50 とある巫女の愚痴
(´・ω・`)後半はほぼノリと勢いで書いた。
最初に出た言葉は「はあ?」だった。
何でも名誉ある巫女に選ばれたらしい。
「何故私が?」という疑問は、手渡された紙に書かれた推薦者の名前を見て氷解した。
「あのクソ女……」
使者の目の前で思わず言ってしまったが、そう言いたくもなる。
この私を巫女に推挙した「マリアーヌ」という平坦女は、勝手に恋人を奪われたと思い込む頭のおかしい奴だ。
付け加えるなら、その「恋人」と称する男性は恋仲でも何でもなく、ただの知人以下の関係である。
もっと言えば、その男性は私を見かける度にその視線が胸に行くような好色な男であり、その無遠慮な目線には鳥肌すら立った。
自分としては相手にもはっきりとわかるように侮蔑の目で見ていたはずなのだが、何を勘違いしたのか結婚前提の付き合いを求められた。
返事は当然拒否――というより悲鳴に近い拒絶だった。
にも関わらず今も私に付きまとっている。
世の中には度し難いほどの阿呆がいると痛感させられた。
結果、どうやらあの妄想癖の逞しいお嬢様は私を「他人の恋路を邪魔する悪女」に認定。
巫女に仕立て上げて遠ざける――または死亡させるという暴挙に出た。
これが「栄養が全部胸に行く」とまで揶揄される私の完璧な推理である。
好きで大きくなったわけではないのに酷い言われようだ。
「これだからエルフの女は嫌なんだ」と一人残された私はベッドの上で膝を抱える。
いや、これはエルフだろうが人間だろうが同じことだ。
ふと「隣の芝生は青く見える」という言葉を思い出す。
誰の発言かは不明だが名言であるとしみじみ思う。
「はあ、やりたくない……」
当然だ。
巫女なんてものは要するに生贄である。
それを言い方を変えただけの代物にどうして私が選ばれなければならないのか?
「全部あのクソ女のせいだ」
無駄に地位だけ高い「ゼサト」の族長の娘に生まれただけでこのやりたい放題。
一体いつまで帝国と戦った時のことを誇る気なのか?
おまけにお前らの部族が逃げ回ってたことを知らないエルフがいないとでも思っているのか?
滅んだ部族の功績を横取りした結果、今の地位についたゼサトだけあって謀略だけはお手の物。
「いつか報いを受けるがいい」と呪詛を吐き出すが、今は自分の身の安全を考える。
ほんの十年ほど前に突如として現れたエルフの天敵――私達はそいつのことを「森林の悪夢」と呼んだ。
「悪夢」に殺された……もしくは食われたエルフは百を超え、何度も討伐隊が組まれては多大な犠牲を払い森の奥へと追いやっていた。
恐らく累計で千人くらいは死んだのではないだろうか?
そして一年前、ついに剣聖「シュバード」様が動いたことで、大きく負傷するも「悪夢」に深手を負わせることに成功する。
それ以来その姿を見たものはなく、誰もが「悪夢」は死んだものと思っていた。
だが再び奴はその姿をエルフの前に現した。
シュバード様は高齢のため、前回の傷が未だ完全に癒えたとは言い切れず、限界まで酷使された肉体は最早魔法薬すら受け付けない。
里に近づかれた場合、どれだけの被害が出るか想像もつかない。
こんな時のために、生贄となる「巫女」が必要となる。
可能な限り里から離れた場所で食われること――それが巫女の本当の役目である。
過去に何度かこの人身御供が行われたようだが、一定の効果が見込まれたというのだから中止はできない。
表向きは「視覚を封印し、他の感覚を研ぎ澄ませることで『悪夢』の特性である『隠密性』に対抗する切り札となった者」というのだから、か弱い私である必要は何処にもない。
そもそも高々数ヶ月視覚を封印したところでどれほどの効果があるのか?
