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理由はわからない。
だが目の前のタコ型モンスターを食すことを止められない。
子供の頃に見たテレビのCMで「やめられない、止まらない」というキャッチフレーズを聞いたことがあるが、まさにこの状況である。
美味い――こんなものが何故ここまで美味いのかさっぱりわからないが、兎に角食べることが止められない。
気づけば吐き出していた部分さえも飲み込んでいた。
タコ型モンスターは何度も抵抗を試みるが、俺の腕力に敵うはずもなく、力技で地面に押さえつけられ捕食されていた。
周りのエルフなど気にも留めず、ただ一心不乱に貪った。
俺に食われ続けていたタコ型モンスターが最後の抵抗とばかりに噛み付いてくる。
それを拳で黙らせ、抵抗する足をさらに一本噛み千切る。
残す足はこれで3本――その内一本は最早動かすことができないほど根本に近い部分が食われており、食い千切られた部分に手をかけ引き裂かれたことで残り2本となった。
俺の拳がタコの本体を殴打する。
だが効果は薄く、意味のない攻撃をしばし繰り返した後、思い出したかのように手段を変えた。
思考がままならない。
(そうだ。今は目の前に集中しなくては――)
食うか食われるかの戦いだ。
余計なことなど考える必要はない。
ただ、相手を食い殺してしまえばよい。
それからどれだけ時間が経過したのだろうか?
俺が我に返った時、周囲にエルフの姿はなく、食い散らかされたタコ型モンスターが目の前にあった。
残骸なようなそれを見て、自分の姿に驚いた。
(……すっごいヌメヌメしてる)
まあ、こんなバカでかいタコに直接噛み付いてればこうもなるだろう。
取り敢えず俺はフラフラとした足取りで川へと向かう。
体を洗い粘膜を落とすと、先程のタコの場所に戻る。
その無残な姿を見て思う。
(よくもまあこれだけ食えたもんだ)
何せこのタコは大きい。
それをここまで食い散らかしたのだから、俺の胃袋は一体どうなっているのかと聞きたいくらいだ。
そこまで俺を狂わせるほどに美味かったのか?
いや、恐らくはあのタコの肉にある成分か何かが引き起こしたものではあるまいか?
そう考えた時、俺はすぐさま走り出す。
目的地は仮拠点――必要なものは解毒の魔法薬。
体に異常はないし体調にも変化はない。
だが、自分でもあの時の行動を異様と断ずることくらいはできる。
(モンスターを食う? しかも生で? あり得るか!)
「絶対に何かある」と俺の脳内で警報が鳴る。
全力で駆け出して崖の拠点が見えた時、突如俺は強烈な眠気に襲われた。
(眠気!? この体にか!?)
足元が覚束ないというのも何時ぶりか?
何度も木にぶつかりながらも崖下へと辿り着き、その場で垂直に飛んで崖の突起を掴んで上へと登る。
失われそうな意識の中、拠点に頭を突っ込んで荷物を引き寄せ手を突っ込む。
魔法薬の入った容器が転がり出るも、最早猶予がないと見た俺は雑に中から目的の物を取り出す。
二種類のうちのどちらかなど確認する暇もなく、手にしたものを飲もうとする。
力が入りすぎて瓶の蓋を開けると同時に周辺が壊れてしまうが、それを気にせず魔法薬を流し込む。
その直後、俺は拠点の中で意識を失った。
暗い部屋――俺の前に一人の白髪の多い白衣の男が立っている。
直感的に「ああ、これは夢か」と納得し、人間の姿の俺は隣にあった椅子に極々自然に座る。
俺は目の前にいる男を知っている。
あの日、俺が人間だった時に最後に話しかけてきた研究者の顔くらいは覚えている。
腰の後ろに両手を回す、眼鏡をかけた初老の男が俺の存在を気にかけることもなく口を開く。
「さて、この夢を見ている者がいるということは――無事、私の実験は成功したと判断する。そして生き残った君にはその幸運に賛辞を贈ろう。おめでとう」
やはり夢らしい。
しかし夢の中で出てきた人物に夢と断定される奇妙さよ。
「聞きたいことがあるかもしれないが、これは所詮植え付けられた映像の記憶だ。既に死んでいると思われる私が、君に答えてやれることは何もない。もっとも、生きて目の前にいたところで答えるかどうかはわからんがね」
流石夢、見事に先手を打ってくる。
仕方なしに黙ってこのマッドサイエンティストの話を聞いてやる。
どうせ出てくるなら6号さんか8号さんがよかった。
