30 とある冒険者の視点3
「どうしてこうなっちまったんだろうねぇ……」
レナと別れてから新種のモンスターの情報を集めたが、セイゼリアでは何一つ有力な手掛かりが得られなかった。
貯蓄を切り崩し続けるにも限度がある。
なので他のチームの助っ人としてモンスターの討伐に参加していたのも仕方がない。
その度に夜の誘いを断るのも慣れたものなので気にしない。
領内が未だ落ち着かない状況下では本格的にフルレトス大森林へ戦力を割くことができず、一年と少し前からチマチマと元退治屋を送っているが、その成果は芳しくなかった。
一定の成果が求められた冒険者ギルドは無理矢理人員を割いた結果、腕利き連中を多数失うこととなる。
私がいたチームもその一つだ。
結果チームは解散し、私はこうして一人で新種のモンスターを追っている。
何故ならば、あいつが私達が初めて手に入れた魔剣「斬鉄」を持っていってしまったからだ。
あの魔剣を手に入れた経緯は今でもよく覚えている。
強力な武器を持つモンスターというのは厄介だというのが、身に沁みてわかる戦いだった。
そして、あの戦いが私達を本当のチームにした。
それを取り戻すべく、動いていたのだが――
(目撃情報がセイゼリアではなくてカナンとか勘弁してよ。今は戦争状態ではないとは言え、国境を越えるのに結構お金使うんだから)
現在カナン王国、ロームハイト領では南部最前線であるレコールの町に兵を集めている。
南部開拓を掲げ、旧帝国都市周辺のモンスターを掃討しようとしているために、レコールの町は傭兵を始めとする仕事欲しさの連中が集まっている。
今となっては私もその一人だ。
情報を集める前に、資金を集める必要が出てきてしまったのだから仕方がない。
今回の仕事は旧カーナッシュ砦に巣食ったゴブリンの駆逐。
事前情報に拠ると統率個体である女王がいることが確実らしく、その数は千に達するらしい。
カーナッシュ砦は大戦時にカナンが帝国に奪われた砦であり、戦争が終わっても取り返すことができなかった。
元々が帝国とセイゼリアのために作られた砦なので、南方を開拓したいカナンとしては是が非でも抑えておきたい場所だろう。
問題は、長らく帝国が占領していただけあって、見た目はただの堅牢な砦でも中身がどうなっているかわからないことだ。
元帝国基地で痛い目にあった身としては、中には決して入りたくない。
だから魔術師という理由で砦内部の殲滅には不参加を取り付けることができたのは幸いと言える。
「まさかゴブリン相手に攻城戦とはねぇ……」
何分当時のカナン王国が金と時間をかけて作った砦を見て呟く。
壁は硬く頑丈であり、守りに適した形となっており200年という歳月を経ても、形を残してゴブリン共に利用されている。
流石に歴戦の傭兵団もこの光景は初めてらしく、全員が揃って「どうやって攻めるか?」と頭を悩ませている。
この場合、落とすこと自体は然程難しくはない。
問題は被害である。
如何にして被害を少なくして、効率良くゴブリンを駆逐するか――傭兵達は目の前の砦を見て考えているのだ。
高さがあれば投石だって馬鹿にはできない。
数が数だけに矢にも注意を払う必要がある。
門はしっかりと閉ざされており、破城槌もなければ壁を登る以外に選択肢はない。
(確かにこれは犠牲が出る。傭兵連中が考え込むのも頷けるよ)
今はまだ戦闘距離ではないので矢も飛んでこないが、外壁の上にいるゴブリンが弓を持っているのは遠目でも確認できる。
お気に入りの濃紺のウィッチハットを深く被り、後ろに下がって新調したドレスローブに付いた草や小枝を払うと適当な木に背中を預ける。
歩き疲れたわけではないが、戦闘が始まるのは恐らく明日だ。
時間が時間なので、今日は睨み合ったまま一夜を過ごすことになるだろう。
それまでには傭兵連中が攻略の糸口を見つけていることを期待する。
しばらく両者に動きがなかったことで周囲が騒がしくなってきた。
「外壁に崩れた場所はなかったみたいだ。門をしっかり固めているみたいだから『面倒なことになった』と団長がボヤていたぞ」
「マジかよ。ゴブリン相手に怪我とか格好がつかないんだが……」
傭兵の話に耳を傾けているとそんな声が聞こえてきた。
