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元同胞を殺した俺はまず自分の位置の把握に努めた。
幸いというべきか、同じ場所をグルグルと回っていたらしく、荷物を置いた洞窟からそこまで距離が離れていなかったおかげで夜が明ける前に戻ることができた。
と言っても既に丸2日以上経過しているので荷物が無事かどうか心配だったのだが、どうやら誰もここには来なかったらしく、置いた時のままの場所にあった。
中身を確認しても無くなったものはなく、取り敢えず水を飲みつつ干し肉を齧る。
少々塩辛いが、ここは全部平らげてしまう。
まともな食事をしていなかったので、何でも良いから口に入れた方が良いと思ったからだ。
活動するのは夜が明けてからにするとして、どこかに水場はないものか?
狩った動物の血を飲むというのは最終手段にしたい。
取り敢えず、夜が明けるまではここで休むことにしよう。
そう思ってウトウトとしていたら日が昇ってきた。
寝てしまいそうだったので良いタイミングだ。
眠ってしまっても良いかとも思ったが、それは腹にもう少し物を入れてからにしたい。
というわけで狩りを開始する。
獲れた獲物はこちら、鹿になります。
血抜きした鹿を魔剣という切れ味抜群の包丁で適当に解体。
腕力による解体に比べて実にスムーズである。
内臓はどう処理して良いのかわからないので穴を掘って埋める。
水を少し使って手を洗い、用意していた鉄板の上に鹿肉を置く。
(あー、これトングが欲しくなるな)
肉を焼くのだからそれを掴むものが必要となることを失念していた。
機会があればまたショッピングモールに立ち寄ろう。
しかしそうなると他の物も欲しくなりそうだ。
「魔法のアイテムで沢山物が持てないかねぇ」とか考えながら焼けた鹿肉をひっくり返す。
野生動物だからしっかり火を通さないと食べるのが怖いんだよな。
そんなわけで無事完食。
「あー、塩が欲しい」と大きく体を伸ばして横になる。
鹿一頭ほぼ丸々食える体だが、この味気なさはどうにかならないものだろうか?
残った水を全て飲み干し、食事休憩を終わらせたところですっかり辺りは明るくなっていた。
そろそろ出発するかという段階で問題発生――鉄板が汚い。
足りないものが見つかりすぎて辛い。
やはり生活するとなれば水場の近くが便利で良いが、肝心の水場が少ないのが難点である。
さて、鉄板の汚れは仕方がないので荷物を背負って移動を開始――する前に、ここで残念なお知らせがあります。
ブルーシート……君はここまでだ。
ぶっちゃけ色が目立つので持ち歩くべきではなかった。
というわけでブルーシートは洞窟の中に置いていく。
それでは予定通りにここから北西にあるグレンダの街を目指すとして、まずは街道へと向かう。
そこからは街道沿いに森の中を進んで行く。
道中商隊らしき一団とすれ違ったが、擬態能力を使用して荷物を隠しておけば案外見つからないようだ。
そんなこんなで森を抜けると草原地帯へと変化する。
ここからは身を隠す場所がない。
なので街道を横切り堂々と北の山を目指す。
幸いなことに人に見つかることなく、お昼頃に山の麓に到着。
曲がりくねった街道の先には街があり、周囲は山が多く鉱山都市として栄えていた。
俺は山を登りつつ川を探す。
1時間ほど登ったところで目的地に到着。
ここからならグレンダの街を一望できるだろうと崖の上に立った。
立つ必要がなかったので伏せたが、望遠能力を用いて街を一通り見たところで一言言いたい。
(何でこんなに寂れてるんだよ)
かつてはカナン王国の三大都市に名を連ねていた街に一体何があったのか?
