225
(´・ω・`)お待たせ
思わず手にしてしまった写真に首を傾げ、質問したことを皮切りに気づけば始まる美女談義。
クラーゼ君がこの技術の完成に至るまでの苦労話を聞き流しつつ、合間合間に被写体となった美女の情報を入手する。
風景を写し取ることは問題なく可能であったが、動く物体は未だ難しく、今後の改良でそれもクリアしてみせると意気込むクラーゼ君を温かい目で見守りつつ、写真に写った気になる布地面積が少なすぎる美女について尋ねる。
するとどうやらこの女性が以前言っていた「イスイリミア・ゼサト」であるようだ。
カナンで傭兵団と戦闘した際にゼサトのエルフが介入してきていたので、彼の一族の情報はあって損はない。
「呪具以外身に着けていない」とクラーゼ君が言うだけあって本当に布地が少ない。
これでスタイルも良いのだから周囲の男性陣は困りものだろう。
被写体が少々遠いので詳細を見ることは叶わないが、いずれは様々な機能を持つ道具に進化するのではなかろうか?
俺は素直にクラーゼ君を称賛した。
彼が後世に語られる偉大な発明家となることを願い、また人類の約半数を代表してこの大きな一歩を拍手と共に褒め称えた。
「いやぁ、そんなに褒められると意外と言うか……照れますね」
照れ笑いを浮かべ、後頭部を掻く彼が微笑ましい。
「技術の発達は称賛すべきこと。それが他者に望まれるものであるならば、きっと人は称賛を惜しむことはないだろう」
動機は不純だった。
しかし不純だろうが極めれば純粋な想いである。
エロという原動力は男を動かす大きな力となることを改めて認識させられた俺は、もう一度拍手を以て彼を称賛しようとする。
天を仰ぎ、これに続くであろう同士たちの活躍を見ることが叶わぬ身であることを心で涙し、目を瞑ると――グチャリという音が聞こえた。
視線を落とすとそこには俺の手で握り潰されたクラーゼがおり、ドサリと千切れた下半身が地面に倒れる様を目の当たりにする。
「……は?」
意味がわからず間の抜けた声が出た。
手を開くと血溜まりに落ちる肉塊。
意識はあった。
彼を握り潰した感触もあった。
パニックを起こす間もなく感情が抑制され、自分の身に起きたことを冷静に考える。
しばし立ち尽くしたまま、足りない脳みそをフル回転させ考えだした結果を俺はポツリと呟いた。
「そうか、間に合わなかったのか」
それから呆然と空を見上げていたが、一向に俺の理性が消えることはない。
どうやら俺の出した結論が間違っていたようだ。
ならば俺の中にあるモンスターの遺伝子が表に出るようになったのか?
適当な理由をつけてみるが、これが切っ掛けで変異を起こすようなことはないらしく、自分の意思とは無関係に動くことはない体に触る。
これまで目を通した資料にはない現象だった。
だが少なくともこれが良くないものであることくらいはわかる。
もしかしたら猶予がなくなったのかもしれない
俺はクラーゼの亡骸を埋葬し、謝罪の言葉を口にする。
それから瓦礫で埋まった精霊剣を引っ張り出し、蔦を解いて刃をむき出しにすると持ち手の部分を下に向けて固定する。
(猶予がないなら……)
ここで始末をつけるべきだ。
その手段として精霊剣を使うのだから、これを手放していた俺はどうやって自害するつもりだったのか、と今更ながら思う。
俺は墓とも呼べない盛り上がった土の上に置かれた石に頭を下げた。
許してくれと言うつもりはない。
俺が死ぬのも、結局は自分の都合である。
息を吐き、目を瞑ると後は立てた刃に向かって倒れるだけだ。
だがそれができない。
死ぬとわかっているからこそ踏み出せない。
恐怖は抑制されているにもかかわらず、動けない自分が情けない。
今は亡き家族を想い、助けるためだと言い聞かせてようやく倒れることができたが……目を瞑っていたことが仇となり、誤った目測を修正できずに精霊剣は差し出された喉を貫くことなく僅かに切り裂く程度に終わった。
そして俺はその結果に安堵してしまった。
そんなはずはない、と二度目の自殺も固定していた精霊剣が動いたことで失敗に終わる。
ならばと自ら首を掻っ切るために手にした精霊剣に拒絶されるが、無理矢理持ち続けたことで剣が拒絶反応が強くなり、手の中からスルリと抜けて飛んで行ったかと思えば、先にある瓦礫の隙間に逃げ込むように消えていった。
「何だよ、それ……」
奇跡のホールインワンを披露するとか拍手でもしてほしいのだろうか?
