51 とある里の会議室
エインヘル共和国――複数の「士族」と呼ばれるエルフの部族が集まってできたとされるエルフだけの国家。
実態は少々違うが、表向きはそういうことになっている。
森を切り開いた「里」と呼ばれる街があり、その周囲には彼らが選定した樹木のみが生い茂る。
曰く「我々は森と共に生きるが、その森に手を加えないとは言っていない」とのことで、一部の行き過ぎた自然崇拝は人間側の勝手なイメージだというのがエルフの本音である。
実際、自然というものは大変厳しいもので、それはエルフにとっても同じであり、自分達の都合の良いように変えねば安心して暮らすことなど到底無理な話である。
エルフは自らを「森の管理者」と称することが多く、人間が「自然の守護者」などと勘違いをする要因の一つともなっている。
さて、共和国というだけあってエインヘルには君主はいない。
「賢人会」と呼ばれる各士族の代表や、幾つかの部門の代表の集まりで国家の方針が決められている。
そして今日もまた、この賢人会では様々な代表が会議を開く。
議題は近年現れた「森林の悪夢」についてと、その対応である。
通称「悪夢」というモンスターが現れて早10年――未だエルフは自分達の前に現れた天敵に対し、何ら有効な手段を打つことができずにいた。
「ふむ……これで犠牲者は12人か」
「一桁間違えておらんか?」
「オスバよ、お前さんは一体いつの話をしとる。もう1031人目じゃ」
オスバと呼ばれた老人は「そうだったかのう?」と首を傾げる。
ここは賢人会専用の会議室――木造の部屋には総勢24名の代表が集まっていた。
その半分が老いた姿をしており、300年以上を生きる者であることが見て取れた。
彼らはエルフの中でも「永き時を生きた者」としてその叡智を期待されここにいるのだが、何分長く生き過ぎた者が少数ながら混じっており、会議の進行が芳しくないことがしばしば起こりうる。
「オーデル老、1013人です」
「全員間違えとるではないか」とオーデルと呼ばれた老人が軽快に笑い声を上げる。
「ゼービス老、笑いごとではありません。あなたもしっかりと数を把握して頂きたい」
未だ容姿の衰えがない代表の一人が三人の老人を窘めるも、肝心の当事者達が「怒られちった」と舌を出す始末。
「しかしそうなるとまた数を増やすのがよかろう」
「然り。おお、そうじゃ……お主の娘にも早う孫見せるよう催促するといい」
「オスバ老、私に娘はおりません」
「なんじゃ、ちゃんと子作りに励めい」
オスバのその言葉にオーデルとゼービスの両名も「そうだそうだ」と囃し立てる。
「数が減ったんじゃから増やさねばならぬ。それは若いもんの仕事だわな」
良いことを言ったとばかりに三人が大きく頷く。
だが既に若くもなければ息子もいる彼は何も言えず黙って老人の繰り言を聞いている。
そして気が付けば老人三人が音頭を取って「子作り奨励すべし」と脱線して行く。
これは賢人会議――エルフ達の行末を決める大事な会議である。
「さて、話を戻すよ」
そう言った老婆の言葉に顔面がやや変形した老人三人が素直に頷く。
「目下の問題は『悪夢』の存在だ。これをどうにかしない限り、我々の生存圏は脅かされたままだ。何か良い案はあるかい?」
「メイナス様、その件に関してなのですがシュバード様の怪我を完治させるという話はどうなったのでしょうか?」
「この期に及んでまだあのじじいを頼るのかい?」
呆れた声でメイナスと呼ばれた老婆は嘆く。
彼女としては若い世代の連中に頑張ってもらいたいのだが、戦争も経験してないひよっこばかりで全く頼りにならない。
いい加減誰かがリーダーシップを発揮して、いつまでも自分のような老いぼれが取り仕切るこの現状をどうにかして欲しいのだが、未だその様子は見られないのだから嘆きもするというものである。
「しかし、現状あの『悪夢』に対抗できたのはシュバード様ただお一人。奴を仕留めるのであれば……」
「残念だけど、流石にもうシュバードに頼ることはできないよ。それと、388歳の爺にいつまで頼る気だい?」
メイナスの発言に若手が言葉に詰まる。
誰も案を出さないことに溜息を吐くメイナスだが、それを宥めるように一人の代表が手を挙げる。
「巫女を用意致しましたのでまだしばらく時間はあります。急く必要はないでしょう」
「カシアル、あんたまた巫女を作ったのかい」
「ええ、娘が才覚のある者を見つけまして」
カシアルの言葉に「巫女に才覚も何もないだろう」とメイナスが鼻を鳴らす。
彼女としては発言する者が増えるのは歓迎だが、あまりに利己的な者の場合はその限りではない。
年寄りが多く、発言を控える者が多い中で自分の意見や提案が多いのは喜ばしいことだが、それで実権を握るような者が出てくるのはダメだと考える。
