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冷凍睡眠装置が並ぶ部屋を出る。
この可能性は考慮に入れていたはずなのだが、研究施設の発見で少々舞い上がってしまったことで落ち込む余地が生まれただけだ。
自分にそう言い聞かせ呼吸を整える。
まだ徒労に終わったわけではない。
資料室に何か収穫があると信じ、そちらに体をねじ込むように入ったわけだが……当然と言うべきか、大半の資料は持ち出されており、残ったものにどれだけの価値があるかと考えると期待値はどうしても低くなる。
「それでも」と残った資料を手に取り調べていく。
すると思わぬものが残されていた。
「キメラ計画……」
読めない部分が大半の表題だが、読み取れた一部からそう書かれていたであろうことは間違いない。
手にした資料を開くと表題と違って中身は無事らしく、ちゃんと読むことができる状態を保持していた。
果たしてその中身なのだが……パッと見る感じ、そこには確かに欲しい情報が書かれていた。
「『デーモン』『ゴーゴン』と続き『シザー』に『ニードル』それに『カオス』か……」
シザーとニードルは何となく何を素体にしたのかがわかる。
これらには間違いなく出会っていない。
モンスターの部位と人間を結合させたかのような明確に残していた蜘蛛男が遺伝子強化兵計画の産物とは考えにくく、恐らくはキメラ計画の被験者だと思われる。
残る三つの内のどれかだと思うが、それは読み進めていくうちにわかるかもしれない。
俺が手にした資料はキメラ計画の結果をまとめたものだった。
最初にわかったことはこの「デーモン」がキメラ計画の最初の成功例。
しかも「森林の悪夢」と呼ばれた俺が最初に食ったタコ型だった。
どうやら口の中に人間の頭部が収納されるような形状をしていたらしく、もしかしたらそれを食っていたかもしれないという知りたくない新事実が発覚。
病気の妹を救うために多額の借金をしており、その返済と手術費用のために自分を売ったと書かれている。
「救えないな……」
せめてその妹さんが生きて南に生き延びたことを願うしかない。
次に「ゴーゴン」なのだが……こいつが蜘蛛男だった。
しかもシリアルキラーの死刑囚。
あの性格も納得である。
詳細についてだが、これは大体が知っていることだった上、既にいない相手なので割愛する。
しかしこの二つについてはもっと重要なことが書かれていた。
それはキメラ計画が何処の研究施設で進められていたか、である。
「まさか」と思い確認すると全ての被験者の保管場所が記されていたのだ。
思わずページが摘まむ指から離れる。
相変わらず読むのに苦労するのはさておき、この情報は正に俺が欲していたものである。
歓喜のあまり変わらない表情で笑みを浮かべた気分になるが、ここで感情抑制機能が俺を平静の状態に戻してくる。
少し感情の変化が大きすぎたようだ。
だがこれで冷静にこの資料を読むことができるようになった。
取り敢えず続きの「シザー」について目を通す。
予想通りこのシザーはカニだった。
正確には「アイアンマッドクラブ」と呼ばれる車すら引き千切る鋏を持つカニ型の大型モンスターであり、その甲殻と巨大な武器を持ったキメラ計画の成功例。
それがシザーだ。
下半身は人型に近く、背中から生えた足と上半身を覆う甲羅、両腕が鋏となった姿をしている。
ちなみにギャンブルによる借金が原因でここを紹介されたらしい。
また無類の犬好きらしく「自分の姿を見てまず犬を撫でられなくなったことを嘆いた」と備考欄にあった。
中々どうでもいい情報が書かれている。
その辺は読み飛ばして次は「ニードル」だ。
かなり強力な毒を持っており、その姿は蜘蛛男と同じように上半身が人の姿を残して下半身がサソリになっている。
「映画で見たような気がする」という感想はさておき、この「サソリ部分の戦闘力に申し分はないが、人間部位が明らかな弱点となっている」は兵器としてどうなのか?
