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正面から真っ直ぐ向かってくる軍と呼ぶにはお粗末な集団を待つ。
先頭の重装騎兵は後方など確認せずにドンドン距離を離していく。
さて、この500くらいの団体さんをどうするかで、今後の方針を変える必要も出てくる。
現状取れる選択肢は三つあり、簡単に言うと――
1:手加減して適当にボコる。
2:手加減無しで虐殺する。
3:逃げる。
――以上がある。
当然のことながら三番は論外。
選択肢として存在はするが、逃げたところで俺の扱いは「レアモンスター」だ。
その利用価値や素材としての旨味、希少性を鑑みて追われ続けるのは明白。
一度撤退してこちらの脅威度を下げるというのは短期的な効果しか見込みはなく、長期的に見た場合「知能の高さ」故の脅威が浮き彫りになるため逆効果となる可能性が高い。
つまり「逃げる」という選択肢は、今後人間と関わらない場合を除き意味がない。
では一番を選択した場合どうなるか?
実に簡単なことだ。
軍が出てしまった以上、舐めプで壊滅させられた軍は威信を賭けて意地でも俺を狩ろうとするだろう。
二番の場合、経緯が違うだけで結果はほとんど同じだ。
少数の軍を簡単に滅ぼすモンスターなど国家の脅威以外の何ものでもない。
そんなものを野放しにできるはずもなく、カナン王国は国家の威信を賭けて俺を狩りに来るだろう。
最悪他国を巻き込むことを考えれば二番の影響は一番よりも大きい。
国家の威信、軍の威信とぶっちゃけただただ面倒くさい。
(軍が出てくるのはもっと後だと思っていたんだよなぁ……何が切っ掛けで出てきた?)
原因を探るのは後でもできる(後でならできるとは言っていない)。
後ろが付いてきていないことを気づいた騎士が慌てている様子を眺めながら、欠伸をしながら待ってやる。
まだしばらくは傭兵を相手に遊べると思っていたが、もう軍が出てくるとか予想外にもほどがある。
正規兵の数は不明だが、これを蹴散らせばカナンでの活動に支障を来すのは間違いない。
具体的に言えば、馬車の行き来が減る。
これを抑えてしまうと相手も本気になるので、本格的にカナンを潰すつもりはないのでそこまでやる気はない。
つまりカナンでの活動を自粛することになる。
ちなみに軍や騎士は全く問題視していない。
(しかし、随分と好戦的になったもんだな)
ようやく揃い始めた兵士が陣形を組み始めたのを座って眺めながら思う。
傭兵達は団ごとに動いているのか、こちらを包囲しようと集団と固まって左右に展開しようとしたりバラバラに動いている。
「まとまりのない奴らだな」と呆れながらも、そういうものが傭兵だと思い直し、相手の動きが落ち着くの待ってやる。
改めて数を確認すると傭兵300に軍が250といったところだろうか?
(傭兵の割合の多さから本気でないことはわかるが……何とも微妙ラインで判断に困る)
三度目の欠伸で正面の軍が動き出した。
俺は立ち上がるとノッシノッシと前進する。
さあ、お望み通り正面からぶつかってやろう――としたら相手の動きが鈍りだした。
こちらの大きさを十分に視認できる距離となったせいか、前列の兵士が怖気づいたようだ。
騎士が突撃してくるなら先手くらいは譲ってやるつもりだったのだが、何やら指示を飛ばしており最初の勢いは欠片も見えない。
前進を止めない俺に対し矢が射掛けられる。
当然気にも留めずに前進。
無数に降り注ぐ矢の雨の中を涼しい顔で歩く。
刺さった矢は一本もなく、全て地面に刺さるか落ちている。
距離はドンドン縮まっていき、第二射が放たれた。
同じ結果に馬に乗った騎士が声を上げると、アーバレストを持った兵士が前へ出る。
十分に引きつけてから撃つつもりなのか、前に出た弩兵は構えたまま発射の命令を待っている。
俺を前にしてきちんと命令を待てるということは、それなりに訓練を受けており士気も低くはないということだ。
「後は傭兵がどう動くかだが」と考えたところで、その傭兵に動きがあった。
馬が一騎背後から駆けてくる。
同時に傭兵団の中から明らかに質の違う声が一斉に聞こえてくる。
(魔法か! どのような運用するのか見せてもらおうか!)