そう思っていたのだが、思っていた以上に効果があった。
これを考えた人を狂人扱いしてた、ほんとゴメン。
そんなことをやっていたら「十分に能力を得た」と認定されてしまった。
これには思わず「しまった!」と本音が漏れる。
立場のあるお偉方は苦笑い。
わかってるなら代われと言いたい。
討伐に向かう予定が当人の意思を介さず粛々と決まる。
「死んでしまえ」と手信号でこっそり意思表示するも誰もこちらを見ていない。
おう、今から服を捲くり上げてやるからちょっとこっち見ろ、やらないけど。
あっという間に時間は過ぎ、やりたいこともやれないまま出発という名の死刑執行の時が間近に迫る。
今からでも逃げて良い?
ダメ?
遠回しに討伐部隊の連中に色仕掛けをしてみたが無理だった。
あ、こいつら本気で「悪夢」に勝てる気でいる。
なるほど、そういういなくなっても良い馬鹿を選んだか畜生め。
最早一縷の望みをこいつらに託す他なく、奇跡が起こると信じて神に祈る。
祈った。
これで助かるはず……助かったら良いな、いや助かりたい。
というか誰か助けて。
日頃からこの胸をジロジロ見ている男衆はこういう時にこそ立ち上がるべきである。
その主張をする場さえ設けられることはなく、討伐部隊出発の時を迎える。
マジであのクソアマ殺しに来てる。
私のおっぱいに釣られて肉壁……もとい、勇士が現れてくれたかもしれなかったのに、それすら封じてくるとか殺意が高すぎる。
こうなったら「悪夢」を討伐できることに賭け、全神経を研ぎ澄ます。
「大丈夫、私ならやれる。私はやればできる子」と何度も自己暗示をかける。
そしてデッドラインという名の川を越え、自分の心臓の音が嫌というほど聞こえてくる中、はっきりと何かが動く音を捉えた。
反射的にそちらを見たが何もいない。
まさかいきなり「悪夢」に出くわしたのかと思ったが、地面から聞こえてきたならば違うらしい。
なるほど、どうやら集中するあまり獣の音を捉えてしまったようだ。
しかし野生動物の動きすら把握できる実力がこの私にあると言うならば、これはもしかしたらもしかするのかもしれない。
「よろしい。ならば私は伝説となろう」と少し自信を付けたところで再び音を捉えたというより、何かが音を立てている?
私の様子に周囲が警戒を強めるが何も起こらない。
それもそのはずだ。
音は移動しておらず、その場に留まって明らかに意図的にリズムを取ってる。
その旨を伝えたところ、部隊の一人に溜息を吐かれた。
「巫女アーシルー、真面目にやってください」
何で私怒られてるの?
その後もリズミカルに音を立てる何かは一定の距離を保って私達について来る。
少し離れたと思ったのだが、もしやこちらを観察しているのでは?
真面目に話しているのに真面目にやれとまた怒られた。
少しは人の話聞けよ。
ようやく音が止んでくれたと思ったら今度は突然激しくリズムを刻み始めた。
私は指を指して報告したのだが今度は怒鳴られた。
私何か悪いことした?
しおらしいフリをして黙り込んでいると、ようやく音の原因が遠ざかってくれた。
もしかしてあのクソ女の妨害だったのかもしれない。
「そこまでやるかあのクソアマ」と思ったが、そこまでやるからクソアマなのだ。
腹立たしいが今はそんなことに気を取られている余裕はない。
全力で「悪夢」を探知しなければ私に明日は来ないのだ。
しばらく進み続けたところで違和感を感じた。
静か過ぎるのだ。
まるで何者かから逃げ出した後のように、動物の出す僅かな音すら聞こえない。
そのことを報告しようとした瞬間――頭上から音が聞こえた。
これが「悪夢」だと直感的に叫ぶ。
だがその直後、討伐隊の一人が宙を舞い、その上半身が消えた。
ゴリゴリジュクジュクと食われる音が耳に届く。
悲鳴は上がらなかった。
周囲の者が一斉に攻撃を仕掛けるが、ダメージは疎か怯みさえもしていないのが見えていなくてもわかった。
魔法が無駄だと知りつつも使用するのだから冷静でいられる者は極わずかなのだろう。
ただ呆然と部隊のエルフが死んで行くのを暗闇の中で見送った。
また一人犠牲者が出た。
そこでようやく私は我に返る。
「何でも良い! 誰でもいいから助けて! 助けてくれたら何でもする!」
その小さな叫びは戦闘音と怒号でかき消える。
交戦状態になった以上、私にできることなんて何もなく、ただただそんな感じに祈りまくった。
それで足りないなら嫁にでも何でもなる。
容姿はエルフとしてはそこそこだけど胸には自信がある。
っていうか私より胸の大きいエルフなんてそう簡単には見つからない、早く助けてくれないとなくなっちゃうよ!
