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今回は顔見せ程度
次回登場にご期待ください
予想外な発見にしばし川を見る。
水場は見つかった。
それは良い。
だが先客……というより先住民がいた。
「ギャイギャイ」と煩いやたらと群れて害を成す子供サイズの緑のアレ……そうゴブリンだ。
(なるほど、臭いの元はこいつらか)
知識として「臭い」ということは知っていたがこれ程とは思わなかった。
五感が強化されているが故のものなのかもしれないが、正しく「鼻が曲がる」という臭いである。
初めて生ゴブリンを見て思うのはその不潔さ故の創作物との乖離である。
エロ動画でゴブリンに扮した男たちに女性が襲われるというのは割とよくあるシチュエーションだが、それは最早現実的なお話ではないからこそのネタであり、こんな汚らしいのであればそんな対象にはなり得ない。
「そういうのが好き」という人もいるだろうが、ものには限度があるのだ。
加えて武器や防具がどの国でも発達したことでその脅威度は徐々に下がり、帝国に至っては精々田舎の農作物を荒らすが限界だったのが俺の知る実情であり、基本的に都市部に住む人間には関わることがなかったが故の無関心さがそれらに拍車をかけたのだろう。
またモンスターに出くわすような危険な場所をフラフラと女が歩くわけもなく、危険度で言えば真夜中に一人で出歩く方がよっぽど危ないくらいである。
とは言え、上位種や他種族――例えばオーガや知能の高い魔獣などに使役されていた場合は少々話が違ってくる。
どこかの国で輸送中の馬車がオーガに率いられたゴブリンの集団に襲われ、乗っていた女性が酷い目に遭うというのは俺が生きていた時代でもあったことだ。
帝国では銃があるのでそのようなことが起きたことはなかったが、他国で子供が攫われて筆舌に尽くし難い扱いを受けたというのはニュースになったことがある。
そんな具合に連中は無視するには少々小賢しいのだ。
「よし、滅ぼすか」
そんな軽いノリで荷物をそっと降ろして「こんにちわ、死ね」を敢行。
ものの数分で15匹いたゴブリンは肉塊と化した。
特筆すべき点などどこにもなく、精々バラバラに逃げられたことで時間が少し予定よりかかってしまったくらいである。
そもそもサイズが前屈みになってる俺の半分くらいしかない。
数字にすると120cmくらいなので、体格差の暴力だけで片がつく。
拳を振るうだけで「パン」と音を立てて呆気なく弾けるので、手加減して殴り殺す必要ができたほどである。
グロ耐性はある方なのでゴブリンが弾けた程度では何とも思わない。
訓練中にイタズラで見せられた戦場の写真の方がまだ胃にきた。
ちなみに折角なので尻尾も使ってみたが、加減がわからずゴブリン君が木の高さまで吹っ飛んだ。
頭から落ちたのでそのまま首の骨を折って即死である。
尻尾があることにはまだまだ慣れないが、これはこれで使えるようになったときのことを考えるとちょっとワクワクする。
そんなわけで無事何事もなく水場を制圧し、早速川の中に入ってみるが、深い場所でも膝下ほどの水深とあまり深くはない。
また透き通っているおかげで底にいる魚までしっかりと目視できる。
帝国にこんな綺麗な川があるのは驚きだが、臭いにも異常はないので「実はがっつり汚染されてます」なんてこともなさそうではある。
喉の乾きは特に感じているわけではないが、血塗れの拳を洗い少しだけ水を飲む。
(臭い、味におかしな点はなく、見た目も透き通っていて綺麗な水だ。自分の体で試すのは気が引けるが、ここにゴブリンが住んでいたのなら大丈夫と信じたい)
後は腹を下さないことを祈るばかりだが、この体がそうなった場合、一体どうなるのか少しばかり気になる。
これで飲むことができるのであれば水の心配はなくなり後は食糧問題となる。
川の中から死屍累々となった川辺を見渡し後始末に頭を悩ませる。
ふと「ゴブリンの肉って食えるのか?」と思ったが、ゴブリンは兎に角臭く、その死肉ともなれば口にするまでもない。
嗅覚が向上した今となっては尚更だ。
例え非常時であっても食べる気にもならず、これの始末をどうしたものかと頭を悩ませるくらいには使い道が思いつかない。
まあ、魚の餌にするのが精々といったところだろうと死体を一つ川の中に放り込みしばらく観察したところ、ちゃんと魚が食らいついていたのでどうやら死体の処理には困りそうにないが、水質汚染に繋がりそうなのでこれ以上は止めておく。
