんな国が帝国が瓦解すれば何をするかなど言う必要すらない。
だから南へ行くのは暴れる時だと思っているし、帝国領の南部が無事に済んでいないこともわかっている。
確認しようとすらしないのは、それをしたら歯止めが利かなくなる可能性がある。
まだ人類の敵として追われるような状況ではないので、今の所後回しで十分なのだ。
さて、そうこうしていると持ち帰る物の選別が完了。
入り切らないので新たにリュックを追加しよう。
折角なので予備のものも追加し、日用品も増やしておく。
気が付けば荷物がいっぱいになっていた。
リュックを肩に背負い、両腕にも抱えて首にかけるという状態。
少々欲張りすぎたようだが、動けないわけではない。
「これくらいなら大丈夫だろう」と本拠点に戻るのだが、やはりというか走り難さはどうにもならず、予想以上に時間がかかることとなった。
今度からは注意しよう。
ハイレとレーベの簡単な時系列
帝国がカナン戦争:二国とも静観
セイゼリア、エインヘルが参戦:共に戦争準備
戦争激化:宣戦布告なしに参戦。
戦況硬直:帝国の反撃を受けてあっさり降伏
戦況変化:帝国との協定を破って再侵攻。
戦況硬直:ハイレ、セイゼリアから宣戦布告される。
戦況悪化:エインヘルが西戦線を突破。セイゼリアが帝国に戦力を集中したことでハイレ助かる。同様にレーベも持ち直す。
大雑把にいうとこんな感じになります。