歴史に学ぶのであれば、エルフが王政を樹立するのは危険である。
そう考える者は少なくない。
メイナスもその一人であるが故に、力を求めるゼサトの士族の台頭は歓迎できかねる出来事である。
メイナスとカシアルの視線が激しくぶつかった。
「時間はできたわけだ。それじゃ『悪夢』の対策を練るとしようか」
コーナーとゼサトの代表が睨み合う形となったところで、空気を変えるように一人がそう発言する。
二人は椅子の背もたれに体を預けると、腕を組んだり目を瞑ったりと発言はせずに会議を見守り始めた。
だが出てくる意見はどれも現実味に欠けるか決定打にならないものばかり。
酷いものとなると妄想と区別がつかないのだから、如何にエルフが帝国との戦争以来平和ボケしていたかがよくわかるものとなった。
これは「悪夢」が姿を現した時から続いており、時間に対する認識が人間と違い過ぎるわかりやすい事例と言える。
彼らの中では「森林の悪夢」が現れて「もう10年」ではなく「まだ10年」なのだ。
「いっそ、人間が使っているバリスタのような物を作るというのはどうだ?」
「そんな野蛮な物が使い物になるか!」
「岩をぶつけるというのはどうだ?」
「まだ矢を通す手段を考える方がマシだな」
「罠を仕掛けよう」
「何回失敗したと思っている?」
いつもと同じやりとりにメイナスは溜息を吐く。
これならばまたいつも通りに問題を先送りにすることになるだろうと諦めかけていたその時、激しく会議室の扉が叩かれる。
「入っていいよ」とオーデルが外の者に許可を与える。
周囲が視線でその行為を咎めるが、緊急の用件ならば無作法も許容されるべきであるのだが、どうやら議論する者達は頭に血が上りすぎているようだ。
「失礼します!」と勢いよく開け放たれた扉から入ってきたのは息を切らした若い伝令。
さっさと用件を言えという無言の圧力が加わると、この場の年長者であるゼービスの下へと向かい一枚の手紙を手渡す。
「リコルの里より緊急の伝令です! 『森林の悪夢』の死亡を確認したとのことです!」
伝令の言葉に周囲がざわめく。
「どうやってだ! 一体どうやってあの『悪夢』を葬った!」
議会にいた数人が伝令に掴みかからんばかりの勢いで詰め寄る。
だが詳細を知らぬ伝令が何か知っているはずもなく、
「ふむ、そうか『悪夢』は他のモンスターに食われたか」
手にした手紙を読んだゼービスが淡々とその内容を口にする。
「食われた? 今、食われたとおっしゃいましたか?」
伝令に掴みかかろうとした代表の一人がゼービスに聞き返す。
「そう書いとるよ」と彼は手にした手紙をヒラヒラと振る。
席に座っていた何人かが立ち上がりその手紙を見ると、そこには確かにその旨が書かれていた。
「内容が間違っているということは?」
「嘘じゃないだろうな……」
その場にいる者が思い思いにその真偽を口にする。
「詳しい情報が欲しい。これを送った者は誰だ?」
「いや、そんなことより新たな脅威が現れたことを――」
騒然として来た会議室に突然手を叩く音が響いた。
一同が口を噤み、その視線が集中する。
視線の先にいるのはメイナス・コーナー――彼女は視線を集めると滔々と話し出す。
「まずは真偽の確認を行いましょう。これを書いたものを呼び出し、その詳細を語ってもらいます。それから『悪夢』を食ったとされるモンスターを見た者もいるならば、その者も一緒に呼び出しましょう。そのモンスターに関しては話を聞いてから考えるのが良いでしょう。我々はそのモンスターについてはまだ何も知らないのですから」
出された意見に異を唱える者はなく、メイナスの提案通りにことは運ぶことになる。
こうして旧帝国領フルレトス大森林に現れた「遺伝子強化兵」というモンスターがエインヘル共和国に知れ渡ることとなる。
それを新たな脅威と認識する者はあれど、自らの天敵であった「悪夢」以上と想定するものはなく、この場にいたほとんどの者は楽観視していた。
「魔法が通用する相手ならば問題ない」
ほぼ共通認識と言って良いほどに浸透した考え故に、後に彼らは自らが「大きな過ち」を冒したと頭を抱えることとなる。
おまけ
人間の平均寿命:どこも大体30~40。低いところで20台。帝国の全盛期で66。
エルフの平均寿命:280くらい。300を越えた辺りから老化が始まり、400くらいで大体寿命を迎える。稀に500以上生きる個体も現れる。
捕捉:魔法という概念はあっても貧乏人には縁がない人間国家はもりもり死ぬ。エルフの場合は魔法薬が浸透しているため乳児期での死亡が非常に少ない。これはエルフが魔法に対して高い適正を持つことにも起因している。




