40 とある戦場の結末
(´・ω・`)なんで「とある」と打ってるはずなのに「となる」になっているのだろうか?
今回は三人称視点。
たった一匹のモンスターを倒すために集まった者達は幽鬼のように街道を歩いていた。
誰一人話す者はいない。
傭兵の一人が毒エサの運搬に使った囮の馬車を引っ張ってきたことで、重傷者を運ぶことができるのは不幸中の幸いだったのだが、この惨状では「幸い」というにはあまりにも小さなものだった。
重い足取りを引きずるように歩く者ばかりの行軍は遅々として進まず、レコールの町へと戻ることができたのは二日後の朝だった。
そしてその翌日、傭兵ギルドのギルドマスターであるアーンゲイルが沈痛な面持ちで手にした手紙を読んでいる。
その中身は言いがかりというよりも最早ただの責任転嫁だった。
領軍を指揮した騎士は、今回の出兵の失敗の責任を傭兵ギルドに押し付けた。
曰く「傭兵ギルドは新種のモンスターの情報を出し惜しんだことで、我が方の被害は甚大なものとなった。咄嗟の判断で死者を少しでも減らすべく奮戦したが、兵は半数以上が負傷していたために反撃にでることは叶わず敗走に至る」である。
実際、死者の数はたったの18人と、557名中456人が負傷していることを鑑みれば異常に少ないとすら言えた。
そこを騎士達は「自らの奮闘に拠るものである」と主張。
領主がこれを認めたことで、今回の討伐任務失敗の責任が傭兵ギルドへと押し付けられたのだ。
特に新種との交戦経験のある「暁の戦場」に対してはペナルティーを課すことを厳命された。
そしてその内容もまた、この手紙に書かれていた。
「ふざけるな! 情報なら全て渡しただろうが!」
アーンゲイルは感情に任せて椅子を蹴り飛ばす。
だが、領主の命令とあっては傭兵ギルドとしては拒否することなどできない。
帝国との大戦以降、長く戦争らしい戦争がなかったことで傭兵ギルドの立場は悪化した。
兵を集められるという危険性を王国は排除しようとすらした。
結果、国の管理を受け入れることでその存続を図ったのが現在の傭兵ギルドだ。
その末路がこれである。
いつしか傭兵は責任を取りたくない責任者の体の良い生贄となっていた。
しかもその隠蔽にも関わらされているのだからギルドとしてはたまったものではない。
「また、これを伝えなくてはならないのか……」
机に置かれた手紙をアーンゲイルは忌々しく見る。
半壊した傭兵団に災害クラスのモンスターの討伐など到底達成できるはずもない。
これは事実上の死刑宣告――体良く責任をなすりつけ、その処分を行い結果はよくある「高額な報酬に釣られた傭兵の判断ミスによる全滅」である。
全てが書類の上で進み、やがていつかは忘れ去られる。
また一つの傭兵団が消えていくことに何もできないアーンゲイルは、ただ歯噛みするしかなかった。
レコールの町を一人歩く魔術師のディエラは露店を見て回る。
先の戦闘で新調して間もない杖を失い、虎の子の魔晶石も使ってしまった。
にも関わらず実入りがなかったのだから代わりの魔法発動体を探すにも、まずは安さを見る他ないほどに財布の中身が心許なかった。
食うに困るほどではないが、魔法関連の品物は値が張るのが当たり前。
下手をすればセイゼリアに戻るための資金すらままならなくなってしまう。
だからこそ店は勿論、露天商までしっかりと吟味する必要があったのだが――
(考えれば考えるほど意味がわからない。あいつは一体何なんだ?)
気が付けばあの新種のモンスターのことばかり考えていた。
モンスターは人間の敵であり、殺さなければ誰かが殺される。
それはセイゼリアで生まれた者にとっては常識であり、誰もが持つ共通認識である。
何故ならば、セイゼリア王国という国家は有史以来ずっとモンスターに悩まされてきた歴史がある。
たとえハンター――冒険者でなくともモンスターとは否が応でも関わることになるのがセイゼリアである。
彼女の常識、知識や経験から見ても、あの新種のモンスターは全てにおいて異常だった。
あの新種を放置した場合、どの程度の被害が予測されるかを考える。
だが、ここはセイゼリアではなくカナン王国である。
考えるだけ無駄であるとディエラは頭を振って思考を切り替える。
(そう言えば、オーランドは一対一で戦ったから覚えられたのも不思議じゃないとして……私は何処で覚えられたのかしら?)
モンスターが「顔や声で個体識別ができるだろうか?」という疑問が頭を過る。
少なくとも書物の知識の中にはそのようなケースがあったとは一部の例外を除いて記憶にない。
その例外というのは長きに渡り同じ場所で大量のモンスターと戦い続けたことによって、記憶に残るべくして残ったというケースである。
だとしたら自分が何故あのモンスターに覚えられていたのかがディエラは気になった。
「まさか、それほどまでに知能が高い?」
思わず口に出た言葉を頭を振って否定する。
これは最悪の場合の話であって、あまり現実的とは言い難い。
そんな存在がいてしまえば、モンスターという定義が揺らぎかねない。
ならばとディエラは考え方を変える。
(覚えやすい何か……特徴的な部分があれば記憶にも残りやすい。私の特徴的な部分……)
そう考えたところでディエラは視線を下に下げる。
だがこれは人間目線での話だろうと視線を胸から外して否定したが、ふと最初の出会いを思い出す。
あの時はほとんど裸であった。
そして今回も手の中でもがいたことで上半身はほぼ裸だった。
(……まさかあいつ私を胸で識別してないだろうね?)
