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探索に戻って早五日――現在位置を確認できたことで、その日のうちに目印を発見することができたことは僥倖だった。
そこから探索を再開したのはいいのだが……未だ成果はなし、ときた。
そう簡単に見つかるものではないことはわかっているし、仮に研究施設があるとすれば、何かと機能が集中している帝都近辺か、または前線に投入するため西側だろうという予想はある。
前者は跡形もなく吹き飛んでおり、現状発見した研究施設が自分のものを除くと西側で見つかっていることから「やはりそちらを探すべきではないか?」と考え始めている。
しかしここで旧帝国領南東部の探索を見送った場合、進出したセイゼリアと一戦交えることになりかねないという懸念が俺をここに留まらせている。
「まるで陣取りゲームをやってる気分だ」とぼやく余裕ができたのは、この懐かしき故郷の味のお陰だろう。
「あー、たまらん」
乾パンで挟んだ最後のソーセージをケチャップとマスタードで大切に食べる。
そして食べ終わって感じる喪失感。
まだ乾パンは残っているが、これではないんだ。
食事を終えて手に入れたお茶で一服しつつ、今後について考える。
これまで見つけた研究所のうち一つがキメラ計画のもので、残る一つが遺伝子強化兵だった。
(前線への投入を考えれば西側にあるのは納得できる。そして最後の遺伝子強化兵となった俺は東側。つまり戦線がまだ押されていなかった初期組は西側で、後退した後の後期組は東側、とも考えられる)
この憶測だが一応辻褄は合っているように思える。
となれば西側は研究所を発見できても、その状態次第で無意味となることも視野に入れる必要がありそうだ。
最終的に帝国は何処まで押されたのかがはっきりしないので確かなことは言えないが、安全圏ではなくなった施設で研究を続けるかと問われれば、撤収している可能性を真っ先に思い浮かべてしまう。
当然研究内容が内容だけに破棄されていることも考慮に入れる必要はあるが、俺を初めとして幾人かが残っていたので、そちらの心配は杞憂に終わってくれると信じている。
考え事をしつつ空になったコップを洗い、片づけを済ませて探索を再開する。
そろそろ何か成果が欲しい。
更に二十日が経過した。
気温が下がっているのを肌で感じながら、今日も今日とて探索をしている。
研究施設は地下にあると仮定し、地上部分となる建物跡の発見に注力しているが未だ成果はなし。
いい加減南東部での探索を打ち切ることを決断するべきか、と大事に取っておいた最後の乾パンを口にする。
既に地図上では大部分が塗り潰されており、これならば多少時間を空けたところでセイゼリアが未探索領域へと進出することはないはずである。
しばしその場に留まり考える。
このまま探索を続けるか?
それとももっと可能性が高い場所へと移動するか?
(旧帝国領の外側は隣国からの侵攻で荒らされている。しかし南東部は隣接しておらず無事だからこそ、ここに研究施設が残っている可能性を見出したんだが……)
施設どころか建物すらない始末である。
南東部は開発が遅れており人口が少ないことは知っていた。
それ故に軍関係が出没するモンスターを駆逐するために演習場として用いていたことも知識にある。
「軍関連施設は南側にもしっかりあったし、研究所があったとしてもおかしくないと思ったんだがなぁ」
大きく息を吐いて肩を落とし、手に持ったコップから残り僅かとなったコーヒーをすする。
お茶はとっくになくなっており、コーヒーもあと数回分しか残っておらず、各種調味料も着実に減っている。
仮にここで離れてもセイゼリアに未探索の領域を取り込まれる心配はない。
南東に真っ直ぐ領土を広げる理由がないわけではないが、それはフロン評議国を刺激する。
俺は自分に「大丈夫だ」と言い聞かせ、ここを離れる決断を下す。
目的地は帝都周辺――最終兵器により都市が吹き飛んでも、地下部分がまだ残っている可能性に賭けることする。
正直に言うと帝都周辺はこれまで避けてきた。
帝都に住んでいたが故に、どうしても思い出してしまうものがある。
(目覚めてからもう半年以上経つのに……)
いや、まだ半年と言うべきか?
