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(´・ω・`)残忍な描写アリ
まずはあの蜘蛛男を追跡することから始める。
幸いなことに臭いは覚えている。
犬の真似事をしてでも見つけてやると荷物を置いて移動を開始。
そう意気込んだ矢先に臭いが途切れた。
洞窟から出たばかりだというのにこれでは先が思いやられる。
理由はわかっている。
あいつは糸を使って移動するので臭いは地面には残っていない。
もっと言えば、木から木へと移動していることが考えられるので臭いで追跡するのは効率が悪い。
(相性の良い相手ではないと思っていたが、もしかしたらかなり悪いのかもしれんなぁ)
泣き言を言っても始まらない。
俺は奴の臭いを探すため、体を伸ばし高所も隈なく嗅ぎ回る。
そしてようやく見つけた手掛かりから凡その方角に当たりを付け、そちらに移動を開始する。
運良く痕跡が見つかった。
つまり、方角は合っているということなのだが……問題がある。
(街道に向かっている……ということはさっきの馬車を追っている可能性がある)
俺は街道に沿って走る。
痕跡を探しながらでの走行なので速度は出ないが、おかげで奴の痕跡をまたも発見。
木に付着していた奴の糸が残っていた。
部下の話を聞いていたのだから、取り逃がした娼婦達を追いかけているというのも十分考えられる。
これでその可能性が更に高くなり、俺はそこに賭け速度を上げる。
蜘蛛男にどれほどの移動速度があるかはわからないが、馬車を追っているというのであれば時間の猶予はあまりないだろう。
街道に残った車輪の跡を追い神経を集中させる。
間に合うかどうかはわからないが、悲鳴も聞こえていないのでまだ追いつかれていないか、捕まっていないと思いたい。
手の中にある格子だったものの塊を確認する。
うん、思わず強く握ってしまったので変形してしまったから、いっそのこと丸めてみた。
そうなると俺の大きな手でも一個しか持てないのだが、投げ慣れた形に近いので命中重視と思えば悪くはない。
ほぼ全力疾走を続けていると、前方に馬車が見えてきた。
同時にそれを狙うように森の中に隠れる蜘蛛男を発見する。
(見えた! やっぱり馬車を狙っていたか!)
どうやらまだその存在に気づいていないらしく、 馬車は悠々と街道を進んでいる。
奴は言っていた。
「やっと次の女を甚振れると思っていた」
恐らくあいつは一人も逃さず捕まえる。
それも最大限恐怖を与えるように演出もするだろう。
そうやって楽しむ残忍な男だ。
最高のタイミングで横槍を入れてやろうかと思ったのだが、俺の投擲の射程内に入るや蜘蛛男がこちらに気づいた。
できればもう少し近づいてからやりたかったのだが、見つかってしまったのであれば仕方がない。
「グォオオオオォォッ!」
俺は適当に吠えると同時に手にした金属の塊を全力で蜘蛛男に投げつける。
真っ直ぐに飛んでいくが、目標が咄嗟に飛び退いたことで後方の木に音を立ててめり込む。
更に俺の存在に気づいた馬車が速度を上げ逃げ出した。
俺は足元にあった手頃な石を掴むと再び蜘蛛男に向かい投げる。
馬車の方に気を逸していたことで、俺が投げた石をギリギリのところで回避する。
「何邪魔してくれてんだ! この死に損ないが!」
俺が死んだとでも思っていたか?
残念、この通りピンピンしているよ。
逃げる馬車を追いかけるような素振りを見せたのでもう一度投石してやると、糸を飛ばして防ごうとする。
だが俺が全力で投げた物である。
吹き出した蜘蛛の糸で止まるはずもなく、結局は回避に動かざるを得ず、蜘蛛男は別の木に飛び移り去りゆく馬車を見送った。
その悔しそうな顔が見たかった。
(糸の射程は10~15mと見て良いな)
蜘蛛男が馬車を追えば追いつかれるだろうが、俺が迫ってきている中、果たしてそちらに向かうことができるだろうか?