(釣り餌に使えるかもしれない)
そんな感想を抱いたが、残念なことに針も糸もない上に竿すらない。
どうやらゴブリンは撒き餌が限界のようだ。
しかし死体の処理を全て川に任せるわけにはいかないので、半分以上は適当に遠くへ投げ捨てておく。
きっと野生動物や昆虫が処理してくれるだろう。
というわけでゴブリンを適当に小さく引き千切り、肉を川へと投げて集まってきた魚に狙いを定める。
貫手を意識し、狙いをつけた魚に向かい突く――が成果なし。
その後も色々と試行錯誤してみたところ、手を広げて掬うようにして魚を川辺に放り投げるのが正解であると判明。
野生動物染みてきた己の姿に少し悲しくなってしまったが、人間とて自然の一部である。
よって何ら恥じる部分などないといっそ開き直る方向で進める。
そうでもしないとやってられない。
環境どころか体そのものが変化しているのである。
発狂しない自分を褒めたいくらいだ。
一先ずゴブリンの匂いが移らない程度の距離に荷物を移動させ、ここを本日のキャンプ地とする。
せめて屋根のある場所を拠点としたいのだが、現状では望んだところで洞窟が関の山。
ゴブリンが使っていたであろう木と葉っぱを組み合わせた住居らしきものなど臭いが酷くて近寄りたくもないし、そもそもこの体では入ることなどできやしない。
「どこかに安全そうなねぐらとなりうる施設でもあればよいのだが」と考えもしたが、200年も経過してまともな形で残っているものが周囲にあるはずもなく「自作することも視野に入れるべきだろうか?」とも考えてしまう。
となると建材は現地調達可能としても、道具を一体どこで手に入れろという話だ。
(何も持たないゼロからのサバイバル生活ゲームには手を出していなかったんだよなぁ)
人間時代、帝国のゲームセンターにあったいつも人集りができていた人気ゲームを思い出す。
いつ見ても誰かがやっているため、予約を入れようとしても10時間待ちとか当たり前。
放課後くらいしかまともにゲームをできない学生だった俺ができるはずもなく、情報すら仕入れることがなかった。
所詮ゲームとは言え、サバイバルの基礎を学べたかもしれなかったのだからやっておけばよかったと少しばかり後悔する。
(まあ、過ぎたことは仕方がない。明日からは川を中心に探索を進めるとして……これが東西どっちの川かでも今後の方針が変わるんだよなぁ)
川を登ればいずれカナン王国には辿り着くだろうが、人間との接触についてはまだ良い案がない。
見つかった場合どのように対処するかは今のうちに考えておいた方が良いのはわかっている。
わかっているが、200年前とどの程度違いがあるかで大きく変わる部分がある。
例えば装備――この体すら容易に切り裂くような武器が開発されている可能性もある。
特に魔法技術に関してはド素人どころか全く何も知らないと言っても過言ではない無知っぷりである。
それならば魔法国家である東西を避けて、北にある科学と魔法を両立しているカナン王国を目指した方がまだマシなのだ。
両立を目指した結果、どちらも中途半端であったカナン王国は現在の技術力を測るにはある意味で最適である。
理由としては帝国が滅亡したと思われる今、その技術を継承している可能性があるのは周辺国ではカナン王国のみである。
どの程度の武器を持っているかで今後の方針は当然変わる。
その最大値を知ることさえできれば、現代でどの程度俺が戦えるかわかるというもの。
つまり対人における俺の生存力を測るためにはカナン王国の技術力は知っておきたいのである。
魔法に関してはお手上げだ。
いきなり眠らされるなりして見世物小屋とかオークションにかけられるとかありそうで怖い。
なので魔法に重きを置く東や西の住人とはまだ接触したくはない。
(いっそ、人間とは関わらないように……ってのも考えはしないんだけどなぁ)
やはり元人間としてその選択は取りたくない。
しかしそうなるとやはり問題は山積みである。
(やっぱりまともに喋ることができないっていうのが大きい)
そう苦笑したところで気がついた。
俺が話すことができるのは「フルレトス帝国語」のみである。
恐らく既に滅んでいるであろう帝国の言語である。
仮に話すことができてもこの姿では厳しいのではないだろうか?