確かにこの見た目なら俺でも迷うことなく人間部分を攻撃する。
読み進めると蜘蛛男のように「酸を吐く」や「脱皮する」と言った攻撃や防御能力は存在せず、この部分を「失敗だった」と断言している。
「しかも備考欄が『馬鹿馬鹿しい詐欺に引っかかった本物の馬鹿』て……」
その時の借金が異常な速度で膨らんだ結果、ここに売り払われたとのことだ。
遭遇しても戦闘を躊躇ってしまいそうになる不憫さである。
最後に「カオス」なのだが……こいつの詳細情報に関しては「制御不能により廃棄」の一文で終わっている。
見た目もわからず名前以外は失敗例として極僅かな情報が残っているのみ。
どうやら複数のモンスターを掛け合わせた結果、形にはなったが重大な問題が発生したことで廃棄となったようだ。
これでは被験者も浮かばれない――そう思っていたのだが、こちらも死刑囚を使っての実験だったようだ。
被験者の生命力が研究者の想定を大きく上回っていたことで完成へとこぎつけることができた、とあるので通常は無理であったことが読み取れる。
なお、これら結果が後続の遺伝子強化兵計画に適応されたことで「使用するモンスターは一種のみ」となっているようだ。
「色々混ぜた方が強そうなのに何故そうしないのか?」と疑問に思ったことはあったが、それがこのような形で答えを知ることになった。
最後にこれらキメラ計画の被験者が保管されている位置を確認する。
その位置は全て西側。
俺が予想した通り、初期のタイプはエルフとの戦争に投入するべく西側で研究されていたようだ。
問題はその位置である。
(南西か……)
そう、南西にはタイプオーグル――俺が食らった二体目のネメシスコード保持者が眠っていた場所である。
そしてタイプオーグルであるイノスは俺と出会った時点で二体分のコードを獲得している。
それが意味することは?
「シザーとニードルは既に食われている可能性がある」
口に出してみたが、この可能性は考えたくないが最も高いと思われる。
他を食った可能性もあるし、まだ成功例が残っている可能性だってある。
どの道ここに記されている二ヵ所は訪れなくてはならない。
地図を取り出し資料と見比べながら凡その位置にチェックを入れる。
念のために俺が知る蜘蛛男の保管場所も確認したが、どうやらこの情報は正しいようだ。
安堵の息を漏らし、他に何かないかとしばらく資料室を漁っていたが、流石にこれ以上の情報には巡り合うことはなかった。
重要な資料は粗方引き上げられていることはわかっていたことなので、これに関しては気を落とすようなことはないが、気になるものはやはり気になる。
仮にもここは「ベヒモス」の研究施設である。
ラークの話から後期型の遺伝子強化兵であることは間違いなく、その関連資料ともなれば、他の被験者の情報があってもおかしくないのだ。
だが最後の遺伝子強化兵である俺がいた施設には碌な情報が残っていなかった。
(というか……気のせいじゃなければ、こことあっちとじゃ何か色々違うんだよな)
例えば広さ。
こちらの施設は大体がベヒモスが移動することを想定しているのか広くて高い。
しかし俺がいた場所は全体的に狭くて低かった。
「予算の都合か?」
ここが帝都に近いことを考えると各種費用が浮いた分、施設そのものに費やすお金が多かったのだろうか?
ともあれ、他の部屋にも何かないかと探してみたところ、このベヒモスの成功例と思しき人物のパーソナルデータが見つかった。
どうやらベヒモスの被験者は俺のような訓練兵ではなく、実戦経験豊富な正規の軍人で格闘技に定評のある人物だったようだ。
階級は中尉で戦争で右腕を欠損したことにより、前線を退くも遺伝子強化兵に志願。
またその志願理由が「前線復帰のため」というウォーモンガーだった。
(……生きてた場合、俺が食われてた可能性あるな)
ここでの結果は今ならば「よかった」と思える。
基本的な戦闘能力では負けている上に元のスペックや経験でも劣るとなれば、真っ向勝負ではどう考えても分が悪い。
残った部屋を全て調べ終え、これ以上の収穫はないと判断した俺は地上へと出る。
日付が変わって間もない時間帯なので辺りは真っ暗だ。
今から飯の準備をするにしても、周囲に獲物の気配は全くない。
仕方なく俺は周りを見渡し、まだ形が残っている建物を探すが……見つからない。
もう一度地下へと降りるのも億劫なので、瓦礫の上に腰掛け目を閉じた。
ああ、それにしても持ち出された資料がどうしても気になる。
あれだけ詳細な情報があったということは、遺伝子強化兵に関するものもきっと精度が高く、より詳しかったに違いない。
次に向かう先が空振りだった場合、フロン評議国との取引も視野に入れた方が良いのではなかろうか?
考え事をしながら眠気を感じない体でうつらうつらと船を漕ぐ。
しかしやっぱりここでは眠れそうになかったので、結局地下に戻って仮眠室からマットを集めて寝床にした。
久しぶりにまともな場所で寝た所為か、目を覚まして地上に戻ると昼を過ぎていた。
昨日はずっと地下にいたので次は食事を摂らなくてはならない。
「生きるのも大変だ」
そう呟いた俺はのっしのっしと森へと向かった。
(´・ω・`)設定解放回。
カニじゃなく針なのに何書いてんだか……