思い出せば新種のモンスターに掴まれた時、動作を止めたのはどのタイミングか?
何もしなかったのはどうしてだろうか?
そう考えた時、ほとんど冗談程度の考えが現実味を帯びてきた。
「人を胸で覚えるとか失礼な奴だね」とディエラが苦笑した時、見覚えのある人物がこちらに小走りでやって来る。
「団長が探しています。拠点の方に戻ってもらえますか?」
すぐには彼が誰だか思い出せなかったが、話を聞いて伝令として何度か目にしている人物だとディエラは思い出す。
丁度ディエラからも話すことがあったので、伝令の言葉に頷くとそのまま「暁の戦場」の拠点へと案内してもらう。
露店を見て回るつもりが、考え事がすぎて自分の現在位置がわからなくなっていたディエラは、伝令役の青年に連れられ「暁」の拠点へと向かう。
到着するまで青年はディエラの気を引こうと色々と話しかけてはいたが、結局最後まで相手にされることはなかった。
ディエラが拠点に着くと、以前使った部屋に通されると、そこにはオーランドが椅子に座って待っていた。
その隣にはエドワードがおり、幾つかの書類を持ってオーランドと話をしていたらしく、ディエラが部屋に入ると彼は一歩引いて二人の会話の邪魔にならないよう気を配る。
「お互い用件があるようだし……どっちから話す?」
ディエラは挨拶など不要とばかりに本題に入るよう提案すると、それに応じるようにオーランドが「お先にどうぞ」と手振りで促した。
それに首肯して応じたディエラが単刀直入に切り出した。
「それじゃ、遠慮なく――私はセイゼリアに戻ることにした。契約はここまでだよ」
契約の終了を切り出したが、それが想定内だと言うように二人は冷静にディエラの話を聞いている。
「セイゼリアではね、モンスターってのは見つけ次第殺さなきゃならないもんなんだ。建国以来広い国土を持つが故に、モンスターの被害に悩まされ続けているからね。私が生まれた村も、気づけばモンスターに呑まれていた。そんな理由でハンターになる奴なんて掃いて捨てるほどいる」
オーランドとエドワードは黙ってディエラの話を聞く。
理由は何であれ、今の二人には彼女の話を最後まで聞く必要があった。
「あの新種を放ってはおけない、ということも理解はできるし納得もする。だけど、アレは私の手には余る。当然あんたらにもね。だから手を引かせてもらうよ。目的の物は手に入れたからね、あんたらと仕事をする理由もなくなった。アレは間違いなく天災クラスの化物だ。となればそれは最早カナン王国の問題。セイゼリアの人間の私が、首を突っ込むのは遠慮するよ」
ディエラの契約破棄の理由を聞き、今度はオーランドは自分達の用件を伝える。
「別の依頼がある。緊急のものだ。そっちに付き合って欲しい」
「お断り。私はもうセイゼリアに帰るよ」
即答だった。
彼女としても魔剣を取り返した以上、長居するつもりはなく、待たせている者もいるので早く帰りたいという気持ちが強い。
だが、その返答にオーランドが待ったをかける。
「そういうわけには行かないんだ。こっちは現在一人でも多く人が欲しい」
「そうは言ってもねぇ」と難色を示すディエラ。
それもそのはず「新種の討伐」を目的として雇われたが、その新種を討伐できる見込みがゼロなのだ。
契約を続ける理由がなくなった以上、彼女は「暁」に関わる気がなくなっており、十分な勝算のない仕事など普段でも受けない。
ハンターとしてモンスターを放置するのは忍びないが、こちらにも事情があるとディエラは首を縦には振らなかった。
するとそれまで静観していたエドワードが一歩前に出るとディエラを見ながら話を始める。
「これに関してはあなたも無関係ではありません。我々は現在『罰則』という形で討伐任務を強制されております。その中には、あなたも含まれておりますよ?」
「は? どういうことだい?」
エドワードの言葉にディエラが意味がわからず声を上げる。
「言葉通りの意味です。あなたは今回暁の戦場として参戦していたので、この依頼から逃れることがあれば、あなたは立派な逃亡者。セイゼリアに戻ることを希望しているようですが……カナンから出られるとお思いで?」
言っている意味が理解が追いつかずディエラは眉を顰めた。
そこにオーランドが説明を追加する。
「領軍を率いていた騎士が今回の失敗を俺達に擦りつけた。結果、俺達は勝算の薄い討伐依頼を領主命令で強制されたというわけさ。つまり、逃げれば重罪。たとえ国境を越えてもお尋ね者だ」
「そんな無茶な」とディエラは言おうとしたが、国が変われば法も変わる。
二人の諦めた物言いに、傭兵ギルドには傭兵を守るだけの力がないことを理解させられたディエラは言葉を失う。
「それに、騎士の皆さんは随分とあなたの体にご執心でしたよ?」
暗に「逃すつもりはないだろう」ということもエドワードは仄めかす。
同時に逃げた場合、彼らがどう動くかもディエラは理解すると、協力するしかないことも把握した。
諦める他なかった彼女が渋々仕事の内容を聞く。
「……目標は?」
「ジャイアントヴァイパー――別名『魔術師殺し』の大蛇です」
エドワードが笑顔でそう言った直後、ディエラの拳が彼の顔をめがけて飛んでいた。