答え:銀と希少鉱石が枯れた。
「そりゃ200年もあれば枯れるわな」と周辺探索で廃坑を見つければ納得もできるというもの。
というか記憶違いがなければ「500年は掘れる大鉱脈だ」とかカナン王国が自慢してたはずなのだが、300年前から掘っていたなんて話聞いたこともない。
まあ、自国の戦略物資等の埋蔵量を馬鹿正直に語る国なんていないだろうし、これは完全に俺のミスである。
やってしまったと思いながら見つけた小さな川で鉄板にこびりついた肉を剥がす。
ちなみに拾った枯れ枝をタワシ代わりにしているので、汚れを落とすのに結構手間取った。
水も一応煮沸した物を瓶に入れ、獲った魚を焼いて食べる。
食べ終わる頃には日は落ちており、適当な場所に腰を掛けてウツラウツラと船を漕ぐ。
場所が場所なので眠るのが少し怖いが、ここ数日の活動から眠らないのも問題がある。
俺はいつの間にか意識を手放し、気が付けば辺りは明るくなっていた。
「眠ってしまったかー」と頭をペチリと叩き、恐る恐る瓶の水を飲む。
味も臭いもおかしい点はない――大丈夫なはずだ。
飯の前に街をもう一度眺める。
やはりというか人が少ない。
正直ここまで廃れていると見るべきものがない。
城壁にいるべき兵士はまばらでその装備にも特徴的なものは見られない。
詳細を見ることができないと言えど、塔や城壁に備えられた設備を見るくらいはできるのだが、肝心の防衛のためのものが何一つ見つからない。
ここでバリスタなり見つけることができたならば良かったのだが、何もないおかげでこの時代の防衛設備がどの程度か知ることができない。
(いや、無駄足と決まったわけではない。街の様子からどんな新しい物が作られたかくらいの発見はあるはずだ)
一番活気がある昼に最後の確認をしなければ、まだ収穫なしとは言い切れない。
魚を獲ったり焼いたりしつつ時間を潰し、もうじき昼になろうという頃に再び街を観察する。
(うん、ダメだ。ここはハズレだ)
距離があるので俺の能力でも表情を読み取ることはできないが、それでもわかることがある。
ここの街に活気がなく、住民には希望はない。
何より子供の数が少ない。
恐らくではあるが、ここにはもうまともな産業が残っていないのではなかろうか?
兵士も少ない上にやる気が全く見られず、欠伸をしても咎めるものは誰もなし。
士気も低ければ練度も低そうな者ばかりである。
完全にハズレだ。
見るべきものすらない街だ。
となると街道ですれ違ったお姉さん方はこの街から逃げ出した人達、ということになるのだろうか?
(まあ、こんな街なら見捨てるわな)
ここにいるくらいなら南部攻略の最前線の町へ行くのも納得である。
となると次はどうするか?
いっそこのまま西に向かいエルフの国へ行くのも良いかもしれない。
確かめたいことはある。
左手に残る感触を確かめるように拳を握り、そして開く。
俺以外にも遺伝子強化兵はいる。
ならば他にいないとも限らない。
それを確かめるために戻るという選択もある。
だが、仮に見つけてどうするのか?
どうしたいのかがわからない。
(というか、あの一面森林と化した広大な帝国領で研究施設探せとか、結構無理難題なんだよなぁ)
第一探すにしてもアテすらない。
アテもなく帝国領を隈なく探せと?
(幾ら俺の身体能力でも、現実的じゃないんだよなぁ……)
帝国軍人として恥じないようにと心がけてはいるが、あるかどうかもわからないもののためにそこまでできるかと言えばNOだ。
労力に全く見合ってない。
できるならやろう。
しかし俺の能力を完全に超えている上に、可能性の話でしかなく、待っているのは森林サバイバル。
残念ながら「ご縁がなかったということで」と頭を下げざるを得ない。
というわけで次の目的地を設定。
ここから更に西へ西へと移動し、対エルフの最前線「エメリエード」まで向かう。
正直行き過ぎたとは思うが、最早そこまでしないと安心できない。
200年という歳月は俺が予想した以上に変化を齎している。
ならば、変わらないであろう場所まで行って、自分の目で確かめるべきだ。
何故最前線に変化がないと確証を持てるかと言えば、カナン王国がエルフ国家こと「エインヘル共和国」に勝てるはずがないからである。
大戦中唯一帝国に辛酸を嘗めさせたエルフがカナン程度に後れを取るはずがなく、またエインヘルは他国の領土を欲しない。
ここまで聞けば、前線に戦力を割く必要がなさそうに思えるが、そうはいかない理由がある。
エルフは種族として自然を崇拝しており、最低限度の開拓しかしない。
結果、領内はモンスターが生まれやすい環境となる。
だが問題にはならない。
何せエルフの戦闘力は人間とは比べ物にならない。
湧いてくるモンスター如きでは脅威にならず、むしろ周辺国へと逃げ出すため国境に守りが必要となる。
放置すればモンスターが群れをなして街を襲うこともあり、適度に間引くことは必須なのだが、国境を越えることをエルフ達は許さない。
このような事情もあり、エルフ国家と隣接する人間国家はエルフと仲が悪いのは当然とすら言える。
そういった事情とは無関係な国や人は、その優れた容姿故に悪感情を持たない……というより幻想を抱くと新兵時代に教わった。
はい、まんま俺のことです。
季節的にそろそろ薄着なので、ついでにエルフも見ておきたい。
これにはやましい意味はなく、単純に帝国の脅威となったエルフが200年でどう変わったかが見たいだけだ。
そんなわけで進路は西。
身を隠す場所がなければ最悪帝国領を通ればいいだろう。




