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いるかどうかもわからないものに怯えるのは滑稽である。
現段階はあくまで可能性。
警戒すべきであれど、十分な情報がない以上は時間をかけて考える必要もない。
故に今俺がやるべきことは「エルフにチクる」くらいのものである。
「禁忌」と呼ばれる世界を壊しかねない危険な技術、またはそれに類する何かを生み出す可能性を持つ転生者。
そんなものに好き好んでかかわろうとは思わない。
というより近づきたくない。
なので専門家と言えなくもないエルフたちに丸投げするのがベストである。
他人任せは最高だな。
セイゼリアの領内に入る予定もないのでこの件はこれにて終了。
空白地帯の探索に支障を来す情報ではあったが、有益なものであったことには違いない。
ならばそれに見合った道中を保証したいが……こちらの都合で運頼み。
おっぱいさんの話聞いてると割と運がないように思えてしまうのが少し怖い。
「動くなら早い方が良いだろう。地下に取り忘れがないか確認してくれ」
何はともあれ、動かなくては始まらないので彼女に出発を促す。
まずは真っ直ぐ南に進み、町の跡を見つけるのが目的だ。
(サルスかダウスロークが候補だけど、規模がそこまで大きくなかったからどれだけ形を残しているかが問題なんだよな)
最悪は帝都の周辺都市が残っていることに賭けて砂漠の外周に沿って移動する。
南に進んだ後に西南西というルートになるが、これは中々距離感が試されることになりそうだ。
その前に、忘れていたことを済ませておく。
「それと、おっ……君にはこれを預けておく。可能ならばこれらの鑑定も頼む」
思わず頭の中の呼び方が出かかったが、戦利品である短い杖をおっぱいさんに差し出す。
「ああ、やっぱりあんたなら持ってくるよねぇ」
受け取った杖を手にしたおっぱいさんが手にしたものを指でなぞる。
長さ三十センチメートルほどの木製のワンド。
後で聞いたことだが、長いものはスタッフで短いものがワンドになるらしい。
前者は威力重視で後者は速度や精密性を重視したものが多いそうだ。
取引である以上、魔術に関することなら知ってる範囲で教えてくれる。
ちなみに俺が渡したアミュレットは壊れて使い物にならなくなってしまっている。
なんでも無理矢理用途を変更したことで壊れたとのことなので、道具の使い方に精通しているならば、と鑑定依頼もつけたのである。
宝石に関しては特殊な措置を施すことで様々な効果を一時的に得ることが可能になったり、それ自身を触媒として高度な魔術を使用できるようになったりと用途の幅が広く、パッと見では正確なところはわからないそうだ。
今回手に入れた物は大半が強力な魔術を使用するためのものであり、それをサポートするために調整された宝石もあったことから、これを使われていた場合、少なくない被害が出ていたとおっぱいさんは断言する。
「属性は水と火だから……拡張? 膨張? 強引すぎるけど、暴発が目的? これで全部じゃないんだね? だったら欠けてる部分に風があるはず」
手に取った宝石を見ながらブツブツと呟くおっぱいさん。
考えがまとまったところで彼女が出した結論は「広範囲の凍結」である。
「事前情報で炎が効果的ではないことは知ってたはずだから、選択肢としては真っ当と言うか、普通すぎる。多分他にも隠し玉はあっただろうね」
得意気に語るおっぱいさんだが、その情報を流したのはどちら様でしょうか?
そのように視線で語りつつ、グイッと顔を近づける俺と視線を逸らすおっぱいさん。
そこに声をかける人物が一人。
「――。―――」
多分準備が終わったレナがおっぱいさんに「早くしろ」と催促しているのだろう。
慌てて自分の荷物をまとめる彼女だが、背嚢のようなものはないので地下にあったカーテンを切り取り、それを袋替わりに使用している。
問題はその中身なのだが……当然のように詰め込まれている酒瓶。
おっぱいさんは「売り物は必要だから」と言うが、間違いなく自分が飲む分も入っているだろう。
俺はやれやれと息を吐き、リュックの中にある過去の地図を広げて予定ルートを確認するように指でなぞる。
(水の補給もしておきたい。となれば一度川にも寄り道をする……こうか?)
