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剣聖――戦ったのは一度だけであったが、その底を知ることさえ叶わなかったことから実力はかなりものだと思っていた。
カバサ中佐との戦いから精霊剣の使い手の強さは俺と同等かそれ以上と想定していたが、その実力者が欠けることとなったことで計画の見直しが余儀なくされる。
(あの爺さんなら俺と組めば前衛が機能すると思っていたのに……)
少なくとも年の功で何とかしてくれそうな強者感はあった。
今更だが精霊剣の使い手を持ち上げる。
しかしそれで彼の御仁が戻ってくるわけでもない。
アルベルト君は座っていたまえ、君はお呼びではない。
(というか、少佐が爺さん相手にあれだけ負傷したのが信じられない)
同じことができるか、と問われれば勿論「無理」と答える。
カバサ中佐も切り札のようなものを持っていたみたいなので、もしかしたら精霊武器にはそういう能力があるのかもしれない。
それを使う素振りもなかったアルベルトが他二人より評価が低くなるのは当然である。
いっそカバサ中佐と共闘することも考えたが……様々な思惑が絡む評議国で旧帝国の軍人である少佐をどのように扱うかなどわかるはずもない。
どちらかと言えば「俺」というケースがあるので取り込みにかかる可能性は高い。
しかし俺は自分の事情を優先してこれを拒絶している。
「では少佐は?」となると少佐が忠誠を誓ったのは帝国であってそれに連なる評議国ではない、というのが俺の予想。
上層部との軋轢はあっただろうが、一軍人として国家に尽くそうとしたことは彼の経歴が物語っている。
今も中佐は帝国軍人として戦っていることからもこの予想は多分当たっているはずだ。
遺伝子強化兵となって「さあ、戦争を巻き返すぞ」と意気込んだところで気づけば二百年後の祖国がなくなっている世界である。
少佐の感覚ではまだ戦争中となるのもわからなくはない。
俺のような訓練兵ではなく、実際に戦場で戦い続けていたならば尚更だろう。
事情はともあれ、少佐をどうにかしなければならないことに変わりはなく、そのための計画の柱とも言うべき精霊剣の使い手がいなくなった今、その穴を埋めるためにどうするか?
それとも計画自体を考え直すかの二択を迫られている。
怪我を治すために眠りについた少佐の寝込み襲って勝てるのであればよいが、即死以外は返り討ちの未来しか見えない。
その即死を狙う条件にしても、精霊剣のような超常の武器が必要となる。
最早手元にない上、仮にあっても俺は精霊剣を扱えない。
(いっそ全部ぶちまけて「死んでください」と言ってみるか?)
そんな投げやりな案が頭を過るが相手はガチガチの軍人である少佐。
「貴様、それでも帝国軍人か!」とか言われて一人目にされてしまいそうである。
訓練兵時代に散々教官から言われた言葉なので容易に想像できてしまった。
やはり秘密裏にことを進めて排除する以外に道はなさそうだ。
問題は少佐を討ち取るための戦力が何処にあるのか、ということだ。
あの爺さんがいない今、俺が命を賭しても前衛役をこなすのは厳しい。
エルフの精鋭を集めればこの問題は解決するだろうか?
(……おまけにエルフの里は一枚岩ではない。それをまとめ上げるための材料は少佐が作ってくれてはいる)
だからと言ってまとまる保証もない。
その上集まった戦力で対抗できるとも限らない。
そもそもの話、精霊剣の使い手を殺したのが俺と同じ姿をした少佐である。
話すら聞いてもらえない可能性だって十分ある……というより、そっちの可能性の方が高い。
だったら俺が単独でやるしかないのか?
無茶ぶりにもほどがある。
それができないからエルフと共闘する計画を立てていたのだ。
力の差があまりに大きく、俺一人ではどうにもならないことは寝起きの少佐に一方的に叩きのめされて嫌と言う程理解できた。
地下施設でうんうんと唸りながら方法を探す。
時間はあまり残されていない。
少佐はエルフを最大の脅威と見做しており、こちらの情報が出揃う前に終わらせるつもりでいる。
最初に攻め込む場所が違ったのなら準備をする時間もあった。
しかしそうはならなかったので少佐の決断は正しく、優秀な軍人であったことという経歴は伊達ではない、ということになる。
自分が知るタイプゴライアスの回復能力から考えて、恐らく少佐の傷が癒えるまで後五時間くらいだろう。
それまでに俺は決断しなくてはならない。
計画を進めるか、それとも少佐に全てを明かすか――どちらを選択しても絶望的な状況が変わることはなさそうなのはどうしたものか?
