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相手の攻撃力を計るには丁度良い――などと言い訳をしてみるが結構痛い。
おまけに足が一歩後退した上に体勢も僅かながら崩れたことから、攻撃能力だけは及第点をやっていいだろう。
「……なるほど。この程度か」
少々鼻血が出たものの、鼻の片側を指で押さえて勢いよく血を噴射。
再生能力で無事血も止まったので悪くない見せ方のはずだ。
追加で俺の観察力を披露することにする。
ゲームや漫画の知識から来るものだが、俺に「考える知能や知識がある」ことを敢えてばらすことで相手の警戒度を上げ、向こう側の行動を制限してやろうとの魂胆だ。
というか殴られてわかったのが、しっかりと重量を活かした攻撃だったのでまともに受け続けるのは正直まずいと判断した。
このような小細工を弄することは本意ではないが、一斉に防御を捨てての攻撃とかされると全て倒し切る前にこちらが倒れる恐れがある。
その数の優位性が消えるまでは「探り合い」という名の戦力の摩耗に付き合ってもらう。
「最初の一撃といい攻撃時だけは鈍重な動きではなくなるな? 記録させた行動の再現か? それとも魔術師によるサポートか? 自律ではないはずだ。事前に与えられた命令で動いているにしては不自然な点が多すぎる」
俺が長々と考察を述べていたところに殴りかかって来るゴーレム。
先ほど俺を殴った個体なので容赦なくその腹部にカウンターの蹴りをぶち込むが、破壊には至らず僅か数メートルを後ろに吹き飛ばし転倒させるに留まった。
ほぼ全力の蹴りでこれか、と内心で舌打ちする。
「ああ、同じ攻撃は容赦なく潰させてもらう。さあ、次の手札を出してくれ。全力で力勝負ができる機会というものは中々ないのだ。期待しているぞ」
裸のおっぱいさんを片手に乗せたままノリノリでロールプレイ。
俺のセリフでカナン語がわかる一部に動揺が走ったようだが、これを貴族の男が一喝で鎮める。
ゴーレムの動きも止まっているので、その間にチラリと掌に載せたおっぱいさんを見る。
やはりというか頻りにレナの心配をしてかそちらを見ている。
間近で見ると本当にご立派な……違った、刺された太ももが痛々しい。
そこでふと名案を思いついたので「ああ、そうだ」と思いついた風に声を出しておっぱいさんを見る。
「後ろの魔術師からの魔法をどうにかするなら……そこで吊るされている女に配慮してやってもいい。もっとも、理由はどうあれ私を利用して目の前の脅威を排除する以外に君が生き残る道はないと思うがね」
脅迫という形で共闘の理由を渡す。
俺の意図に気づいたか、忌々し気にこちらを睨むおっぱいさん。
「……何でもいいから触媒を寄越せ。手ぶらじゃ効率が悪すぎる」
残念ながら荷物は地下拠点に置いたままである。
共闘は難しいかと思ったが、自分の首にかけている物を思い出し、付け足した紐部分を引き千切りアミュレットを投げ渡す。
それをキャッチするなり鎖部分を腕に巻き付け、おっぱいさんが何やら小さく詠唱を行うと渡したアミュレットが薄っすらと発光し始めた。
直後、川から水の柱が出現したかと思えば、折れ曲がってこちらに向かってくる。
おっぱいさんはそのまま詠唱中であることから、これが敵の攻撃だと気づいて彼女を乗せた掌を胸の前まで引き寄せる。
そしてまるで鞭がしなるような軌道で襲い掛かってきた細い水柱。
その狙いは俺ではなくその掌にいるおっぱいさん。
思わず体を割り込ませようとする直前、詠唱を終えたおっぱいさんが上体だけをねじってその水柱を斬り上げたのだ。
「十分ね」
手にした触媒の評価を短く呟くおっぱいさん。