やはり統率個体がいる群は面倒だと溜息が漏れる。
しばらく有用な情報はないかと耳を傾けていると、一人の傭兵がこちらに向かって歩いてくる。
「よお、姉ちゃん。一晩幾らだ?」
「目の前の砦に女王様がいるんだ。そっち行ってヤってこい」
胸を見ながら近寄ってくる傭兵を適当にあしらいつつ、組めそうな傭兵団はないか物色する。
これでも魔術師として手練だという自負はある。
レコールをしばらく拠点とする以上、ここでお得意様となりそうな傭兵団を見つけておきたい。
もしくは私の目的に都合が良い傭兵団。
時間だけが過ぎていく。
夕暮れ時に騎士の格好をした男が傭兵団のトップを集めて騒いでいたが、恐らく提案を無視されたのだろう、怒鳴り散らして煩かった。
もう少し静かになりそうな場所はないものかと周囲を少し歩き、都合の良さそうな場所を見つけると、背嚢にあるロープと脱いだ革製の外套を使って即席のハンモックを作るとそこで横になる。
木に刺した如何にもマジックアイテムに見える変な装飾の付いた杭や、特に意味のない魔法陣を描けば余程の馬鹿以外は警戒して襲ってこない。
仮に襲われても不安定なハンモックが壊れるように作っているので、目を覚ましさえすれば周囲には幾らでも人がいるのでどうとでもできる。
何をするにも明日からだ。
私は明日に備えて目を閉じた。
早朝に始まった攻撃は、もう昼になろうと言うのにまだ砦は落ちていなかった。
最初に投石で死者が出たことで勢いが落ちたのが原因だろう。
今は外壁の上にいるゴブリンを掃除するために、弓兵と魔術師が頑張っている。
一点に集中させるよりも分散させて数を削る方針にしたらしく、時間をかけて被害を少なくするようだ。
傭兵団としてはゴブリン如きに損耗したくないのだろうが、チマチマとした戦い方に騎士が苛立ちをぶつけている。
どうやら領主の命で派遣された本物の騎士らしく、傭兵のやり方が気に食わないと文句を言っている。
何度目かわからない魔法で数匹まとめて倒したところで、また魔力が尽きて後方へと下がる。
向こう側もこちらのやり方がわかっているらしく、弓兵を一箇所にまとめなくなり倒せる数が減ったことで長丁場と化している。
「300は削ったと思うが……帝国が使っていた建材を盾にしてるせいか弓で数が減らせなくなっている。おまけにこちらの矢を使われて怪我人が出てる」
「弓は下がらせるべきか?」
「いや、クロスボウだけでやるべきだ。あれなら再利用される恐れがない」
主だった傭兵団の団長が集まり、意見を交わしながら状況に合わせて変化させているおかげか、死者は今の所まだ三名だけで済んでいる。
怪我人は増えてきているが、全員が軽傷と呼べる範囲なので戦闘に支障はないものばかりだ。
「魔力切れ。下がらせてもらうよ」
私の言葉に「あいよ」と傭兵団の団長の一人が返す。
お目付け役のはずの騎士は入れ替わりの激しい魔術師にも苛立っているらしく、こちらに対しても厳しい視線を向けるが、その先はすぐに下へと移るのでただただ不快だった。
そもそも魔術師総出で燃やせば早かったのだが、騎士の取り巻きが「再利用するので断固拒否」という姿勢を崩さなかったことでこうなっているのである。
それにもかかわらず文句ばかり垂れるのだから騎士様というのは楽な仕事である。
急遽作られた形だけの長椅子でしばらく休んでいると状況に変化があった。
どうやら向こうの矢が完全に切れたらしく、クロスボウの矢を掴んで投げつけるくらいには残弾がないようだ。
ようやく傭兵団の本領が発揮される時が来た。
梯子を並べ、上にいるゴブリンを魔法で追い払い一人、また一人と外壁の上に到達する。
外壁の制圧が完了してからは早かった。
門が開き、ゆっくりと内部に入った時にはもう女王とその取り巻き以外いなかったのだ。
その取り巻きもあっさりと排除され、巨体である女王はグレートソードを持った傭兵に足を破壊された後は矢の的となっていた。
「終わったのかな?」
私がそう呟いた時には勝鬨が上がっていた。
結果として見るならば、死者は5人で負傷者は65人。
死者が増えたのは外壁から落っこちたマヌケがいたことと、手柄欲しさに女王を狙って失敗した者がいたからだ。