「長耳どもの集落に攻め入るぞ」
予想よりも早く四時間ほどで目を覚ました少佐が俺を見つけるなりそう言った。
そうなるだろうなぁ、とは思っていたので驚きはしないが、俺も少佐が眠っていた時間を無駄に過ごしていたわけではない。
「少佐。一つよろしいでしょうか?」
そう言って控え目に手を挙げて発言の許可を請う。
それに黙って首肯する少佐を確認してから俺は口を開いた。
「私に時間を頂けませんか?」
「何か策がある、ということか?」
俺は頷き続きを促す少佐に説明を始める。
「相手は我々の知らない魔法技術をまだ隠し持っている可能性があります。聖剣の使い手を排除してはいますが、まだ弓が残っています。なので私がエルフの里に潜り込み、外と内の同時攻撃を提案します」
「……危険だぞ?」
「承知の上です。以前話した自然調和委員会とのパイプがまだ使えるならば、勝算は十分にあると判断します。わかっている限り、川を越えればすぐに設置された警戒網からこちらの動きを察知され、迎撃部隊が出て来るものと思われます。負けることはないでしょうが、間違いなく足止めはされることになるはずです」
ここで一度区切る。
質問はなく「続けろ」と少佐は頷いた。
これで「小細工など無用」とか「足止めできるほどの戦力はもういない」とか言われたら終わっていた。
「私が内部で暴れれば、連中の目を釘付けにできます。向こうは私の戦闘能力を知っています。故に対処可能と判断し、確実に仕留めるために戦力を集めて包囲するはずです。そうすれば少佐は組織だった敵との遭遇なしに入り込める。拠点を落とすにせよ、要人を確保するにせよ、やる価値はあるはずです」
失敗しても私が逃げ帰るだけです、と付け加えて俺は少佐の判断を待つ。
しばし目を瞑り考え込む少佐。
そして目を開けるとこちらを睨みつける。
「奴らが貴様を対処可能とする根拠は?」
「精霊剣の使い手との戦闘を何度か目撃されております。剣は失っても弓がまだ残っており、また精霊弓の劣化コピーと思しき魔弓なる武器の存在も確認しております。連中は戦うことを選択するでしょう」
カナンでの戦闘を果たしてエルフがどこまで知っているかはわからないが、一応嘘は言っていないはずだ。
問題は精霊弓の使い手が代替わりしており、その攻撃力が少佐の防御力を突破できるかわからない点にある。
エルフが他にも俺の知らない兵器を持っていることを切に願う。
ちなみに剣聖爺さんの持っていた精霊剣は少佐が何処かに廃棄したらしく、その場所については教えてもらえなかった。
「……タイミングが重要だな」
実際にやるとなれば俺が動き出したと同時に少佐も動かなければならない。
遅ければ俺が狩られる可能性があり、戦力低下という二人しかいない軍隊においては許容できないリスクである。
リスクに見合うリターンがない――そう判断されればここで終わり。
だから俺は最後の一押しをする。
「少佐。私は家族を守るために兵となりました。ですが、もうその守るべき家族はいないのです」
暗に「復讐を認めてくれ」と言っているように誤認させる言葉を選ぶ。
守りたいものは家族が繋げたもの。
(そのために、俺はあなたの敵となる)
俺の言葉に天井を仰ぐ少佐。
「そうか。貴様はそのために潜入を選んだのだな。私が目覚めなくとも、行動に移していたか……」
目頭を押さえ、感極まっているご様子だが、多分あなたが考えているような深い意味はないと思われる。
「認めよう。ここまで耐え忍んだ貴様の戦場を奪うことなど私にはできない」
それから俺と少佐は虚構の作戦を詰めることとなった。
これでもう後戻りはできない。
俺はこの世界から少佐を排除する。
その決意を胸に研究施設を後にした。
目指すは西、エルフの里。
川に到着すると出迎えてくれたのは完全武装のエルフの集団。
その中に見知った男が一人いたことに俺は安堵する。
これで条件の一つはクリアした。
川を挟んで対峙する形となり、立ち止まった俺は口を開く。
「久しぶりだな、アズール」
俺の言葉に不快そうな顔をするアズール。
その周囲のエルフたちの視線も厳しいものだ。
だが下手な言葉は口にできない。
失敗すればそのまま少佐と共に里を強襲することになっている。
タイプゴライアスをベースにしているが、少佐の聴力がどれほどのものなのかはわかっていない。
よって、俺は彼らからは見えないほど後方に潜む少佐に気取られることなくメッセージを送らなくてはならない。
「ルシェル殿と面会したい」
一団は俺の要求を即座にはねのけるつもりだったのだろうが、彼らの口からはその言葉は出て来ない。
「そちらの事情もある程度把握しているつもりだ」
彼らが黙ったまま何もせずこちらと対峙しているのは理由は一つ。
俺の胸の前に現れた小さな火が何度も同じ動きを繰り返しているからだ。
あれからずっと修練を怠ったことはない。
暇さえあれば続けた魔法の制御は今、その成果を誇るように動いている。
頼りないほどに小さな火――しかしその火が描くは三つの文字。
「剣」「場所」「教える」の三つ。
きっと彼らは察してくれる。
俺と少佐は敵対関係にある。
沈黙が続く。
エルフたちは互いに顔を見合わせ、こちらを疑いの眼差しで見て来る。
俺は発信できる唯一のメッセージを正確に読み取ってくれることをただ祈る。
「……ついて来い」
そう言って踵を返したのはアズール。
恐らくあの中で俺を最も警戒していたのは彼だったが、同時に俺が少佐と敵対している可能性を最も信じることができるのも彼だった。
俺は頷き川へと足を踏み入れた。




