210 とある亡命者たちの日々
セイゼリア王国からフロン評議国へと亡命したディエラとレナだが、その経緯からしばらくの間は軟禁状態となることに決まった。
「取り敢えず服を貰えると嬉しいんだけど?」というディエラの切実な願いはあっさりと通り、まずは当面の衣服を二人は受け取ることとなる。
久しぶりに下着を穿き、文明人らしさを実感できたことでディエラが目頭を押さえることとなり、二人揃ってサイズが微妙に合わない衣服を着て笑い合った。
着替えが終わって部屋の中に入った彼女らの担当となった男性は机の上に置かれたブラジャーを見て「つけ方がわからないのか?」と首を傾げるが、それは勿論両者ともにサイズが合わなかっただけである。
後に担当が女性に代わるまではそのままだったことが原因でマスメディアが騒ぐこととなったが、それ以外は大きな問題は発生せず、粛々と二人の取り調べの日々は続いた。
「――では、今日はここまでです。本日もありがとうございました」
そう言って一礼する担当の女性に頭を下げるディエラとレナ。
テーブルを挟んで対面する椅子から立ち上がり、担当は部屋から出る間際に言い忘れていたことに気づき振り返る。
「ああ、そうでした。二人の身元引受人が決まりましたので、明日か明後日にはここから出ることができると思います」
「それって簡単に決まるものなんですか?」
幼い頃に両親と死に別れ、教会で兄とともに育ったが故の疑問をレナは口にする。
「正直に言いますとこんなに早く決まるとはこちらも思っていませんでした。ですが持ち込んだ銃が華族――旧帝国で言うところの名士に当たる貴族階級の持ち物だったんです。その家がまだ続いていたことで、銃と引き換えにあなた方の身元の保証に加え、当面の資金と評議国での生活基盤を築くためのバックアップの申し出を受けております」
「私らが言うのもなんだけど……銃一つでそこまでしてもらっていいのかね?」
ディエラの疑問には担当も答え難いのか「お金持ちの考えることは庶民の私にはわかりません」と言葉を濁した。
兎にも角にも意思の疎通を可能とするには言語を学ぶ必要がある。
必要最低限可能とは言え、それだけで生活を行うための基盤もなく、また働き口の当てもない彼女たちをそのまま放置すれば、二人の元の職業から治安の悪化も懸念された。
結果として行政は二人には学習期間を設けることとなる。
特に母国語以外に話せる言語を持たないレナは集中的な学習予定を詰め込んでおり、一刻も早く彼女らを手放したいという政府の意図が透けて見えるほどだった。
この件に関してはマスメディアの邪推が大きく影響しており、ゴシップから始まった二人の存在は今や人権問題に発展しようとしていた。
「亡命者がガレイアに入ったことは間違いありませんが、その続報が政府から何もない。亡命者が二人とも女性であったことと関係があるのではないか? 近年軍人の規律の乱れが問題視されている。我々の取材によれば、彼女たちを最初に発見したのは軍である。何か良からぬ事実を隠しているのではないか?」
報道関係者が連日連夜面白おかしく書き綴ったお陰で政府は必要のない弁明を迫られるが、これを利用することでアルゴスの存在を隠すことに成功していた。
同時にディエラ、レナの両名に対しても口止めを行い、二人が自力での大森林突破ができるほどの優秀な冒険者であることにした。
これに関しては政府と軍の利害が一致した結果である。
通称「エンペラー」と呼ばれる特殊個体が率いたオークハザードに対し、防戦一方を強いられた北軍司令部は北進の停止を余儀なくされていた。
決して少なくない犠牲を出したオークハザードは世論を硬化させるには十分であり、旧領の復活という大義を掲げる上層部にとって、これは早急に対処しなくてならない案件だった。
そこで突如現れた二人の亡命者の出番である。
フルレトス大森林がたった二人で踏破できたという事実とアルゴスという存在の秘匿。
彼女たちに一仕事してもらうために政府は二人を懐柔する方向に舵を切った。
その結果が異常なまでに早い身元引受人の出現である。
また、持ち込まれた換金用の品に十分な価値が認められたことで、二人の知らぬ間に評価がどんどん上がっていく。
世論を再び北進で熱気が渦巻くよう誘導するつもりだった評議国政府はこのマスメディアのバカ騒ぎを利用した。
二人はそれに巻き込まれる形となったわけだが……そこは十分な支援を約束されれば亡命者という立場の彼女らが断れるはずもなく、僅かな相談時間を経て協力することを承諾した。
そこからは二人の生活は日々学習となった。
自由時間も与えられており、元々最低限の会話ならば可能であったディエラは一足先に大衆の目に晒されることとなった。
「幸運があったことは否定できません。しかし入念な準備と情報収集、旧帝国の地図の入手が最後の後押しとなり大森林の踏破に繋がったと思います」