大まかな予定を頭の中で組み立てつつ、広げた地図を覗き込むおっぱいさんの素敵な谷間を顔を横にして眺めながら、俺は指で要所となるポイントをトントンと軽く叩く。
また、影にならないよう頭部の位置を調整しただけなので他意はないことのアピールは忘れない。
「水の補給と……旧帝国の町があった場所かい」
頷く俺に目的を察したおっぱいさんもまた首を縦に振る。
地下で使えそうな物をまとめたレナも準備が終わったらしく、顔を見合わせいざ出発。
靴も履いていない二人が歩くより、俺が乗せて走る方が断然早いので彼女たちは肩に座る形となる。
わざと色々揺らしてやろう。
なお、杖はおっぱいさんの魔法に期待ということで渡したままである。
両手両足を使って森を駆けると振動で激しく揺れる左側と静かなままの右側。
バランスが上手く取れずに俺の顔を掴むことになり、左右から押し付けられるおっぱいとちっぱい。
ちっぱいちゃん誕生の瞬間である。
「もう、ちょっと、なんとか、ならないのかい!?」
揺れて飛び出て押し付けられるおっぱいさんのおっぱい。
むにゅんむにゅんと激しく後頭部から頬にかけて押し付けられる感触を堪能しつつ「鋭意調整中である」と振り向くなどして当たる位置を調整。
これくらいの役得はあっても許されるはずだ。
意外なことにちっぱいちゃんの方は早くも順応しつつあり、俺の頭部に手を添えるだけになりつつある。
それでも何か俺に言っているのだが、残念ながらわからない上、反対側のおっぱいさんには届いてないのか、それとも余裕がないのか通訳はなかった。
「もしかして運動神経は彼女の方が上なのだろうか?」という疑問が浮かんでくるが、答えは俺がわざと左側が揺れるように走っているからである。
森は悪路だからね、仕方ないね。
「酷い馬車もこんなもの」というちっぱいちゃんの感想をおっぱいさんに何とか翻訳してもらいつつ、少し東へと傾きつつ南へ南へとただ走る。
そして到着するのは川。
「久しぶりに乗り物酔いした」との感想を漏らすおっぱいさんだが、人を乗り物扱いしないでいただきたい。
流石に二人を乗せて全力で移動するわけにはいかなかったので、かかった時間の割には距離はあまり稼げていない。
直に夕暮れ時となる頃合だが、彼女たちも助かって間がないことを思い出し、ここで野営にすることを決定。
今晩はしっかり休んで明日に備えるよう通達したところ、意外そうな顔をしたおっぱいさんが「助かるよ」と礼を言った。
「野営の準備はこちらでしよう。水場でやることがあるなら済ませておいてくれ」
暗に「水浴びしたいなら今だぞ」と服を脱ぐ方向に誘導。
しかしながらこの時期、この時間帯にするべきことではないらしく、休息のために時間を使っていた。
当てが外れたが第二の秘策もちゃんとある。
まずはせっせと竈を作成。
比較的体力に余裕のあるちっぱいちゃんも森に入って枯れ木を集めてくれている。
一人大きな岩で寝ているおっぱいさんは腕で顔を隠すように乗り物酔いを回復中。
どうやら調子に乗って揺らしすぎたようだ。
ポリタンクの残り少なくなった水を鍋に注いで竈に設置。
周囲の枝や枯れ葉を集めて地面に置いたリュックから着火用マジックアイテムを取り出し、指で摘まんだ棒を竈に突っ込む。
「火点け棒て……あんた火吐いてなかった?」
俺が道具を使っているところにおっぱいさんから質問が飛んできた。
「あれは魔法だ。本職が勘違いするということは小細工としては有用か」
「あー、そう言えばあんた魔法使ってたわね」