当然できない。
俺が投げた石の威力から、背中を見せることが危険であることくらいはわかるはずだ。
だからこそ、向かってくる俺に対して迎撃する構えを見せている。
しかしながら俺はこいつとまともに戦う気がない。
相手の射程内に入らない距離で立ち止まり、わざわざ睨み合いを演出する。
当然馬車が逃げるための時間稼ぎである。
蜘蛛男からすれば「モンスターが同じミスをしないように警戒している」程度に思っているのかもしれないが、残念なことに俺はお前と同じ帝国人。
お前が動かない限り、俺も動くつもりはない。
そうしてしばし睨み合いが続いたところで、ようやく蜘蛛男に動きがあった。
チラチラと見えなくなった馬車を気にしていたが、舌打ちをするとこちらへの対処に切り替えたようだ。
こうなると「先に動いた方が云々」とは行かないまでも、不利になることには違いない。
俺としてもこの距離では先に動けば糸の餌食になりかねない。
だから距離を取るか動いてもらうかして欲しいのだが、当然相手もそれくらいはわかっており、足を引くと相手も前に出る素振りを見せてくる。
(こうなってくると挑発の材料が欲しくなる)
蜘蛛男の姿を見る。
そんなことで見つかるなら、と思った矢先見つかった。
いや、むしろわかり易すぎて見落としていたと言っても良い。
後は俺がどうやって発声するかだが――これまでの経験から「できる」という確信はある。
俺は蜘蛛男の人間部分を指差すと口を開く。
「ハァ、グェッ!」
何を言われたのか理解できていないであろう蜘蛛男に向かいもう一度、今度はもう少し聞き取りやすく声を出せるように頑張る。
「ハ、ゲェ!」
その指をスキンヘッドの頭部へと持っていき「ハゲハゲ」と連呼する。
俺?
体毛がないだけです。
これで俺が帝国人であることがバレるだろうが、もう殺し合いをした間柄なので最早関係の修復など不可能。
しばし俺に「ハゲハゲ」と言われ続けたことで激昂してくれたか、何かを叫びながらこちらに向かってきてくれる。
当然それに付き合うつもりはなく、後ろに飛び退きながら「ハゲハゲ」と連呼を止めない。
追いかけっこが始まり、相手が止まればこちらも止まる。
そして逃げたなら追いかける。
手段は選ばない。
このまま付かず離れずの距離を維持し、投擲による攻撃を延々と繰り返す。
休む暇など与えない。
食事も、水も、睡眠も全て妨害する。
生存競争みたいなものなので禁じ手などなし。
どっちが先に音を上げるか勝負といこうじゃないか。
それから一日が経過した。
振り切ることを8時間ほどかけてようやく諦めた蜘蛛男は、要所要所に蜘蛛の糸を使い迎撃を試みたが、そもそも俺は近づくつもりがなく物を投げるだけだったので、早々に戦術の変更を余儀なくされた。
また身体能力の差が明らかになったことで強引な力技は鳴りを潜めることになる。
なお、逃げながら張っていた蜘蛛の糸は俺が適当な棒で絡め取っているので、体にはほとんど引っかかっていない。
というより、俺の動きを止めるとなると数本に引っかかった程度ではとても足りず、網にかかるレベルでなければ効果がないので移動しながらでは作ることはほぼ不可能だろう。
何度か攻勢に出てはいるが、そうなると俺は逃げて距離を取った。
真っ向勝負?
誰がしてやるか、お前の毒危ないんだよ。
一頻り罵声を浴びせられたが、言葉が通じないフリをしてやったら「テメェ! こっちの言葉わかってんだろ!」と、まだ俺が同じ遺伝子強化兵である確信がなかったことに驚いた。
まあ、俺は帝国語をはっきりと喋ることができないので確証を得るのが難しいとは思うが、頭を指して「ハゲハゲ」と帝国人に意味が通じている言葉を発しているだけではダメだったようだ。
そして二度目の夜――夜目が利き、臭いで追跡することもできる俺が蜘蛛男を見失うはずがなく、距離を維持することに何の問題もない。
初日に向こうはアテが外れたのか地面に八つ当たりをしていたが、二度目ともなれば忌々しそうに舌打ちをするくらいだ。
定期的に石を投げる俺に睡眠を取ることを諦めた蜘蛛男が取った最初の行動は籠城。
当然俺の投石を防ぐことができる建物などなく、人間が作ったと思われる小屋はあっという間に無残な姿と化した。
俺に言葉が通じることを期待して話しかけてきたりもしたが、当然無視。
意味がわかっていないフリをしつつ、時折唸り声で威嚇をしたりと適当に弄んだ。