用意されたセリフを髪の色に合わせた赤のドレスを着て記者の前に立ったディエラは語る。
豊かな胸がしっかりと強調され、背中が大きく開いたドレスは化粧と合わさり正に煌びやかな美女。
髪を後ろで結い上げ、妖艶に笑みを浮かべるディエラの姿は強く記者たちの目に焼きついた。
こうしてガラリと印象を変えたのには訳がある。
単純にディエラが見世物になることを嫌い、メディアの前に出る際にどうにかならないか、と担当に相談したためだ。
極々当たり前の日常を望む彼女にとって、有名人という扱いは不都合しかない。
よって、写真を撮られるような場所では見た目を変えて印象を大きく変えることにしたわけである。
これが功を奏したか、担当と買い物に行く際にはいつもの髪型に戻し、眼鏡をかけた。
服も評議国ではありきたりな組み合わせだったこともあり、ディエラに注目する者は……それでもいた。
元々目を引く容姿であったこともあり、そうと知らずに声をかける者が現れる。
それを担当の女性が笑顔で追い払う。
「あー、こっちが原因か」
そう言って自分の胸に視線を落とすディエラだが、対比となるのは担当の平らな胸部。
「なるほど、これでは余計に目が付く」と納得したように彼女は頷いた。
担当の心境はさておき、無事に買い物ができるくらいには学習の成果は出ており、後は「習うより慣れろ」とばかりに会話の練習を繰り返していた。
レナはまだまだ基礎的な学習から抜け出せていないが、それでもしっかりとハードスケジュールにくらいつくだけの根性はあった。
これならば大丈夫だろう、という安心感もあったのだろう。
条件はあれどレナはディエラと一緒に外出する許可を得ることができるようになった。
そうして真っ先に向かったのがブティックである。
「服が自由に選べるってのはいいもんだねぇ」
久しぶりの揃っての外出にレナははしゃぐ。
あれこれと服を手に取り、自分以上にディエラの着せ替えを楽しんでいたところ、呆れたようにカジュアルなパンツルックで試着室から声を出す。
レナとしては見えそうで見えないけど、やっぱり時々見えたりする魔術師の恰好も捨て難いのだが、やはりその見事な体を他人が見ることには抵抗があった。
変な男が寄ってこないためにも、その魅力的な体をどうにか目立たないようにしようと次から次へと服を選ぶ。
しかしそれでは姉とまで慕う彼女の魅力を引き出せない。
そんなジレンマに頭を悩ませるレナは閃いた。
ならばいっそのこと自分に視線を集めれば良いのではないか?
「レナ。それは水着だから。あとそんな布地の少ないのは着ないから」
その結果がこれである。
ちなみにレナが「自分が着るものだ」と必死に弁明したところ、今度はディエラがそんな趣味が妹分にあったことに戦慄。
レナが手にするマイクロビキニを見つめ、今度は彼女が頭を悩ませることになった。
そんな騒いだりすれ違ったりする日々が続き、ついにその時はやって来る。
二人の身元引受人であるウェンテリア家から使いがやってきたのだ。
向こうの受け入れ準備が整ったらしく、その連絡をするためにわざわざ人を寄越したのだから、それだけ二人に価値があると見ているのだろう。
そのことを伝えられたディエラとレナは息を呑んだ。
「銃一つでこうなるとは考え難い。他にも何かあるはずだ」
ディエラの意見にレナは頷く。
しかし今更拒否をすることなどできるはずもなく、案内人に連れられるまま路面電車に乗って目的地へと従った。
辿り着いた先で見たものは家――というより屋敷だった。
圧倒されるほどの敷地へと続く門が門番の手により開かれる。
門をくぐり、屋敷までしばらく歩く必要があるこの距離で、二人は住む世界の違いを感じて恐縮してしまう。
「どうぞ中へとお進みください」
屋敷の扉を開いて中に入るとそう言って案内人は奥へと促すと外へと出た。
反射的にそちらを見送る圧倒されたままの二人にホールの階段から声がかけられる。
「こちらになります」
見た目如何にも執事風の老紳士が次の案内人だと理解した二人は足早に階段へと歩く。
そして二階へと上がり、通りすぎた部屋の数が十を過ぎたところで彼は立ち止まった。
扉を叩く音で二人現実に帰る。
「旦那様。ディエラ様とレナ様をお連れ致しました」
執事の言葉に「入れ」と短くドアの向こう側から返事が来る。
ドアを開け、先に入った彼は二人が入室すると静かに一礼して退室する。
こうして書斎と思しき部屋に一人と二人が見合う形となった。
「私が当主のジェスター・ウルド・ウェンテリアである」
幾つもの勲章を付けた軍服姿の恰幅の良い中年男性が名乗る。
「ディエラと申します」
「レナと申します」
打ち合わせ通りに揃って礼をしようする二人。
それを手で制止したジェスターはしばし二人を値踏みするように眺める。
「うむ。聞いていた通りの容姿だな」
納得したかのように頷くジェスターに「やはり何かあるのだ」とディエラは確信した。
ディエラは思わず胸の前で拳を握り、その様子を見たジェスターが語り始める。