感想を尋ねると「パッと見での区別はあの一瞬では難しい」との評価を貰った。
やはり悪くない手のようだ。
それと長らくお世話になっていたこの棒の名前の「火点け棒」は通称で、正式名称は誰かの名前が入ったものらしく、ハンターだけでなく一般家庭でも使われる便利グッズとのことである。
「私が生まれる前の発明だからね。正式名称は覚えちゃいないねぇ」
中々火が点かないところにおっぱいさんが杖を軽く振ると竈の中が燃えた。
パチパチと燃え始める少ない枯れ木を見て、湯を沸かすには物足りないと周囲を見渡す。
すると丁度ちっぱいちゃんが帰ってきていた。
取り敢えずしばらく維持できる程度に拾ってきてくれたので、一先ずはこれでお湯を沸かす。
煮沸して飲料水とするのは彼女らが寝静まってからで良いので、まずは二人に使ってもらう。
寒そうな恰好をしているおっぱいさんにはお手製のエプロンを渡しておき、俺は川で魚を確保する。
岩を動かし簡易の生簀を作成し、そこに魚をどんどん放り込む。
すると見つかる小さなカニやエビ。
「これはアレの出番か」とそちらも捕まえ生簀に投入しようと思ったが、先に入れた魚に食われそうなのでお持ち帰り。
竈の前ではおっぱいさんが沸かしたお湯を洗面器に移していた。
そんなものも地下にあったのか、と気になる用途は口にしないでおき、何をするつもりなのか予想はできていたのでリュックの中からタオルを二枚取り出し渡す。
それを受け取るちっぱいちゃんを横目に鍋にポリタンクから水を注いで竈に戻す。
お湯を沸かしつつ、道具を取り出し調理場を手早く形にして甲殻類の処理を開始。
視界の端に上半身裸のおっぱいさんを捉えつつ、チマチマと小さなエビの背ワタを取っているとこちらを見たちっぱいちゃんが口を開けたまま停止した。
すると背中を拭く手が止まったことで「何かあったのか」とおっぱいさんも釣られて視線の先を見る。
こちらも今気づいたかのように顔を動かし視線が交わるも、俺の手はエビの背ワタを取っている。
呆れた顔で見るおっぱいさんを放置して、鍋の中に処理を済ませた甲殻類を投入。
後は出汁が出るまで放置となるので魚を焼くために焚き火の準備をする。
二人がお湯で体を拭いているので暖を取るためにも必要だから丁度良い。
全身を拭き終わって交代する二人を見ながらカップとスプーンをリュックから取り出し、テーブル代わりになりそうな平に近い岩を探すが見つからなかったが、石を適当に積んで椅子っぽくすることはできた。
流石に精霊剣が入っているケースを使うわけにはいかないので、野外ではここいらが限界だろう。
作った生簀から川魚を持って来て慣れた手つきで内臓を取り出し、塩を丁寧にふって串に刺していく。
後は焚き火の前の地面に刺せば準備完了。
最後に鍋のスープを味見して塩で整えれば――夕食の完成である。
だがその前に手を洗わなくては、とガッガッと楽し気に川の水で済ませて戻ると、そこには魚が焼きあがるのを待っている二人がいた。
「待たせてしまったかな?」と軽く手を挙げ二人の横を通り座るとスープをカップに注いで二人に渡す。
それから焼けた魚を頬張りつつ、鍋のスープを堪能していると、ちっぱいちゃんが「おおっ」と感嘆の声を上げた。
そしておっぱいさんからは「あんたはいったい何を目指しているんだ?」と言われ、変な顔をされた。
美味かったなら素直にそう言えばいいのに、とは思うが、この人もこの人で色々あるんだろうな、と尻尾で背中の方のタオルの結び目を掴んで引きずり下ろしてやった。




