231 とある亡霊の記憶2
杖を突き歩く。
よもや自分がこの歳でこのような日常を送ることになるとは思わなかった。
歩行に杖を必要とするのは退役後になるとばかり思っていたが、人生というのはままならないものだなと野戦病院の廊下を歩きつつ、帝国の医療技術を以てしても完治とならなかったことに己の運の悪さを嘆く。
「後少しズレていれば、か……」
数字にして僅か二センチ。
狙って撃ち抜かれたとは思いたくないが、それができるだけの技量を持っていてもおかしくはないのがエルフという敵だ。
「厄介な」と愚痴が漏れ、自分が何処にいるかを思い出し口を紡ぐ。
こんな場所で不安を招くような発言はするべきではない。
誰かに聞かれた様子はなかったので安堵の息を漏らし杖を突き歩く。
前線への復帰は絶望的となったが、それが勝利の礎となるのであれば不満はない。
此度知り得た情報は既に上層部へと送っている。
可能であれば対聖剣使いの部隊編成と作戦立案には参加したいが……それが許される身分でもない。
(前線復帰さえできれば……)
忸怩たる思いが無意識に拳を固く握らせる。
己の無力を嫌という程見せつけられた。
あの戦闘を思い返すたびに自分の指揮官としての器が疑問視される。
「何がエリートだ」と結果を残せぬ自分を恥じた。
それからしばらくして、私の元に一人の男が現れた。
男は自らを「最先端技術の研究員」であると言い、名をドーゼル・バウマンと名乗った。
「大尉。我々の研究ならばあなたを再び前線に送り出すことができる」
その言葉はあの時の私にはきっと福音のように聞こえたのだろう。
疑うことなく私はドーゼルの手を取った。
それが地獄の始まりだった。
「戦争は正気ではできませんよ」
帝国の暗部を知った時、私は誰かが言ったこの言葉の意味を正しく理解した。
この帝国には忠誠を捧げるだけの価値などありはしなかった。
自らが抱いていたのはただ理想であり、現実はかくも醜いものであったことに怒り、落胆し、そして絶望した。
国家とは、須らく闇を抱えるものである。
ただその闇が私には理解できないほどに深かった。
(ならば、なんとする?)
自分のしてきたことは間違いだったのか?
国のため、守るべき臣民のためにその手に銃を取り、戦うことは間違いだったか?
否、それだけは断じて違う。
戦争の意味すらわからぬほど青くはない。
この度の戦争の根幹は帝国という進み過ぎた文明を脅威と捉え、その恐怖心から周辺国が手を組んだ結果である。
故にこの戦争は生存競争の意味合いが強く、どちらかが滅ぶまで続く恐れのある最悪のケースだ。
「滅ぼさなければこちらが滅びる」
スローガンにしては陳腐だが、それでも事実の一端を的確に捉えている。
戦うことは間違いなどではない。
問題は犠牲の在り方だ。
戦場を自らの居場所と定めた理由を思い出す。
(そう、無為に散る命をなくすため。少しでも多くを生かすために私は……)
どのような立場となれど、私の意思は変わらない。
理想を抱き、ただ不平不満を口にするだけの人生ならば、変えるためにこの命を使うと決めた。
だが、そんな覚悟すらもいともたやすく吹き飛ばされた。
キメラ計画――遺伝子改造技術によりモンスターの一部を取り込んだ人間兵器を作る実験。
そのデータを基にモンスターの遺伝子を用いて人間を強化する遺伝子強化兵計画。
これからの集大成として行きつく先が究極生物計画であり、この研究は人を超えた種族――超人を作るためのものであると聞かされていた。
当然このような実験には人体実験がつきものであり、私は増え続ける死者を数値でのみ知ることができた。
肝心な部分には触れることはできず、最初の超人となることに決まっている私は彼らの研究に口を挟むことすらできなかった。
「本当にこれでいいのか?」
疑問ばかりが積み上げられる日々の中、ようやく上層部からの呼び出しがあった。
私が前線から退いて三ヶ月――遂にあの報告書が目に留まったのかと期待した。
警戒すべきは突出した一部。
またそれらを倒すためだけの部隊編成。
具体的な案を思いつく限り書き殴り、そのどれかが実行に移されることとなったのではと期待した。
だが、呼び出したのは究極生物計画から私を外すためだった。
要約すれば「エリートはエリートらしくしろ」とのお達しに私は直訴した。
そして、私はこの国の現実を知った。
腐りきった上層部。
条約違反を声高に叫ぶその口で、捕虜をなぶり己の欲望を満たしていた。
「エルフは希少でな。どの国でも高く売れる」
捕虜の扱いについては各国で結んだ条約があり、私が目にした光景は明らかにそれに違反していたと断言できる。
(私は……我々は、こんなもののために戦っていたと言うのか?)
何故現状を打開しないのか?
何故戦争は終わらないのか?
何故、今も兵が死んでいるというのに、ここにいる連中は笑っているのか?
答えはここにあった。
この国は手遅れだった。
圧倒的な技術差故に負けるとは微塵も考えず、これをチャンスだとばかりに兵の命よりも己の欲望と懐具合を優先する指導者たち。
絶望に打ちひしがれる中、私を立ち上がらせたのは唯一つの希望。
あの日聞かされた言葉が蘇る。
「この計画が完成すれば、大尉にできぬことはないでしょう」
笑う研究員の言葉は誇張だったかもしれない。
だが、もしもそれだけの力を手にすることができるのであれば――私が望むことは一つしかない。
(私が変える。変えてみせる!)
この腐った土台を叩き壊し、新たな秩序をそこに打ち立てよう。
膿を絞り出し、帝国は生まれ変わり理想の国家とする。
そのためならば、今は狂人すらも演じてみせよう。
「……夢か」
この姿でも見るものなのだな、と息を一つ吐き体を起こす。
望んだ形ではなかった。
しかし手に入れた力は強大の一言に尽きる。
あの時代にこの力を手にしておきながら、私は詰めを誤った。
もっと早くに行動に移していればと悔やまれる。
戦争は無能な上層部が西側の戦線崩壊を招き、幾つかの都市が焼かれてからようやく事態の深刻さに気付く始末。
結果、私は予定とは異なる形で究極生物計画の被験者となった。
戦闘能力だけを重視した従来の遺伝子強化兵の発展型――最初期に完成形とした形とは似ても似つかぬモンスターの姿。
後悔がないわけではない。
だが、これも恐らく必要なことだったはずだ。
「たとえ時代が変わろうとも、お前たちの死は決して無駄にはしない」
兵が国のために忠義を尽くし、その義務を全うするならば、国家はそれに報いなくてはならない。
帝国は滅びても臣民は南へ移り新たな国家を樹立した。
果たして我々が守るために戦った意味はあったのか?
それはいずれ確認するとして、今は目の前のすべきことをするだけだ。
二百年――その歳月がどれほどの影響となっているかはわからない。
長寿種と呼ばれる人種であるが故に、その生存報告を聞いた時は私と奴は相対する運命にあったということだろう。
かつて大陸で最も栄えたとされた帝国であり、今はその栄華を見る影もなくなった森を歩く。
西へ、ただ西へと歩き、私はようやくその男と再会した。
「剣鬼……」
老いた姿を見ても二百年という時を感じることはない。
エルフの老化など人間と比較することがおかしく、その感覚を理解する方がおかしいのだ。
ただ、その手に持つあの日見た聖剣が、あの老人が討つべき敵であることを示していた。
(´・ω・`)一話にまとめてよかったかもしれん。次回はおじいちゃん視点。




