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運を天に任せたところで引き当てたのはパーキングエリア。
直に日が暮れるという時間なので今日の寝床は決まりだろう。
都市と都市を繋ぐ長い道路なだけに中継地点が必要となるのが帝国の交通事情。
どちらかと言えば長距離は列車派なので、この休憩ポイントに何があるかなど詳細はわからないのが困りどころだ。
地図を片手に位置情報を更新していると肩の上の二人も覗き込んでくる。
空いた手の指で現在位置を指差し、西南へとなぞったところでそこには何もなし。
これで本日の移動はここまでである。
「野宿よりはマシだね」とおっぱいさんは口にする。
原型はギリギリ留めている程度だが、屋根のある場所で眠ることができるのならば確かに幾分マシだろう。
後は売店のバックヤードなどに状態の良い物資が残っていれば幸いである。
割れた道路を歩いてパーキングエリアへと入り、飛び降りた二人とは別れて探索を開始。
二人は建物の状態を調べてから中に入る慎重さが必要だが、俺は倒壊しても大丈夫なので大胆に探索する。
人間用の出入り口は狭すぎるが、崩れた外壁からの侵入ならば容易い。
最初の一軒目は看板からもわかっていたが飲食店。
この飲食店に真っ先に入ったのにはわけがある。
それはこの店の制服があれば二人の服の問題が解決するかもしれないからである。
看板を見た瞬間にウェイトレスの胸を強調する制服を思い出したからでは決してない。
飲食店跡を漁ることしばし――予定通りに密封された状態で収められていた新品の制服を発見。
学生時代に「一回行ってみようぜ」と仲間内に盛り上がった思い出の制服を感無量でケースごと持ち出す。
夕日に染まる周囲を見渡すと売店を捜索中の二人が見えた。
向こうも頑張っているようなので俺ももう少し周囲を探索するとしよう。
そんなわけで日が暮れた。
周囲が暗くなり、杖に明かりを灯したおっぱいさんの表情から成果は芳しくなかったことが見て取れる。
「探すところが悪かった」
売店に雑誌があったことから期待したようだが、収穫は手にした新聞と幾つかの小物くらいのようだ。
しかし寝床になりそうな場所はきちんと見つけているらしく、そちらを指差したレナが通訳越しにまだ使えそうなソファーがあったことを嬉しそうに話す。
そんな二人にケースの制服とビニールに入った毛布を渡す。
事務所らしき建物の仮眠室にて、クリーニングに出してそのままだったと思しき毛布を発見しており、多分これが一番の収穫だと思われる。
案の定、それを受け取った二人は「よくやった」とばかりに揃って親指を立てた。
リュックから調理器具を取り出し「設置を任せる」と言って森へと走る。
少し遅いが夕飯の食材を求めて森を駆ける。
そして戻って来るとそこにはウェイトレス姿の二人が竈の前で待っていた。
片方は胸部の布地を大きく余らせ、もう片方は上のボタン二つが弾け飛んだのか見当たらない。
予想通りの光景である。
「何か言いたいことでもあるの?」との翻訳を聞かされたので、少し二人の違いを見比べすぎていたことを反省する。
そんなこんなで食事も終わり、片づけを済ませて就寝の時間。
扉を閉めることができる寝床を確保した二人は俺にも今夜は眠ることを勧めてきた。
俺はこれに頷くと念のために少し離れた場所で寝ることにする。
何事も起こらないことを祈って眠り、目覚めると目を閉じた時と同じ光景を前に安堵した。
「おっぱいさんの過保護を笑えんなぁ」
こうしてみると思った以上に人との繋がりに飢えていたのかもしれない。
少しばかり情緒が不安定になっていることに頭を振って弱音を飲み込む。
二人が起きてくる前に朝飯を捕まえておこうと荷物を置いて森へと入った。