俺は正面の弩兵を無視して迫る傭兵に向き直る。
直後に背後から射掛けられるが、体の中でも硬い背中にはアーバレストであっても傷を付けるのがやっとと言ったところだ。
矢が刺さらないことに驚愕の声が後ろで上がるが、迫るハルバードを持った巨漢の男を迎え撃つのが先決だ。
(ランスチャージの要領で一撃離脱を行い、その直後に魔法が飛んでくる――ってところか?)
そう予想した俺は巨漢の持つハルバードを掴み、力に物を言わせ突撃を止めてやる。
馬が嘶き、男が振り落とされそうになると、そのままハルバードを手放し馬を蹴って距離を取った。
直後、無数の魔法が俺に殺到する。
馬はちゃんと逃してやる。
火、氷に石や雷が俺の体に打ち込まれるが、雷以外は然程痛みはない。
熱い、冷たいはあれ、それを脅威と感じるかと言えば……残念ながらそうではない。
どうやら魔法使いの質はあまり高くないようだ。
次はこちらが攻撃する番である。
そう思って前に出ようとしたところで、いつの間にか手からハルバードが消えていた。
そして魔法の着弾によって巻き上げられた土煙に紛れて、巨漢の男の一撃が頬を掠める。
咄嗟に躱したつもりだったが、僅かに反応が遅れたようだ。
血は流れていないが、確かに傷が付いている。
俺は舌で確認できた傷を指でなぞり、目の前の男の武器が魔槍の一種であると断定する。
(ただの蹂躙で終わるかと思ったが、中々楽しませてくれるようだ!)
俺が攻めに転じても、男は上手く捌いて間合いを取る。
その顔には驚愕が見て取れるが、絶望はなくむしろ笑ってすらいる。
(流石は傭兵団。戦闘狂がホイホイ湧いてくる)
ハルバードを持った男に続けと言わんばかりに傭兵達がこちらに向かってくる。
この状態で援軍が合流すると流石に手間がかかりそうなので、目の前の男にはさっさと退場してもらおう。
そのつもりで攻めたのだが、距離を取って時間稼ぎに移行したらしく、一度目の攻撃を見事に躱され、二度目で捉えたかと思いきや、巨体に似合わぬアクロバティックな動きで凌ぎきられた。
「ヤダ! 今の動き格好良い!」とか余裕を持っているが、そろそろ先頭を走る傭兵がこちらに到着しそうなので、彼にはここでご退場頂く。
「ガアッ!」
俺は小さく吠えるとハルバードを持った巨漢に両手を広げ襲いかかる。
直後に放たれた無数の矢が俺の体に弾かれ、最初の一撃を後方に飛び退き回避した男に、追撃の左ストレートを放つ。
ハルバードで受けはしたものの、ハーフプレートアーマーが砕け地面を転がると男は動かなくなった。
怒号と悲鳴が飛び交い、魔法と矢が無秩序に放たれようやく戦場らしい様相となってきた。
ハルバードの男が倒れ、最初に肉薄したのが何時ぞやの大剣の臭い男。
少々突出しすぎていたらしく、他が揃うまでは単騎でのお相手となる。
正面で向かい合った大剣持ちが笑う。
「よお」
短く、俺にも理解できる言葉で話したので10点あげよう。
但し、テメーは既に-50点だ。
「ぐあー」と低く唸るような声を出したところで、相手の警戒が最大になり構える。
(それにしても、数がいるんだから最初からまとめてくればいいのに……傭兵家業というのも難儀なもんだな)
迫る左右からの連撃を大剣の男が躱し、逸して防ぎつつも反撃を窺う。
飛んでくる矢を背で受け、魔法を拳で撃ち落としながらも攻め続ける。
流石に一度は俺と斬り結んだ経験があるからか、守りを固めるではなく避けることに集中している。
先程のハルバードの巨漢も悪くはなかったのだが、力の差の認識が正しくなかったことに加え、金属鎧が素早い回避を阻害したため呆気なく終わってしまった。
もうすぐ他の傭兵が参戦するので、ここらで隊長さんにもご退場願おう。
俺は大きく一歩を踏み出し、一気に距離を詰めると裏拳を放ち飛び退かせる。
そこでさらに踏み込み追撃を入れようとしたその時――振りかぶった左手に何かが撃ち込まれ、その衝撃で俺は勢いよく地面に手を付ける。
直後、俺の顔面目掛けてグレートソードが振り下ろされようとする。
これを地を蹴り、前に出ることで防ぐと同時に頭突きで男を吹き飛ばす。
(今のは魔法か!? 威力が弱いものばかりだと油断した……いや、油断させてから狙ったな!)
