29:とある傭兵と会議室
(´・ω・`)短め
レコール街にある傭兵団「暁の戦場」の拠点にある一室にて、二人の男が黙っている。
一人はこの傭兵団の団長であるオーランド。
机の前にある書類を前に、座ったままただ沈黙を守っている。
もう一人はこの「暁」における参謀のポジションを長く守り続ける「エドワード」という金髪長身の細身の男性。
三十も半ばと言ったところではあるが、彼はまだ27歳であり、見た目よりかは少し老けて見られる。
そのことを気にしつつも、その原因であろう目の前の団長を前に無言の圧力を加えている。
「さて……」
沈黙を破りエドワードが眼鏡の位置を直す。
ビクリと震えたオーランドが目線を合わせないよう顔を逸した。
「団長。私は『この書類に目を通しておいてください』と三日前に言っていたはずなのですが……もう一度、先程の言葉を言って頂けますかな?」
圧力が増す。
オーランドとて、いつまでも黙っていられるわけではないことはわかっている。
だが「その後」を考えると口にするのが恐ろしいのだ。
「団長……!」
声に混じった感情がぶつかる。
わかっている……わかっているのだがオーランドは口を開くことができない。
「団長! いい加減……いい加減読み書きくらいできるようになってください!」
「だって……だって、仕方ないだろ!?」
「娼館の出禁が解かれたのが嬉しいのはわかります! ですが、それならば、団長が我ら『暁』の顔として、重要な役目を持っていることも、おわかりのはずですよね!?」
「じ、自分の名前くらい書けるし……」
「団長、それくらいは傭兵となる者なら、誰でもできます」
エドワードがオーランドの言葉をぶった切る。
「……団長、アリッタやロイドから勉強を見てもらっているはずですよね?」
エドワードの言葉にオーランドはビクリと震え目を逸らす。
反応でエドワードは理解した。
(サボりやがったな、こいつ)
口にはしないが視線で遠慮なしに責める。
「いいですか、もう時間はありませんので要点だけまとめます。絶対に忘れないように一言一句記憶するつもりでお願いします」
それから一時間後、フラフラになったオーランドが「暁の戦場」の主要メンバーの集まる一室に入ってくる。
団長以外は既に揃っていたので、進行役であるエドワードが「では、始める」と短く開始を告げた。
「最初に言っておくことは……つまらん話になると思うが資金についてだ。知っての通り、うちの次の目標に向け、装備を充実させた。結果、団の資金が半分以下になった。ああ、俺の治療費については考えるな、必要経費ってやつだ」
そう言ってオーランドは治った指を見せつけるようにブラブラさせると小さく笑い声が聞こえる。
実際治療費に関してはそこまでかかっていないのだが、予想以上に武器に金がかかったことで六割以上が減ってしまっている。
細かい数字までは覚えていなかったためアバウトになったが、懐事情についてはあまり正直に話しすぎても良いとは限らないことをエドワードは経験上知っている。
だから何も言わずに黙って聞いていた。
「まあ、これに関しては詳しく言う必要はないだろうが、今後は領主との直接取引もあるので問題はないだろう。さて、次の報告だ」
オーランドはそう言って視線をエドワードへと移すと、打ち合わせ通りに頷く。
「我々が前回戦闘を行った旧ルークディル跡から南にある旧エイルクゥエルに、ゴブリンのコロニーがあったことが確認された」
周囲の「やっぱりか」という声の中、団員の一人が手を挙げ「あった、とは?」と質問をする。
「ああ、今はもうない。さっきも言った通り『コロニーがあった』だ。規模は推定二千。これが全滅していたそうだ」
ゴブリンのコロニーとしては二千という数字は大規模だ。
それが全滅していたとあっては「何かあった」と思う外なく、室内が不安からざわめき始める。
「原因に関してだが、調査に当たった『不動』『連月』の情報に拠ると――『単一個体により壊滅させられた』との見方が強いとのことだ」