俺は精霊剣が飛び込んだ瓦礫へと歩き、無造作に山を崩して探し始める。
だがどういうわけか精霊剣が見つからない。
「ここに落ちたはずだろ!」
周りを奇麗に片づけても精霊剣は見つからなかった。
それどころか陽が落ちるまで探しても見つけることはできなかった。
よくわからん不思議な剣だとは思っていたが、どうやら俺如きに使われる気はないようだ。
「ああ、そっちがその気ならもういいさ! 自分で首でも絞めて死ねってことだろ!」
俺は両手で自分の首を絞める。
呼吸が苦しくなり始めるも構わず俺は自分の首を絞め続け、意識を失って気づいた時には朝だった。
何ということはない。
自分で自分の意識を落としておきながらぐーすか朝まで寝ていただけだ。
この結果には笑う外なく、自分の馬鹿さ加減には流石に頭を抱えることとなった。
そして徐に大きな瓦礫を見つけるなり頭で砕く。
「……自傷すらままならんか」
この程度の材質では傷一つ付かない体が今となっては疎ましい。
地下にあった合金とかなら話は別なのだろうが、生憎とここは地上部分。
いい加減自分に嫌気が差してきたところで俺は思い出す。
「そうだ。殺してもらえばいい」
エルフの集落には精霊剣を扱う爺さんがいた。
彼ならばスパッと一太刀でやってくれるに違いない。
これならば殺してしまったクラーゼについても詫びることができる。
「……うん、そうしよう」
それがいい、と俺は頷き立ち上がる。
目指すはフォルシュナの氏族がいるあの集落。
場所はまだ覚えているので迷うことはないだろう。
必要以上に近づかず、近づけさせなければ犠牲者は出ないはずだ。
森の中を走り、川へと到着するとまずは体を洗う。
血が付いているというのもあるが、死ぬ前に身綺麗にしておいた方が良いだろうとの気遣いだ。
そして走って体についた水分を飛ばすが、思った以上にこれが寒い。
もしかしたら凍死も狙えたのではないだろうか?
だが冬季の訪れにはまだもう少し時間がある。
本格的な寒さより一段劣る現在の気温を少し下げた程度ではやはり難しいだろう。
取り敢えず冬眠モードのようなものはなさそうであることが今更だがわかった。
ともあれ、エルフの集落に近づいたことで彼らも俺の接近に気づいているはずだ。
すぐに迎えが来るだろう……と思った矢先に集団の気配を感知。
これ以上こちらから近づけば無用の警戒を与えるのでここで立ち止まる。
しばらく待つと見えてきたのは度々お目にかかるフォルシュナ氏族のあの男――そう言えば、何か言われていたような気がする。
何だったか、と頭を捻っているとあの男が集団を停止させてこちらにやってきた。
「久しぶりだな。言伝を聞いたのか?」
その言葉で俺はクラーゼ君が言っていたことを思い出して頷いた。
「そうか。ならば話は早い。ついて来い」
そう言って歩き出す名前も知らないよく見る男。
集団もそれに続くが、問題は彼らの持ち物だ。
何処かで見たことがある。
(いや、これは……)
大きなものを背負う男衆らの姿に覚えがあった俺は思わず口に出してしまった。
「帝国の研究施設が見つかったのか?」
「そうだ。約定に従いその破壊に付き合わせてやる」
ようやく俺は思い出すことができた。
住処にしていた研究施設を破壊する条件として、俺は確かに六号さんにこう言っている。
正確に言えばあの時は筆談であったが、その条件は二つ。
一つは今後同様の施設をエルフが発見した時はその所在を知らせること。
もう一つが施設の破壊には必ず俺を同行させること、である。
「場所は?」
いや、その場所が南側であるならば以前俺が捕食したキメラ計画の被験者である可能性が高い。
どうせぬか喜びだ――そう思いつつも、返ってきた答えは俺の予想とは異なるものだった。
「以前破壊した場所から更に東になる。巧妙に隠された地下だと聞いている」
その答えに俺の前に一筋の希望が見えた気がした。
俺は頷き、彼らの後について行く。
これを最後にしよう――そう思い適度に距離を離して歩き続ける。
遠目に見える先ほどまでいた研究施設跡を横目に通りすぎ、夕暮れ時となった辺りで目的地へと到着。
しかしそこには何も見当たらなかった。