今の一撃は少しヒヤッとさせられた。
ダメージ自体はほとんどないことから、衝撃でこちらの動きを阻害することを狙って放たれたものだろう。
とは言え、あれが致命打になるはずもなかったので、ここは余裕を持ってあのコンビネーションに称賛を送る。
(先程の魔法を使ったのは……多分あの如何にも魔法使いっぽい格好の女か)
チラリと一瞥して濃紺のウィッチハットにドレスローブという姿が視界に映り、彼女を要注意人物に指定して戦闘を継続。
その要注意人物は撃った場所からすぐに離れ、傭兵の中に紛れ込むようにその姿を消す。
居場所を特定させまいと動く辺り、中々に厄介な人物のようだ。
傭兵達が俺を囲み、一部が俺の射程外ギリギリに陣取るとそれぞれが武器を構える。
先程のやり取りで相手の士気は向上しており、まだまだ勢い良く戦ってくれるだろう。
どうやら腕に自信のある奴が俺に張り付くという方針の傭兵団と違い、以前戦った経験を活かしてのことか、大剣を持つ傭兵率いる部隊は一撃離脱を徹底している。
真っ向勝負で勝ち目がないことを知っているからこその動きである。
自信のある連中は俺に張り付いたままで、少し頭を働かせる奴なら正面にならないよう上手く足を使っているが、尻尾があることを忘れていないか?
いつまでも張り付かれると鬱陶しいので、まとわりつくように戦う傭兵達を一蹴する。
飛んでくる矢を弾き、隙を見ては斬りかかってくる大剣の隊長さんを綺麗に捌く。
ここの傭兵団は連携が上手く、この隊長に対処すると必ずと言って良いほど二人以上で背後から攻撃を仕掛けてくる。
しかも一人は尻尾用の囮ときたもんだ。
当然他からも攻撃は来ているので全てを捌き切ることはできず、被弾は着実に増えていっている。
ただダメージがない。
俺の防御力を突破できる攻撃が少なすぎて、軍や傭兵の張る弾幕が精鋭達の邪魔にすらなっているのが現状である。
「放て!」
声が聞こえる度に傭兵達が引くが、発射のタイミングが悪く連携が全く取れていない。
だが、矢が放たれるとわかっていながらこちらに突っ込んでくる気配を背後から感じた。
尻尾で対処しても良かったが、意表を突いて振り向きざまの地を滑るような裏拳が空を切った。
その一撃は内側に潜り抜けるように回避された。
(アレを潜るのか!?)
驚愕の回避方向に思わず「ガッ!?」と声が出る。
随分とまあ度胸のある奴もいたもんだな、と思ったらあの時のワイルド金髪美人さんだった。
だがあの時の魔剣は俺には通用しない。
「さあ、どうする?」と笑った時――目が合った。
相手も笑っていた。
その瞬間、彼女が半透明の小瓶を投げるのと、俺が大きく飛び退くのは同時だった。
そして着地間際に俺すら飲み込めそうな特大の火球が飛んでくる。
「ガアァァァッ!」
本気の一撃――火の玉を殴り軌道を力技で変える。
拳が少し焦げたが体は無事だ。
流石にずっと警戒させてくれただけあって、良い仕事する魔法使いである。
地面に落ちた金髪さんが投げた物が、シュワシュワと音を立てて酷い臭いを撒き散らしている。
厄介な魔法使いはまたしても視界から消えている。
俺は笑う。
そして俺は跳躍し、騎士が指揮する兵の中へと飛び込むと、着地と同時に拳で薙ぎ払う。
兵を吹き飛ばすと、今度は方向を変え叫ぶ重装騎兵へと突進する。
今まではこの場に留まり戦っていたが、ここからは動き回っての戦闘だ。
つまり、ここからが本番である。
加減はしてやるが、死なないことくらいは祈ってやろう。




