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森を横目に荒地を駆ける。
目指すは西だが、砂漠となった旧帝都を突っ切らなかったのは砂地では案外速度が出ないことを前回来た時に覚えており、汚染がまだ残っている可能性も考慮しての判断である。
一応砂漠の外周部を調べるという目的もあり、森との境目をこうして走っている。
何もない砂漠で何かを探しながら移動するより、こっちの方が利があると考えてのことでもある。
その甲斐あって町の跡を何度か発見しているのだが……そのどれもが酷い状態で収穫を期待できるはずもない。
念のために地図で確認はするが、その結果に俺はただ黙って首を振るばかりであった。
唯一の収穫と言うべきものが、北側にある地底湖から流れる地下水路の水である。
助かるのは事実だが、もっとこう何かあってもいいのではなかろうか?
そんな感じに二日かけて旧帝国領西側へ到着。
まずは一番近い「シザー」の研究施設を探したところ、思いの外あっさりと見つかった。
やはり場所がわかっているというのは大きい。
早速地下へと行こうとしたら俺の体には少々入口が狭く、苦労して降りた先にあったのは見事に荒らされた研究施設。
「あー、これは片方はここで決まりか」
俺と違いタイプ「オーグル」のイノスはラークと出会いネメシスコードを知っていた。
これはそれ故の惨状である。
「これは時間がかかりそうだ」
俺は溜息を一つ吐くと埃っぽさで口元を覆う。
まずは生存者の有無を調べるが、狭い通路を頑張って通るも予想通り三つある全ての冷凍睡眠装置は稼働していなかった。
中に見える被験者の姿も酷いもので、これがここ数年のものではないことなど一目瞭然。
唯一開放状態にあるカプセルには埃が積もり、ここに誰かがいたことは一目でわかった。
(ここはハズレか……)
肩を落とすがまだ資料が残っている。
戻って体に似合わぬ地道な作業を始めてから大体三時間――新たな発見はなく、見つけた資料は大体俺が知っていることばかりが書かれていた。
「完全にハズレだな」
気を取り直して次に行こう。
地下から這い出て向かう先は南。
俺が食った「デーモン」の研究施設だ。
移動中に見覚えのあるオブジェクトがあったので、この辺をじっくりと探していれば発見できていた可能性があったようだ。
ということで二つ目の研究施設も無事に見つかる。
こちらはしっかりと隠されていたようだが、被験者が出てきたことでカモフラージュが台無しになっていた。
「この状態なら俺が見つけてもおかしくなかったな」と瓦礫を退かして入り口を拡張。
地下へと降りると開いたゲートをくぐる。
思ったよりも広い研究施設を明かりの魔法を付けて歩く。
少し周囲を探ってみたところ、どうやらここはまだ電気が使えるようだ。
「独自の発電設備がある、か」
この広さならば拠点にも使える。
そう考えた俺は施設内部の探索を開始した。
見つけたものは冷凍睡眠装置と思しき大きなカプセル。
その数、たったの一。
ここに生存者がいても意味はなかったと思うが、それでも生きている者がいるといないとでは持てる希望も違うだろう。
俺は一つ息を吐き、通路に戻ると施設の状態を確認して回る。
わかったことは予想以上に状態が良く、資料がしっかりと残されていたことだ。
資料室は人間用だったので入るのに少しばかり苦労した。
そして中に入っても狭くて身動きが取れず、四苦八苦しながらも重要そうな資料の持ち出しに成功。
いっそ入り口を拡張しようかとも考えたが、ここは地下なので迂闊な破壊活動は厳禁である。
そんなわけで持ち出した資料を広間に並べ、明かりの魔法を使うとどっしりと座り込んで読み進める。
わかったことはこの「デーモン」が最初のキメラ計画の成功例だったこと。
そこに至るまでに何百という失敗があり、実験動物での成功から人間へとシフトした後の内容に至っては吐き気を催す内容が書かれていた。
「……一号失敗。二号、三号も失敗。四号が発狂。五号、六号と失敗し七号は……読めないな」
実験動物はサンプル374号から先がないことから、ここから人間での実験が始まったのだろう。
その原因の考察と立証のための実験。
実験結果から導き出された被験者の選別とその過程。
「強靭な精神、強い意志がなければ変貌した自身の姿を見て発狂する。だから『家族を救うため』という理由は好都合だったわけだ」
キメラ計画初の成功例となった彼の理由を思い出し、無意識に拳が硬く握られる。
だがそれも束の間。
感情抑制機能が俺の心を平静へと戻す。