考えれば考えるほどにドツボに嵌るとはこのことか?
「問題が山積み」どころか問題しかない気がしてきた。
(なんかもう考えるだけ無駄な気がしてきたなー)
いっそ開き直ってモンスターとして生きるか?
その場合どのような生活になる?
想像した瞬間「その生き方は無理だ」と諦めた。
元帝国人として文明から切り離された一生など考えられない。
現在の状況はまだ二日目だからこそ耐えることができているだけであって、これがずっと続くとなれば発狂する自信がある。
1ヶ月……それくらいならばまだこの体を楽しめるだろうが、それ以上となればきっと壊れる。
どこかで折り合いを付けなくてはならないのは言うまでもなく、タイムリミットまでに俺は「何か」を見つける必要がある。
(この姿で生きていくためのものか……)
何も思い浮かばない。
思い浮かばないが、この肉体のスペックの高さには素直に感心している。
(ああ、そう言えばまだまだこの体を使いこなしていないんだったな)
時間があるので考えるのを止め、体を動かす練習をする。
何を決めるにせよ、せめてこの体を使いこなせなくてはどんな選択をしても後悔しそうだ。
もうじき日が暮れる。
俺は時間の限り体を動かし、その感覚に己を馴染ませるよう訓練した。
ちなみに薄暗くなってきた頃にゴブリンの集団がやってきたので、キッチリ全滅させておいた。
多分狩りに行ってた先住民のお仲間だろう。
ゴブリンが手にしていたウサギもしっかりと強奪し食料も確保。
「残念だったな、お前らの居場所はエロ本とエロ動画の中にしかない」
そんな台詞を決めたところで出てくる声は「がおがおがお」――人間との遭遇時の不安が消えるのはいつになるのか?
「この体に早く慣れなくては」と焦りが生じるが、まだ目覚めて2日目である。
俺は落ち着きを取り戻すと暗くなった空を見上げる。
本日はここまでだ。
俺はリュックから取り出したマッチで火を点けると、ゴブリンの住居の中にそっと入れる。
やはりというかしっかりと乾燥していただけあってすぐに燃え始めた。
適当に拾ってきた棒を兎肉に刺し、焼けた部分からもそもそと食べる。
肉の味しかしないのは仕方ないにしても、正直言って美味くはない。
魚も同じように焼いてみたが、こちらは兎肉よりかはマシなのは間違いないのだが、無性に塩が欲しくなる。
特に空腹を感じていたわけではないが、食べられる範囲で味気ない食事を済ませる頃にはゴブリンのボロい住処は燃え尽きていた。
燃料となる家はまだまだあるのでしばらくはここを中心に動くのも良いかもしれない。
俺は荷物を持ってくると適当な木の下に座り込み、その幹に背中を預け目を閉じた。
眠気はないが体を休めることは必要である。
帝国のゲーム事情
家庭用のゲーム機は存在しておらず、基本はゲームセンターの筐体。ゲームセンターの数は多く、その全ては地下ケーブル等で繋がっており、協力プレイや対戦プレイは勿論ネットゲームのようなものまであった。




