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拠点と言うには余りにも質素な屋根すら無い山の何処か――手に入れた物品を確認している俺は手にした水瓶を眺めていた。
大きさは調度品にしては少し大きい気がする程度だが、これを「水瓶」とするならば致命的な欠陥がある。
(穴が空いている……おまけに用途不明な測られたような窪みもある)
色々と調べた結果、俺はこれが「部品」であると結論付けた。
形状から察するに、半裸の女性像が肩に担ぐ水瓶が頭に浮かぶ。
(確か何処かの都市にそういう噴水があったような……あれを再現しようとして取り寄せたものなのだろうか?)
要するに俺には無用の代物である。
随分と大事に運ばれていたのでてっきり魔法関連かと思ったが、これにはがっかりして肩を落とす。
仕方無しに他を見るが、当然のことながらただの塩に普通の羊毛。
干し肉は少々塩辛かった。
肉体が資本の傭兵が食べるようなものだから塩分が多いのかもしれないが、まさか一般人もこれを当たり前のように食べているのだろうか、とカナン王国の食生活が少し心配になってくる。
後は香辛料を確保したいのだが、そうなると場所を変える必要があるかもしれない。
大陸の北部にあるカナンには香辛料を育てるのに適した気候の土地がない。
だから基本的に南部諸国から流れてきた物に頼っていたと記憶しており、海路を開拓していない限りはセイゼリアかエルフから仕入れているはずだ。
なのでここから東か西に行き、そこで商隊を狙うのが正解と思われる。
とは言っても、それはあくまで予想である。
しばらくはここで通行料を物色させてもらう。
今の時代はどんな物が取引されているのかは興味もあるので、カナン王国の内情を知るにもきっと役立つことだろう。
一箇所に居続けることで討伐隊が差し向けられることも考えられるが、そんなものは脅威にならない。
何故ならば、カナンは科学を捨てたからだ。
科学を捨てた以上、兵の質の均一化は望めない。
魔法という個々の才覚に比重が偏る力を頼るならば、脅威となる者だけを叩けばよいだけである。
もっと言えば、非常に大きな力を持つ個に対し、数的有利が意味をなさないという最悪なパターンとなっている。
ゲーム風に言うならば、ダメージが0の大多数を無視し、1以上のダメージを与える極少数だけを狙えばよいわけだ。
つまり少数のダメージソースが戦闘不能となった時点で、勝敗が決まってしまうというのだ。
おまけにその少数の精鋭は数を揃えることが非常に困難で、さらにコストも馬鹿みたいにかかるというのだから「戦争を嘗めてんのか?」と言わざるを得ない。
これが大多数が現代兵器で武装した兵士だったとしよう。
この何の役にも立たない大多数が、例え1ダメージしか与えることができなくとも、千人いれば1000ダメージになる。
エルフのようにそもそも「個」が例外なく強力であるならば、恐らく問題はないのだろうが、人間はそうではない。
だから俺はカナン王国が軍を出して討伐に乗り出しても、それを捻り潰すことができると思っている。
俺にとってはゴブリン五千も人間五千も差がないのだ。
仮に一万人であったとしても結果は変わらない。
バリスタのような攻城兵器を持ち出して来たところで、当たらなければ意味がない。
こっちは獣ではないのだから、発射のタイミングくらいは容易に察知できる上、用途を知っている以上警戒もする。
「効果がある」と「通用する」は別の話だ。
流石にバリスタの矢が通らないと思うほど、自信過剰ではないし自分のスペックの把握はできている。
魔法や毒に対する耐性など調べたいものはまだまだあるが、それは以前手に入れた魔法薬のような物が大量に手に入りでもしない限りやるべきではない。
というわけで、今日の活動はここまでにする。
夜明けまであまり時間はないだろうが、少しだけ睡眠を取って体を休めておこう。
まあ、そう言ったところで器用に「少しだけ眠る」なんてことが、この屋根すら無い場所でできるはずもなく、それっぽい場所で羊毛を枕に寝転がっているだけだった。
そんなわけで翌朝。
羊毛の入った麻袋をリュックに入れ、朝食に塩辛い干し肉を摘みつつ水を飲む。
水瓶は要らないのでここに放置。
割れやすそうな塩の壺は羊毛を挟むなりして配置に気をつけてリュックに入れる。
(それでも割れそうで怖い。これ一度エイルクェルのショッピングモールで容器を探した方が良いかもしれない)
こう何かある度に旧帝国領に立ち寄るくらいなら、いっそ本格的な拠点を作ってしまおうかとも思ってしまう。
実際この案は悪くはない。
必要なものを集めておけばそこを中心に動くことができるので、物資を保管する場所の有無はその運用と活動範囲に大きく影響を及ぼす。
(悪くないな。エルフの監視と物資の補給、及び強奪……もとい徴収を考えるならば、旧帝国領内に拠点を作成するのは今後の活動に大きな発展が見込める。問題は場所か……)
位置的にどの辺りが都合が良いかはわかっている。
(西のエインヘルは重要だ。北の重要性は薄いが……ないわけではない。東と南は現状除外するとなれば……候補地はアイドレスの北かその周辺か)
南も一応候補に上がるが、それはもう少しこの時代の情勢を知ってからでも遅くはない。
集積地と拠点を別にするのもありだろう。
なんだか秘密基地を作るみたいでワクワクしてきた。
こうなると考えられる限りの機能を詰め込みたくなってくる。