本日の朝食は兎肉の塩焼きに香草を添えて――品数とレパートリーの少なさは勘弁願いたい。
新しく手に入れたタオルで顔を拭くレナを横目に使い終わったお湯を捨てるおっぱいさんを見る。
また一つボタンがなくなっていることを確認しつつ、焼きあがった肉を取り分ける。
「肉を焼いて食う習慣があるってことは、亜人系のモンスターなのかね?」
今更俺の分類などどうでもいいだろう、と観察するようにこちらを見るおっぱいさんに尻尾を持ち上げてフリフリ振ってお茶目に返事。
「見た目から爬虫類っぽい」との意見はレナのもの。
ゲームに出てくるようなリザードマンっぽい種族は南大陸に存在していたと図鑑か何かで見た記憶がある。
片付けをしながらそんなことを口に出したところ、食器を布で拭いているおっぱいさんが何か思いついたのか、こんなことを言い出した。
「そう言えば……昔の大戦時の混乱で南の国境がぐちゃぐちゃになってた時期があったと聞いたことがあるね。もしかしたらその時に北上したのがあんたのオリジナルなのかもしれないね」
残念ながら俺は人間ベースのゴライアスリザードの遺伝子強化兵です。
間違ってもそんなことは言えないので、適当に相槌を打って拭き終わった調理器具や食器をリュックに仕舞う。
同時に取り出した地図の現在地を示すページを開き、次のポイントになりそうな場所を探す。
そこに身を乗り出して左右から腕越しに覗き込む二人。
俺が指でトントンと叩いて示したポイントを見て難しい顔をするおっぱいさん。
「遠いね」
二人の声が重なったので多分こう言っている。
実際俺が示した位置は距離がある。
俺一人ならば問題なく日付が変わる前に到着する距離だが……二人を背負ってとなれば、二日かかることは間違いない。
となれば道中に野宿ができるポイントを発見する必要もある。
運が絡むが今更か、と地図をおっぱいさんに預けてリュックを背負い、二人を肩に乗せて走り出す。
いっそ縄でも使って持ち手でも作ってみようかと思ったが、そうなると完全に乗り物になってしまう。
折角なので速度を上げる案を二人にも出してもらおうとしたが「これ以上速くするのは危ない」との意見が出たことでこの件は終了。
二人を保護できる何かがあればよいわけだが……そうなるとやっぱり俺が乗り物化してしまう。
仕方なく俺はそのまま森の中を安全運転で走り続けた。
「そう言えば、結局車を運転することはなかったなぁ」と免許を自慢気に見せてきた友人を思い出し、小さな笑いが零れた気がした。
昼食も摂らずに走り続けてどれくらい時間が経ったか?
いつもなら日の傾きから凡その時間はわかるはずなのだが……陽の光が届かないほどに深い緑に空が覆われており、見上げども空はほとんど見えない。
そんな中、薄暗さと相まって何とも言えない雰囲気が漂っており、ついつい周囲を不必要に見渡してしまう。
俺の動きに肩に乗る二人も緊張気味だ。
根拠という程ではないが、何か違和感を覚えているので警戒度を上げ、速度も落として走っている。
それが何であるかわからないままに俺の耳が何かを捉えた。
「……何かいるな」
呟くと同時に肩の二人が構えるのがわかった。
ディエラは杖だがレナは鉄パイプを拾っており、そちらを装備している。
速度を更に落として聴覚に神経を集中させる。
複数の二足歩行――但し重量が人間のそれではない。
近づくにつれ血の臭いも捕らえたが、こちらは動物のものだ。
つまり大きな人型サイズの何かが動物を食っている。
一瞬視界に入った影を追い、望遠能力でその姿を確認する。
「オーガだな。赤いのもいる」
俺の言葉に「げっ」という美女が出してほしくない声が聞こえてくる。
おっぱいさん曰く、オーガが群れを作ることは珍しい。