「我がウェンテリア家は代々軍人の家系でな。帝国ではそれなりに有名であった。戦場での活躍が認められ、貴族の末席と加わったのが家の興りだと伝わっている」
予想と違う話の進め方にディエラは僅かに警戒を緩めるも、隣にいるレナの手をしっかりと握った。
「先祖は幾つもの戦場を勝利へと導き、その功績を以て皇帝陛下より褒美と爵位を賜った。それが我がウェンテリア家の家紋となった剣と盾、そして銃だ。残念なことに帝国最後の南征戦争で剣は折れ、盾は砕けた。残る銃は最後まで戦った当時の当主と共に消失……だが、それが我が代にして帰ってきた」
そこまで聞いてディエラがあの銃の価値を知る。
半分以上聞き取れなかったレナはディエラの手を強く握るが、それが杞憂であったと優しい目を返す。
「内容が我が家にかかわる故に詳細は伏せさせてもらっていた。警戒を解いてもらえたならば幸いだ」
「失礼をお詫び申し上げます」
頭を下げようとするディエラを「よい」と再び手で制するジェスター。
「それにな、話はこれだけではないのだ」
そう言って取り出されたのは一振りの短剣――それは間違いなく身分証明のために使う予定であったものである。
「それは私の家にあったものです。彫刻が施されたものならば売り物になると思っておりましたが……」
「残念だが、これ自体の価値はあまり高くない。問題はここにある蝶と炎だ。これはセイゼリアの貴族であるオルセルム家のものだ。どのような経緯でこれを君が持っていたのか? その疑問は君を見て確信に変わった」
その言葉で強張るディエラ。
(まずい……偽装がバレた? いや、まだ明確に自分がその子孫であると口に出したことはない)
思わず握ったままの手に力がこもるディエラに呼応するようにレナが不安げに彼女を見上げる。
「断言しよう。君は間違いなくオルセルムの人間だ」
しかし、ディエラの不安とは真逆の言葉がジェスターの口から発せられた。
「帝国時代の話故、正確なことはわからないが『オルセルム』というのは名が通った家柄だ。私はその資料を見たことがあり、この書斎にも一冊あったはずだ」
そう言ってジェスターは二人に背を向け、本棚へと手を伸ばすと指で順に本のタイトルをなぞると「ああ、これだ」と目的のものを見つけて取り出す。
それから古びた本の頁をパラパラと捲り、該当の箇所へと辿り着くとそれを二人に見せた。
「『炎のように赤い髪を持つ優雅な蝶』と例えられたのがオルセルム家だ」
その頁にあったのは六人の裸婦画像。
髪の色は全員が赤ではなかったが、いずれも同性目線でも見事なプロポーションの持ち主である。
そして唐突にそんなものを見せられた二人の反応はというと……固まるディエラと興味深そうにしっかりと覗き込むレナ。
話の内容を半分も理解できていないレナは「大丈夫。ディエラ姉の方が凄い」と自信満々に断言。
それを聞き取ったセイゼリア語もいけるジェスターは満足気に頷いた。
「記者の前に姿を現した時の写真を見て衝撃を受けたよ。君は正に現代に蘇ったオルセルムだ!」
そう言って満面の笑みで両手を広げるジェスター。
そこにディエラはこの後の展開を予想せずにはいられなかった。
「それで……私に何をさせたいので?」
わかっている。
でも最後の抵抗とばかりに沈んだトーンでディエラは質問した。
「うむ。オルセルム家は代々女性が当主となり、その美貌を絵画に残した。ここにある彼女らが正にそれでな。その姿は正に『女性の美』を体現したかのようだとも評価されていた。私は思うのだ。これは人類が残すべき遺産である、と……」
「つまり、私に裸婦画のモデルをやれ、と」
笑顔で鷹揚に頷くジェスター。
最悪はオルセルム家を騙り、評議国での身分証明とするつもりだった。
それ故に今更「実は拾っただけでした」とは言えるはずもない。
(拒否することはできないわけじゃない。けど、これを断ると今後に大きく響くのは間違いない)
断るに断れない仕事というのはハンター時代にもあった。
これもその一つだ、と自分に言い聞かせてディエラは諦めの境地に達した顔で頷いた。
それから冷静になってディエラは考える。
(あれ? 旧帝国の書物を読み漁ったアイツがこのことを知らなかったのか?)
それは本当に何気ない思い付き――あの規格外のモンスターの行動と人の反応を見て遊ぶ趣味。
そこに思い至った瞬間、これが罠であったことを直感的に悟った。
(覚えてろよ、アルゴス)
ディエラは心の中で一発魔法をぶちかます予定を作るが、それがいつになるかはわからない。
興奮した様子で今後の予定と起用すべき画家を語るジェスターと違い、冷めた様子ではいはいと頷くディエラ。
この状況で置いてけぼりを食らっているレナは何となく話がまとまったことだけは理解するが、ディエラの表情から喜んでよいものか、と不安げにオロオロしている。
亡命者たちの忙しい日々はこれから始まる。