「時間もないし本題に入ろう。君がこの映像を見ているということは、君が『究極生物計画』か『遺伝子強化兵計画』もしくは、その前身である『キメラ計画』のうちの何れかの細胞を取得したということだ。個人的には究極生物計画のものであって欲しいがね。ともあれ、それが一体何を意味するか? その答えは君自身の目で確かめるといい。もっとも――それが目に見える形であるとは限らんがな」
マッドの話から察するに、あのタコ型モンスターが三つの計画のどれかの産物であることは確定。
遺伝子強化兵の場合、俺は元人間を食ったということになる。
同時にあの異様なまでの食欲の正体が、このマッドが仕込んだものであると断定する。
「ここまでの内容を理解できていれば良いが……そうでない場合、私は何もできない。神に祈る他ないというのももどかしいものだ。ともあれ、君は新たな力を得て、個としてより強固になったということだけは約束しよう。まあ、こんなところか」
拳を握りしめ、黙ってマッドの話を聞く。
ここは夢の中なので何をしても無駄だとわかっていても、俺が人間ではなくなった元凶と思われるこいつを殴り飛ばしたい衝動に駆られるのは当然なので、話し終わったら殴るくらいはしてやろうと、その時を待つ。
「ああ、そうそう……最後に私の目的だが、それは次の映像でお教えしよう。それとこの映像の記憶は次回の時までお預けだ。現在の技術では一度に取れる時間が少なすぎてね、できればまとめて知って欲しいことなんだよ」
「それでは君がまた私に会えることを心から願っているよ」という言葉を最後に、あのマッドはスイッチをオフにするかのようにブツリと消えた。
椅子から立ち上がることができず、殴ることもできなかった俺は舌打ちをする。
タイミングを逃してしまったが、次があれば殴ることもできるだろう。
ただ、その次を俺は望まない。
もう一度あいつに出会うということは誰かを食べる可能性があるからだ。
しかしそう思ったところで、この場の記憶がないらしいのだから中々に厄介――というより対処法がない。
「次まで記憶にないとかちょっと帝国の科学力おかしくないか?」
当然の疑問を口すると、暗い部屋がなくなり俺の意識は遠ざかる。
理不尽すぎる展開に俺は天を仰ぐ。
そこはただただ暗い闇が広がっていた。
目を覚ました俺は自分の両手を見る。
そして全身を確認するようにペタペタと触り、おかしな点がないか確かめた後、体を動かして違和感がないかとチェックを始めた。
(問題は……なし。何事もなかったということは、魔法薬が効いたか元々大した毒性ではなかったということだな)
俺は安堵で思い切り息を吐く。
運よく補充できた緑色の魔法薬が早速一本なくなった。
取り敢えず青が回復で緑が解毒と見て問題はないだろう。
「ガッ、ハー……」
俺は大きく息を吐くとその場に座り込む。
少々狭いが体力を随分と消耗したのか、動く気力があまりない。
毒物とは言えあれだけの量を食べたので今日はもう食べる必要はないだろうが、果たして俺はどれくらい眠っていたのだろうか?
傾いた日が夕日となるのも間もなくだろう。
(だとすると数時間か? いや、丸一日以上眠っていた可能性も十分ある。とすると食事はした方が良いだろうか?)
取り敢えず水分は補給しておいた方が良いだろうと川へと向かう。
当然のことながら誰もいない。
いつもなら誰も来ない夜を待ってから川に行くのだが、少々今の俺は平静ではないようだ。
適度に水を飲み、川で泳ぐ魚を見るが食欲はなし。
それでも念の為に一匹だけは獲っておく。
拠点に戻った俺はクーラーボックスの容器の中に処理をした魚を放り込むと横になった。
(今日は何もやる気が起きない。このまま寝てしまおう)
明日になれば多分何か変わるだろう。
少なくとも、この倦怠感はきっと消えているはずだ。
何か重要なことを忘れているような気がした時、俺は思わず体を起こした。
(ああ、そうだよ! 脅威となったタコが消えても、それを食った俺がいるんだから川にエルフは戻ってこない! いや、それどころか俺がここからいなくなったと確信するまで川には来ない!)
正しく「やってしまった」である。
俺は今モンスターなのである。
ならばあの戦いはエルフの救助ではなく「モンスター同士の戦い」で片付けられる。
仕出かしたことに「がーがー」と喚きながら拠点内を転がる。
最悪、俺のエルフ監視任務はなくなるのかもしれない。
俺は一体何を希望に生きていけば良いのだろうか?
(´・ω・`)次回は別視点の予定