功を焦って失敗する奴というのは本当にどこにもでもいる。
撤収の準備にかかる傭兵達を後目に自分の荷物をちゃっちゃとまとめる。
ソロなのでやることが少なくすぐに終わる。
なので傭兵団の撤退準備が整うまで待っていたところ、女王の足を破壊したグレートソードの使い手が私の元にやってくる。
「よお、中々の活躍だったな」
笑って手を挙げる男に「またか」と溜息を吐く。
「ああ、仕事の話だからそう警戒してくれんな」
近づく男に牽制するように「さっさと用件を言え」と視線を送る。
「実はな、今うちでは大物を狙っている。知ってるか? 最近この辺りで新種のモンスターが見つかった」
まさか向こうから話が来るとは思わず僅かに表情に出てしまうが、それを「新種が見つかった」という驚きからと思ったのか反応は何もない。
「へぇ、興味深いね。その話詳しく」
「食いついてくれてありがたいね。だが詳細は仕事を受けるか……あー、まだ正式には仕事じゃなかったな。まあ、新種のモンスターが発見されて、脅威度が高いから合同で討伐することになると見ている。そこでうちの傭兵団で参加しないか? 正直魔術師の数が足りてねぇんだわ」
「一つ聞いておきたいんだけど……魔術師の数が『足りない』ってどういうことかしら? 『少ない』ではなく『足りない』だと、まるで相手の強さが想定できているような言い方よ」
私の言葉に男は「あー」と言いながら頭を掻く。
あいつと交戦した傭兵団がいるという話だったが、もしかしたらここがそうなのかもしれない。
「まあ、いいわ。条件付きでなら雇われてあげる」
男は「条件次第だな」と無精髭を生やした顎を擦りながら肯定的に先を促す。
反応から見るに魔術師の不足は致命的なレベルなのかもしれない。
「条件は二つ。一つは当然お金。こっちもそれなりに名が通っているからね、相応の金額を払ってもらうよ。後、支払いが滞った時点で見限らせてもらう。もう一つは――」
やはりというか金の話になると難しい顔をする。
まあ、傭兵だから仕方がない。
「新種を討伐した際に好きなものを一つ持っていく権利」
「好きなもの、か……」
「ええ、体の部位、持ち物、全部の中から一つ」
「持ち物?」
聞き返されて「しまった」と心の中で思う。
「新種の情報は少しは持ってる。結構知能が高いんでしょ? だったら、何か持っていても不思議じゃないわ。例えば……マジックアイテムとかね」
私の言葉に男は真剣に考え出した。
どうやら思い当たる節があるように思える。
つまり、目の前の男が所属する傭兵団が、あいつと接触したところである可能性が高い。
「ああ、そうだ。二つ目の条件を呑むんだったら、お金の方は少し考慮してあげるわよ?」
「む、それなら悪くないが……」
「あ、言い忘れていたことがあったわ。実はね、あなた達が新種を発見する前に、セイゼリアの冒険者ギルドにその新種の報告が上がっているのよ」
私の言葉に食いつくように男が顔を上げた。
「なるほど……カナンで接触した傭兵団ってあなたのところだったの」
男はわかりやすいくらいに「やっちまった」という仕草で顔を隠す。
「あんた……何が目的だ?」
「さあ、ね。ただ一つ言えることは、私はまだ『ハンター』のつもりなのよね」
この言葉を最後に交渉は中断。
どうやら私を雇うかどうかは他の団員と相談するらしい。
それと、あの男は「暁の戦場」という傭兵団の団長でオーランドという名前だった。
見た感じ腕は悪くない。
武器も上物を持っているので期待はできる。
その後、レコールの町に戻った私に待っていたのは「暁の戦場」からの正式な勧誘。
傭兵団に入る気はないので、これはやんわりと拒否する。
結果として雇われることになったが、金額の交渉は少し時間がかかった。
十分に取れたと思っていたのだが、交渉を請け負ったエドワードという男が最後にかましてくれた。
「ああ、それとディエラさん。うちは新種と『接触した』のではなく『戦った』です。言わなくともわかると思いますが、それはもうボロ負けでした。あなたの活躍には期待していますよ」
契約の変更は流石に無理だった。
あの優男に顔面に一発入れるという目標が新たに増え、私はレコールの町で金を稼いで密かに情報を集めている。