そしてアミュレットは無事光の剣にクラスチェンジ……かと思いきや、発光は直ぐに止んだ。
省エネは必要らしい。
大きく揺れたおっぱいといい中々に見物であった。
魔術師って大体俺が想像できないような手札を隠してるよな、とこれまで出会った連中を思い起こして目の前に集中する。
多分こいつらも奥の手の一つや二つは隠し持っている。
(慎重に動く必要があるのがもどかしい。不自然にレナを救出すればターゲットがそちらに変わる恐れがある点にも注意が必要)
サブクエストのクリア条件が厳しいことに心の中で溜息を吐く。
総評としてこのゴーレムの戦闘能力は加減して戦うには危険が伴う。
一対一ならば何も問題はない。
それが二体に増えたところでも大丈夫だ。
しかし三体、四体と増えれば話は変わる。
ましてや十体に加えて魔術師の支援込みである。
無策で動けば最悪二人を見捨てる選択もあり得る。
流石にそれは格好悪いので撤退に留めておきたいので、慎重かつ大胆に進めていこう。
幸い俺の発言で警戒度を上げたのか魔術師たちは魔力を温存するつもりらしく、積極的には攻撃してこない。
取り敢えず近づいてきたゴーレム相手に力比べを開始。
都合良く掴みかかってきたので片手を組んで全力で勝負する。
ゴーレムはこちらを押し倒そうと前に出るが、俺自身は当然のことながら伸びきった腕すら動かない。
腕力勝負は勝ったが圧勝ではない。
この程度では数の優位性を覆すことができないので、手始めに部位破壊を狙ってみる。
勿論狙うは足なのだが、蹴った感触がおかしい。
「あ、これ魔法で防御してるな」と魔力感知で見破ったはいいが、これを突破する手段が思いつかない。
対魔法の要であるおっぱいさんは牽制目的で飛んでくる各種魔術を相殺したり撃ち落としたりと忙しい。
足の負傷で上半身の動きだけで対処しているが故に、揺れまくる部位を横目でしっかり確認しているので彼女を頼ることはできない。
徐々に前進していたらゴーレムごと川を渡り切ってしまった。
それまで他は手出しなしだったのは拍子抜けだ。
足場が悪かったことでゴーレムも積極的に攻めてこなかったのかもしれない。
その推測が正しかったのか、俺が吹き飛ばした個体以外が一斉にこちらに向かって走り始めた。
「水は苦手かね? ならばもっと早めに渡るべきだったな」
失敬失敬と笑う俺に口元が僅かに震える貴族の男。
ここでおっぱいさんのポジションチェンジを敢行し、肩の方に移ってもらう。
これで両手が使用可能となったので未だ力比べ中のゴーレム君にも退場を願う。
小さく「掴まっていろ」と忠告すると首に押し付けられる素晴らしい弾力。
そして放たれるは全力の一撃――それ即ち部分的アサルトモードの実戦初使用である。
対比のために狙いは腹。
しかし今度は先ほど蹴った時と同様の感触が拳を阻み――それをぶち破ってゴーレムの腹へと俺の黒く染まった拳が突き刺さる。
結果は前回とほぼ変わらず。
ゴーレムはその巨体を宙に浮かして数メートル吹き飛ぶと、地面に背中から着地して轟音を周囲に響かせた。
くっきりと残る拳の痕がその威力を物語る。
「――……」
多分「馬鹿な」とか言ってるんだろうな、と想像しつつ吹っ飛んだゴーレムを見て絶句している貴族の男。
ともあれ、一つわかったことがある。
(硬すぎんだろ! 肘の負担が半端ねぇ!)
そう硬くなっているのは拳だけなのだ。
腕全体の負担があまりに大きく、痺れと痛みが残る腕をどう誤魔化したものかと考えながらゆっくり前進。
部分的アサルトモードは現状何度も使えない。
それでこの数を相手にするとなれば……狙いを魔術師に変更するか、撤退するかの二択が現実的と判断する。
狙いは勿論前者。
弱点を叩くのは基本戦術――と言いたいがこのゴーレム群をどう突破したものか?