妄想が膨らみ続けたところで我慢が限界に達した。
「ガッガァー!」
「ヒャッハー」と叫んでもやはり出るのはこの汚い声。
気づけば俺は駆け出していた。
目指すは南西。
目的はアイドレスの北側で拠点に適した場所を見つけること。
やっぱり「秘密基地」って言葉には弱いんだ……だって男の子だもん。
次の日の朝になっても俺はまだ走っていた。
距離があるというのもそうなのだが、やはりというか塩の壺のせいで速度が出せない。
森の中に入っているのでそろそろ目的地付近だとは思うのだが……一度アイドレスを見つけて、それから北上した方が良いかもしれない。
そんなことを考えていると基地跡を発見。
どうやら西に行き過ぎていたようだ。
ともあれこれで現在位置は把握できたので、東へと進路を変更して周辺に良い立地はないかを確認しながら進む。
太陽が真上に来たところで手持ちの水と干し肉が尽きる。
(しまった。こんなことならエルフ監視用拠点で補給をしておくべきだった)
少しばかり冷静さを欠いていたことを反省しつつ、一先ず日が暮れるまで探索し、候補地が見つからないようなら監視拠点へと向かうことにする。
区切りを付けたところで探索を続けたところ、視界に森の中では見られない色が映った。
そちらに目をやると人工物のような物を発見する。
(いや、あの建物見たことあるんだが……)
一部が崩れ、緑に覆われていてもその建造物を俺は忘れはしない。
俺が眠りから覚めた研究施設の地表部分と酷似している。
「考えないようにしていたら見つかるのか」と巡りの悪さに溜息を吐く。
見つけてしまった以上、見て見ぬ振りはできない。
俺は施設へと向かうと門を見る。
(汚染の警告はなし。帝都からの距離的には俺がいた施設と然程違いはないと思うが……さて、これをどう捉えるべきか?)
ともあれまずは調査だ。
出入り口から施設の中に入るには、体が大きすぎるので周囲を見て回る。
俺の気配に感づいた野生動物が一目散に逃げていくが、今は狩っているほど暇ではないのでそのまま見送り建物を調べる。
すると明らかに内側から破壊された形跡のある大きな穴を発見する。
おまけに200年前とは思えないほどにその痕跡が新しい。
具体的に言えば覆われているはずの緑がなく、破壊された部分はまだ侵食されていない。
はっきりとしたことは言えないが、少なくともこの壁は壊れて一年も経っていないのはほぼ確実である。
(まさかとは思うが……ここからあの蜘蛛男が出てきたのか?)
真っ先に思い付いたのがあの男――だが、別の被験者である可能性もある。
俺は警戒を強めて外壁に開けられた穴から施設内部に侵入する。
薄暗い施設の中に入るとすぐ近くに開いたままの昇降機の扉があった。
中を覗くとすぐ下にカゴ室が見える。
(地下5mくらいか? あまり深くはないんだな)
俺は下に降りようとしたところで手に違和感を感じ、慌ててロープを手放しその手を見る。
ロープを掴んだ手に粘着性のある何かが付着していた。
(これは……あいつの糸か?)
どうやらここは蜘蛛男のいた研究施設だったようだ。
俺は大きく息を吐く。
思考と感情がどうにも複雑になりすぎてまとまらない。
ロープを使って下に降り、溶けたカゴの天井を潜り開いたままの扉の先には、俺がいた施設の時と同じようにゲートがあった。
一つ違いがあるとすれば――
(何でゲートが開いてるんだ?)
そう、ゲートが開いている。
あの男への同情が少し減った。
俺があれだけ苦労したのに、あの蜘蛛野郎はのうのうと開いたゲートを通って地上へと出やがったのだ。
まあ、それはそれとしてゲートである。
開いているなら楽で良いのだが、何故開いているのかが気になる。
そんな訳でゲートを調べていたのだが、少々信じられないことが判明した。
(ん? 待て待て……発電施設が残っているのか?)
どう見ても「最初から開いていた」ではなく、出る時に「開けた」としか思えないのだ。
なので念入りに調査したところ、どうやら電力を自給できるシステムがあったようだ。
電源が入る機器が僅かではあるがあり、そこから手に入れた情報に拠るとこの施設は地下水脈を使って僅かながら発電しているらしく、現在は本来の性能の1%未満の電力供給をしているようだ。
蓄電もほとんどできない状況な上、施設の性能は日々劣化しており、このまま行けばあと300日とかからず完全に機能を停止するとのことである。
(なるほど、施設の一部が辛うじて生き残っていたから蜘蛛男は外に出られたのか)
しかしこうなるとこの施設をこのまま死なせるのは惜しい。
何せ電気が使えるのである。
位置を考えると理想とは言わずとも十分に合格。
立地に関して言えばで、頑丈な天井のあるここは拠点として十分機能する上、人がこない上に動物も入ることが難しく、期間限定で僅かとは言え電気が使える。
(ここを拠点とすることはほぼ決まりだ。あとは探索をできるだけ行い、継続して電気の使用が可能となるための手段も探す)
特に後者は重要だ。
もしも電気が使えるのであれば、これ以上無い収穫となる。
ここはなんとしても方法を探し出し、今後の生活を快適なものとするべきだ。
俺は一先ず施設の一室を物置として使うべく、不要な机や椅子を取り出すとそこに塩の壺や羊毛を置く。
現代風の部屋に塩の壺や羊毛が置かれている絵柄がシュールだがそこは気にしない。
リュックサックの容量を確保したので、次は補給を行おう。
さあ、川へと向かいエルフ監視の任務にも邁進だ。