思えば気づけば二百年である。
全てを失い自暴自棄になってもおかしくない状況でよくやってこれたものだ、と意外に図太い神経をしていた自分を笑う。
冷めきったコーヒーを飲み干し、立ち上がると方角を確認。
コップを水を含ませた布で拭き、リュックに仕舞って立ち上がる。
少し状態が悪くなってきた気がするリュックを丁寧に背負うと俺は走り出した。
町の中に無事な店があるなら物資の補給もしておきたいところである。
そうして夜を徹して走り続け、昼過ぎに目的地へと到着。
汚染云々は時間が解決してくれていると信じておく。
位置的には旧帝都の外周にある町の南東部と思われる。
まだここは爆発の余波による被害が少ないのか、辛うじて建物が原型を留めている部分がチラホラ見受けられる。
これならば物資の補給は可能だろう。
地図を片手に正確な位置を掴もうとするが、こういう時に限って現在位置を示す何かが見つからない。
しばらく道路に沿ってウロウロしたところでようやく発見。
駐輪場を示す案内図から正確な位置を割り出すことができた。
ここからはしばらく地図とにらめっこ。
現在位置がわかるのであれば、地図さえあれば行きたい場所に辿り着くのは容易である。
そんなわけでまずはマーケットへと移動する。
目的は地図だ。
これはただの思い付きなのだが、少し古い地図と最新のものを見比べて違いを調べたかった。
遺伝子強化兵計画然り、キメラ計画は明らかに倫理的に問題であり、どう考えても大衆受けするものではない。
そんな施設が町の近くにあるならば、隠そうとすることは必至であり、それを地図で見つけることはできないか、と考えてのことである。
勿論見つかるとは思っていないが、何か手掛かりでもあれば儲けもの。
そうして見つけた書店で手に入れた地図を見比べることしばし――結果から言うと結構色々違ってた。
建造物の有無が少々と間違いでもあったのか微妙に道の形が違ったりと差異がある。
もしかしたらここに隠したい何かがあるのかもしれない。
そんなことを考えているともっと怪しいものを見つけてしまった。
「帝国遺伝子工学研究所……」
名前からして隠す気なしである。
俺が知っているから、というのもあるが、こうも堂々と町の中に存在しているとは思わなかった。
大きなものだけとは言え、建物の名前がわかる拡大地図を広げ、あれこれ考えていた自分が馬鹿らしくなる。
まあ、帝都周辺ならこういった施設の存在もあり得なくはないだろう。
無関係の純粋な研究機関の可能性も十分にあるので、縮図の違う地図にチェックを入れてこの研究所へと向かう。
幸い距離がそこまで離れていないので一時間とかからないだろう。
その予想は正しく、荒れ果てているとは言え、舗装された道路を走ることが森に比べて楽だったこともあってあっさりと到着。
原型を留めていない崩れた灰色の二階建て建物を前にして、俺は「ここから探すのか」と肩を落とす。
それからしばらくは瓦礫の撤去作業である。
荷物を置いて黙々と肉体労働に従事しつつ、地下がないかを床を叩いてチェックする。
そうして見つかる昇降機。
二階建ての建物で昇降機である。
「まさかアタリなのか?」
思わず喜色に含んだ声が漏れる。
瓦礫の撤去作業に力が入り、せっせと運び出して無事に昇降機がその姿を現した。
人が乗るには明らかに大きなサイズの扉を見て俺は地下があることを確信する。
早速扉をこじ開け……目の前の昇降機の籠を見てどうしたものかと途方に暮れる。
下に落とすのは避けたい。
出入口を塞いでしまっては面倒だ。
だがその前に地下があることを確認しなくてはならない。
「絶対にある」と思ってはいるが、実際にこの目で見てみないことには始まらない。
ここから先は「物凄く頑張った」とだけ言っておく。
隙間に指を入れようと試すも、この大きな手が滑り込める余地などあるはずもなく、あーでもないこーでもないと試行錯誤。
結果、削岩機として実績のある精霊剣の出番となる。
昇降機の籠の床に幾つもの穴を開け、力技で引っぺがして下を確認。
「あった……」
地下へと続く空洞を照明の魔法が照らす。
ようやく見つけた。
助かった、という安堵が被験者の命を奪うという現実を遠ざける。
俺は喜び勇んで床をぶち抜き地下への空洞を下りた。
三十メートルほど下りて底に到着し、見つけたのは地上部分と同様に大きな扉。
それをこじ開け、中に入ると暗闇が俺を出迎える。
照明の魔法で明かりを追加し、中へと入るとそこに見えるは白い壁。
「間違いない。研究施設だ」
一歩進むと積もりに積もった埃が舞った。
マスクが欲しくなる埃っぽさである。
取り敢えず布を取り出して鼻と口を隠すように手で押さえて歩き出す。
まずは施設の全体を調べるべく入口付近から見て回る。
端末はあったが全て動かない。
どうやらここに電力はないようだ。
恐らくは俺がいた施設と同じタイプだろう。
しかし今は暗闇でも照明の魔法があるので何も問題はない。
宙に浮かぶ灯を連れ、見つけた部屋を一つずつ調べていく。
案内板でもあればよかったのだが、見つからなかったので仕方ない。
そうして一部屋一部屋丁寧に調べていくことしばし、八つ目の部屋が資料室だった。
「ここは後で確認しよう」と扉に目立つひっかき傷を付けて目印としておく。
再び歩き出した俺はここであることに気が付いた。
あまりに普通に歩いていたが、通路の幅や高さがこの図体でも問題ないどころかむしろ余裕さえあるのだ。
(つまり、ここにいる被験者は俺と同等以上のサイズってことか)
そこで思い出される同胞たるラークの言葉。
「ベヒモス……」
俺とはコンセプトが違う戦闘能力に特化した遺伝子強化兵。
戦闘になるケースは想定していたが、間違いなく強敵となる予感しかない。
何処までも暗い施設を魔法の明かりを頼りに歩き続ける。
そして遂に目的の部屋が見つかった。
しかし、そこは明らかに俺が予想していた光景とは違うものだった。
俺がいた研究施設と同じだと思っていた。
だが、ここはそうではなかった。
ようやく見つけた自分と同じ被験者の姿は骨と僅かな皮と思しき残骸。
一つ一つ冷凍睡眠装置のカプセルを見て回るが、どこもそこに「人がいた」とは思えない状態だった。
合計四つの大きなカプセルの中にあったものは、全て二百年という歳月をあるべき形で受け入れたものだった。
生きていなければネメシスコードは反応しない。
独自の電力設備を持たない研究所が被験者を生かし続けることなどできるはずもない。
胸に落ちた絶望を感情抑制機能がリセットする。
「帝都周辺は全滅か」
各種インフラが整い、利便性の高さ故に実験兵という危ういものを帝都の周辺で研究しているのだ。
他にあったとしてもここと同じと考えるのが道理である。
冷静な思考と絶望が頭の中でせめぎ合う。
振り出しに戻ったわけではない。
探すべき場所が絞られたことには違いないのだ。
あとはあの資料室に何かあれば前進できる。
今はただ、それを祈って部屋を出た。