団員達が息を呑む。
察しが悪くとも「誰がやったか」が、この場にいる者ならわかるだろう。
「『不動』はまだしも『連月』の斥候部隊が見誤るとも思えない。これはまず間違いなく新種の仕業と見て良いだろう。それと、ギルドマスターとの協議の結果だが……こちらはあまり芳しくなかった。新種の脅威度は『災害』クラスと認定された。最上位でなかったのは『被害が出ていないから』だ、そうだ」
団員達から上がる笑い声を気にすることなく、エドワードは話を続ける。
「現在、我々が唯一新種との交戦経験がある。この詳細情報は以前と同じように黙秘していて欲しい。奴の脅威は戦わなくてはわからない。他の連中にもしっかり知ってもらう必要がある。新種に関する話はこんなところか」
ここでエドワードがオーランドを見ると、それに頷き話の続きを引き受ける。
「今回の仕事は旧カーナッシュ砦に巣食ったゴブリン共の排除。前回と違う点を上げれば、女王がほぼ間違いなくいるということだ。おまけに砦としての機能がまだある程度残っているおかげで、なんとゴブリン相手に拠点攻略をすることになる。大変珍しい経験だ。依頼主には感謝をしないとな」
笑い声が上がるくらいには団員のやる気も悪くはない。
オーランドとしては「またゴブリンか……」くらいの愚痴は予想していたが、これは嬉しい誤算である。
「規模は正確には掴めていないが……最低でも800はいると思われる。最大で千を越えると見られており、砦に残った帝国の武器が使用可能であった場合、攻略難度は跳ね上がるだろうが……まあ、考える必要はないだろう。それと、今回は『不動』と幾つかの傭兵団との合同だ。領主の直属の騎士と兵がおまけで付いてくるが、基本的にお目付け役だと聞いているから安心しろ」
やはり騎士の存在は傭兵にとっては歓迎できないものがある。
功績欲しさに余計な口出しをされ、部隊が壊滅するという結末を迎えた同業者は決して少なくない。
それがないとわかれば団員達の安心した声が響く。
「こんなところか。いつも通りでいける仕事だ。準備は念入りに行え、以上だ」
パンっと手を叩きオーランドが解散を命じると、団員達は部屋から出る。
彼ら全員を見送り、残ったオーランドは椅子に座るとそのままもたれるように天井を見る。
「武器は買いましたが数は全く足りていない上、質が新種討伐で可能かと言われれば……」
オーランドの隣に立ったエドワードが懸念材料を口にすると、同意するように大きな溜息を吐いた。
「そうだなー……武器はまあ、無理をすれば手に入ると思うんだが……問題は人だな」
「どこもそうですよ。優秀な人材……ましてや魔術師ともなれば、大枚はたいて引き抜くか、一から育てるくらいしかありません。そして我々の現在の資金力では両方は無理です。どう頑張っても、一人増えれば御の字ですよ」
「だよなぁ」とオーランドは机に突っ伏す。
こればかりは打つ手がないとわかっているのでエドワードもまた溜息を吐く。
魔法を主とするセイゼリアであっても魔術師は常に不足している。
カナンよりも長く魔法を重視していたセイゼリアですらそうなのだから、当然魔術師不足は同じである。
「あー、どこかに美人で凄腕で金もいらないっていう魔術師はいねぇかなぁ……」
そう言ってオーランドが体を起こし椅子にもたれると「アニーに言っておきますね」とエドワードが冷たい目で笑う。
「ちょっ、何でそこであいつの名前が出るんだよ! 待て、エド! どこ行く気だ! おい!」
立ち去るエドワードを慌ててオーランドが追いかける。
傭兵団「暁の戦場」の団長は今日も余計にかかる酒代に泣く。
(´・ω・`)次はあの人
おまけ
不動:正式名称は「不動大剣」で「暁」とは不仲。ちなみに団長の武器がハルバードに変わったことで団員が結構抜けてしまった過去を持つ。
連月:「連夜新月」という傭兵団の呼称。奇襲、闇討ちを好み、情報収集に長ける非常にやらしい傭兵団。団長は双子。