私脱がなくても凄いけど、脱いだらもっと凄いんです!
こう見えて結構家庭的な一面がありまして!
実は料理が得意なんです、と見栄を張ったりしてすみませんでした!
次々と周囲のエルフ達が殺され、食われる様をこの敏感なお耳がしっかりはっきりと捉えてくる。
咀嚼音とかもう最悪である。
本当は一日中食っちゃ寝してたいです!
狩りも仕事も家事もせず一日中だらけていたいです!
ただ平穏に暮らして行ければ十分です!
よぉし、わかった!
助けてくれたら運命の相手!
神に誓う、だから助けて!
祈り虚しく「悪夢」の触手が私の足首に巻き付き地面が遠ざかる。
「いやぁぁっ!」
私が悲鳴を上げた直後――何かが「悪夢」にぶつかった。
大きく揺れる触手に宙吊り状態というのは物凄く怖い。
何が起こったかわからないが、きっと部隊の人が何かしたに違いない。
でもこんな秘策があるなら始めから教えておいて欲しかった。
それは兎も角――よかった、まだ漏らしてない!
あのクソアマの言う通り水分取らずにいた甲斐があったね!
何が「漏らしても良いように用を足して水を飲まないようにしなさいよ」だ!
おかげで助かったわ覚えてろよ!
取り敢えず部隊の人は早く私を助けて!
私巫女だからね?
私いないと追撃とかできなくなるよ?
待って、何かすっごい振り回されてる感じがする――って解放された……あれ、誰か受け止めてくれるんだよね?
どさくさに紛れて触るくらいは許してあげるからちゃんと受け止めてよ?
いや、マジで受け止めて!
そう願って両手を広げると硬い何かに当たる。
同時に丸太のように太いそれにしがみついた。
「やった! 助かった!」と内心喜んだが、まだ「悪夢」は健在。
そう、安全にはまだほど遠いのだ。
だが今は私がしがみついている誰かが頑張ってくれている。
よし、あなたが運命の人。
前払いとしてしっかり胸を押し付けるのだが……ちょっとこの人大きすぎない?
いや、冷静に考えてこんなに硬い体が――ああ、これ鎧だね。
こんなに硬い体があるはずないし、それだと前払いの意味がない。
(しまった、これではやる気アップの狙いが……まて、冷静に考えればそれでも大きすぎる、一体何が起こってるの?)
必死にしがみついていたら何かが私を持ち上げる。
最初は抵抗しようとしてしまったが、意外と優しく掴んでくれるので任せたところ地に足が付く。
ありがとう、本当にありがとう。
これで「悪夢」を倒してくれるなら、思いっきりおっぱい押し付けながら「愛している」と耳元で囁いてあげる。
取り敢えず部隊の人がいる方向へと走って逃げる。
どうやら私を助けてくれた大きな人は「悪夢」を押さえつけているようだ。
あんな大きなモンスターを押さえつけることができるとかどんな怪力だ。
(なるほど、大きいと思ったら大型の魔導鎧か! それなら納得。そしてそれを持つ財力――よし決めた。今日からあなたは私の旦那様!)
それにしても呼吸音が荒々しくてよ?
だけどそんな欠点にもならないことでこんな優良物件……もとい力強くて素敵な方を見限るなどありえません。
妄想を膨らませながら十分に距離を取ったところで、未来の旦那様のお姿を拝見しようと思ったが目隠しが邪魔。
「もういい! 巫女なんてやってられるか!」と目隠しを外すと――眼の前には「悪夢」とは別のモンスターがいた。
そいつは私なんか目もくれず、あの「悪夢」を食べるのに夢中になっている。
私はそのまま後ろにぶっ倒れた。
さっきまでのは「なし」でお願いします。
(´・ω・`)俗っぽい巫女は結構好きです。