夜が明けた。
それでも俺は蜘蛛男に付きまとい投石を続ける。
たまには別の物も投げるが、回避能力が若干落ちてきた気がする。
だけど止めない。
何度目かもわからない食事の妨害――どうやら形振り構っていられなくなったのか、糸で絡めた兎をそのまま食おうとする。
だが俺の投げた石が兎に命中。
蜘蛛男の手から兎が地に落ちる。
そこに追撃するように石を投げ、地面を蹴って土を巻き上げ兎にかける。
この時ばかりは少々近づくが、すぐに距離を取って元通り。
何度も妨害しているので、俺が前に出たところを狙って毒を吐き出したりもするのだが、警戒している俺に当たるはずもなく全てが不発に終わっている。
そんなことを繰り返していたところあっという間に日が暮れる。
夜が来た。
明らかにこれまでとは違う雰囲気を醸し出し、ジワジワと蜘蛛男との距離を詰める。
だが何もしない。
距離は縮まったと言えどまだ8mは確保している。
常に身構え、投石の頻度こそ減らしたものの「いつ襲いかかってくるか」と警戒を強いることで精神的な疲労を狙う。
これに対して蜘蛛男は叫ぶばかりで何の対処もできなかった。
流石にもう身体能力ではどう足掻いても勝てないことは理解しているはずだ。
頼みの綱の毒と糸は射程を見抜かれ、無駄打ちを誘発させるように立ち回られては下手に攻撃もできない。
糸を使ったトラップもずっと監視されている状況では有効とは言えず、盤面を返す手になり得ない。
「正面から戦えば負ける」という認識が既にある以上、自分から仕掛けることができなくなっている。
今は体力の消耗を少しでも抑えるためか、毒も糸も使用を控えている。
だから地面を蹴りぬいて土をぶっかけてやった。
しかし反応がない。
仕方がないので尻尾でその辺の石を掴み、俺の手元に放り投げる。
危なかったけどキャッチ成功。
実は結構練習していた。
俺は手にした石を腕の力だけで投げようとしたところで蜘蛛男が口を開いた。
「……何でだ?」
無視して蜘蛛の足を一つ潰す。
「何でこんなことすんだ、テメェは!?」
蜘蛛男は本気でこのやり方の意味がわかっていないようだ。
だから俺は答えてやった。
「ぐぉあー」
馬鹿にしたかのような間の抜けた声――当然挑発だ。
蜘蛛男はプルプルと振るえたかと思えばヤケを起こして向かってきた。
だから逃げた。
少しの追いかけっこの後、息を切らした蜘蛛男から15mほど距離を取って様子を見る。
蜘蛛男が何か叫んでいるが無視。
しばらくしたらまた8mほどまで距離を詰めてやった。
泣きそうな顔をしていたが、だから何だと言うのか?
俺に背を向けてノタノタと歩き出したので適当に折った木の枝を投げつける。
蜘蛛の尻に突き刺さったが、それに反応するだけの体力が最早ないようだ。
「腹が減った……もう何も出ねぇ……こんなことなら、温存するべきだった」
後悔するかのような独り言から察するに、どうやら大量に出した毒と糸が原因でこんなにも早く息切れを起こしたらしい。
蜘蛛の尻からは中途半端に出かかった短い糸がプラプラと揺れているので嘘ではなさそうだ。
近づいた俺に対し振り返りざまに吐いた毒も最早唾のような物となっており、簡単に避けることができた上に、地面に落ちて草を枯らすことすらできなくなっていた。
お返しとばかりに蜘蛛の足を二本蹴り飛ばすと、バランスの悪くなった体でヨタヨタと俺から距離を取ろうとする。
折角なのでもう一本をもぎ取ってみた。
左側の蜘蛛の足が3本なくなり、這いずるような動きになった。
動きが気持ち悪かったので足を全部もいだところ、残った腕でどうにか這おうと足掻き始める。
「どうしてだぁ……どうして……」
俺は背後から蜘蛛男の首根っこを掴むと、足を人間と蜘蛛の境目にあて――一気に踏み抜いた。
「イギィヤァァァァアアアアアアァァァアッ!」
俺の手には蜘蛛から分離した人間部分が掴まれており、宙に浮いた体からは大量の血が流れ出ている。
息も絶え絶えな元蜘蛛男の顔面を木に押し付けると、目の前で爪を使って文字を彫る。
――死ね――
月明かりがあるとは言え森の中、この暗さではわからないかもしれない。
だが、帝国語で書かれた文字が読めたらしい。
「たしゅけ……たひゅけ、て……」
俺が何者なのかを察したか、媚びたような笑いを浮かべ懇願する。
その言葉を無視して俺は手の中にある男の首に力を込めた。