結局全部叩き潰すことになりそうな予感にレナを吊るした個体を見る。
ドスドスと動きは鈍いが振動で揺れる彼女は小さく悲鳴を漏らしている。
ちなみに揺れているのは彼女だけだ。
そんなレナを無視して反対方向にいるノソノソとバリスタを装填中のゴーレムにダッシュ。
俺の首にしがみ付くおっぱいさんから「そっちじゃない!」とか言われるが勿論無視。
そのままおっぱいをむにゅむにゅ押し当ててくださいね、と尻尾で跳ね上げた手頃なサイズの石を右手でキャッチ。
そして男の戦いに道具を持ち出すけしからん輩に投げつける。
対象は魔術師の男。
どうやらバリスタを使う場合は外部からの命令が必要らしく、何やら杖を片手にゴーレムに向けていたのでそちらを狙っての投石というわけなのだが……これに別個体が割って入り妨害される。
人間を対象にしたものだったので威力はお察し。
標的とされた魔術師は「ひっ」と短い悲鳴を上げていたが、貴族男に怒鳴りつけられ作業を再開。
随分と悠長だが、恐らくは攻城兵器として使用することが前提なのかもしれない。
「まあ、軍事技術だしなぁ」と納得しつつ第二投。
今度は全力投球だったので割り込んだゴーレムに直撃すると大きな音を立てて投げた石が砕けた。
反射的に耳を抑える者が数名いたのでこれは何かに使えそうだが、俺の聴力にもダメージがいったので近距離では使えない。
仕方なく三回目の投石はバリスタ本体を狙う。
但しもう片方の距離があるものだ。
脅威度の高い遠距離攻撃手段はしっかりと潰させてもらう。
急な旋回でおっぱいさんから文句が出たが無事片方のバリスタに命中し破壊に成功。
一発で命中したのは練習の賜物だろう。
ドスドスとこちらにゴーレムたちが向かってくるがまとめて相手をするような馬鹿な真似はせず、近くにいる個体から順番に殴るも、やはり全力でいかねば損傷を与えることは難しく、こうなると支援している魔術師を先に潰す必要があるように思えてくる。
しかしそれを察してか、こちらの動きに対して適宜指示を出す貴族男。
意外なことに結構正確に嫌な場所へとゴーレムの移動を指示しているらしく、気が付けば包囲網が完成しつつある。
そこに一斉に放たれる魔術。
「対処は無理だ!」
俺の耳元で叫ぶおっぱいさん。
流石に一人でここまで多人数相手に無理をしていれば限界のようだ。
よってこちらも行動に出る。
「しっかりと掴まっているように」とおっぱいさんに通達し、俺はここまで得た情報から導き出した勝ち筋へと動き出す。
魔術で俺の動きを阻害しようとしているのはわかる。
実際、足が重くなり動かしづらいことを知覚しているし、腕も同様の状態に陥っている。
しかし、だ。
俺の動きを阻害するには効果が全く足りていない。
これではまだカナンで俺を相手に単騎で挑んだ老魔術師の方がよっぽどきつかった。
だから俺は見せつけるように走ってやった。
レナを吊るしたゴーレムへと走り、直前でブレーキをかけると反転して俺に向かって放たれた複数の魔法を拳で迎撃。
そして地を蹴り飛んだ。
同時に尻尾でレナの足を持ち上げるように上へと跳ね飛ばす。
丁度ゴーレムの背後を取るかのように宙返りしている俺がレナをキャッチし、そのままドスンと着地。
おっぱいさんがポカンとしているレナに手を伸ばし、俺は一度距離を取ろうとしたところで救助者を持つ手首が掴まれる。
俺の腕を掴んでいるのはレナを吊るしていたゴーレム。
明らかにおかしい関節の動きだが、思えば人型を模しているだけなのでおかしな挙動ではない。
少し常識に捕らわれすぎていたことに反省しつつ、俺の手首を掴むゴーレムを蹴り飛ばそうとした瞬間、おっぱいさんが俺の耳元で叫んだ。
「早く距離を取れ!」
何事かと思えばゴーレムの目の部分がチカチカと点灯しており、ピッピッと何やら不穏な音を発している。。
そしてよく見れば他のゴーレムは後方の魔術師を守るように一列の布陣となっていた。
これもしかして自爆するやつか?