その後のデータ採取に伴う技術向上から生まれたのがこの感情抑制機能らしいのだが、この時はまだ俺に搭載されているようなものではなく、大きすぎる感情の振れ幅をある程度抑制するだけのものだったようだ。
考えてみればキメラ計画のデータが遺伝子強化兵計画に使われているのは当然のことである。
彼らの犠牲の上に自分が成り立っていることは今更な話である。
(それすら俺は気づこうともしなかった)
天井を見上げて目を瞑り、このどうしようもない感情を整理する。
そんなことをしなくても勝手に抑制されるのだが、こればっかりは自分の意思で呑み込むべきだと思ったからだ。
しばらくして視線を落とすと再び資料へと目を通す。
内容は頭に入っては来るのだが、理解が及ばないものが多くなり始めた。
知らない単語もどんどん出てきたことから、ここからは専門的な知識を必要とするようだ。
恐らくは技術的な資料だろう、と別の冊子を手に取りそちらを捲る。
「これも技術的なものか」
それから幾つもの資料をとっかえひっかえしたものの読めるものは半分もなく、そのまま目を通し続けても新たな発見と呼べるものは何もなかった。
「ここまでか」と呟き、最後となる資料を閉じる。
最初期のキメラ計画の施設から得られる情報は既知のものばかりなのも仕方がない。
もしかしたらネメシスコードに関する何かが見つかるかも、と期待したのは事実だが、まさか何もないとは思わなかった。
遺伝子強化兵計画の最後であるはずのタイプ「ゴライアス」の研究施設の資料はほとんど持ち出されており、それを考えると最早旧帝国領からはネメシスコードに関する情報はこれ以上手に入らないのではないかと思ってしまう。
ともあれ、ここで見るべきものは見た。
地下から出た俺は森を駆ける。
向かうべきはここから南南東。
最後となる「ニードル」の研究施設へと夜を徹して走り続けた。
それを発見した瞬間、感情抑制機能が容赦なく俺の思考を平静に引き戻した。
研究施設と思しき地下へと続く縦穴は確かにあった。
かつて昇降機であったはずの扉は破壊され、その先は瓦礫で埋まっていた。
「わからなくはない」
もしも、ここで彼が二人目を食らっていたならば、己の身に宿る問題を知ることになっている。
誰かの口から聞いたものではなく、自分の体験としてそれを知れば、否応なく認めざるを得ないだろう。
きっと彼も心のどこかで「そんな馬鹿な話があるか」とラークの言葉を信じ切れていなかったことは想像に容易い。
本来はそれだけ荒唐無稽な話なのだ。
だから現実と知り、怒り任せの破壊衝動に駆られたとて、俺は彼を非難できない。
俺もまたあの日怒りを周囲にぶつけていた。
黙って瓦礫の撤去を始めてからしばらくして、隙間から見えたその先に明かりの魔法を進ませる。
そこには昇降機の残骸と思しき金属が地下への入り口を塞いでおり、そこに見える色の違う瓦礫が施設内部のものであることがわかった。
つまり地下施設は崩壊している。
作業を中断して地上へと戻ると俺は空を見上げて息を吐く。
(そう言えば、昨日は何も食べていなかったな)
空腹は感じない。
だが心なしか何時もより力が出ない気がする。
最後に水分補給をしたのが何時だったのかもわからない。
俺は一先ず水を飲み、腹を満たすために獲物を探した。
狩りに集中できなかったこともあり、少しばかり時間はかかったが猪を仕留めることができた。
これを解体し、その肉をいつものように焼いて行く。
無言で焼けた肉を咀嚼し、飲み込んでは次を焼く。
味もわからないほどに俺はあることばかりを考えていた。
あれだけ探して見つからなかったものが、情報さえあれば一気に三か所も発見することができたのだ。
ならば、俺が考えることは一つ。
(持ち出された資料を評議国で探す)
現実的ではない。
二百年前の資料が残っている可能性自体は十分にある。
しかしそれを自力で探すなど評議国に攻め込むも同義。
故に俺が取れる選択肢は一つ――交渉での入手だけである。
最悪は正体を明かすことも視野に入れる。
幸いなことに交渉材料は持っている。
精霊剣――これをチラつかせれば、評議国とて無視はできまい。
また正体を明かした場合、俺に残された猶予が僅かである点を強調し、理性を失い暴走状態となった遺伝子強化兵と戦闘するリスクを説くこともできる。
問題が山積みであることはわかっている。
それでも、希望を見出すには十分な材料がこの手にある。
「……行くか」
食事が終わり俺は立ち上がる。
そう恰好を付けたものの、待っているのは後片付け。
これが終わったら今度こそ出発だ。
(´・ω・`)ちょっとコロナ関係でごたついてましたが、ようやく落ち着いたので他を書く余裕ができてきた。感染はしていないのでご安心を。