周囲を見渡しても人工物があったとは思えない。
すると一人のエルフが詠唱を開始。
どうやら魔術で隠蔽していたらしく、土が動いたかと思えばそこには大きな扉があった。
「中には?」
「まだです。開けた際に地下から音が聞こえました。確認を取ったところ『ここはまだ生きている可能性が高い』だ、そうです」
エルフの男衆が話す内容が聞こえてくる。
盗み聞きをする気はなかったが、耳が良いので仕方ない。
だがこれでもう一つの懸念事項がなくなったかもしれない。
もしかしたら……そんな期待に俺は胸の前で拳を握る。
そうなると入り口付近で未だ調べ物をしている彼らに苛立ちを覚えてしまう。
「私が先行しよう。多少なりともこの手の施設に関する知識はある。何かあっても私なら大丈夫だろう」
そう言って扉に手を伸ばしたところであの男が割って入ってきた。
「私はお前を信用していない。同行を許しはしたが、勝手に動くことを許した覚えはない」
「……懸念がある。確認したい」
「ダメだ」
まあ、元々友好的と言えるエルフは六号さんくらいなものである。
この反応はある意味当然なので、俺は仕方なく言いくるめることができるか試してみるが……その前に一つ質問する。
「そう言えば、名前を聞いていなかったな」
「アズールだ」
「ではアズール。私が抱く懸念を伝えよう」
それは彼らをして多大な犠牲者を出した「森林の悪夢」が旧帝国の研究施設から逃げ出したモンスターであること、そして自分がねぐらにしていた施設同様に、ここもまた同じような化物がいる可能性が高いことを語った。
「この施設が生きている可能性が高い、と言ったな? 扉を開けたことで研究施設が息を吹き返した可能性がある。もしかしたら、この場所で生み出されたモンスターを目覚めさせる準備が始まっているかもしれない」
暗に急がないと間に合わないかもしれないぞ、と脅してみたところ、アズールは何か考え込んでいる。
「こちらとしてもあのようなものは排除したい。私で勝てない相手となれば、そちらにとっても面倒な話になると思うが?」
しばし考えた後「仕方ない」とばかりにアズールは溜息を吐いた。
扉を開けて地下へと通じる梯子に足をかけ、俺に視線を寄越すとついて来いと顎をしゃくった。
俺は明かりの魔法で照らされた縦穴に身を投じ、外壁の出っ張り部分を足場にしてスイスイと降りていく。
どうやらここは昇降機があった場所のようだが……そうなると地上部分がおかしなことになる。
しかし今はそんなことを考えている時ではない。
昇降機の扉をこじ開け、中に入るとそこは照明が照らす廊下があった。
この施設は生きている。
俺はアズールを待たずに近くの端末に触れる。
「埃がない?」
明らかにおかしい。
電源が入った端末がゆっくりと起動する。
「先行するな。何をして……」
「これを見ろ」
アズールの言葉を遮り起動した端末を見せる。
「この施設は完全な形で生きている。埃すらない状態を無人で二百年維持することはエルフなら可能か?」
「不可能ではない、とだけ言っておく」
そのニュアンスで理解できた。
ここは恐らくつい最近目覚めたばかりだ。
そして何かしらの装置が起動し、施設内を清掃する何かも動いている。
「引き上げろ、と言って聞くか?」
「聞けんな」
鼻を鳴らすアズールに「最悪はこいつ昏倒させるか」と端末から施設内部の情報を入手する。
目的地は把握した。
ズンズンと迷いなく進む俺の後をアズールは付いてくる。
俺でも問題なく歩ける廊下を進み、辿り着いた部屋のドアを破壊する。
部屋の中には見覚えのある冷凍睡眠装置が一つ中央に鎮座していた。
周囲から伸びる無数のパイプが中央の装置に向かっており、それを踏まないように気を付けながら近づく。
「そんな、まさか……」
近づくにつれ冷凍睡眠装置の中身が見える。
あり得ない――いや、違う。
可能性はあったはずだ。
だが、俺が今見ているものは「俺」とは明らかに異なる点がある。
「タイプ:ゴライアス……」
冷凍睡眠装置に眠る者は間違いなく同型――ただ一つ、ガラス越しに見えるその姿が黒く染まっていることを除けば、俺と同じタイプ:ゴライアスであることは間違いなかった。