その巨体故に食事の量も多く、大抵は縄張り争いをしており、精々ゴブリンやオークを従えるくらいのものだが、環境によっては強力な個体が率いる群が誕生するケースもあるらしい。
「食糧が豊富で単体では維持し切れない広い縄張り。条件が揃っちまってるねぇ」
セイゼリアのハンターらしい知見を口に出し、彼女は「やるかどうか」を視線で問いかけてくる。
普段の俺ならばちょっと寄り道する感覚ですり潰していただろうが、よくよく思い出してほしい。
俺はこれから向かうフロン評議国で北上を遅らせるために「森のバランスを保つ」的な発言をしている。
ゴブリンは問答無用で駆除対象だがオーガはそもそも数が少ない。
よって今回は見逃すことにする。
無用な殺生はないに越したことはない。
そう思って肩の上の女性陣にもその旨を伝え、このまま横を通り抜けて走り去ることを選択。
しかし近づいた際にオーガの一匹がこちらを指出しゲラゲラと笑い始めたのが見えた。
それに釣られるように残りのオーガもこちらを指差し笑い始める。
その笑いは誰がどう聞いても嘲るためのものだ。
俺はゆっくりと速度を落として停止すると肩の二人をそっと降ろす。
そしてリュックを地面に置くとオーガの群へと歩き出した。
後ろから「ちょっと!」と俺を制止する声が聞こえてくるが無視。
(いやー、この姿になってからは初めてか? まさかオーガなんぞに笑いものにされるとは思わなかった)
恐らく俺が乗り物のように扱われていることが嘲笑の的にでもなったのだろうが、流石にオーガ如きに笑われて黙っているほど温厚ではない。
帝国の技術を舐めた馬鹿どもをちょっとわからせてやろう、と進む俺を舐め切った態度で迎え撃つオーガの群。
先頭の一匹の真ん前まで来た俺は立ち止まると直立してオーガを見下ろす。
真っ直ぐ立てば連中より背が高い。
しかしその行動が滑稽に映ったのか「ゲヒゲヒ」と汚い声で笑う正面のオーガが俺の頭部に手にした棍棒を叩きつける。
初手は譲る。
絶望を教えるために、誰に喧嘩を売ったのかを理解できるように。
まともに食らって微動だにしない俺に笑い声が消える。
戦闘力の差は理解できたようなのでこちらの番だ。
まずは弾け飛ばないように程よく手加減された渾身のストレート。
水平に吹っ飛んだオーガが巨木にぶつかり動かなくなった。
俺の拳の痕がきっちりとその胸の筋肉に刻まれており、深く沈んだそれが心臓を破壊するには十分すぎるものであったことを雄弁に物語る。
静まり返ったのは一瞬。
すぐに群を統率するレッドオーガが声を上げ攻撃を命じる。
一斉に俺に攻撃を仕掛ける七匹のオーガだが、その全てを受け止めた上で一撃で意識を刈り取り、レッドオーガの真ん前まで悠然と歩いて近づくと所謂「眼を飛ばす」という行為で挑発。
先手を取らせてカウンターで腕をへし折り、ついでにローキックで右の膝を破壊。
膝をついて崩れ落ちる赤いだけのオーガの肩をポンと叩き――そのまま握力で肩の骨を砕く。
情け無い悲鳴を上げ、俺に許しを請うような姿を見せたのでこの辺にしておく。
次からは気を付けるんだな、何匹生きてるか知らないけど。
大した運動にもならなかったのは残念だが、最近少し気を張りすぎていたこともあってか良い気晴らしにはなった気がする。
そして二人と荷物の元へと戻った俺を待っていたのは、呆気に取られているちっぱいちゃんと呆れた様子のおっぱいさん。
「……戦う必要なかったんじゃない?」
戦力差がありすぎたことは認める。
しかしそれでも「野生では舐められたら終わりである」と俺は強く主張した。
道草を食ったのでそれを取り戻すために少し急ごう。
速度を出したことで俺の首やら顔にしがみ付く二人のクッション性能はやはり歴然の差があった。




